40話 マックの受難 ③
マック視点
ギルドの前で俺に仕事を持ち掛けて来た疵面の男に連れられて、俺は胡散臭い連中のアジトに来ている。
平民が多く住む東地区にある商店風の建物に転移魔法陣があり、そこから飛ばされたのが今居るこの空間だ。
俺と疵面の男以外に3人の黒装束の男がいる。
「本当にお前らの仕事の手伝いをすれば、瞬間移動の魔導具を俺に渡すんだな?」
怪しい風貌のコイツらに、俺はミアを攫うための魔導具についての念押しをした。
「ああ。ちゃんと俺たちの頼みを聞いてくれれば、コイツはお前さんにやるよ」
ここに俺を連れて来た疵面の男は含みを持たせた言い方をして、筒状の金属棒を取り出した。
金属棒は先端にエメラルドのような宝石が付いていて、持ち手部分に赤と青のスイッチのような物が付いている。
「それが本当に魔導具かどうか分からんな。
今この場で使って見せろ」
「チッ、疑い深いヤツだな。
いいか、この先端の魔法石を転移魔法陣を設置したい地面に向けて、この赤いスイッチを押す。
するとこの通り魔法陣の出来上がりだ」
男は説明しながら、魔導具を使って床に魔法陣を設置した。
「で、もう一箇所に同じように魔法陣を設置するだろ?
コレで、この2つの魔法陣を自由に行き来出来るって訳だ」
男は少し離れた場所に2つ目の魔法陣を設置して、実際に2つの魔法陣を行き来して見せた。
どうやらアレは転移魔法陣設置の魔導具で間違いは無いようだ。
「大体分かった。
で、その青いスイッチは何に使うんだ?」
「コレか?コレは魔法陣を隠蔽する為のスイッチだ。
ホレ、この通り魔法陣は跡形も無く消えるってワケよ。
これであの化け物にバレる事なく近づけるぜえ?」
疵面の男は気味の悪い薄笑いを浮かべて、魔法陣を消して見せた。
あくまで隠蔽の術式を組み込んだだけのようで、消えたように見えても転移魔法陣の効果は失われてないらしい。
なるほど、便利な魔導具だな。
「良いだろう。貴様らの頼みとやらを言ってみろ。
話に乗るかはそれから決める」
「チッ!魔導具が本物なのは分かっただろうが!
この後に及んで尻込みするってのは頂けねえな」
男が忌々しそうに表情を歪めて苦言を呈して来たが、コイツらの実態も明らかでは無いのに魔導具欲しさに何でも引き受ける程間抜けじゃねえ。
「まぁ、良いではないか。
失礼、まだ名乗っていなかったね。
私の名は木兎。この有志の集まりの責任者をやっている。
我々はある目的の為に、君に接触を図ったのだよ」
木兎と名乗った男は、この4人の中でも特に怪しい風貌をしている。
全身黒づくめの服装は他者と同じだが、妙なデザインの覆面を付けている。
「ふん。よくもまぁ、こうも胡散臭い奴らばかりが集まったものだ。
で、俺に手伝わせたい事とは一体何だ?」
「何、それ程難しい事を頼むつもりはない。
君の家から『鳳の泪』を持って来て貰いたいんだ」
木兎の言葉を聞いて、俺は身構えた。
コイツらは俺の素性を知ってやがる…想像以上にヤバい連中のようだな。
クソ!この部屋には扉が何処にも無え。いざと言う時は、ここに来た時の転移魔法陣で逃げるしか無さそうだ。
「お前らみてえな怪しい連中に、代々受け継がれて来た家宝を渡すと思うか?
残念だが、今回の取り引きは無しだ」
「まぁ、そう焦らないで貰いたい。
マクレラン君、君は今の王国の状況に不満は無いのかな?」
木兎の野郎、俺の事を調べ尽くしているようだな。
俺が現状に納得していない事まで知っているとは思わなかったぜ。
「不満が有ったら何だと言うんだ?
現状が気に食わねえなら、俺は自分の力で何とかする迄だ。お前らのような胡散臭いヤツらと手を組んで国を変えようなんて思う筈がねえだろう」
「クックック、高々ガキ1人殺す為に我々に力を借りに来た君が、自分の力で王国を変えられるとでも?」
木兎のクソが、肥溜め野郎の分際で痛い所を突いて来やがった。
「うるせえ!あのドブ野郎のエリスは、権力でどうこう出来るヤツじゃねえってだけだ。
だが、王国の貴族連中は俺が権力さえ握ればどうとでも出来るんだ!」
「貴族の権力で王族まで抱き込めるとでも?賢い君なら分かるだろう?
王国を"救済する"為には、そんな生温い事では駄目なのだよ」
ん?木兎の肥溜め以下野郎が妙な言い回しを…"救済する"と言ったのか?
コイツらまさか…
「ハッハッハッハ!お前ら迂闊だったなぁ?
俺に盗聴の魔導具が付いている事も知らずに、よくもまぁベラベラとくっちゃべってくれるもんだぜ。
そこの窓の外を見てみろよ」
コイツらがテロ組織の『暗黒時代に翔ぶ鶏』だと知った俺は咄嗟にハッタリをかまして、この部屋に一つだけ有った窓を指差した。
疵面の男と、転移魔法陣の近くに居たフードを目深に被った男が窓の方に気を取られた隙に、俺は一足飛びにフード野郎を突き飛ばして、来る時に使った転移魔法陣の上に立った。
視界に光が広がって、俺は疵面の男に連れらて来た店舗風の建物へと転移した。
危なかったぜ。奴らが追ってくる前に逃げねえと…
「カッカッカッ!惜しかったなぁ」
不意に背後から声が聞こえたと同時に、俺の首の後ろにチクリとした痛みが走った。
途端に視界が暗くなって行く…
マズい…何かの…薬を…打たれ…た…
◇◇◇◇◇
不意打ちを食らってからどれくらい時間が経ったのか分からない。
俺は今、不思議な感覚に陥っている。別の人格に自分の体を乗っ取られたような…自分の精神だけが体の外に縛り付けられているかのような…
俺の体は木兎の肥溜め以下野郎の命令に従うだけの操り人形のようになっている。
どれだけ俺の精神が拒否しようとも、体は全く言う事を聞かない。
そこは父上の執務室だ!止めろ!クソッ!抗えよ!俺の体だろうがっ!
俺の内なる叫びに身体が反応する事は一切無かった。
それからはただただ奴らの言われるがままの自分の行動を隔絶された場所から眺めるだけの時間が続いた。
そして、次第に深い絶望と後悔の念に襲われた。
何故、俺は父上に従わなかった!?
幼少期から父上のような立派な貴族になる事が俺の夢だったのに…
己の愚かさを悔いた時、ふと浮かんで来たのは亡くなった母上が俺に常日頃から言っていた、「父上の様な弱い貴族になってはダメよ」という言葉だった。
無論、母上の責任にする気は更々ない。
単に俺が無知で、誰よりも心が弱かった事が引き起こしたのがこの現状なのだ。
7歳の時に教会で洗礼を受けて授かった剣豪というジョブ。
剣術の師範に教えを乞い、只管剣術に打ち込む日々。
そんな才能と努力を無駄にしたのも、周りからチヤホヤされて増長した俺の愚かさだ。
常に謙虚な気持ちで己と向き合っていれば、エリスとの仲もここまで拗れる事は無かった筈だ。
アイツが秀でた戦闘力を持っている事など、入学当初から分かっていた。
俺は自分の狭量さと傲慢さで、ヤツの持つ謎の能力を怖れ、避け、迫害したんだ。
冷静に考えている今なら、素直にエリスの実力を認められる。今までアイツにして来た酷い仕打ちの数々も謝罪出来る。
だが、もう遅い!
エリスはこんな俺を追い出さずにやり直すチャンスをくれたと言うのに、俺は事もあろうかそんなアイツを逆恨みしてしまったのだ…
挙句こんなクソテロリストの甘言に乗せられてしまった…
今更どの面を下げてエリスに会おうと言うんだ?
そもそも、他人に身体を支配されている現状では、エリスと会う事も出来ない。
そして、レジーナ…彼女はいつもこんな愚かな俺の味方でいてくれた…
ここまで追い詰められないと、彼女の優しさにすら気付けないとは何とも情け無い。
レジーナにも、きちんと感謝を伝えて居ないな。ダメダメだろ俺。
もう何もかもが遅えよ…取り返しがつかねえよ…
◇◇◇◇◇
「へへへへ。この魔法陣さえ完成すりゃあ、王都を丸ごと吹き飛ばせるぜ」
激しい後悔と自責の念に押し潰されていた時、不意に疵面の男の声が響いて来た。
まさか、コイツらは『鳳の泪』を使って…
『鳳の泪』は一度だけ神の御力を顕現できる、奇跡の宝珠だ。
本来は国難や厄災に見舞われた時に、民達を守る為に使う物だと父上から聞かされて来た。そんな国の宝を、コイツらは王都を破壊する為に使うと言うのか!?
許せん!断じて許せん!!王都を滅ぼす為に我が侯爵家が代々受け継ぎ、守り抜いて来た宝珠を使うなど、断じて看過できん!!
このテロリストどもを今すぐに抹殺出来るなら、俺の命などくれてやる!!!
どうか、今すぐこの呪縛を解いてくれ!!!
いくら強く願っても、俺の身体はピクリとも反応しない。
疵面の男はゆっくりと確実に魔法陣を完成させて行く。魔法陣に使われている魔導文字は古代文字のようで、詳しい術式までは分からないが、描かれている五芒星の形状から召喚魔法の魔方陣だと思われる。
そこまで確認出来た所で、再び俺は薬を打たれて意識を失った。
◇◇◇◇◇
遠くから不気味な言葉が聞こえる…
意識を取り戻すと、俺は漆黒の闇の中で身体を横たえていた。
急いで自分の状態を確認してみると、手足を縛られて猿轡をかまされている感覚がある。
どうやら、漸く精神を隔絶された状態を脱したようだ。
どうにか手足の拘束を解こうと必死に手足に力を込めるも、相当身体が弱っているらしく、上手く力が入らない。
声は出るようだが、下手に叫んでヤツらに再び薬を打たれるのはマズい。
一度冷静になって、今何処に居るのかを確認する事にした。
ゆっくりと体をズラしてみるが、すぐに硬い壁に当たる。棺のような重厚な造りの箱に閉じ込められているようだ。
棺の外からは、相変わらず不気味な言葉での詠唱が聞こえてくる。
おそらく詠唱が終わった時に、神の御力が顕現されるのだろう。
その前に何とか拘束から抜け出して、ヤツらを何とかしなければ…
しかし、拘束用の魔術が付与された拘束具を、弱った俺の身体で外す事は出来なかった。
迫り来る時間の中で必死に頭を働かせていると、突然全身に焼けるような痛みが走った。
何とか痛みを堪えようとするが、痛みは次第に激しくなって行き、頭の中に悍ましい声が響き出す。
地獄の業火に身を焼かれるような激痛と、次第に大きくなる悍ましい声に、俺は気が狂いそうになって来た。
「おおお!ついに邪神様の御力があのガキに宿るぞ!」
棺の外で興奮するように叫んだ木兎の声によって、少しだけ正気が戻って来た。
アイツら頭がイカれてやがるのか!?よ、よりによって邪神の力を顕現しようと言うのか!?
クソォォォオオ!!テメエらの思い通りにはさせねえぞぉぉお!!
邪神よ、俺の体を八つ裂きにしても構わない!
あのクソ野郎どもを滅ぼす力を、俺に貸してくれぇぇえ!!!
◇◇◇◇◇
気が付くと、俺はヤツらのアジトの床に這いつくばっていた。
床には例の召喚魔法陣が描かれており、俺の周りには2人の男の死体と、バラバラになった柩の破片が散らばっている。
どうやら邪神が俺に力を貸してくれたようだ。
2つの死体は木兎と疵面の男ではない。ヤツらは何処へ消えた!?
いや、それよりも一刻も早く此処を出なくては…
転移魔法陣は残念ながら消されているが、この部屋に唯一ある窓がぶち破られているので、そこから逃げるしか無いだろう。
俺は弱り切った身体にムチを打ち、窓から逃走した。
木兎と疵面の男を探している暇は無い。
俺の体の奥底に邪神の物と思われる、膨大な力を感じる。今にも体を突き破って周りを消し飛ばしてしまいそうだ。
奴らのアジトは王城近くにある廃官舎だったようだ。ここで邪神の力が放たれてしまえば、間違いなく王都は半壊するだろう。
王都から少しでも離れた場所に行かなくては…
「マ…マック!一体どこに行ってたのよ!?」
走り出そうとした時、後ろから聞き覚えのある声がした。
振り返ると、青ざめた顔をしたレジーナが立っていた…




