獣の狂気
数か月ぶりの投稿になります。
別の作品を更新していたのですが、先日ありがたいことに更新を待ってくださっていた読者様よりコメントをいただけましたため、本当に久しぶりに執筆いたしました。
少々長文ですが、お読みいただけますとうれしいです。
旧豊島区のある廃ビル内。そこは瓦礫が散乱し、いたるところに砕けたガラスが落ちている。
壁はヒビが入っており、とても人が住めるような場所ではない。だが、このような建物自体は何も珍しいものではない、この区画のビルはどこも似たようなものだ。
周囲には夥しい数のゴブリンの死体の山。頭部が砕けたもの、四肢が欠損したものなど死に方は様々だが、どれも共通している事がある。それは、まるで何か爆発でも起きたかのように傷口が破裂している事だ。通常ゴブリンなんかを倒す場合は、魔石を使い生成された武器などで討伐することが多い。例えば、剣であったり、槍であったり、異能で倒す者もいるだろう。だが、ハンターの多くは特異な異能者は少なく多くは”身体強化”持ちのハンターが多い。特にDランクを受けているハンターなどはそれが多数を占めている。
「……みろ、ここもだぞ」
この廃ビルの3Fに上がってきた一組のハンターチーム。
彼らはDランククエストを受け、ゴブリンの巣窟になっているというこの廃ビルに来た者たちだ。
だが、中の様子を見て異変を感じ取っている。チームリーダーのマモルはその異様な様子を見て同じチームのタクトに話を投げた。
「やっぱりおかしくねぇか。こんな死に方をしてるゴブリンがこの階にもいるぞ」
「ああ、変だな。先に来たほかのハンターの仕業だと思ったけど、それにしてはスマホにクエスト完了の連絡が来てねぇしな」
この二人組のハンターは学生からの友人同士でチームを組み、副業としてハンターを生業としている。二人共”身体強化”の異能しか持たないため、ランク昇格は諦めており、現在は小遣い稼ぎとしてたまにクエストを受けているだけだ。これがプロとしてやっている専業ハンターであればこの二人が気づいていない違う異変にも気づけただろう。だが彼らはその事実に気づいていない。
「魔石の取りこぼしでもあればって思ったけどなんもなさそうだな。どうする?」
「だな。確かこのビル全部で8階まであるんだろ? とりあえず最上階まで上がってみようぜ。どうせ降りるときは窓から飛び降りればいいんだしさ」
「だな」
そうして二人は大した疑問も持たず階段を上がっていく。エレベーターもあるが当然通電もしていないため、使用できない。階段にいるゴブリンの死体の山を見ながらも次の階へ、次の階へ、そうして7階についたときだ。ここまで生きたゴブリンがいないため、そろそろこのビルにはもう魔物はいないのではと思い始めていた彼らは出会ってしまった。
「……あれ、人か?」
「みたいだな。ってことはやっぱり先を越されちまったな」
廊下にたっている人影がある。明かりもなく昼間であるが、薄暗い廊下ではその人物の姿をしっかりと確認するまでに少々の時間がかかった。
それは男だった。髪はなく、スキンヘッドの男。色黒で鍛え上げられた肉体が服の上からでもよくわかる。両手には魔鉱で作られていると思われるガントレットが装備されている。そんな男がまるで二人が来るのを待っていたかのように、立っていた。
「よ、よお。俺はDランクハンターのマモルっていうんだ。あんたも同業者だよな? もしかしなくてもここのゴブリンって全部アンタが倒したのか?」
震えた声でマモルはそう話しかける。だが男からは何も返答がない。ずっと二人を値踏みするかのように見ているままであった。
「――戻ろう、マモル。ここのクエストはもう終わってるみたいだしよ」
そうタクトが小声でマモルに声をかけた。それを聞いてマモルも目線はその男から外さずに頷いてそれを返す。
「邪魔したな、俺たちはもう戻るとするよ」
そういって近くの窓から飛び降りようとしたとの時だ。
「おいおい、帰るのかよ。つれねぇじゃねぇか。遊ぼうぜ」
今までずっと沈黙していたあのスキンヘッドの男がまるで友人に語り掛けるように話しながらゆっくりと二人に近寄ってきた。それを聞き二人の考えが一つになった。この男は何かおかしい。ここにいたら碌なことにならない、と。
「おい、マモル! 行くぞ!」
「ああ」
異能を使い、身体能力を向上させ、窓から飛び降りようとする。しかしマモルの前に一陣の風が吹いた。そして顔に生暖かいものが付着する。一瞬目の前で起きたことをマモルは受け入れられなかった。何が起きたか分からない。なぜこんな事になったのかもわからない。ただ、目の前にいたはずのタクトの上半身が吹き飛んでおり、臓物が辺りに飛び散り、一部がマモルの顔に付着していた。そして、先ほどまで20mも向こうにいたはずのスキンヘッドの男が目の前にいる。タクトであったものへ拳を突き出したポーズで静止しており、マモルの方を見ていた。
「なんだ随分やわらかいな。これならストックを解放する必要なかったぜ」
その言葉をマモルが理解できたかは不明だ。たが、ずっと一緒にやってきた友人が目の前で死んだ。その事実を受け入れらず、マモルはただただ子供のように叫び声をあげた。
「タ、タクトッッッ!!!!!! て、てめぇ! ぶっ殺してやる!!!!!」
異能を全力で解放し、持てる力を振り絞って、手に持っている剣を振るう。目の前にいる男がマモルより格上であることなど彼は理解していた。だが、友人が殺され、怒りに支配されたマモルはただ仇を取るために剣を振るったのだ。
全力の一撃。効率よく魔物を殺すために買ったこの魔道剣はハンターでも人気の商品であり、柄部分を握り魔力を流すと刃部分が淡く光り、切れ味が増すという代物だ。その魔道剣にマモルは全力で魔力を込め振るう、目の前の男を切り殺すために刃は容易くこの男の肉体を切り裂く。
そのはずだった。
スキンヘッドの男はマモルが振るった剣の軌道上に自分の腕をまるで盾のようにして使ったのだ。
それはいい。自分の魔力強化に自信がある人間なら誰だってそうするだろう。それだけ力を持った人間とそうでない人間には開きがある。マモルは仮に防がれたとしても、この目の前の男に傷だけでも負わせたかったのだ。だというのに――。
トンッ。
魔物も人も容易に殺せるだけの魔力を込めた剣は目の前の男の皮膚に当たり止まった。傷なんてついていない。ダメージはゼロだ。まだそれは理解できた。それだけマモルとこの男の魔力量に差があるというだけだ。だが、おかしいのはその攻撃した際の感触だった。通常、魔力量が高い者に攻撃した場合、まるで硬い物体に攻撃したかのように手が痺れ、痛みが自分に返ってくる。まとっている魔力に遮られ攻撃を防がれたためだ。
だが今回は違う。全力で剣を振り下ろしたはずなのに、まるで自分自身ができるだけ力を抑え、ただ男の腕に剣を乗せただけのような感触。そう、まるで何も切っておらずただ空振りだったかのように手に何の反動もなかったのだ。
「な、なにがッ!」
マモルは混乱しながらも腰をひねりながら剣を引き、今度はその鋭い切っ先で男の腹に穴をあけようと突き刺した。
「ッ!!」
今度も同じだ。まるで何も攻撃していないかのように手には何の反動もない。だというのに、マモルの刃の先は男の胸で止まっている。どれだけ力を込めようがその刃が男の皮膚を突き破ることはない。そこまで来てようやくマモルは気づいた。
「そうか! これは――」
胸に衝撃は走る。恐る恐るマモルは自分の身体を確認すると、そこに男の拳が自身の腹を突き破っていた。
「ぐぁああああああ!!!」
男はマモルの腹から拳を抜き取ると、まるで決壊したダムのように血と内臓が外へあふれ出していく。それを見ながら男はつまらなそうにまだかろうじて意識があるマモルに語り掛けた。
「なんだよ、対人戦闘は経験ねぇのか? これだからDランクはカモなんだよ。普通対人になったらまず相手の異能を探る所からだぜ。勉強になっただろう。まぁ次はねぇんだけどさ」
マモルはそうつまらなそうに話す男の顔を睨みつけていたが、激しい痛みと出血により段々と視界がおぼつかなくなっていった。
「ははは、すまねぇな。クライアントの要望でちょうど人間の肉が必要だったんだ。なんでも星獣様が魔物以外に人間を食べた場合どう成長するのか、進化するのかが知りたいんだとよ。趣味わりぃよな。ま、俺はハンターと戦えればそれでいいんだけどよ」
そう言いながら男はマモルの身体とタクトであった下半身を持ち上げ、移動をする。そうして男が移動した先は7階のあるフロアだ。そこにはすでに20人以上の人間だったものが散らばっており、中央には先ほどの男以外に、もう一人老人がいた。
「遅いぞッ! 薫ッ! 何を遊んでおる。星獣様が可哀そうにお腹をすかせているだろう!」
「うるせぇな。下の名前で呼ぶなって言ってんだろうがよ。ほれ追加だ」
そういって薫は二人のハンターの死体を目の前の星獣の前に投げ出した。進化し人間を襲わなくなったと元は魔獣と呼ばれた存在がこのフロアの中心にいた。体長は約2m。元々は犬種タイプの魔獣であったが、進化し一回り大きく見た目は完全に狼のようになっている。首にはベルトのような物がつけてあり、それが怪しく光っていた。
「ひっひっひ。さぁお食べ。新鮮なお肉だよ」
狂気的な笑いをする老人はまるで孫にご飯を食べさせるかのように目の前の星獣に接している。薫はそれを気持ち悪そうにみていた。血の匂いを嗅いだためか、寝ていた星獣はゆっくりと立ち上がり、目の前の肉を食い始めた。肉を咀嚼し、血をすすり、骨をかみ砕く。すぐにタクトであった者がその胃の中に消え、次の餌に手を伸ばし噛みついた。その時だ。フロアに絶叫が響いた。
「ァァアアアアアアアアッ!!!! い、痛いッ! やめてくれ!!!」
「なんじゃ、生きておるぞ!? おい薫どういう事だ!?」
「あぁ……死にそこなってたみてぇだな。まぁ腹の中に入れば一緒だろ?」
「いや、そうじゃがこれは――」
星獣は悲鳴を上げているマモルの腹を噛み、同じように食い始める。地獄のような悲鳴が響いていたが自然とその声は消え、マモルは死んだ。そこである変化が起きる。
「ッ! これは!」
「あんだぁ?」
マモルを食べていた星獣が突然苦しみだしたのだ。まるで張り裂けそうな自分の身体を何とか抑えているかのように、苦しみうごめいている。
「やっぱ人間を襲わない星獣様だし、生きた人間を食ったのは失敗だったんじゃねぇかな」
「貴様がちゃんと殺さないからじゃろうが!! 愚か者めッ! もし儂のハナが死んだらどう責任を取るつもりじゃ!!」
「いや知らねぇよ」
耳の穴に小指を入れながら面倒くさそうに話す薫は目の前の星獣変化にすぐに気づいた。
「おい、爺。みろよ」
「ん? ――ッ! なんじゃこれは」
暴れていた星獣が大人しくなったばかりか、その姿が変わっていたのだ。先ほどまでの狼のような姿ではなく、手と足に指があり、身体のフォルムもどちらかというと人間のそれに近い形になっている。それはまるで物語に登場する狼人間のような姿であった。
「し、進化したのか!? 儂のハナが!! 一体なぜ……そうか! そういう事か!!!」
「お、なんかわかったのか爺」
「恐らくじゃが、生きた人間を食らったことによりその魂を取り込んだのじゃ。それによって進化したと考えられるッ! そうか魂を食らう事で進化したのじゃな!」
老人は唾を吐きながら自分の考えをまとめるようにひたすら声を上げた。
「恐らくは星獣全体が進化したわけじゃないじゃろう。ハナだけが進化したと考えるのが自然じゃ。あの超常的な光の雨が降っておらんからな。ではなぜ生きた人間を食ったのじゃ? 星獣は人間を襲わないはずじゃ……そうか死にかけていた事によって襲う対象ではなく純粋に魔力を補充するための食糧だと認識したのじゃな! そうか、そうかッ そうか!!」
白髪頭を掻きむしり狂気的な笑みを浮かべた老人はすぐに次の指示を薫へ命令した。
「連れてこい、死ぬ一歩手前のハンターをじゃ! なにまだゴブリンの討伐クエストはおわっておらん。誰もハンターが帰還しておらんのじゃからすぐにはハンターギルドも気づかぬはずじゃ。たった一人の魂を食らっただけでここまでの進化をしたのじゃ。もっと、もっと多くの人間の魂を食らわせればッ!!!」
血走った目で老人は薫を見て狂気的な笑みを浮かべながら説明する。
「そろそろ潮時だと思うがねぇ。ギルドも馬鹿じゃねぇんだ。ゴブリン程度に送ったハンター30人以上が帰ってこなかったら不信に思うだろうよ」
「だったらまた意図的にレベルⅡを発生させ、魔物を召喚し、ギルドに依頼するだけじゃ。ギルドが雇った偵察用のハンターの目さえ誤魔化せればあとは勝手に餌がまた飛び込んでくるッ!」
「はぁ、わかったわかった。金は振り込んでおけよな爺」
そういって薫はスマホを取り出す。そこにはまた1組のハンターがこのビルの中に入ろうとしているところだった。薫はギルドからの連絡により、今回のゴブリン討伐で雇っているハンターのおおよその人数を把握している。
(最初に10人以上のハンターが来たときは全員を逃がさないように殺すのはそれなりに骨が折れたが、こうして少人数で入ってくる分にはやりやすいからな)
事前に設置している隠しカメラに写っている3人のハンター。一人は20台前半くらいの男だ。周りを見渡しながらゆっくりと建物の中に入っていく姿を見ると、間違いなくDランクの初心者だろうと考える。魔物の気配がわからず、怯えているただのカモだ。
もう一人は女だ。こちらは先ほどの男よりは戦闘慣れしている雰囲気を感じる。Dランクの中でもそれなり腕が立つだろうと薫は考えるがそれで歩く姿などを見ると大したことがないのはすぐに分かった。
(最初の男は論外として、女の方は恐らく支援タイプの異能者か。戦闘慣れしている様子はあるが、直接戦うタイプじゃねぇだろ。問題はもう一人の方か……)
薫はそう考えながらスマホを操作しもう一人の顔をアップにする。どこかあどけなさが残る少年の顔だ。年齢は精々10台後半程度。どうみてもただのガキ。ハンターに夢をいただき、ライセンスを取得したばかりのDランクになりたてほやほやのルーキー。
(そう考える馬鹿が多いだろうな。あのガキ、かなりつえぇな)
あの無防備に見える歩き方。一見すると、魔物の存在を忘れてただ観光しているように見えるだろう。だが、薫はすぐにその考えを否定した。あの子供は、知っているのだろう。このビルのゴブリンが全滅していることを。それに歩き方もそうだ。重心がまったくぶれておらず、いつ何が起きても対処できるように心がけているのがわかる。それに――。
「はッ! 本当に何もんだ、このガキ。隠しカメラに気づきやがった」
カメラ越しに視線が合う。その顔を頭にたたきこむように薫はカメラの向こうにいる、ハンターを、アキトの顔を睨んでいた。
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