8話 ダンジョンでの試験 ⑤
ミアが僕の助けを断ってから2分程攻防は続いているけど、見るからにダメージと疲労が蓄積されてミアの全身を纏う魔力も弱まっている。
さらに3分が経とうかという時、グレートファングのスラッシュを受け止めたミアのロングソードが折れ、衝撃でミアの体が弾き飛ばされてしまった。
ボス部屋の右側面の壁に激突して、力無く崩れ落ちるミア。
次にグレートファングがミアに飛びかかるタイミングで、ミアを助けなきゃ…
「火炎爆弾!」
あ、セレナが火の中級魔術を使っちゃった。
僕知〜らないっと。
フレイムボムがグレートファングの体表の毛皮を燃やすけど、グレートファングには当然ダメージが通らない。
厳密には、火属性だけでは足りないんだ。
「あーあ、ヤツの敵意を引いちゃったよ?
僕は知らないから、セレナが責任取ってね」
「いやぁぁあ、コッチ向いた!無理無理!助けてえ!」
「セ、セレナが犯さ…(以下略)」
セレナみたいに安っぽい正義感を持つ人は、あまり好きじゃない。
助ける力もないのに中途半端に首を突っ込んで、すぐに他の人に丸投げ。
この場にグレートファングと戦える人が居なかったら、セレナの勝手な行動のせいでロシュもモネも殺されるだろう。
彼女には力が無いんだから、グレートファングがミアに気を取られている内に、ボス部屋の入り口から逃げた方が余程マシだ。
ミアを助けるのは、僕1人で充分なんだし。
仕方ないので、魔力操術を使ってセレナに襲い掛かろうとするグレートファングの動きを止めた。
「仕方ない…君は魔導端末に自己責任だと録音して無いからな。
死んだら僕の成績に響く」
「あ、ありがとう…は、早く倒しちゃって下さい」
「甘ったれんじゃねえ!
テメエのケツくらいテメエで拭けよ!」
「ヒ、ヒィ…!」
どこまでも他人任せのセレナに腹が立って、つい怒鳴ってしまった。
学院で嫌がらせを受けまくっている内に、随分と心が荒んだみたいだ。
コレはマズいので、深呼吸をして気分を落ち着かせよう。
「フゥ…君は氷魔術の氷雪撃を使えるかい?」
「は、はい…一応使えます」
「じゃあ、氷雪撃と火炎爆弾を交互に放ってくれないか?」
気持ちが落ち着いた所で、セレナに攻撃の指示を出した。
言われた通り、セレナは氷属性と火属性の中級魔術を交互にグレートファングに叩き込む。
彼女がそれを3回繰り返した所で、攻撃魔術をストップさせる。
これ以上撃つと、魔力切れで動けなくなりそうだからな。
「じゃあ、モネ。奴の喉の辺りに毛の色が違う部分があるだろう?
そこに何発か矢を放ってくれ」
「え、で、でも、わたしの矢なんて効かないんじゃ…」
「さっきの魔術攻撃の急激な温度差によって、グレートファングの硬い表皮は脆くなってるんだ。
大丈夫だから矢で色の違う所を射るんだ」
俺の指示に従って、モネは立て続けに5本の矢を放った。
落ち着けば狙いは正確なようで、モネの矢が毛色の違う部分を抉っていく。
「モネ、ストップだ。
じゃあトドメはロシュにお願いしよう。
抉れた所から、少しだけ魔核が見えるだろう?」
「わ、分かった。思いっきりぶっ刺して来るぜ」
ビビリのロシュも、漸く僕の魔力操術の効果が分かったようで、迷いなくグレートファングの元へ向かう。
ロシュの刺突により、あっさりと魔核は砕けて、分散した魔素が各自に取り込まれる。
どうやら倒れているミアも、ダメージを与えたとみなされたらしい。
後には魔石と、レアドロップのグレートファングの牙が2本残った。
僕は回収を他の連中に任せて、倒れるミアの元へと急いだ。
まだ息がある事は分かっていたけど、酷いダメージを受けているかも知れない。
手早くマジックバッグからハイポーションを取り出して、彼女の負傷箇所にかける。
幸い爪による傷もそれほど深くないようで、少しずつ傷がふさがっていく。
良かった…傷跡も残る事は無さそうだ。
僕は綺麗に塞がったのを確認して安堵した。
年頃の女の子の肌に傷跡が残るなんて可哀想だからな。
「…んっ、あ、あれ?
ミアは…グレートファングと戦って…」
「ああ、気が付いたかい?
グレートファングはロシュが仕留めた。
さっさと帰還用の転移魔法陣で帰ろう」
僕は、倒れたまま周囲を見回すミアに手を差し出した。
バチィッ!
「な、何でミアを助けたのよ!?
ミアは、ミアは…力をつけなきゃダメなの!」
僕の手を払ったミアは、上体を起こして僕を睨んで怒りをぶつけて来る。
知らんがな…
「君が無様過ぎて、グレートファングは君にトドメを刺す価値も無いと思ったみたいだ。
僕らに攻撃を仕掛けて来たから、仕方なくみんなで協力してヤツを倒した。
君を助けるつもりなんて、サラサラ無かったよ」
「へ〜、助けるつもりが無いくせに、あんなに必死な顔してダッシュでミアの所に行ったんだ〜?
ハイポーションをかけてる時も、ミアの事を凄く心配している感じだったけど?」
「バ、バッ、バーカ!そんなんじゃねえよ、バーカ!」
いつの間にか僕の横に立っていたセレナが、ニヤケ顔で茶化して来た。
ホント、この人はイラつくなぁ。
一発くらい殴っても良いかな?良いよね?
「……あ、ありがと……ランディ…」
顔を赤く染めたミアが何か言ったみたいだけど、声が小さくて聞き取れなかった。
何とか場は収まったので、ボス部屋を出た所にある水晶にそれぞれの学生証を翳して、帰還用の転移魔法陣で地上へと戻った。
地上に居た指導員が持っている小さな箱型の魔導具に学生証を翳して、僕たちのゴタゴタした中間査定は終了。
後はダンジョン近くに設けられている冒険者ギルド直営の素材買取所で、今回ゲットした魔石とドロップ品を買い取ってもらうだけだ。
学院から貸し与えられたマジックバッグから、魔石やグレートファングの牙を取り出してカウンターに置く。
「お、おお…随分大量に魔物を狩ったんだな。
ちょ、ちょっと待て!これはグレートファングの牙じゃねえか?」
「はい。みんなで倒して来たんです」
驚いた様子の受付のおじさんに、僕が代表して答えた。
「そ、そうか…学院の生徒が優秀だとは知ってたが…
まさかグレートファングをやっちまうとはな」
「大した事有りませんよ。
では、買い取りお願いします」
「お、おう…ちょっと待ってな…」
おじさんが素材を裏に持って行った。
少し時間がかかるので、買取カウンター横に貼ってある素材の買取価格を見ながら待っていると…
「ね、ねえ、ラ、ランディ」
何故か顔を赤くしたミアが声をかけて来た。
どうやら僕がエリス呼ばわりされる事が嫌なのを、彼女も分かってくれたらしい。
「大丈夫かい?
顔が赤いけど、ダメージで発熱したの?」
「あ、う、、、ち、違うわよ!
あの…よ、良かったら、ミアに剣術を教えてくれない?」
顔の赤さは、ダメージでの発熱では無いらしい。
それにしても、僕に剣術の指南を乞うとは、随分としおらしくなったな。
何か企んでるのか?
いや、何事にも真っ直ぐぶつかって行くミアに限って、そんな事は無いか。
「随分と謙虚になったようだね…うん、好ましい態度だね……
だが断る!!!」
「えっ、どうして?
み、ミアの態度の事怒ってる?
な、なら、お詫びにミアの事を犯しても良いから!
ランディだったら…そ、その…嫌じゃないから!」
ミアの犯されたい病も重症らしい。
僕らはまだ14歳で成人前だ。
王国の法律では、14歳から婚姻や飲酒は認められているけど、そういう事を考えるのは倫理的に良くない。
「いいかい、ミア。
女子が犯すとか、その手の事を男子に向かって口にするのは良くないよ。
それに、態度の事は改めてくれたから、もう怒ってない」
「え、じゃあどうして?
ミアはどうしても強くなりたいの!お願い!」
偉そうな態度を取らなければ、ミアは良い人なんだな。
みんなにこういう態度を取れば、クラスの人気者になれるだろうに。
まぁ、クラス一の嫌われ者の僕が言うのも何だけど。
「いや、そうじゃなくて。
剣術の腕は、僕なんかよりもミアの方が遥かに上だよ。
だから、剣術に関して僕がミアに教えられる事は無いんだ」
「そんなの嘘よ!
ランディが沢山のフォレストウルフを一瞬で斬り捨てた動きは、凄過ぎてミアの目には追いきれなかった!
そ、それに…カ、カッコ良かった…」
随分と真剣に食い下がるんだなぁ。
最後の方は声が小さくて、良く聞こえなかったけど。
家族が嫌で家を飛び出した僕は、食べて行くお金を稼ぐ為には冒険者になるしかないと思った。
冒険者で稼ぐ為に有利なのが、冒険者学院だ。
高い戦闘能力さえ有れば、学院の学費や寮の費用は免除になるし、食事にも困らない。
こうした後ろ向きな理由で僕はここに居る。
でも、ミアには強くなって何かを成したいという、強い意志を感じられる。
「アレは、体内魔力の使い方が僕の方が優れているってだけさ」
「じゃあ、その魔力の使い方を教えて!
お願い!
そ、その…わ、私の…か、体を…ランディの好きに弄んで良いから!」
言い方が違うだけで、さっきと似たような事を言ってる…
最近の女子はそういうのがブームなのかな?
「何度も言うけど、女子が自分の体を安売りするみたいな言い方は良くないよ。
それに、僕はその手の話はよく分からない」
「ご、ごめん…
冒険者の男は…その…女の人を無理矢理…だ、抱きたがる生き物だって『冒険者ウーマン』っていう雑誌に書いてたから。
ランディが、そう言う事を言わない女の子が好きって言うなら、もう二度と言わないから」
あ、女性冒険者向け雑誌の記事を間に受けた感じですか…
それから、僕は下品な事を言わない女の子が好きとは言ってない。
正直、陰湿な嫌がらせを受け続けてるから、異性の事とか恋愛の事を考える余裕なんて無かったんだよね。
「それでも、僕は教えられない。
自分の特訓をこなしたり、隣のクラスのレインと時間を作って、一緒にトレーニングをしているんだ。
とても他の人に教えている時間なんて無いよ」
「じゃ、じゃあ、一緒にトレーニングに付き合う!それなら良いでしょ?」
かなりミアは意志が強いみたいだ。
断ってもしつこく付きまとわれるだろう。
僕は特訓の邪魔をしない事を条件に、ミアが特訓に付いてくる事を許可した。
その後、無事に買取の手続きが終わった。
1人12万5千ルエンのお金が手に入り、僕らはホクホク顔で寮へと帰るのだった。