幻聴と幽霊
昼時のファミレス。ガヤガヤとざわめきが聞こえるなか、もう春であるのに、冬が残っているかのように、ある空間だけが凍りついていた。
一人はイヤホンをし、ゲームをしていた。もう一人は静かに見守っていた。
二人の空間にゲーム機のボタン音だけが響く。丁度終わりを迎えたのか一息ついた一人に、もう一人は口を開き、沈黙を破いた。
「なあ、薫、話聞いてくれよ」
「今そんな暇な――え、佑月どうしたんだよ、そんなやつれて!?」
佑月と呼ばれた少年はファミレスの机に突っ伏していた。そして薫と呼ばれた少年はゲーム画面から目を離し、親友のやつれ具合に心底驚いていた。
―だってあの佑月がこんなになるなんて。
テストで零点を取った日も、親にゲーム機を割られた日も、先生にこってり絞られた日も、笑って、悲しみや怒りも吹き飛ばしていたのに。
薫は記憶の中の佑月と、何故か耳を押さえ、顔をしかめる今の佑月を照らし合わせ、何時もと様子が違うことに内心冷や汗をかいた。
「分かった聞いてやるよ。何があったか話せ」
「…ありがとう、薫」
「何だよ、聞いてやるっつってんのにその顔は!」
「えっ、ちょ。いひゃい、ふねらないれよ。ふぉれふぇっほういひゃい」
何処か躊躇うような表情で見つめる佑月の頬を精一杯つねった。何時もは、聞いてもないことべらべら喋るくせに、今日は喉に蓋がついてるように話さない。
―これは自分がどうにかできる問題ではなさそうだ。
だが、相談することで心は幾許か軽くなる。それは薫が一番分かっていることだった。一番辛いとき、相談相手になってくれたのは佑月だったから。そして、薫も佑月の辛いときに相談相手になった。だから今日も佑月の相談相手になってやる。
佑月は頬をつねる手を押し退け、決意を決めたように薫を見つめた。そして、一呼吸置き、口を開く。
「…馬鹿げた話かも「人の悩み事に馬鹿げた、なんてものはない」……あのさ、人が折角覚悟決めて話そうとしてんのに遮んないでくれる? それにちょっと言葉格好いいし!」
「佑月が自分を卑下するのが嫌なだけ、この性格イケメン無自覚人誑しが」
顔を歪めながら、佑月にでこぴんする薫。そして「嫉妬を向けられる人の気持ちになってくれる?」と言葉を吐き、盛大にため息をついた。
「なんでキレながら褒め倒してくんの?」
「うるさいなぁ。さっさと話してよ。俺、シリアスな空気無理だから」
「分かったよ、話す。話す」
悪態をつく薫に、佑月は呆れながら笑みをこぼした。
―ようやく笑った。
薫は密かに安堵し、佑月の話を聞き逃すまいと耳を傾けた。
「実は最近、幻聴が聞こえるんだよね」
「……幻聴?」
てっきり人間関係絡みの悩みだと思ったら、予想の斜め上をいった回答に、薫は頬杖からガクンと頭を落とし、瞬きを繰り返した。
佑月はその様子に思わず吹き出しそうになったが、真剣に聞いてくれている薫に悪いと思い、話を続ける。
「そう幻聴。夜寝るときに、ざわめきの中をスーパーのカートが壁にがしゃがしゃぶつかる音が聞こえるし、fpsのチャットみたいな声が聞こえてくんの」
「なかなか面白い幻聴だね…」
「それに幽霊っぽいのも見える」
「…貞子みたいな?」
薫の問いに、佑月は首を横に振った。いよいよ訳が分からなくなってきた。幻聴を想像できなかった薫は、すっかり炭酸の抜けたジュースを一気飲みした。
「視界の端にいつも何か動くものが見えるし、数日前には白い靄がハッキリと一瞬見えた。事象と解釈とかいってる場合じゃないよ」
「事象と解釈なんて難しい言葉、どこで覚えてきたんだよ」
「気にするとこはそこじゃないだろ…」
がっくりと佑月は肩を落とした。何か意見を求めてる訳じゃないし、薫がどうこう出来るとか思ってないから別にいいんだけど…。佑月は大きなため息をつく。
大丈夫か、とか、元気出せよ、とか一言言ってくれたらいいじゃん。言わないってことは面白がってるか、信じてない、とかだろうなぁ。あいつ自分の目で見ないものは何がなんでも信じないからなぁ。
ネガティブ思考に走った佑月の思考は
ダンッッ!!
――と、叩くように置かれたコップの音で止まった。恐る恐る見上げると、そこには不機嫌オーラを垂れ流しにした薫がいた。
「どーせろくでもないこと考えてんでしょ」
「んな訳ない」
「はぁー、言っとくけど、俺は佑月の言うことは疑ってないし、悩み事に面白がるとか、そんな馬鹿みたいなことしない。こうしてココア持ってくるぐらいには心配してんの」
薫はいつの間にか持ってきていたココアを佑月に差し出した。冷まして飲むと、不器用な優しさがココアと共に体へ染み込むのが分かった。
「…落ち着いた?」
「あぁ、ありがとう、薫。それでさ、あと一つだけ聞いて欲しいことがあるんだけど」
「いいよ」
滅多に笑わない薫が、頬を緩ませた。それほどまでに心配してくれているとは思わなかった。佑月はそれに罪悪感を覚えると同時に、これから起こることに笑いを隠せなかった。
「…ねぇ、人が折角真剣に聞いてやってんのに、何笑ってんの?」
「いや、だって、くく…ごめん、お腹痛い、あははは!」
堪えきれず、机をバシバシと叩く。そんな様子にイラついたのか、薫は声を低め、物騒な目を携え、脅しにかかる。
「ココア顔にかけようか?」
「ごめん、ごめん、だってまだ気づかないんだからさ」
眉をひそめ、本気で困惑する薫を他所に、佑月は自身のバックを漁り始める。薫が状況を理解できずにいると、お目当ての物を見つけた佑月が煽るような笑みを浮かべて、薫にスマホの画面を見せつけた。
そこに表示されたのは――『4月1日』
つまり、エイプリルフールだった。
それに気づいた薫は、怒りと、柄にもないことをしたという羞恥心から顔を赤く染めると、へらへら笑う佑月の頭に一発お見舞いした。
「いっっったぁ!! 何すんだよ!」
「うるさい。俺がどんだけ本気で心配して、どう励まそうか考えて、やつれ顔を笑顔にさせてやろうか悩んでいたのに。この心配を、お前ってやつは簡単に踏みにじりやがって!!」
「ごめん。まさかそんなに俺のこと心配してくれるとは思ってなくて。結構優しいな、薫は。真剣に悩んでくれてありがとう」
「――――ッ! ふざけやがって、主人公の親友ポジみたいな顔してるくせに!」
「は、え、なにその罵倒の仕方。『佑月君はいい人だけど…』って言われて振られろってこと?」
そうだ振られろ、と薫は言い残し、レシートを持って会計に行ってしまった。結構本気で怒ってたくせに、ここのお金は払おうとしている薫に、佑月は苦笑する。
―お前の方が性格よくて、無自覚人誑しだよ。
佑月は、温くなったココアを飲み干し、「真剣に聞いてくれたお礼」と薫からレシートを強奪し、会計を済ませるのだった。
読んでいただきありがとうございました。
突然頭に浮かんだエイプリルフールネタ。
楽しんでいただけたら幸いです。
ちなみに幻聴とかの話は作者の実話。
皆様、夜更かしは体調を崩しますよ。
舐めてはいけません。