春、それは、死の季節
誤植がありましたので訂正してお詫び申し上げます。
修正前
桜を見上げながら
修正後
桜を眺めながら
春。
それは、生命の息吹があふれる季節。
桜を眺めながら私は自らの死について考える。
私が死んだあとはどうなるのだろう?
天国か地獄にでも逝くのか。それとも、ウェブ小説みたいに異世界に転生でもするのか。それとも、完全な『無』か。
普段、無宗教を気取る私はそもそもとして天国や地獄なんて益体のないモノを信じてはいないし、異世界転生なんてそれこそ死んでも御免だった。
この意識が存在する状態で転生なんてそれは蘇生と大差ない。
私が求めているのは完全なる『無』だった。
だから、学校の4階に位置するここから飛び降りれば、私はすぐにでも『無』へと回帰できる。
そうすれば――
「今すぐにでも死にそうな顔をしているね、キミ」
突然、声を掛けられ身構えてしまう。
そんな、私の様子に構わず誰かは続ける。
「まあ、そんな目に遭ってたんじゃしょうがないか」
私の落書きだらけの机に彼女は腰を掛ける。
他人に話しかけられたのは久しぶりだった。
みんな、私に向けるのは無慈悲なシカトと悪意しか宿っていない施しだけだったから。
黒髪の腰まで伸びた綺麗な髪を後ろで束ねた私とは違った意味で孤独な彼女。
名前は知らない。
多分、これからも知ることはない。
そんな、予感がしていた。
「ねえ、キミ、あたしのモノにならない?」
そんな、突拍子のない問いをいきなり投げかけれる。
首を傾げて何故、と問うてみる。
「あたしならキミを守ってあげられる。周りの娘たちの理不尽な虐めからあたしが守ってあげる」
だから、あたしのモノになりなさい、とまるで神託のように告げる。
彼女は知らないのか?
私がどんな生い立ちをしたか知らないからそんなことを言えるのだ。
「私ね、顔も知らないお母さんに公園のトイレで産み落とされたの。顔も知らないお父さんに中出しされてまだ中学生くらいだったお母さんはお祖父ちゃんにもお祖母ちゃんにも言えず、たった一人で私を産み落とした。私は生まれることを望まれなかった。だから、私を産み落としたお母さんからすれば、きっともの凄い激痛を伴う排泄でしかなかったんだ。ねえ、私のあだ名、知ってるでしょう。
便所の花子さん。
凄いよね。他人のプライベートなことを調べ上げておいて逆切れ気味に虐めてくるんだから。
ねえ、もし、からかっているんなら止めてくれる。それが、一番傷つくから――」
そこまで、言うと私は彼女に無言で抱きしめられた。
「ごめんね、辛かったね。今まで、声を掛けてあげられなくてごめんね」
……信じられない。彼女、泣いていた。
泣きたいのはこっちなのに私の方は涙なんてとうの昔に涸れ果てて一滴もでやしないっていうのに。
「ねえ、もしあなたが私を自分のモノにしたいっていうのなら――」
私を殺して死んでくれる?
自分でも冷たいと思う声音で彼女に告げる。
「私は知っているんだ。どんな愛情も信愛も永遠に続くものは無いんだって。だから、私は永遠の愛が欲しい。それを為すのなら、きっと、死ぬしかない。だから――」
うん、そうだね、と彼女は私の手を取り、
「行こう。あたしたちの場所に相応しい場所へ」
そして、辿り着いたのは、どこかの会社の冷凍倉庫だった。
あたしの親の会社の倉庫なんだ、と彼女は誰ともなく呟き、
「ここであたしとあなたの愛を冷凍保存するの。そうすれば、永遠だよ」
そうだね、きっと、それが、唯一の永遠の愛の証明。
寒い、とても、寒い。これが、死の冷たさ。
その過程の辛さ。
けれど、産まれてきた苦しみに比べたら、きっと、なんてことはないのだろう。
突如、布を口元に――
「おやすみ、あたしのお姫さま」
それが、失われる意識の最期に聞いた言葉だった。
☆ ☆ ☆
橋下奏多が御崎蓮花に目を付けたのは高校に上がってすぐのことだった。
肩口まで切り揃えられた綺麗な黒髪にはっきりと整った顔立ちの美少女。
だが、彼女を覆う雰囲気がドス黒い得体の知れなさを演出していた。
まるで、ホラー映画に登場する幽霊のような不気味さと美しさ。
その、二律背反するような魅力に一瞬にして奏多の心は奪われてしまった。
(この娘は絶対にあたしのコレクションに迎え入れなきゃいけない)
そう彼女は強く思った。
あとは、これまで同様に工作を進めるだけだった。
これまで、奏多が様々な女の子を自ら死んでしまいたい、と強く望むように周囲をコーディネートしてきたように。
蓮花の場合はとても容易く場を整えることができた。
蓮花を小学生から知っているという女に金を掴ませると歌うように色々と訊いてもいないような事まで喋ってくれた。
あとは、その情報を高校の知り合いに喋るだけであっという間に蓮花に対する迫害が始まった。
容姿に対する嫉妬、ということなのだろうか?
その、浅ましさに心底嫌悪し今日という決行日を迎えたのだ。
御崎蓮花を橋下奏多のコレクションに迎え入れる記念すべき日を。
そうして、奏多は保管場所の冷凍倉庫に蓮花を誘いクロロフォルムを染みこませた布を彼女の口元にあてがった。
「おやすみ、あたしのお姫さま」
歓迎の言葉を投げかける。
意識を失った蓮花をそっと大き目の台車に乗せて彼女たちが待つ場所まで連れていく。
冷凍倉庫のさらに奥。
別の扉に仕切られた少女たちだけの聖域。
蓮花をそっと台車から降ろしたところで、扉が突然に閉まった。
真っ暗な闇。
それは、奏多の失念によるものなのか、それとも――
少女たちの怨念がそうさせたのか。
だが、当の奏多と言えばそんな状況とは裏腹に華やかな気分になっていた。
(そう、今日が完成の日なのね。あたしの人生をかけた最高傑作の)
清々しい気持ちで先程、蓮花に使った布を自らの口元に当てがる奏多。
急速に刈り取られる意識のなか彼女はそのアートに題名を付けた。
春、それは、死の季節。