41話 和解
「エリスランディ君、ミア嬢、本当に申し訳無かった!」
マックの父親のウィルフレッド・マクスウェル侯爵が僕とミアに深々と頭を下げて来た。
ちょ、ちょっと、侯爵閣下が平民に頭を下げるのはマズいんじゃないの!?
あの後、僕らはベティとフィリスと合流して、学院長に連れられてマックの実家にやって来たのだけれど、ウィルフレッド侯爵閣下はマックとは正反対の人物だった。
僕が頭を上げるようにお願いしても、国民を虐げるような愚かな息子に育ててしまったのは自身の責任だと、その後も何度も謝られてしまった。
ややあって。
「君達にこんな事を頼めた義理では無いのだが、どうか愚息のマクレランを連れ戻してくれないだろうか?
愚か者であっても、私にとってはかけがえの無い息子なのだ。
どうか、お願いだ!」
またしてもウィルフレッド侯爵閣下が頭を下げた。
頭下げ過ぎだろう!
「あ、あわわ…ど、どうか顔を上げて下さい!
僕たちもマックの事を放っておけませんし、協力したいです。
で、さっき伺った事は間違いないんでしょうか?」
僕は侯爵閣下を宥めて、先程聞いた事を確認した。
まさか、マックがそんな事をするとは思えなかったのだ。
「本当にありがとう!心から感謝する!
そうだ、先程の件だったね。
恥ずかしい話だが、マクレランが『暗黒時代に飛ぶ鶏』の幹部と行動を共にしているという情報は、間違い無いようだ。
更に不味い事に、マクレランは家宝の『鳳凰の泪』を持って出て行ってしまった。
『鳳凰の泪』は、神の御力を一度だけ顕現する事が出来ると言い伝えられている。
そんな物が『暗黒時代に飛ぶ鶏』に渡ったとなると…」
『暗黒時代に飛ぶ鶏』は、王国の転覆を狙うテロ組織だ。
そんな危険な連中が、神の力を手に入れたかも知れないのだ。
それは、王国の危機を意味する事に他ならない。
まさかそんな組織にマックが関わっているなんて…
「しかも、『鳳凰の泪』が神の御力を顕現するには、持ち主であるマクスウェル家の人間を依代にする必要が有るッス。
マクレラン君の身に神の御力が宿れば、力を開放した瞬間に彼が絶命する事は免れないッス。
今、王国騎士団や衛兵がマクレラン君の行方を捜索してるッスが、足取りすら掴めてないッス」
「そんな…早くどうにかしないとマックが…
ベティ、索敵魔術でどうにか探せないか?」
余り時間に猶予がない。僕は藁にも縋る思いでベティに確認した。
「ゴメン。
索敵魔術で個人を特定するのは無理。
出来るなら宮廷魔導師団がとっくに探し出してると思う」
「そ、それもそうだな。
何かマックを探す方法は無いのか…」
結局考えても時間が過ぎるだけで、妙案も浮かばない。
取り敢えずその日は、捜索隊の騎士団に加わって、富裕層が立ち入らないスラムを中心に探して回った。
◇◇◇◇◇
「結局空振りだったね」
「そんなに直ぐに見つからないわよ」
陽が暮れる前に今日の捜索は打ち切りとなった。
パーティーハウスへの帰り道、ミアとベティが話している。
ミアは何処かで責任を感じているようで、浮かない表情だ。
「エリス!ミア!」
声がした方を見ると、レジーナが鬼気迫る表情で駆け寄って来る。
何か有ったのだろうか?
息を切らせたレジーナから出て来た言葉は、思いがけない物だった。
「お願い!マックを!マックを助けて!」
◇◇◇◇◇
通りで話すには人目に着くので、僕たちのパーティーハウスへとレジーナを招いた。
フィリスが淹れてくれた紅茶を飲んで、少し落ち着いたレジーナの話に耳を傾ける。
「子供の頃に隠れ家に使っていた、西の森にある小屋にマックを匿ってるの!
何かマックの様子がおかしくて、顔色も悪いし…私どうして良いか分からなくて…」
「どうしてマックのお父さんに、真っ先に教えなかったんだ?」
「教えようとしたわ!
でも、既に衛兵達が大勢屋敷に詰めかけてて、マックの様子から見ても悪い事に関わってる感じがしたの。
このままヴィルさんに伝えたら、マックが捕まっちゃうかも知れないって思ったら、何だか怖くなって…
私…他に頼れる人も居なくて…
エリスを頼るしか無くて…」
レジーナがそう言って、涙を零した。
彼女は彼女で、相当追い詰められてたんだだろう。
「話は分かったよレジーナ…」
「…面倒事に巻き込んで本当にごめんなさい!
でも、でも…」
「テメエ、またエリスっつったな!
舐めてんのかこのクソアマがぁああ!」
「ヒ、ヒィィィィ!」
しまった。
名前の事になるとどうしても頭に血が上ってしまうな。
ミアとレインに宥められて、僕は何とか落ち着きを取り戻した。
「怒鳴ったりして悪かったよ。
じゃあ、出来るだけ大事にせずに、マックの謎の症状を治してお父さんの所に連れ戻そう。
で、マックの症状はどんな感じなの?」
「酷く顔色が悪くて、高熱にうなされてるの。
急に意識を失ったり、よく分からない言葉を呟いたり…
本当に何が何だか分からなくて…」
「話は出来る状態なのか?」
「正気に戻っている時間だったら苦しそうだけど、何とか話は出来るわ。
『俺の事は放っておいて良いから、お前は早く王都に逃げろ』って言われたんだけど、どうしてもマックの事が心配で…」
良かった…
まだ、完全に神の御力の依代になってないようだ。
でも、どうすれば正常に戻せるのか見当もつかない。
「そ、そう言えば、マックの手の甲にもそこの女の人みたいな紋章のようなものが出てたの」
レジーナがそう言って、フィリスを指差した。
「模様はもっと禍々しい感じ…イバラが絡み合っているみたいな…」
「主人様、恐らくそれは邪神の力を宿す為の契約紋ですわ」
レジーナの言葉に反応したフィリスが口にした邪神とは、1,000前に魔界から侵略して来た大魔王よりも上位の存在だ。
そんな恐ろしい神の依代にされるなんて…
「フィリス、どうにかその契約を解除出来ないのかい?」
「完全に依代になる前でしたら方法はあります。
でも、その男は主人様を虐げていた愚物ですよね?
たかが愚か者1人を依代にした所で、邪神の力のほんの極一部しか引き出せません。
森の中でしたら王都民に被害は出ませんので、そのまま放っておけば宜しいのでは?」
確かにマックには色々な嫌がらせを受けて来たし、彼には心底腹を立てていた。
でも、マックが学院に来なくなっても、陰湿な嫌がらせは無くならず、遂には追放しろとまで言われる始末。今思い返すに、マックとレジーナはコソコソせずに、真っ向から嫌がらせをして来た分まだマシだった。
「僕が傷付いたなんて些細な事だよ。そんな事でマックを見殺しに出来ない。
フィリス、どうか力を貸してくれないだろうか?」
「ふふふ。主人様は本当に器の大きな方ですわ。
畏まりました。
それでは、愚物の元へ急ぎましょう。その小娘の話からすると、あまり時間は残されて無いようです」
フィリスは快諾してくれた。
本当に彼女には感謝しかないよ。
無事に解決したら、フィリスの大好きなフルーツ盛り合わせをあげよう。
僕らは、早速パーティーハウスを飛び出して、西の森へと急いだ。
因みに、足の遅いレジーナは、ミアが小脇に抱えている。
◇◇◇◇◇
5分程で王都郊外の西の森に到着した。
レジーナの案内で小屋へ向かうと、顔が土気色になったマックが小屋から出て、森の奥の方に向かおうとしている。
「マック、大丈夫か!?」
「エリス!な、何でここに…
来るな!今すぐ逃げろ!もう時間が無いんだぁあああ!」
マックが必死の形相で叫ぶ。
自分の身に起こっている事が分かっているんだろう。
「馬鹿野郎!
放っておけるかよ!
フィリス、マックを治すにはどうすれば良い?」
「主人様、先ずはあの愚物の左手の甲に、大き目の切り傷を付けて下さい」
僕はすぐにマックに走り寄った。
マックの体に変化が起こり始めて、背中の肉が盛り上がっている。もう時間が無い…
「グアアア!
な、何を!エリス!は、早ぐうう、に、逃げろおぉぉ!」
「マック、少し痛いが我慢してくれ!」
僕がマックの手の甲の紋章を斬り付けると、間髪を入れずにフィリスが小瓶に入った黄色い液体を、マックの傷口に振りかける。
すると、マックの手の甲の紋章が青く光り出した。
辺りには強烈な刺激臭が立ち込める。
マックは暫く手の甲を押さえて地面をのたうち回っていたけど、徐々に膨らんでいた背中の肉が萎んできた。
どうやら何とか間に合ったようだ。
それにしても中々強烈な匂いだな…
「本当にありがとう、フィリス。
さっきの液体もかなり高価な薬だったんじゃない?」
「いいえ、アレは私の聖水ですから、お金はかかってません」
「せ、聖水?」
「オ、オシッコでございます!
もう、私だってレディなんですから、少しは察して下さいまし!」
どうやら、マックは手にフィリスのオシッコをかけられたらしい…
成り行きとは言え、女性に恥ずかしい事を言わせてしまったのはマズいよね。
僕はフィリスに全力で謝罪した。
ややあって。
「…何で俺なんかの事を…助けてくれたんだ?
俺はお前に…お前の事を…」
契約紋が消えて、すっかり元に戻ったマックが、気まずそうに問いかけて来た。
「過去の事なんて、もうどうだって良いじゃないか。
クラスメイトが死にそうになってたんだ。
放って置けなかっただけだよ」
「エリス…済まなかった…
ほ、本当に…今まで済まなかった…」
あのマックが僕に深々と頭を下げて、肩を震わせている。
「バーカ、謝るなよ。
友達なら、ありがとうって言うもんだろ?」
僕の言葉を聞いたマックは、涙を流したまま呆然とした顔をしたけど、直ぐに口角を上げて照れ笑いし始めた。
「そ、そうだったな。…本当に…本当にありがとう」
「それから、エリスじゃなくてランディって呼べよ」
「分かったよ、ランディ」
僕とマックはお互い笑顔で硬く握手をした。
マックを助ける事が出来て本当に良かったよ。
それから僕たちはマックの実家へと向かった。
ウィルフレッド侯爵閣下は、泣きながらマックを抱きしめていた。
公爵閣下は何度も馬鹿者がって言ってたけど、とても温かい言葉に聞こえたんだ。




