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古代朝鮮、エジプトにおける覇者への考察

 本論では、7世紀の古代朝鮮・高句麗において国王・高建武(コ・ゴンム)を退け国政を掌握した最高権力者・淵蓋蘇文(ヨン・ゲソムン)と、新王国時代の古代エジプト・第18王朝においてファラオ・ツタンカーメンの没後に長年の重鎮の身から即位したホルエムへブを比較し、王権が臣下により覆され弱体化する、或いは取って代わられる事態とそれを生む要因について考察する。その為に、淵蓋蘇文とホルエムへブの共通点及びそれらの詳細を列挙していく。



 第一に出身が「有能な軍人」という経歴。

 淵蓋蘇文は642年に大規模な流血政変を主導して高建武を討っているが、この政変の成功の鍵は、彼が自らの私兵をもって開催した閲兵式へ高建武派の大臣や将軍ら百人余りを参席させ、彼等を皆殺しとした所に有る。又高建武派の有力者たちが素直に参席した背景には、この閲兵式が、淵蓋蘇文が自らの政争での敗北を認め、当時高句麗を脅かしていた超大国・唐との国境に在る千里の長城への守将として派遣、即ち中央政界よりの左遷を承諾する離任式として公表されたという理由が伺われる。

 いずれにせよ、軍事力による政変を成すだけの戦術眼や指導力、そして精強な私兵を有し、軍事帝国・唐との国境警備の指揮官を任される淵蓋蘇文が、「有能な軍人」であった事は間違え無い。

 一方のホルエムへブも軍人として早くから頭角を表しており、アメンヘテプ3世期には既に軍の総指揮官の座に就き、ツタンカーメン期には王の代理人として、アクエンアテン期にヒッタイトに奪われた西アジアの植民地・ウビ州やカナン州の奪還を成し遂げている。この勲功が即位を後押ししたと推測されるホルエムへブも、紛れも無い「有能な軍人」である。



 第二に「傀儡の国王」を操る体制。

 上記の革命の後、淵蓋蘇文は高建武の甥・高宝蔵(コ・ポジャン)を即位させたが、これは自らが王位簒奪者として非難されぬままに高句麗を支配する為の「傀儡の国王」以外の何者でもなく、高宝蔵は淵蓋蘇文の死後まで彼とその子・淵男産の操り人形であり続けた。

 対してホルエムへブの操る「傀儡の国王」は、アクエンアテン期から権力を二分していた宰相・アイと共に擁立したツタンカーメンであり、ことさらに幼少期は完全なる言いなりであったと思われる。



 第三に「過激に断行」する強硬政策。

 これは淵蓋蘇文の起こした流血政変そのものが良い例であり、加えて後述する、先王・高建武の融和的な対唐政策を一転させ、真っ向から高句麗・唐戦争へと突入していった点も挙げられる。

 ホルエムへブにもこうした姿勢は顕著であり、先王・アイの墓を破壊し、その葬祭殿やツタンカーメンの巨像から名前を奪うのみならず、王名表よりアクエンアテン、スメンクカラー、ツタンカーメン、アイを抹消し四人の統治期間を自らのものとしている。アテン信仰の撲滅が狙いとされるが、エジプトにおいて国家そのものである王権を否定する蛮行とも取れるこの姿勢には、流石に「過激に断行」し過ぎた感が否めない。



 第四に自国の「隆盛を再現」せんとする思想。

 そもそも淵蓋蘇文が革命へと踏み切った最たる由縁は、国王・高建武の対唐外交の方針への怒りである。淵蓋蘇文が若き頃、高建武の兄で当時の国王・高元(コ・ウォン)は、4~5世紀に朝鮮史上最大版図を誇った偉大なる祖先であり朝鮮最高の英雄王・高談徳(コ・タムドク)こと広開土太王時代の、東アジア最強「大高句麗(テコゴリョ)」の隆昌と栄光への返り咲きの気運を高めんと邁進した。

 高元は、淵蓋蘇文の父で神仙の如き宰相・淵太祚(ヨン・テジョ)、天才軍師の軍総司令・乙支文徳(ウルチ・ムンドク)、80歳を過ぎても最前線で敵将を葬る大将軍・姜以武(カン・イシク)らそうそうたる英傑と共に自ら大帝国・隋へと親征し、隋の煬帝・楊広(ヤン・グァン)率いる数百万の大軍勢の侵攻を幾度にも渡り返り討ちとして、高句麗の「天孫」たる誇りを回復した。こうした時勢の中で、淵蓋蘇文は高元らの思想を色濃く受け継ぎ成長した。

 しかし隋が滅んで唐が興る中で高元や淵太祚が没すると、新王・高建武は唐へ対し、国家の最高機密である封域図を献上し、隋への戦勝記念塔たる京観の破壊申請を受諾するなど、明白な服従の姿勢を国家方針に定めた。乙支文徳は失意の内に病没し、姜以武は高建武を諌める為に100歳近い老体へ鞭打って断食するも方針の転向は無く、淵蓋蘇文へ後を託し同志たちの跡を追った。

 こうして淵蓋蘇文が前述の政変を断行するに至る訳だが、以上の流れから分かる通り、この革命は彼が姜以武より託された高元時代の「隆盛を再現」せんとしてのものである。事実、革命後に高句麗を支配した淵蓋蘇文は、唐の太宗・李世民(イ・セミン)の大規模な高句麗遠征を激闘の末の完勝という形で退けている。

 ではホルエムへブはどうか。彼は高齢で即位したにも関わらず、アクエンアテンのアマルナ時代に衰退したエジプトへ、トトメス3世やアメンヘテプ2世期の最大版図の「隆盛を再現」する事を目指して精力的に躍動した。

 具体的には、アマルナ時代の遺物であるアテン神殿を解体する一方で、ラーやプタハを復活させ再びのアメン台頭を抑止し、加えて自ら筆を取って多量の戒律を叙し、更に南北二つに大別するという軍の再編も遂げており、事実これによりエジプトの国力や秩序は短期間で回復された。



 これら四つの共通点、「有能な軍人」「傀儡の国王」「過激に断行」「隆盛を再現」に見られる要素が重なるような時勢において、強大な権力や軍力を誇る臣下が台頭し王権は弱体化を余儀無くされるのではなかろうか。

 本来、高句麗王家は建国神話において天帝の子と川の神の娘より生まれた初代国王、東明聖王・高朱蒙(コ・チュモン)を始祖とする文字通りの「天孫」とされ、エジプトのファラオも創世神話より太陽神・アトゥムの子孫として、又神の声を聴き来世へ触れる事の出来る唯一無二の存在として神王理念の元絶対視される存在であった。

 しかし国王と言えども一人の人間である事には変わりなく、故にこうした神王理念を単なる迷信に過ぎぬと断じ、そこへ背く決意の構築を可能とするだけの力を有する強者の出現が許される時、いかに神聖視の対象たる王権であろうが、その地位は絶対ではなくなるのだろう。


 参考文献

『古代朝鮮 三国統一戦争史』盧泰敦 著、橋本繁 訳

『韓国時代劇パーフェクト大事典』高橋美樹 編集、株式会社竹書房 発行

『知れば知るほど面白い ツタンカーメンと古代エジプト王朝』近藤二郎 監修

『初めての古代エジプト-新王国時代編―』山花京子 著

『古代エジプト ファラオ歴代誌』吉村作治 監修、ピーター・クレイトン 著


 授業の感想

 紀元前だけで三千年間、即ち五千年前の超古代という途方も無い歴史が学べるという事で、古代エジプト史の授業は専行である文学や創作の教科以上に毎週楽しみに受けてきた。

 私は小学生の時分より小説家を不動の夢として固めており、その勉強の為だけに国立受験を蹴り故郷を遠く離れたが、もしこれが無ければ、私の興味関心は十年前からのめり込んでいた日本史や世界史のみへ集約された事は疑い無く、事実今月発売した小説の世界観も古代東アジアの戦国時代と為っている。この小説は長編であり、世界統一を目指す物語上、いずれは日本や朝鮮、中国など東アジア世界より飛び出して、世界中のあらゆる古代や中世を世界観として取り上げたいと考えている。

 さて、私は古代朝鮮について強い関心を有している。他にも日本の源平時代や戦国時代、中国の春秋戦国時代や三国時代、高句麗との熾烈な大戦で知られる隋、唐時代などは特にロマンに溢れ好みである。こうして見ると私の興味関心は古代東アジアにばかり集中しているが、古代ギリシャや古代ローマ、そして古代エジプトは例外だった。

 とは言え、古代東アジア史に比べると知識量は大人と赤子程に開きが有り、重点的に学ぶ機会を欲していた。故に古代エジプト史を学ぶに当たり、私は先生の一挙手一投足を逃さぬつもりで毎時間を重宝した。

 古代エジプトへ感じるロマンについて、授業を受ける内に私はその実態を自覚するように為っていた。東アジアと異なり、エジプトの在るアフリカ大陸は完全なる異文化の世界である。地形や気候、衣服や建築は勿論の事、絶対的な王権観や異様なまでの来世信仰、ピラミッドに代表される大規模な陵墓、神官が権力を握る宗教観など、東アジア史に偏る私にとってエジプト史は何もかもが新しかった。

 この新しさと既存の知識との差異こそが面白いのであり、上記の小説において対立或いは和平させるのが楽しみで仕方がない。このように創作の意欲さえをも向上させてくれる古代エジプト史を、今後も楽しんで学んでいきたいと考えている。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  勉強になりました。 [一言]  政権が無能(に見える)と  神から戴いた主権  というものを振りかざしても民衆に受け容れられないのだろうな、と思いました。  それがなくても、王さま本人や…
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