世界の異変
「さて、アキト君。皐月隊長が先に報告しているので今のうちに説明出来ていなかった事をお話しするわね」
先ほど、アキトは皐月達と共に対魔本部のビルへ入ったが、一階のフロントにある受付にて皐月だけ呼び出しがあった。
「すまない、どうも防衛大臣である綿谷氏が来ているようなので先に私だけ上がり簡単に報告をしてくる。梓音博士は別室にてアキト君により詳しい現状を説明してもらっていいだろうか。終わり次第私の端末へ連絡を頼む」
「はい、分かりました。じゃあ、アキト君。飲み物でも飲みながらお話ししましょうか」
「分かりました」
少し緊張している様子のアキトを微笑ましそうに梓音は見て、小会議室の空きを受付に確認した。
「ごめんなさい。九階の空いている会議室あるかしら?」
「梓音様、お疲れ様です。今確認いたしますので少々お待ちください」
受付にいる女性の内、一番近くにいた右側の女性に対し梓音は話しかけていた。新設された軍と聞いていたが、そのビルの内装も含めその装飾の豪華さに驚き、そして受付にいる女性スタッフの容姿レベルの高さにも驚いていた。一階のフロントにも警備員と思われる人が何名もいる。携帯している武器は一応拳銃を装備しているようだ。その他にもこちらを懐疑的な目で見ている兵士のような人達がいる。装備は皐月と同じような黒いボディアーマーを装備している。皐月と違う点では白い外套を着ておらず、今一階にいる兵士達は深緑のような外套を着ていた。その他では皐月のように肩にエンブレムは記されていなかった。
「アキト君、あまりキョロキョロしないようにね。じゃあ、空いている会議室があったからそっちに行こうか」
「はい、分かりました」
そうして梓音の後に続いてアキトは受付の奥にあるエレベーターへ向かった。天井の間接照明が大理石の床に反射している。見た感じ高級ホテルのような作りのその場所をアキトは自分が歩いていて、不自然ではないかと思い始めていた。アキトは視線を下ろして自分の服装を見た。上はラフなTシャツを着ており、下はジャージにスニーカーだ。
(そういや、寝巻きのままかよ……)
色々なことがあり気にしてなかったが、改めて自身の服装を見て、今この場にいる事が非常に恥ずかしくなったアキトであった。そんなアキトの思いは知らず、梓音はエレベーターの前まで移動した。
「あっちのエレベーターは十階より上に直通で行くエレベーターだから、九階より下に行く場合はこっち側を使ってね」
「は、はい。分かりました!」
「ん?どうしたのアキト君緊張してる?」
改めて近くで見ると梓音の見た目は完全に外人ではないかと思えるほどに綺麗な金髪で、少し彫りが深いその容姿は本当にモデルのようだとアキトは思った。
「そうですね、こんな服装なんでどうしても場違いみたいな感じがして……」
「あぁ、なるほどね。大丈夫よ、ここには偶に見学に来る学生もいるから、そこまで不審には見えないわ。もっとも十階より上は関係者以外立ち入り禁止だからね。多少目立つかも知れないけど、私と一緒なら大丈夫よ。今日は後、説明を聞いてえらい人とお話ししたらそこで終了だから、もう少し頑張りましょう」
「そういえば、僕って今日どこに泊まればいいんでしょうか。僕のアパートってもう住める状況じゃないと思いますし……」
アキトの住んでいたアパートはアキトの部屋を除けばすべて半壊しており、またアキト自身の部屋も玄関のドアを自身で破壊している事もあってもうあそこには住めないと考えていた。
「もう実は今準備中なの。さっき説明してた神代財閥の人が用意してて、すぐ近くにあるマンションを押さえてあるわ。本来なら他の兵と同じ寮に行くべきなのでしょうけど、アキト君は色々と特例な状況だから別途用意しているわけね。皐月隊長が言ってた違う道を選んでも多分そのマンションに住む予定になってたはずよ。もちろん、お金は気にしなくていいわ。そこに着替えとかも用意されてるからそれに着替えてね。後で専用の端末も渡すわ。使い方は多分今まで使っているスマホとほぼ変わらないと思うから心配しないでね」
「はい、色々すみません」
「全然大丈夫。じゃ、エレベーターも来たし乗りましょうか」
到着したエレベーターに乗り九階へ。九階へ着くと、ガラス張りの部屋がいくつもあり、廊下の奥には自動販売機なども設置されていた。梓音の後を遅れないようにアキトは付いていき、一つの会議室の前に到着した。梓音は腕に巻かれているブレスレットをかざすと機械音がなり扉が開いた。
「さ、どうぞ。入ってね」
「――失礼します」
無意識にお辞儀をしてアキトは会議室に入室した。すると自動で照明が点いた。アキトに続いて入室した梓音は扉を閉めると、ドアノブの近くにあるボタンを押す。すると廊下に面していたガラスが曇りガラスへ変わった。
「あ、飲み物忘れてた。取ってくるから適当に座っててね」
そのまま慌てるように梓音は会議室から出て行った。その様子を少し呆然と見ていたアキトはとりあえず、言われた通りに近くの椅子に座った。それから三分もしないで梓音が戻ってきたため、
アキトはすぐに会議室の扉を開けた。
「ごめんね、ありがとう。はい、紅茶。とりあえずこれを飲みながら聞いてね」
そういって梓音もアキトの正面の椅子に座った。
「さて、より詳しい状況を説明するって言ったけどね。実は今日で全部を説明するのはかなり厳しいの。理由はここ二十年間で起きた事が激動過ぎるって所かな。だから明日から本格的に授業を行う予定よ。といっても講師は私じゃないけどね」
「そうなんですか?」
アキトとしては、ここまでずっと一緒に色々教えてくれた梓音がある程度は付き添ってくれると思っていた。
「うん、本当は最後まで面倒見て上げたいんだけど、私も自分の仕事が溜まってるのよ。一応渡す予定の端末には私の連絡先もあるから何かあれば連絡してね。恋の悩み以外であれば受け付けるから」
「恋の悩み以外ですか?」
「そ、恋ばっかりは私の異能でも分析できないからね。さて、脱線しちゃったけど、まずこの世界の変化についてお話ししましょうか」
アキトは貰った紅茶を飲み少しだけ喉の渇きを潤した。
「はい、お願いします」
「まず二十年前世界に異能者が現れてからこの世界で起きた異変がいくつかあるの。まず一つが【魔力】と呼ばれる力の存在が確認されたこと」
「――魔力ですか?」
「そうよ。ファンタジー世界でよくある用語よね。私が所属している研究機関でも調べたんだけど、私たち人間や動物、昆虫、それこそ、植物や鉱石、水や空気なんかにも魔力という力が含まれるようになったわ。これによってこの世界の万物の強度のレベルがまず一つ上がったの」
「強度?」
アキトは少し首を傾げ先ほど聞いた単語を繰り返すように質問を投げた。
「そう、強度ね。そしてその強度は魔力量によって変わっているの。分かりやすい例でいうと、銃ってあるでしょ? 普通人間が撃たれたら弾は皮を破り血管や筋肉を破壊して容易に人間の肉体を貫通するわ。でもね、今の世界では銃は決して強い武器ではなくなったの。今の人類の肉体に対して従来の銃で射撃しても精々痣を作るのが精一杯って所ね。アキト君に分かりやすく言えばゴム弾程度のダメージしかないわ。なぜ効かなくなったかというと、弾丸と人間の身体では備わっている魔力の質量が絶対的に違うからってのが理由ね。小さい弾丸では保有している魔力が少なく、また、知性体である人間には他の物質より大量の魔力が保有されているの。だから小さい弾丸なんかは効かないってわけね」
「――本当ですか?」
アキトは信じられなかった。自身の記憶にある絶対的な武器としてあった銃が今の人間には効かないという事実。しかし、アキトがアパートから出た際に出会った陸自達はアサルトライフルを装備していたと記憶していた。
「今日最初にあった自衛隊の人達は銃を装備してましたが……」
「そうね。さっきも話した通り調べた所、魔力は知性体に多く宿っている事が分かっているの。だから人間には効かないけど低レベルの魔物には通じるのよ」
魔物。
これもアキトが知りたかった存在の一つだ。それを分かっている様子の梓音はすぐにその答えを話した。
「魔力についてはまた後日詳しい話をする予定よ。今後の戦闘能力に大きく関わる事項だからゆっくり行きましょう。そして次の異変が【魔物】と呼ばれる存在。これは15年前に分かった事なんだけどね。今この世界に魔力という力が宿っている話はしたわよね。そしてその魔力が原因で発生しているのが魔物よ。まず魔物が発生するプロセスから説明するわね。さっきも説明した通り空気中にも魔力が宿っていて、それが動物の死体に対し一定量魔力が溜まるとゾンビとして生まれ変わるわ」
「ゾンビですか?」
アキトの記憶にあるファンタジーの王道であるゴブリンやスライムではなく、最初にゾンビという事に驚いた。
「そう、ゾンビよ。ちなみに人間の死体であっても同様にゾンビとして起き上がるわ。だから今の世界では死者が出た場合即日火葬するルールになっているの。骨になってしまえば起き上がらないのだけど、腐敗した肉体があるうちは簡単に墓から起き上がってきてしまうのよね。ちなみに何故ゾンビなのかというとね、まだ肉体がある死体は生前の魂の残留思念が残っていて、それが空気中の魔力を集める。
すると、魔力を用いた肉体強化を行いただ本能のままに動くようになるわ。この場合残っている本能は完全ではない肉体を補完するために食欲だけが残り他の生き物を襲うようになる。ちなみに魂の概念についてはこの変質した世界では明らかになってるわ」
「それじゃ、今日見た自衛隊の人が持っていた銃って……」
記憶にある自衛隊の装備、確かに銃を持っていた。アキトに向けられたわけではないが、あそこにいた全員が装備しているのをアキトは覚えている。
「そう、ゾンビを見かけたらすぐに射殺するためね。そしてこれがレベルⅠと呼ばれる状況よ」
ゾンビが発生する状況を今の世界ではレベルⅠと呼ばれている。それはその場の危険レベルが共有できるように定められたものだった。まったく想像もしていない話に無意識に残りの紅茶をすべてアキトは飲み干した。
「そしてゾンビが発生すると高確率で状況は次のステージに上がるわ。それが魔物と呼ばれるゴブリン、コボルト、オーク、オーガなどの存在ね。それ以外にゾンビ化した生き物を捕食した動物達、通称【変異種】と呼ばれる動物達、これも今は魔物に分類される。これらを称してレベルⅡと呼ばれる状況になるわ」
レベルⅡになってようやくアキトが聞いた事がある有名な魔物が出てきた。
しかし今の話しを聞いてアキトに小さな違和感が出てきた。
「そしてレベルⅢ以上の場合になると既存の軍では対処が困難になってきたため、設立されたのが対魔部隊と呼ばれる対魔物のエキスパート集団のことね。もちろん、海外でも対魔と同様の部隊が設立されているわ」
「レベルⅢになるとどうなるんでしょうか?」
「先ほど挙げた魔物の上位種と呼ばれる指揮系統に特化したキングタイプと戦闘に特化されたジェネラルタイプ、魔法を使用してくるメイジタイプなどね。そして上位種が発生すると魔物の氾濫が起きる」
「もしかして湘南の……?」
「そうね、氾濫が起きた場合魔物が一気に三桁以上の数出現するわ。そのためレベルⅢが出た場合早急に殲滅するため対魔は派遣されるの。そしてレベルⅢになる条件っていうのもあってね。レベルⅠとⅡは自然発生するから防ぎようがないのだけどレベルⅢはね、それらⅠとⅡを長期間放置してしまうとその空間の魔力濃度が極端に高まり、上位種の魔物とそして眷属である下位種の魔物が同時に召喚されるわ」
「――召喚!? ちょっと待って下さい。さっきからずっと気になってたんですが、魔物の名前、ゴブリンやオーク、それに魔力! 一体どうしてそういう名称になったんですか!?」
アキトはずっと気になっていた。確かに漫画やアニメなんかじゃ魔力なんて単語は珍しくない。でも新しい未知の現象に魔力なんて名前を国がつけるだろうか。
異能はまだ分かる。夢で似たような単語をアキトは聞いていたのだから。だが、ゴブリンやオークは流石に異常だ。新種の生き物として名前がつくだろうにそれがファンタジーの名前から取っている。まるで既に名前が分かっているような錯覚をアキトは感じた。それにさっき話した魔物が召喚される話もそうだ。召喚という事はどこかにいる存在という事ではないのだろうか。
「うん、アキト君は鋭いわね。そうよ。最初に説明した魔力に関しても私たちは教えてもらったの。それが最後に話す世界の異変。異界人と呼ばれる人々がこの世界に訪れたの」
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