カレンお嬢様とメイドさん劇場
「……はい? この〈プランディーン王国〉の王子にしてわたくしの婚約者であらせられるフェイン・プランディーン殿下、今なんとおっしゃいましたの?」
わたくし、カレンディア・ヴァイオレットの問いかけに対し「何その説明的セリフ……」と抑揚のない声で答えたのは殿下の隣の小娘……。
「あなたには聞いていませんわ! ド田舎出身のルティア・アプリコットっ!」
「ド田舎じゃなくて……人っ子一人ない辺境の地だけど……」
呆れた顔で肩を竦める態度が癪に障りますが、今はいいいですわ。 わたくしは改めて殿下の顔を見据えます。
「……カレン嬢、私も君の事は嫌いではないのだが……婚約はあくまで親同士が決めた事でしかないのだ。 そして、私は私が真に想う相手は彼女……ルティア・アプリコットだと気が付いてしまったのだよ」
「いやいやいやいや、何の脈絡もなく婚約破棄展開!?……と言いますか、中世ファンタジーの世界観で親同士の決めた婚約を子供の一存で破棄出来ていいんですかっ!!?」
そんな事がまかり通るならロミオとジュリエットだって苦労しませんわ、中世的世界観では親の力というのはそれ程に強大なのですから。
ルティアが「メタい……」とか呟いてやがりますが気にしてられません。
「何を言うのかねカレン嬢よ……」
僅かに憐れむようなめでわたくしを見返しながら……。
「時代はもう令和じゃないかい? 流石に価値観が古すぎだよ?」
……と、おっしゃった。
「…………何ですのそれぇぇぇええええええええっっっ!!!!!?」
思わず叫んでしまったのをはしたなかったと思う間もなく、わたくしは背後から両腕を掴まれてしまったのです。
「あ、あなた方は殿下直属の騎士!? ワン・タンメン卿とタン・タンメン卿ですわね!? いったいどういうつもりですのっ!!?」
しかし、それに答えたのは殿下でしたわ。
「済まないが……婚約破棄と追放はセットなんだよ。 それが……”お約束”というものだ」
それが合図だったかのようにワンとタンはわたくしの腕を握ったまま引っ張り始めましたわ……。
「テンプレ!? テンプレナンデっ!? アイェエエエエっ!!!?」
それでも助けを求めるべく殿下を見やればルティアに満面の笑みを向け、その脇にいるルティアは……。
「バイバイ……」
……と、わたくしに手を振ってやがりました。
「こんなんありですのぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」
――――
「……という悪夢を見たのですわ」
朝食が終わってもムスッとした表情のまま陶器のカップをコースターの上に戻したのは、カレンディア・ヴァイオレット。
金色に輝く長くボリュームのある髪型、少し吊り上がった赤い瞳を持つ十四歳の少女……いや、ヴァイオレット家の令嬢なのである。。
「はぁ……しかしながら、たかだか夢なのですから、あまり気にしない方がよろしいのでは?」
カレンディアの背後に立つ二十代前半くらいの女性はリーシア・ローズ、服装から分かる通りに、誰がどう見てもメイドさんである。
藍色のボーイッシュに見える髪型をしたリーシアは、白いクロスの敷かれた無駄に広いテーブルの上の食器を片付け始めた。
「ただの夢ならよろいしいのですが……最近はフェイン殿下とルティアの小娘が妙に仲がいいのが気に入りませんわ。 まさかとは思いますが、万が一にでも正夢にでもなったら……」
自分の想像した光景にゾッとなりながら、再びカップを手に取り残った中身を飲み干した。
「ルティア・アプリコット……かつてはこの国随一の大賢者であった方の養子にして唯一の弟子でしたね?」
「そうよ。 これまではどこぞの田舎暮らしをしていたのを、いきなりこのわたくしも通う〈王立シード学園〉に編入させた上に、旧知の中であった陛下に娘の事を頼むとか言ったらしいですわね?」
そのために、やはり同じ学園に通うフェイン・プランディーン王子があれこれとルティアの世話を焼いているというのが状況だった。
それからも分かる通り誰にでも優しく公平に接っする事出来て、かつ容姿も端麗とくれば学園の女子人気も高いというのがフェインだった。
しかし、この国随一の大商人であるヴァイオレット家の令嬢である、カレンディアとの婚約も広く知られるところであり、友人としては付き合っても一線を越えようという者はいなかった。
ところが、ルティアはそのあたりは多少違ったのである。
その出自のため学園内の暗黙の了解どころか、世の中の常識にも疎いところがある彼女は、彼が王族である事すら意識する事もなく遠慮なしにフェインに接している風に映っていた。
それが恋愛感情とは程遠いものとも分るが、やがてはどうなるのかはカレンディアにも予測は出来ないでいるのである。
「お嬢様の気にしすぎとも思いますが?」
カレンディアの従者としてフェインとも面識のあるリーシアは、彼の人柄もある程度は理解していた。 王族として責務ゆえに時に冷たい選択を選ぶことは出来ても、そうでもない限りは決して誰かの気持ちを裏切るとは思えない。
「……かも知れませんが、用心に越した事もないというものですわリーシア?」
「少し釘をさしておくと?」
「最初に見た時から妙に気に入らなかったのですわ。 それでも田舎娘と大目に見ていましたが……そうもいかなくなってきたという事ですわ?」
メイドの言葉に邪悪な笑みで答えたカレンは、実際誰どう見ても最後にコテンパンにのされるフラグを立てた”悪役令嬢”であった。
「……ん?……おいこら! 面倒くさくなったからって人の名前を略すんじゃありませんわ!! それにフラグなんてわたくしがこの手で叩き追って見せますわよっ!!!! 」
いきなり不機嫌な大声を上げた主人の奇抜な行動に対して、リーシアは特に気にする様子も見せない。
「……まあ、いいですわ。 ともかく今日の放課後にでも行動を開始致しますわよ?」
――――
〈王立シード学園〉は広大な敷地をもち、人間だけでなくエルフやドワーフなどのファンタジーではお馴染みの多くの種族を生徒して受け入れている場所である。
小さな村くらいならすっぽり入ってしまいそうな敷地の中には、学科ごとの校舎や寮などの様々な設備が設置されている。
そんな場所であるから、無駄に広すぎる敷地を移動するための歩道には、休憩用のベンチが設置されてもいる。
そのベンチのひとつに腰かけながら何やら玩具で遊んでいる少女は、間違なく学園の制服を着た生徒である。
木で作られた十字の物体と赤い球が紐で繋がったそれは、けん玉と呼ばれるものである。
しばらく楽しそうにしていた少女は、「見つけましたわ!」という大声に手を止めて顔を顰める。
「こんなところで一人とは、あいかわず殿下がいないとボッチですのね、ルティア・アプリコット!!」
二人は年齢は同じであるのだがカレンやフェインらのような地位の高い者と、いわゆる一般市民では校舎が違うのであまり顔を合わせる機会はない。 それは、ありがちな身分での差別ではなく、単に学ぶ内容の違いである。
例えば、一般人が社交界での礼儀など学んでも役に立つ機会はないだろう、そのためにわざわざ貴族の行く学科に入ろうとする一般人はいない。
「…………カレン……」
「あんたも略しやがりますかっ!!」
いきなり令嬢らしからぬ言葉遣いで怒鳴られてキョトンとなるリティア。
「いいですか? 前にも言いましたが、わたくしをカレンと呼んで良いのは家族とフェイン殿下だけなんですわよ?
「だって名前長いし……」
「二文字しか違わないでしょうっ!!!!」
噛みつかんばかりの勢いで迫って来るのに嫌そうな表情をしながら、持っていたけん玉を消した。
「確かに、私としてもカレンお嬢様とお呼びした方が楽なのですが……」
「周囲に対する建前というものがるんですわっ!!」
別に嫌ではないという風な言い方である。
注意がそれた隙にベンチから立ち上がり、こっそり去ろうとしたルティアだったが、「おっとどっこい! そうはさせませんわ!」と通せんぼされた。
「カレンがあたしと友達になりたくないならいいよ……でも、いちいちつかかってくるのはやめて、迷惑……」
ヒトの社会の事を学び、そして友だちをいっぱい作ってらっしゃいと、師匠である人物に言われて入ったこの〈王立シード学園〉だ。
人里離れた場所で暮らし、村などに行き師匠以外の人間と会うのも年に数回程度という生活。
そのルティアが初めて訪れた〈王立シード学園〉でどうしたらいいのかわからずに困っていた時に声をかけてくれたのがフェインという王子だったのだ。
その後もあれこれ面倒を見てくれているのである、そしてカレンとも顔を合わせる事にもなった。
最初は妙に避けられているなという感じだったのが、いつからか妙に突っかかってくるようになってきた。 最初の友達になってくれていろいろ親切にしてくれるフェインの友達なら、彼女とも友達になりたいとも思うが、これでは無理だろうと諦めかけているのだ。
「ふん! あんたがフェイン殿下に近づかないと誓うなら今すぐにでもやめて差し上げましょう?」
「それはやだ……だってフェイン先輩は最初の友達だから……」
そう言って見返してくるルティアの瞳に、カレンは僅かにたじろいだ。 邪さのない純粋な、それでいて強い意志を秘めた蒼い色だった。
「ふ~ん? ですが、フェイン殿下はお優しいからそう言ってるだけですわ。 ですが、本来はあなたのような者なんか傍にいる事すら出来ないお方なんですわよ?」
高圧的で嫌味な口調である、そんな彼女を驚いた表情で見つめていたルティアは、次の瞬間には「そうなの?」と首を傾げたのであった。
「……はい? いや……もしかしてあなた分ってないんですの?」
「確か王子様っていう国の偉い人なんでしょ? 師匠からもそう教わったけど……だけど学園の中でなら気にしないでいって言ってたよ?」
知識としては知っているし、普段の様子を見るに最低限の礼儀も心得てはいるのは間違いない。
しかし、それだけであり、王族と一般市民の間にある格差と言うものが実感出来ていないのだろう、加えて……。
「フェイン殿下……と言いますか、この国の代々の王様はみなさま庶民派の方々ばかりですからねぇ……」
……というのも理由だろう。
つまりは、ルティアは身分の差というものに敬意は払っても引け目を感じるような事はないという事であろう。
「先代の王……つまり殿下のおじい様なんて、退位後に各地を旅しながら悪を成敗してるらしいからねぇ……」
一般的には噂レベルの話なのだが、カレンはフェインから聞いて真実だと知っているのである。
そしてそれは決してこの世界にあって常識的なものではなく、この国の王族が例外的なものであると理解できる知識もあった。
そんな事もってか、学園の生徒はもちろん貴族の大人達であっても身分の差をひけらかして威張り散らすという風潮もないというのが〈プランディーン〉という国なのである。
つまりは、いわゆる悪役令嬢的ムーブをしようとしても逆に自分がアウェーになってしまうのがこの小説なのである。
「ぐぬぬぬぬぬ……面倒な世界設定にしやがってからにこの作者めぇ……!!」
ワナワナと身体を小刻みに震わせるカレンを不思議そうに観察していたルティアは、「……カレン、大丈夫なの?」と本気で心配してると分かる声で尋ねる。
「ご心配なく。 お嬢様は”壁”を突破しておられるだけですので」
「壁……?」
それには答えることなく、穏やかな微笑みをリーシアは浮かべた。
「……まあ、いいや。 あたし、もう行ってもいい?」
そう言って立ち去ろうとしたルティアの前に、「いいわけないでしょうっ!!」と再び前に立ち塞がる金髪の令嬢だ。
「あなたが殿下に近付かないと誓うまでは逃がしませんわっ!!」
「だから……それは嫌だって言ってる……」
一歩も引く気がないという様子にルティアは本当に困り始める。 そもそも、どうして彼女がここまで自分を敵視する理由が分からなのでは、説得するための言葉を探しようもない。
確かにカレンは自分の友達ではないし、疑いのない敵意を向けてきてはいても、フェインの大事な友達なのは間違いないのだ。 力尽くで突破しようとしてケガをさせるわけにはいかない。
「う~~ん……どうしたら良いものか……」
そんな少女達の様子にリーシアも困り果てる、この場合はどう考えても非があるのは主人である少女なのだが、立場上ルティアを庇うような発言を迂闊に言う事も出来ないのである。
そんな膠着状態がしばらく続いたが、不意にニヤリとなったカレン。
「よろしいですわ。 こうなれば”決闘”ですわ!」
――――
生徒会室で机に向かっていたフェイン・プランディーンは、積みあがった書類の束を眺めながら溜息を吐いた。
「書類仕事など性に合わない……とは言わないけど、やはり面倒なものは面倒だね?」
「将来は国王って奴が何言ってやがる。 学園の規模程度を面倒くさがってて国家の運営が出来るかっての」
副会長にして友人のディランが笑うのに。「違いない……」と肩を竦めた。
貴族の名家や大商人ではなく、一般よりやや裕福なだけの家出身の同級生だ。
だが、こうして生徒会副会長をしているのはフェインの友人というわけでもなく、彼がディランの能力が自分の補佐に相応しいと判断したからである。
「そういや、お前さんの婚約者が最近編入して来た奴……ルティアだったか?……に妙に絡んでるって噂だが?」
「ああ……しかも少しづつエスカレートもしているな……カレン嬢も何故ああもルティア君に突っかかるのか……」
ルティアの友人となってくれればとも考えていたのだが、カレンは彼女の事を嫌っているようなのだ。 意味もなく誰かを嫌う性格ではないはずなのだが、とにかく彼女に対してだけそうなのである。
「女の子ってのはな? 俺ら男が思ってる以上にいろいろ考えちゃう生き物なんだぜ?」
「何だいそれは?」
本当にわかっていない様子にディランは、「……自分で考えるんだな」と溜息を吐きながら言った。
「厳しいな、君は……」
王族、それも次期国王という事もあって礼儀をわきまえ一定の距離を保った付き合い方をする友人が多い中、彼はそんな事もお構いなしという風な付き合い方をしてくれていた。
ディランは多少例外的ではあっても、このような関係性は、〈プランディーン〉における王族と市民の距離というものであった。
「ああ、それで思い出したぜ……」
ディランは自分のデスクの引き出しを開けて数枚の書類を取り出し、「これ、例の転校生の資料な?」と差し出した。
「ああ、すまない」
礼を言ってからざっと資料に目を通すと、「ふむ?」と頷くフェイン。
「性格や素行に問題はなし、前の学園でも友人らとのトラブルはなしか……」
「ルティア・アプリコットのルーム・メイトになろうって生徒の事が気になるのは分かるが、流石に過保護過ぎないか?」
彼が頼まれてルティアの面倒を見ているのは知ってはいるし、彼女にも辺境で師匠と二人暮らし、そのため人間付き合いの経験に乏しいという事情があるのも理解してはいる。
しかし、近々ルーム・メイトになろうという少女の前の学園での生活の様子を調べてまで確認しようというのは、少しやり過ぎではないかと思うのだ。
「……かも知れないがね、万が一にもルティア君を暴発させるわけのもいかないんでね……」
「暴発……? 妙に物騒な言葉が飛び出たな?」
面倒そうな言葉が跳び出したものだと、ディランは顔をしかめる。
それから無言で先を促すと「何もそこまで危険でもないんだが……」と躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「ルティア君は生い立ちや生活環境が少々特殊ででね? 並みの人間より強い力を持っている、それに加えて人の接した経験があまりにも少なすぎるのでね……」
「怒るとかして暴れまわったら危ないってわけか……まあ、それで退学処分にでもなったら国王陛下やルティアのお師匠さんに申し訳ないと?」
それでもともやはり思うが、それも責任感の強いフェインらしいと考えればディランには納得できないものではなかった。
「ああ、そういうわけなんだよ……」
肩を竦めながら言ったフェインは、「それでその転校生はいつ来るか決まったのか?」と尋ねる。
「ん? ああ、そうだった。 実はな……」
言い切る前に、不意に響いたドアが勢いよく開く音に二人とも反射的に視線を向けた。
そこには後輩である生徒会役員のコウ・ハイヤーが慌てた様子少し荒くなった息を整えていた。
「会長! カレンディア嬢とルティナさんが”決闘”をするようですっ!」
――――
〈王立シード学園〉には生徒同士のトラブルを解決するための独自のルールが存在する、それが”決闘”である。
そして今まさにその”決闘”が始まろうとしているグラウンドには、放課後に残っていた生徒が集まっている。
「それでは、この”決闘”のジャッジは私、リーシア・ローズが務めさせて頂きますね?」
”決闘”は一対一で行い、その際には必ずジャッジ役を用意する、更に証人となる、トラブルとは無関係のギャラリーも必要だ。
「おいおい、カレンディア嬢ちゃんのメイドさんがジャッジ役かよ……」
”決闘”を見届けるというのは生徒会長や副会長の仕事ではないが、フェインにゆかりの深い二人が当事者とあっては、フェイン個人として生徒会室で座してもいられなかった。
「リーシアさんは勝負ごとに公平性を欠く人ではないし……自分贔屓のジャッジなどはカレン嬢のプライドも許さないだろう……にしてもだ」
何がどういう流れでこうなったのか問いただし止めさせたいところだが、やる気満々という様子のカレンを説得するのも簡単ではない。 ましてや、単なる喧嘩ではなく校則で認められている”決闘”なら猶更だ。
「勝負のルールは簡単です、二人でバトルを行い先に相手を転倒させた方が勝者となります」
一対一ならば勝負の方法は何でもよい、武力を用いたバトルでももちろん良いのだが、対戦相手に対し”その日の学業に支障が出るレベルの負傷をさせた”ら負けになるのである。
そのため、極力安全に配慮した勝利条件を用意するのが普通だ。
「カレンディアお嬢様が勝った場合はルティアさんは金輪際フェイン殿下に近寄らない、ルティアさんが勝った場合はお嬢様は今日のところは大人しく引き下がって頂きます」
「もちろん、よろしいですわ!」
「……思いっきり不公平な条件にも思うけど……まあ、いいや。 それで、それなに……?」
右手にけん玉を出現させながらルティアが見据えるのは二メートル程の人型の物体である、全身を岩石で構成されたそれはストーン・ゴーレムと呼ばれるものだ。
「ふふふふふ。 これは我がヴァイオレット・グループが開発した警備用の新型試作ゴーレム、その名も《岩人28号》ですわ。 ”決闘”には代理を用意するのは認めらえれていますし、代理がニンゲンでなければいけないというルールもありませんわ」
すでに勝ったも同然という調子で言うカレンの手には水晶球、それがゴーレムに命令を与えるためのコントローラーだ。
「……1号から27号までは?」
「ふ! 研究開発に失敗は付き物ですわよルティア……と言いますか随分と余裕ではありませんか?」
確かに大きな怪我をする心配も少ないし、ましてや殺される事はない。
しかし、転倒目的とはいえゴーレムのパワーでの攻撃を受ければ並みの痛さではないだろう。
それを伝えて降参するなら今のうちと言うと、「大丈夫、痛いのには慣れっこだから……」という答えが返って来たのに驚いた。
いったいどう環境いう生活を送っていたのだろうと言う疑問が湧いてくる。
「……いやいやいや! それでもシャレにならない痛さですわよ? それにそもそも《岩人28号》は女の子に転ばせられる重量ではありません! あなたに勝ち目はありませんのよっ!?」
さっきとは打って変わって焦った様子で、「だから、さっさと降参しなさいルティア・アプリコット!」と警告する。
リーシアはそんなお嬢様を見て少しおかしそうに笑っていた。
「大丈夫……」
「な……あーもー勝手になさい!」
苛立ち気に叫び従者を見やる、仕方ないという風に肩を竦めたリーシアは勝負の開始を宣言した。
「せめて一思いに決めてあげなさい《岩人28号》っ!!」
使い手の命令を受けた《岩人28号》が突進を開始する、決して高速といえる程ではないが重い足音を響かせるさまは、十分にギャラリーにも脅威と思わせる。
誰もがこれで勝負は付いたと思った直後に石を打ち合わせた音が響き、ゴーレムが動が止まり、しかもよろめいたのである。
「少し弱かった……」
岩石の装甲に弾かれた赤い球をけんの先に収めながら、「まー下手に壊しちゃっても悪いからなぁ……」と続ける。
「けん玉!? けん玉の玉で《岩人28号》を止めた……って、ちょ……間合いはまだ二メートルはあるんですよ!?」
そう、どう考えての白い紐で繋がった玉が届く距離ではないのである。
「……ん? ああ、これ? これってけん玉じゃなくて《永遠の剣球》っていう、あたしの武器だよ?」
「剣球と書いてハンマーと読んだっ!!!?」
世の中には一見玩具のような外観ながらその力は伝説級と言われる武器がいくつか存在している。
そのままでは単なる玩具程度の威力しかないのだが、使い手が魔力を呼び水に待機中のマナを集めてを籠める事で真の能力を発揮する。
真偽は不明だが、一説では宇宙の恐竜のバリアを突破し一撃ケーオー出来るとさえ言われている。
「最近は割と簡単に突破されてるゼッ〇ン・バリアっ!!? てか……ちょちょちょ……それが本当なら……なぜそんな物を持っているですの!?」
相手の言葉を鵜呑みには出来ないが、警備用とはいえストーン・ゴーレムがパワー負けする玩具が他に考えられないのも事実なのだ。
「師匠にもらった……護身用」
「んなチート武器を護身用にするんじゃありませんわぁぁぁああああああっ!!!!」
カレンの抗議は普通の小説なら正しい、 しかしここはなろう小説なのである。
そしてなろうでは平凡な生活を送るために過剰すぎるチート能力を得るのが許可されているのだ。
ついでに言うと、特殊な環境下でチート・レベルの親や師匠に育てられた結果で当人のスペックも常人どころかプロの戦士を遥かに凌駕しているのもまた、なろうのお約束であり、何に問題もないのである。
「んなわけあるくぁぁあああああああああああっっっ!!!!!」
天に向かい力の限り咆哮したカレンは、次の瞬間に「……あ!?」となったのは、《岩人28号》がグラウンドに仰向けに倒れた光景を見たからだ。
「うん、壊さずに倒せた……」
一瞬の静寂の後に、ギャラリーが一斉に歓声を上げる。
「……成程、確かに大した力だよ、こりゃ……しかも物騒そうな武器付か……」
「《永遠の剣球》は父上や学園長も承知している、ルティアがここに来るまでにいた場所は危険な魔獣も出没する物騒な場所らしくてな……」
正確に言えば、人里や街道などのニンゲンの生活圏内は多かれ少なかれ危険はあるのではある。 人里離れた場所で暮らす理由はあっても、わざわざ危険な場所を選んでいたわけでもない。
「おいおい。 今、《永遠》って言ったか? 伝説級の武器だぜ、それ?」
「信じる信じないは君次第だな。 まあ、彼女以外の生徒が使ったとしてもあんなパワーは出ないだろう、せいぜい大きなたんこぶが作れるくらいの威力しか出ないだろうな」
魔法を使う場合もそうだが、集められるマナの量は使う者の魔力の強さと量に比例する、そして伝説級のアイテムの力を発揮させるだけのマナなど一般市民のレベルでは到底集められないだろう。
「それはルティアがやばい奴って意味になるぜ?」
「ルティア君以外の者に扱われて悪用はされないという意味だよ」
フェインらしくない無茶な道理だと感じる、こういう言い方をする時というのは、大抵は厄介な問題を抱え込んでいるのだ。
そして、それら自分が関わってどうにか出来る問題でもないのだと理解しているのがディランであった。
「王子様ってのも大変だな……ってやつか?」
黙ってうなずくフェインだ、ルティアに関しての事は自分、あるいは国のお偉いさんで責任を持つという事なのだろう。
「今の勝負を見る限りでは心配はないと思いたいがな……」
《永遠の剣球》を介して力を使う事で一種の制御装置の役目にもなるという話は、魔法に疎いフェインには半信半疑な話だった。
そう、ルティアは潜在的に秘めた魔力が桁外れに高く、それは暴走すれば小さな町なら滅ぼせてしまう可能性があった。
そのために彼女の師匠は力のコントロールが未熟なうちは人里近くで彼女を育てる事をしなかった。
それがこういう事になったのは、ルティアの力のコントロールが大丈夫だろうという判断の上での”何もそこまで危険ではない”ではあるのだが、決してリスクがゼロではないのである。
純粋に彼女の面倒を見てくれと頼まれたのも本当だが、監視や観察という役目を命じられたというのも事実だった。
リスクもあるが、将来的に利用価値のある力かも知れないと言うのが、父親である現国王以下の大人達の理由だった。
「人の上に立つ良い為政者になるというのは……汚い大人になっていくという事なのかも知れんな……」
ディランが「なんだそりゃ?」と尋ねても、答える事はしなかった。 そのフェインの見つめる先では、「……そんな……バカな……」と婚約者の少女が呆然となっている。
そんな彼女は、「約束……」という声に我に返った。
「……へ?」
「約束……あたしの勝ち、だから約束は守ってよ?」}
悔しく負けを認めたくないという想いがないわけではない、だが”決闘”での約束を破ればどんな身分であっても、最悪退学処分もあり得る。
それだけではなく、彼女自身のプライドがみっともない行動などを許せるものでもなかった。
「く……いいですわ。 今日のところは素直に引いてあげますわ……ですが、次があるとは思わない事ですわよ!」
だから、そんな悪党のお約束”を言うしかないのであった……。
「……おいこら! 悪党のテンプレとか言うんじゃねえですわこの作者がぁああぁああああああああっっっ!!!!!!!」
――――
「……疲れた……」
空がすっかり赤くなった頃、寮の部屋にルティアは戻ってきていた。
基本的に二人部屋なのが学園の寮なのだが、人数の都合で彼女にはルーム・メイトがいない……はずだったのだが……。
「……えっと、誰?」
使う生徒もなく空いていたベッドに腰かけている自分と同じくらいの少女は、しかし〈シード学園〉の制服を纏っている。
「部屋……間違えた……?」
「えっと……ルティア・アプリコットさんですよね? わたしはリトラ・メイプルと言います、今日からあなたのルーム・メイトになります」
ポカンとなったままのルティアの様子に少し戸惑うリトラだったが、「あー……」と声を出す。
「本当ならもう少し先だったんですけど……いろいろ事情があって急遽来ることにになったんです……聞いてませんですか?」
「……いや、ルーム・メイトが来るって自体初耳……」
リトラは「そうなんですか?」と首を傾げるが、何かの連絡ミスなのだろうと考えた。
「まあ、いいや。 そういう事なら今日からよろしくリトラ」
「はい、よろしくお願いしますね、ルティアさん」
まだこのリトラという少女の事を何も知らなくても、彼女のこの笑顔を見ればきっと良い友達になれそうだと、そんな予感を覚えるルティアであった……。
終
「……ちょっと待てやおらぁぁああああああああっっっ!!!!!」
自室のソファーで、カレンディア・ヴァイオレットが大声で叫んだのに、背後に控えるリーシア・ローズが肩を竦めて苦笑している。
「何でルティアちゃんめでたしめでたしで締めようとしてんだ、おらっ!! この小説の主人公はこのわたくしだろうがっ!!!」
お嬢様らしからぬ汚い言葉遣いである。
「……はっ!?……と、ともかくルティアのせいで今日は散々でしたわ。 フェイン殿下にはあの後でお説教を受けましたし、《岩人28号》を勝手に持ち出したのがお父様にバレて大目玉を食らいましたし……」
ルティアには説教なしだったのは、「ルティア君が自分から喧嘩をしようとするわけはないからね」というのが理由だったのが、余計に気に入らない。
どうあれ、誰がどう考えても自業自得なのだが、この状況でルティアの肩を持つと、下手すれば給料に響く可能性もあるのであえて黙っているリーシアだ。
「それにしても……ルティア・アプリコットがああもとんでもない子であっただなんて……」
「流石のお嬢様でも分の悪い相手ですか……?」
揶揄うようなメイドの態度に、カレンは鼻を鳴らす。
「冗談ではありんませんわ。 この程度で引き下がってはカレンディア・ヴァイオレットの名が泣きますわ?」
ルティアが悪い子だとは思わない。
しかし、やはりフェインに近付くのは許容できないし、何より今日の借りを返さなければ自分の気が済まないのである。
「ふふふふふ……次こそはギャフンと言わせて差し上げますわよ?」
いかにもな黒い笑顔を浮かべるお嬢様に、困惑の表情浮かべながら、「……えっと……非常に申し上げにくいのですが……」とリーシア。
「……ん? 何かしら……?」
「この小説は長編ではなく短編なのです……」
言いづらそうな従者の言葉の意味が分からずに、「それが……?」と怪訝な顔で聞き返す。
「長編の連載作品ではないのです……つまり、次はないのです」
「……へ?……って……えぇぇえええええええっっっ!!!!?」
驚きのあまり思わず立ち上がってしまうカレンだ。
「で、でででででもほら? 最初短編でも評価ポイントがどっさり貰えれば連載化にワンチャン……」
「あるとお思いですか? この作者の小説で?」
愕然となった後に、「……ありえないわねぇ……:」とこれ以上ないくらい絶望し沈んだ表情へと変化する。
「はい、ぶっちゃけあっちの世界から戦争がなくなるくらいにありえない事かと」
「ツッコミし辛い例えはやめなさいぃぃいいいいいいいっっっ!!?」
ここまで読んできた読み手の方々には、この二人が現代日本の知識を持っている転生者だと疑うかも知れない、しかし、彼女らは決して転生者ではない。
では何故知識を持っているのか?
それは、この小説がギャグ時空だからである。
「ギャグなら何でも許されるわけじゃありませんわっ!! というかいまさらそんな言い訳をするっ!!?」
天に向かいツッコミを入れるカレンと、そんなお嬢様を微笑まし気に見つめているメイドさんであった……。
そして今度こそ……。
お終い
ありがとうございました。