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何度やっても幼馴染と結ばれる世界線に突入する

作者: 井村吉定

 きっかけは些細なことだったように思う。


 あれは確か、妻と一緒に高校の同窓会に参加した時だ。


 義両親に子供を預け、パパとママはその日はお休み。俺と妻は久々に羽目を外せると胸を踊らせていた。


 卒業以来一度も会わなかったクラスメイト、中には結婚して名字が変わった人も同窓会に来ていた。


 俺の妻も名字が変わった内の一人。


 ただ、同じ名字だと俺のことなのか、妻のことなのか区別が付かないので、妻は酒の席では旧姓で呼ばれた。


 同窓会では思い出話に花を咲かせた。皆、日々のストレスを忘れるためなのか浴びるように酒をあおった。


 宴もたけなわとなった頃、妻の友人で未だに独身を貫いている彼女――中谷香住(なかたにかすみ)さんが酔った勢いで俺にこう言った。


「実は私ね、坂口君のことが好きだったの。坂口くんが杏奈と付き合ってたから、告白できなかったけど……。アヒャヒャヒャ! とうとう言っちゃった!」


 初耳だった。妻以外の女性が俺に好意を抱いていた何て思いもしなかった。


 三十路を越え、もはや不倫をするという気にはならない。されど中谷さんの言葉には非常に興味がそそられた。


 妻の旧姓での名前は、前田杏奈(まえだあんな)。俺は坂口庸介(さかぐちようすけ)と言う。


 俺と杏奈は幼馴染だ。杏奈との付き合いは幼稚園の時からある。


 気心の知れた仲ではあるが、幼い頃から今に至るまで杏奈を異性と意識したことはない。


 結婚したのは何となく。他に相手がいなかったから。本当に何となくだ。


 青春という周りが色恋沙汰で騒ぎ始める十代後半のその時、彼女がいたら人生楽しいだろうなあと思っていたら、突然杏奈に告白された。


 特に断る理由もなく、彼女持ちというある種のステータスを手に入れられることもあり、俺は告白を受け入れた。


 しかし、そんなあやふやな状態でも交際は進んでいき、俺は妻と結婚した。


 幼馴染に彼氏ができたとか、幼馴染と年を重ねる毎に疎遠になったとか、そんなラブロマンスとは俺は無縁だった。


 俺は妻以外の女は知らない。妻も俺以外の男を知らない。


 現状に不満はなかった。けれど、同窓会以来中谷さんの言葉が頭から離れない。


 杏奈と交際する前に、中谷さんに俺が告白したら、妻は杏奈ではなく中谷さんになっていたかもしれない。


 そう考えると、少しだけそんな未来を見てみたくなった。もし、そんな未来があるなら杏奈――妻とどんな関係になっているのかを。




 恐らくそれが原因だろう。


 そんなありもしない世界を想像し、寝床についたと思ったら、時計の針が逆に進んだのだ。


 最初は何が起こったのか分からなかった。


 朝、目を覚ましたら、聞こえてくるはずの子供たちの騒ぎ声が聞こえてこない。代わりに耳につくのは携帯のアラーム音。


 携帯を開いてみると、そこに表示されていた日付を見て俺は驚愕した。


 携帯が示していたのは俺が杏奈と付き合う前、俺がまだ高校一年生だった時の日付だった。


 それから俺が取った行動というのは、俺の知る過去とは真逆のもの。


「中谷さん……俺、中谷さんのことが好きだ!」


 俺は、高校時代の中谷さんに告白したのだ。


 過去を書き換えるという大罪。何か確固たる信念があって未来を変えようとした訳ではない。


 パンドラの箱、中身は開けてみるまで分からない。ただの興味本位、別に心の底から彼女のことを愛してはいなかった。


「嬉しい! 私も坂口くんのことが好きなの!」


 告白は見事成功。晴れて俺は中谷さんと付き合うことになる。


 杏奈以外の女性との交際、それは思いの外刺激的だった。


 杏奈とはキスも性行為もしたい時にした。遠慮なんて存在しない。


 中谷さんは幼馴染と違い、知らない部分が多数存在する。お互いにどこまで可能なのかを探り合うのは面白かった。


 普通のカップルはそれが当たり前なのだろう。


 俺と杏奈が異常なのだ。付き合ったその日に行為に及んでしまうなんて。


 幼馴染という関係も相まって、付き合う以前からデートのようなことは俺と杏奈はしていた。


 だから恋人になった証とは何かと二人で考えた時、そういうことをした。


 当時の俺に大人になった実感はない。仲のいい幼馴染と気持ちのいいことをしただけ。思っていたよりも感動はなかった。


「坂口くん……その……私……キス……したい……」

「!?」


 故に中谷さんと口付けをした時は、ファーストキスであるかのように心臓が高鳴った。


 そこには初々しさがあった。何十回、何百回と繰り返した杏奈とのキスでは得られない快感が身体中を駆け巡る。


 妻――杏奈に対しての裏切り。それが絶妙なスパイスとして働いた。




 だが、俺は中谷さんと破局してしまった。


 中谷さんは嫉妬深い性格で、異性――杏奈も含まれる――と雑談しているだけで、それが浮気だと俺を責めた。


 どんなに身の潔白を証明しても、彼女は信用などしない。


 ほんの少し彼女を放っておいただけで、中谷さんはヒステリックになる。


 疲れ果てた俺は彼女の友人である杏奈に相談し、中谷さんと別れた。


「フフ、庸介はやっぱり私がいないと駄目ね」


 そして、解決の糸口を見つけてくれた杏奈とまた付き合うことになった。


 行き着いたのは、結局幼馴染と結婚する世界。過程が異なるものの、結果は同じだった。


 愚者は経験から学び賢者は歴史から学ぶ。


 俺は相当頭が悪いらしい。一度経験したにも関わらず、もう一度試してみたいと考えてしまうのだから。


 彼女の嫉妬も、独占欲から来たものであって俺のことを嫌いになった訳ではない。


 別れを告げた時も、彼女は食い下がった。「別れたくない」と泣き叫んだ。


 方向性を誤らなければ、中谷さんとはまだ関係を続けられた可能性がある。


 もし、中谷さんに誤解されるような立ち振舞いをしなければ、まだチャンスがあったのではないか。


 あり得たかもしれない未来――隣を笑顔で歩く中谷さんを想像し、俺は寝床についた。




 ――まただ。


 目が覚めると、ガラケーのアラーム音がけたたましく部屋に鳴り響いていた。


 携帯の指し示す日付は前回と同じ。


 どういう原理かは分からないが、現在と異なる世界を思い描いて眠りにつくと、意識が過去に飛ばされるようだ。


 俺は再度中谷さんに告白した。


 基本的な流れは前回と同様。加えて、今回は誤解をされないように周りから徹底的に異性を遠ざけた。


 もちろん、杏奈も例外ではない。罪悪感はあるものの、それでも好奇心が勝った。


「どうして私のこと避けるの?」


 それはそれで問題が発生した。急に他人行儀になったものだから、幼馴染が俺に接触を図ろうとしたのだ。


 避けても避けても杏奈は俺に話しかけてくる。


 根負けした俺は、杏奈を自分の部屋へと入れてしまった。それが良くなかった。


「ごめん、庸介!」


 人間関係に急激な変化が生じると、人は普段からは考えられない行動を選択するようだ。


「――ッ!」


 不意に杏奈から唇を奪われた。


 俺は何となく幼馴染と結婚したが、杏奈からしたらそうではなかった。


 彼女は俺のことを相当愛してくれていたらしい。中谷さんと絶縁することになってもかまわないと思うほどに。


「杏奈! この裏切り者! うあああああ!!」


 俺はその日、中谷さんと一緒に勉強する約束をしていた。


 間が悪いことに、時間よりも早く俺の部屋を訪れた中谷さんに杏奈とキスをしているその姿を見られてしまった。


 俺はまたしても中谷さんと破局した。そしてそのまま行き着いたのは杏奈と結婚する未来だった。


 中谷さんにぶたれ、頬を赤く張らした杏奈を見ても俺はまだ懲りなかった。


 今度は杏奈の気持ちが俺から離れるようにしてみたらどうなるだろう?


 杏奈の彼氏になり、それで俺が悪い男に豹変すれば俺に近寄ってくることはないのではないだろうか。


 自分を想ってくれる女性からどのようにすれば、距離を取れるのか試してみたい。その先にどんな未来があるのかが気になる。




 そこから俺は何度も時を遡った。けれど、全てが失敗に終わった。


 俺がどんなに無茶な要求をしても、杏奈はそれに応えた。絶対に俺から離れようとはしない。


 結果は全て同じ。交際期間中に浮気をしても、遠距離恋愛になっても俺は杏奈と必ず結婚する


 アプローチを変え、イケメンを紹介したこともあったが幼馴染は興味を示さなかった。


 もう何をやっても無駄なのかもしれない。そう思い始めた頃、俺はある変化に気付く。


 夜の営みだ。恋人である証を立てるための作業でしかなかったその行為が、いつの間にか強烈な快感が伴うものになっていた。


 最初の時間軸では、杏奈はそれほどそういった行為は得意ではなかったように思う。


 杏奈が浮気をしている。そうに違いない。誰かと関係を持っていなければ、上達することなどあり得ない。


 徐々にだが、未来は変わりつつあるのかもしれない。


 俺はそう思い、杏奈に尋ねることにした。


「杏奈、お前浮気してるだろ?」

「してない」

「じゃあなんで……そんなに……上手いんだよ?」

「なに言ってるの?」


 杏奈に惚けている様子はない。俺の言っていることが本当に分からないのか、キョトンとしている。


 全部庸介、いえアナタが私に教えてくれたんでしょ?


 フフフ。アナタ、私幸せよ。こうしてアナタと何度も恋愛することができるんだから。


 すれ違い、寝取り、遠距離恋愛、修羅場、全部楽しかった。


 ねえ、アナタ。私もう一回香住からアナタを奪ってみたい。


 次の世界はまた香住と付き合ってよ。安心して、アナタが浮気しても私は平気だから。


 むしろ燃えるの! 大事なものを奪い返した時のあの感覚が最高に堪らないの!


 ああ、そっか。自分が浮気したから、私が浮気したんじゃないかって思ってたんだもんね。


 大丈夫。私はアナタ以外と今までの世界でそんなことになってないわ。


 もちろん、これからの世界でもそうならないようにするから、心配しないで


 ――え?


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公クズやんと思わせてからのどんでん返し [一言] これもある種のざまぁなのかもしれない
[一言] うわわわぁぁぁぁぁ
[一言] 寝とり性癖も、特定の相手だけにしか発動しないなら純愛?…純愛なんだろうけど…寝とりに目覚めたヒロインと、別の女と添い遂げる世界線を体験したい主人公、そんな傍迷惑なカップルのタイムリープに巻き…
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