忘却
「一旦ここを離れるか」
アキトは目の前に見える聖樹とそれに群がる魔獣を見やりながら少しずつその場所を離れていった。可能であれば上の方も見ておきたい所だが、アキトの異能を使用し成層圏への移動が可能なのか確証が持てなかったという理由と恐らくは何もないだろうという予感があったためにあまり危険に身をさらす気にもならなかったのだ。
アキトは聖樹を後にしそこからさらに移動を開始した。
次アキトが目的地としている場所はハワイ諸島だ。元々独りで移動できるタイミングで見ておきたいと考えていた場所でもある。
そこまでの飛行中にアキトは成瀬から送られてきた資料に目を通していた。
(やはり記述がどこか変だ)
そこには妖精国について対魔で保管されているデータが画面に映っている。
以前アキトが鴻上との訓練期間にも目を通したものと同じデータだ。
妖精界の使者が最初に人界へ現れたのが今から20年前。
最初の妖精種であるエルフが人類と接触したのは日本とアメリカだ。
ほぼ同時期にそれぞれの国に、明らかに異国の人物が現れこの世界の代表に会いたいと懇願したそうだ。当初世界は異能の力とゾンビの出現により混乱の渦中であったがその現象についての説明を行ったのがそのエルフ達である。
そこで人類は初めて異界人と面談が行われたのだ。魔界の侵略や妖精界の存在。そして魔物、そして魔人の存在などだ。その当時突然現れたゾンビ達がなぜ発生しているのかを妖精界のエルフ達を交えて議論し世界的な規模でいくつかの条約を定められた。
妖精種達は地球の神と交渉し人界と妖精界をつなぐための架け橋として聖樹を与えたと言われている。
「ここだ。以前はこのような記述ではなかったはずだが……」
アキトは飛行を止めスマホの画面にくぎ付けになった。
以前の講習でもこのような巨大な樹があるなんて聞かされた記憶がない。
それがいつ聖樹なんてものが存在したのか。
(データが改ざんされた? いやありえない)
仮に対魔にあるデータを改ざんした所で意味はない。
世界に一つしかないデータならともかく、妖精界について記された書物は今多く販売されているのだ。アキトはネットから電子書籍販売サイトで妖精界と検索をかける。
すると、聖樹の写真が表紙になった本などが多く検索に引っかかった。
「ここまでくると私の記憶違いの可能性の方が高いか」
だが、あれほどの大樹を忘れるなんてあるだろうか。
いやそれは考えられにくいと自問自答し一旦この問題は置くことにした。
アキトはこのままこの件を調べていくと何か取り戻しが出来なくなる可能性が高いと感じていた。
開いていたページのタスクを閉じ、地図アプリを立ち上げる。
現在地からハワイ諸島までの道を確認しアキトはその方向へまた飛行を開始した。
魔力を強く流し速度を上げながら飛行していく。
薄く纏っているアキトの異能によって風圧を普段は感じる事はないが、今回はその異能を解除し風を感じたくなっていた。
普段は感じない風圧によって体が風に叩かれる感触を感じながらアキトの強化された視界に島が見えてきた。
ハワイ諸島。
アキトの記憶であればアメリカ国領土の島で日本人の観光客も多くいるリゾート地である。
パスポートも持っていないアキトは当然行ったことがない未知の場所ではあったが、テレビやネットなんかでよく写真や動画なんかはよくみる機会もあった。
だから、ハワイがどういう場所なのかはアキトもある程度は理解している。
だからこそ。
間違ってもこのような無人で何もない島なはずはないのだ。
「ほんとになんなんだ。どうなってるんだよ、世界は……」
そう思わず言葉が漏れアキトはゆっくりと浮遊しながら辺りを捜索する事にした。
捜索といっても何を探すというわけではない。ただ、アキトの記憶にある風景がどこかにないかそれをただ茫然と探していた。
建物があった形跡もない。人工物も見当たらない。
ただ、綺麗な浜辺や海なんかはアキトの記憶にある通りでもあった。そんなどこか虚しさを感じながらもアキトはなんとなく、海を直接見ようかと思い仮面を外そうと手を頭に置いた時だ。
「――」
どこかで感じたことがある視線。
ねっとりとした気持ち悪い視線のようなものを感じる。
(この感覚、覚えがある。これは――)
知覚領域術式”感応”
アキトは全力で魔力を練り上げ、ハワイ全体を覆うように魔力を広げた。
そこに人型の空洞を感知する。
場所はアキトのいる所から後方2kmの場所であった。
それを感知した瞬間にアキトは地面に足を沈め、目にも映らない速度でその場所へ移動した。
「ちょ、ちょっと待って待ってッ!!」
アキトの移動を察したのか人型の空洞は消え、そこに以前みた男が現れた。
白いシャツにジーンズを履いたどこか胡散臭い笑みを浮かべた男。
「ジョンッ!」
アキトはジョンの近くの地面に衝突するかのように強引に着地した。
そこが爆発したかのような衝撃に地面は割れ、衝撃波が近くの木々を撫でた。
「ジョン、いやゼファーだったか。なぜ貴様がここにいる?」
アキトは異能をいつでも展開できるように体に魔力を漲らせた。
「いやぁ良かったよ。問答無用で殺されるかと思ったからさ。というかだ。それは僕が聞きたいね。玖珂君はなぜこんな場所へ?」
「話す必要があると思うか」
「それならこちらも話す必要はないね。……まったくそんな尖ってたらお話なんて出来ないよ? いいかい玖珂君。対話っていうのはね互いが歩み寄らないと成立しない文化的なやり取りだろう」
どこからあきれているような様子のゼファーを見ながらアキトは僅かに腰を落とした。
ほんの数センチ程度。だが、これでアキトはいつでも異能を展開しゼファーを殺す事が出来る。
それを察したのかゼファーは両手を天に上げた。
「なんの真似だ」
「いや、玖珂君。ちょっとだけでいい。一時休戦しない? そうだね。君がこの島を出るまでだ。僕たちはここで会わなかったという事にしないか? もちろん。それなりに対価を渡そう」
「……対価とは?」
アキトはそう話しながら対魔本部へ通信を入れる機会を伺う。
「対価は情報だ。お互い知りたいこともあるだろう。ちょっと僕とお話しないか? ただ僕自身の事は話せない。組織の事ならいくらでも答えてあげてもいい。ちなみに君が外部へ連絡した瞬間に僕は異能を使って全力で逃げさせてもらうよ。まぁこの辺りに張った結界で外へ繋がる通信は切っているんだけどね。それに正直なんの準備もなしに君と戦う事は自殺行為だってのはよぉく分かったからさ」
(当然のように通信はダメか。当たり前だろうがな。さてどうするか)
「……いいだろう」
「お、いいね。決まりだ」
そういってゼファーは大きく笑いあげていた手を左右に広げた。
「さて、さっそく僕からの質問だ。玖珂君はどうしてここへ?」
「――特に理由はない。近くで任務がありたまたま無人島を見つけたので寄っただけだ」
「ふむ。――あぁ。あの魔獣の討伐任務かな」
やはり情報は持っているか。
得体のしれない組織であるためにその情報網はアキトも警戒している。
だが、今回の妖精界の魔獣襲撃は大体的にニュース報道もされているためにそれほど隠すような事でもなかった。
「あれも貴様らの仕業か?」
「いや、ちょっと待ってくれ。何でもかんでも僕たちのせいにしないで欲しいな。あれは人為的に発生したものではないよ」
首を左右に振りながらゼファーは両手も左右に振っている。
どこまで信用していいか不明だが、嘘をついている前提で会話を進めるべきだとアキトは考えた。
「言っておくけど嘘じゃないよ? 一応僕たちの組織ってこの世界の人類にある原罪を処断するって名目で動いてるから妖精界の人達はターゲット外なんだよ」
「なら、学園島で起きた件はどう説明する? アヴォンという男が言っていたがアレを仕組んだのはお前なんだろう」
そういってアキトは一歩足を前に出した。
「待って待って。喧嘩腰にならないでよね。確かにあれは僕の仕業だけどあの件は組織関係ないんだよ」
「どういう意味だ?」
「つまりね。――あれは組織なんて関係なく僕個人の意思であの学園の人たちを襲ったって事だ」
ゼファーの口が裂けたと錯覚するほどに口角が上がった。
その瞬間、ゼファーの右腕は血を空気中へ撒き散らし千切れ飛んだ。
「はっはっはっはっ! 痛いじゃないかぁ! 玖珂君。せっかく休戦しようって話したのに意味ないじゃないか」
「貴様が!」
「そうだね。君のお友達を利用したのは僕だ。観察したかった。人は憎しみでどこまで変わるのか。変われるのか見たかった。それを相手にする君の様子も見てみたかった。結果は思ったより呆気なかったけど、まぁそれも――」
空気が破裂したかのような音と共にゼファーの頭部がはじけた。
頭部のあった場所にはアキトの握った拳があり、そしてその拳は震えていた。
アキトはその腕を振るい、血を拭う。
そして後ろに振り向き数歩歩き、また後ろを向いた。
「気が済んだかい? 玖珂君」
当然のように頭部と右腕が回復したゼファーが笑みを浮かべてこちらを見ている。
「――なんで貴様はここにいる?」
「なぜって言われても。ここは僕の住処だからね。最も玖珂君が来てしまった以上もうここには住めないけどさ」
「ここに、住んでいた?」
「そうだよ。ここハワイに住んでいたんだ。何もないけど、ちゃんと住めるように家も建ててさ。電気なんか苦労したんだよ?」
「……ハワイ?」
今この男はなんと言っただろうか。
ハワイ。神代や成瀬なんかにも確認したが、全員ハワイという言葉すら聞き覚えがなかったはずだ。そのハワイをこの目の前の男が知っているという事実にアキトは先ほどまでの怒りが消えていた。
「そう。ハワイ。世界から忘却された島。僕の生まれ故郷。って言っても玖珂君には理解出来ないだろうけどね」
「生まれ故郷だと……?」
「ははは。こんな何もない島の生まれなんて変かい」
「ちょっと待て、ゼファー。お前、ハワイを知っているのか!?」
「ん……。ちょっと待ってくれ。その反応は予想してなかったな」
今までどこか胡散臭い笑みばかり浮かべていたゼファーが初めて見せた顔にアキトは睨むように仮面の中からこの男の顔を見た。
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