聖樹
「玖珂隊長。如何しましたか?」
「――いえ、何でもありませんよ。このフラグメントの数……すごい数ですね」
アキトの感じたこの感覚は恐らく誰にも理解されないだろうとすぐに考え、アキトは魔獣の話に切り替えた。
「ええ、ええ。今では妖精国の方々もいつ結界が破られるのかと危惧されているようです」
「あの数の魔獣ですからね、それでも破られていないという事はかなり強力な結界なのでしょうか」
「ラターシャちゃんの話では、妖精界の聖樹の加護による結界だそうで、それこそ魔人クラスでないと傷を付ける事も難しいのではないかと言っていましたね」
「加護ですか……それにしてもなぜ魔獣達はその聖樹とやらを攻撃してるんですかね」
「仮説ですが、聖樹が発している癒しの波動を毛嫌いしているのではないかと報告が上がっていますね」
「癒しの波動……ですか?」
「そうです。何でも元々妖精界にいる精霊王の魔力らしいのですが、それがあの聖樹を通して流れているという事です。その波動のお陰で地球は魔界の侵略をある程度は防いでいるらしいですね」
「なるほど……」
(つまりその波動が魔獣達にとっては攻撃をされているという認識になりあの樹を攻撃対象としているのか)
「ここからどうします? もうちょっち近付きますか?」
風見からの意見にアキトは思案した。
「そうですね、本格的な作戦は明日からでしたね?」
「ええ、ええ。その予定です」
「では、少し調べたい事がありますので私だけ単独行動させて頂きます」
「ではお供しましょう」
「それには及びません。無駄足の可能性もありますからね。それに私一人の方が異能で対処しやすいのでね」
「ちなみにどちらへ向かわれるのです?」
「とりあえずあの魔獣をもう少し近くで見たいです。その後は少し周囲を探索してから戻ります」
嘘は言っていない。
本命はその探索にあるのだが、念のため魔獣ももう少し近くで観察したいと考えている。
アキトの話を聞き思案している様子の杠葉であった。
(この人は恐ろしい表情が顔に出ない。何か不審に思って私を見ているのか? だが私の話に違和感はないはず)
柔和な笑みを浮かべている杠葉だが、その目は何を考えているのかがさっぱり分からない。
僅かな沈黙の後に杠葉が口を開いた。
「ふむふむ。近付くのは良いですが、まだ敵対しないでくださいね。こういった大規模な攻撃作戦は足並みを揃えたいですから」
「もちろん」
「では私と紅葉ちゃんは先に帰還しています。日が落ちるまでには艦に戻るようにお願いしますね」
「了解した」
「あ、杠葉隊長。待ってくださーーい!」
そうアキトに穏やかな笑みを浮かべながら杠葉とそして風見は護衛艦のある場所に向かって飛行していった。
それを見送りながらアキトは鞄からスマホを取り出した。
アキトは今いる場所を地図アプリを立ち上げ、GPSで現在地を確認した。
「まずは魔獣をもう少しだけ近くで見よう。正直あの聖樹も気になるしな」
例の場所に行くのはその後でいいだろうと考えアキトは自身の異能で魔力が外に漏れないように調整し高度を維持しながら魔獣の群れへ向かって飛行した。
ゆっくりと僅かな魔力だけで飛行しながら魔獣へ近づくアキト。
距離としてはまだ600m程度は離れているが、やはりフラグメントたちはアキトの方を見る様子はまったくない。
それどころか、妖精国の聖樹の近くにいないフラグメントたちも一切動いている様子がない。
(まるで電池が切れた玩具みたいだな)
目に魔力を込めて視力を高めてみると聖樹の近くにいる魔獣、フラグメントたちは活発に攻撃を加えているようだが、そこから離れた場所にいるフラグメントたちはただ海面や空中を浮遊しているだけのように見えた。
その様子を見ながらアキトはさらに飛行を続け、聖樹の周りをゆっくりと旋回する。
(ぱっと見た感じでは、ほとんど満遍なくフラグメントたちが聖樹を囲っているように見えるな)
どこか魔獣が薄い場所でもあればと思ったがゆっくりと周りを見た様子ではほぼあのクラゲ型の魔獣ですべてが埋め尽くされている様子であった。本体と思われる魔獣インクブスも動く気配を見せていない様子だ。
だが、そんな魔獣とは別に違う違和感をアキトは感じた。
(なんだ、何かが足りない……)
成層圏まで届きそうな強大な樹。そしてそれを囲う魔獣たち。
妖精界へ行くための入り口がどこなのかというのはこの際置いておいてこの景色に何かが足りていなかった。
(常識外のサイズ、そして魔獣の数で色々混乱しているな。落ち着いて考えろ。私が感じている違和感はどこからだ)
どこに違和感を覚えているのか。それは間違いなく聖樹だ。
海面から生えているという時点で常識の外にあるのは間違いないのだが、それでも何か見落としているようにしかアキトは感じられなかった。
「まだ聖樹から距離が離れているから良いが、近寄ったら全体像なんて見えないだろうな……」
そう思わず言葉を零しながら上を見る。
やはり雲を突き抜けて生えている聖樹の頂上は見えそうにない。
(この様子では枝の様子を見ようと思ったらそうとう高度を上げないと厳しいだろうな――ッ! そうか)
聖樹の枝の事を考えてアキトは違和感の正体に気づいた。
この場所がどこか。それをアキトは失念していた。
日本から南西の方向へ進んだこの場所。ここからさらに東の方へ進めばハワイ諸島がある。
そうだ。ここはかの有名なマリアナ海溝。
それに気づきアキトはすぐに聖樹から距離を取り、異能を展開する。
停止結界の異能をアキトを覆う程度だけ展開し、アキトは魔獣がいない場所まで離れて海へと潜った。
異能を使い、水がアキトへ近づけないようにしながら、海中へと沈んでいく。
飛行術式を応用し海中を進んでいくアキト。
(どうやら魔獣が特にいるのは海面付近のようだな。海中には思ったより数は多くない)
アキトは海底まで下りていく。異能の力により水圧で苦しむ必要もない。
そもそもマリアナ海溝の海淵は世界で最も深いと有名だ。
流石の魔獣も水圧のために海淵付近まではこれないようであった。
完全に魔獣がいない場所まで下り、そして聖樹のある方向へアキトは移動した。
周囲の酸素ごと停止させ、海中へ潜ったために飛行術式を飛ばせば酸素の心配はないと考える。
殆ど視界も利かない場所のためアキトは感応を使用しさらに前へ海の中を進んだ。
アキトは聖樹の近くへ移動しその姿を感応で確認し、仮面の中で目を見開いた。
違和感の正体。
マリアナ海溝という海底まで8000m以上もある場所から突如生えた聖樹。
偶々このような場所に生まれた聖樹であるため気のせいかとも思ったが、間違いないようだ。
(酸素の都合も考えるとこれ以上深く潜るためにはそれなりに装備がいる。だが、感応で感知した聖樹の様子を見るに間違いないか)
今アキトは魔力を高め、かなり全速に近い速度で海中へ潜った。
それでもまだ半分程度の距離にも達してはいないだろう。
だが、それでもだ。
聖樹の根がまったく感知できない。
より深い場所にある可能性もあるが、恐らくマリアナ海溝の海淵に生えているであろう大樹が成層圏まで成長している。
一体どれほどの長さなのかも検討もつかない。
だが、それでもはっきりとした事実は考えられる。
それほどの大樹を支える根というのは同じくらい常識外れの大きさをしているはずだという事。
それこそ、あの大樹を支えるためであれば大陸程度の大きさがあっても不思議ではない。
だというのにその根の存在は一切感知できず、ただあの大樹の幹が海淵まで伸びている様子しか感応では知ることが出来なかった。
アキトはすぐに海面に向けて移動をしながらこの情報を整理する。
(根を張らずにあの大樹を支えていると考えた場合、たどり着く結論は少なくない)
そうだ。
もし仮に海淵部分にさえ、あの聖樹の根がない場合、あの聖樹は間違いなく地球の地殻を突き破って生えているという事になる。
まるでコンクリートを破って生えた植物の様に。
その場合、あの聖樹の根は地球の地核部分にあるという事にならないだろうか。
いや、もっと単純な話なのかもしれないとアキトは考える。
「はぁ、はぁ、はぁ」
海中から飛び出し異能を解除して息を整えた。
そしてゆっくりと聖樹のある方をアキトは見る。
相変わらずこちらの様子を気づいていない魔獣たちは聖樹に対し攻撃を続けている。
(もっと単純な話だ。聖樹は妖精界へ繋がるゲートの役割をしている。ならばあの聖樹は人界と妖精界をつなげているという事だ)
つまり、あの大樹に見える聖樹は実は妖精界にある聖樹の枝なのではないだろうか。
それが世界の境界を越え、その枝を伸ばし地球へと顕現している。
あくまでアキトの予想にしか過ぎない、だがアキトにはあの聖樹が不気味な物に見えて仕方がなかった。
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