7話 ダンジョンでの試験 ④
7階以降の探索もこれまで同様、実にスムーズに進んだ。
特にロシュはビビリさえしなければ、かなり筋の良い動きをしていた。
僕が魔力操術をミスる事を考えて、仲間の前に出て大盾を構えたり、サイドアタックやバックアタックを警戒して位置取りを変えたり。
彼の体格を見ても、筋骨隆々で体幹もしっかりしているし、陰で相当な努力をしている事が見て取れる。
強い気持ちと、体内魔力の使い方をしっかり覚えれば成績も上位に食い込むだろう。
ロシュの才能の片鱗を感じながらも探索は進み、僕らはとうとう10階層のボス部屋に到着した。
先ずはボス部屋の手前の安全地帯で、休憩がてらの装備品の損耗チェックをする。
「ねえ、ここのボスは手出ししないでくれない?」
ミアがいつになく真剣な表情で、僕に打診して来た。
「ここのボスは、Dランク上位のグレートファングだよ?
動きを止めずに1人で仕留められるの?」
「馬鹿にしないでよ!
ミアもグレートファングくらい1人で仕留められないと絶対にダメなの!
ミアがグレートファングなんて瞬殺してやるわ!」
グレートファングは体高2.5メートル、体長4メートルの巨大な狼型魔物だ。
巨体の割に敏捷性が高く、大きな牙でのバイティングや、鋭い爪でのスラッシュは鋼鉄製の防具をも簡単に切り裂く。
僕らは学院から支給されたミスリル製の軽鎧を着けているけど、グレートファングの攻撃を何度も食らうと絶命してしまうだろう。
そもそも、学院側はグレートファングの討伐なんて求めてない。
クラスの指導員が言っていたけど、6つのパーティーの内、1パーティー討伐出来ればかなり良い方だと言っていた。
人命最優先で、戦力を考えて無理のない探索をするようにと。
つまり、学院側の基準では、出来るだけ深い階層まで行って、戻って来る事が出来れば合格点を与えるというものだ。
グレートファングは攻撃の種類は多くないので、大きくて素早いだけならEランクパーティーでも何とかなるだろう。
問題は特殊な体質だ。
単純に物理攻撃をしても、単純に攻撃魔術を放っても、ヤツに攻撃は通らない。
「プライドの為に死ぬというなら、それも冒険者としての死に様としては有りかもね。
じゃあ、魔導端末の音声録音で、自己責任として単独討伐に行く事を残してくれないか?
ミアが死んだ後、僕らが責任を問われたく無いからね」
「お、おい!ミアを見殺しにするのかよ!?」
僕の言葉に、ロシュが不満を漏らす。
僕だって本当はミアを見殺しにはしたくない。
でも、ミアの決意は本物だ。無碍には出来ない。
「ミアは僕のような雑魚に劣っているとは認められないんだ。
僕らの助けは死んでも求めないだろうさ。
彼女がブチ殺された後で、僕らがグレートファングを討伐すれば彼女の弔いにもなるよ。
納得出来ないなら、君がミアを説得すれば良い」
納得出来ないのか、ロシュはミアの方を見た。
彼女が魔導端末に音声を録音する所を見て、何を言っても無駄だと悟ったんだろう。
彼は説得はせずに黙って項垂れた。
僕らがボス部屋に入ってすぐに、ミアとグレートファングの1対1が始まった。
ミアは魔力を無駄に全身に漲らせて、全身を強化する。
足の運びや身のこなしが素晴らしいだけに、とても勿体ない。
魔力による強化は、動作に使用する部分を重点的に強化して、それ以外は軽い強化の方が良いんだげと。
そんな勿体ないミアは、序盤からグレートファングの攻撃を躱しながら、隙をついて強烈な斬撃を繰り出して行く。
グワキィィイン!!!
激しい金属音がボス部屋に響くけど、当然グレートファングは無傷だ。
「えっ、ど、どうして!?キャアアアッ!」
攻撃が通らなかった事に驚いたミアは、一瞬隙を作ってしまった。
フォレストファングの前脚の爪によるスラッシュが、彼女の背を捉えた。
「案の定、何の対策もせずに挑んだんだね。
バカ過ぎて言葉が出ないよ」
「そ、そんな事言ってないでミアを助けてよ!」
「そうよ!このまま、狼にミアが犯される所を黙って見るつもり?
見るつもりなのね。この変態!」
セレナとモネはミアを助けたいようだ。
狼が人を犯すという妄想に取り憑かれたモネは、今後は完全無視する事に決めた。
その後、何とか体勢を立て直したミアだったけど、ややダメージを受けたようで、グレートファングからの攻撃に対して少しずつ反応が遅れるようになった。
何とかロングソードでスラッシュを受けているが、序盤のように綺麗に躱す事が出来てない。
要所で反撃はしているが、当然刃は通らない。
さすがに、このままミアを見殺しにしたくないな。
口は悪いけど、僕に正面からぶつかってくれる彼女は、元々の性根が良いんだと思うからね。
「最後の忠告だ。
助けを求めるなら今の内だよ?
力任せに振るったせいで、もうすぐその剣は折れる」
僕は彼女が思い直してくれる事を祈りつつ、最後に助け船を出そうと提案した。
「ググっ…ミ、ミアは1人でやれるの…
エリスは手出ししないで…」
「テメエっ!あんだけエリスって呼ぶなっつったよな!
舐めてんのか、ゴルァァアア!!!
ああ、もう知らねえ!
さっさとグレートファングにぶっ殺されろ!」
あー、マジでムカつくわ。
ハッ!普段は使わない乱暴な話し方をしてしまった。
短気はいけないな。
こうなったら、ミアがグレートファングに殺される前に、強引に助けるしかないかな…
彼女が動ける内に助けに入っても、下手に暴れられてしまうかもだから、致命傷を負う前にタイミングを見計らって助けに入るか。
僕は今すぐに助けに入りたい衝動を抑えて、ミアの戦闘を注意深く見守る事にした。