杠葉紬
アキトはぬぐい切れない違和感を感じながらも神代から新たに与えられた任務としてまずは四国へ移動する事になった。
妖精国へ襲撃をしている魔獣の緊急性を考えると学園の授業は休まざる得ないという結論になったために、公休扱いとなっている。
「玖珂隊長。準備の方は大丈夫ですか?」
「ああ。すぐに移動しようか。またヘリでの移動だったか」
「そうです。表に航空自衛隊の方々が待機して下さっております」
アキトと成瀬は神代から新たに出された任務である魔獣討伐のために徳島県小松島へ移動する事となっている。
そこにある海上自衛隊の基地が今回の拠点として抜擢された場所だ。
「先方には既に連絡済みとなっております。命令系統としては小松島基地でも基本的に玖珂隊長の判断で行動可能となっておりますが、作戦行動を取る際は必ず私に一報を入れて下さい」
「了解した」
「また、既に現地には三番隊の杠葉隊長が既に到着しているそうです」
「確か既に魔獣と交戦しているらしいね」
「はい、報告書なども上がっておりますがお読みになりますか?」
「いや、既に目を通しているよ。後は本人から直接聞いた方がいいだろう」
そうしてアキトと成瀬はヘリへ搭乗し徳島県へ移動を開始した。
小さな窓から見える外は太陽が輝いており遠くまでよく見渡せる。プロペラの音を聞きながらアキトは思考の中に落ちていた。
(ハワイの件は一度調べてみるべきだ。作戦行動中に偵察の意味を兼ねて一度ハワイ諸島へ移動してみるか)
神代と綿谷との会話の後、僅かしかない時間の中でアキトはネット、図書館など様々な方法で調べてみたが、ハワイ諸島という記述は見つからなかった。地球上に島があるのは間違いないが、人が住んでいたという事はないらしい。
現在は妖精国の所有する島になっているらしいが、以前はアメリカの所有する土地であったそうだ。
世界が変異し妖精種が現れてから友好の関係を築く意味を込めてあの無人島を譲ったと記録されていたのだ。
だが、そんな事はあり得るのだろうかとアキトは考えてしまう。
妖精界の住人がこの世界にくる以前まで、無人だった場合、アキトの知る歴史ではハワイ王国という住民が住んでいたはずなのだ。それがどこかへ消えている。
(なんだ、何か作為的なものを感じる。何か都合よく操作されているような、そんな気配が……)
歴史とは星の記憶を積み重ねによって培ってきた道筋のような物だ。
だが、20年前の世界の変異。そこから何かおかしくなっているようにアキトは感じていた。
(20年前の魔界の侵略、いや、妖精種の出現。そこを起点に都合よく何かが変わっているようなそんな――)
「玖珂隊長、どうかされましたか?」
成瀬から声を掛けられすぐ意識を覚醒させた。
「いや、ちょっとバカバカしい事を考えていただけだよ」
「そうですか。やはり飛行術式で飛行するのとヘリで移動するのは感覚が違いますか?」
「それはそうだな。そういえば成瀬はまだ習得していなかったか」
そういうと成瀬は頬を掻きながら気まずそうに目線をそらした。
「はい。何度か練習しているのですが、どうも浮く感覚というものが掴めず……」
「慣れだろうからな。私も鴻上隊長に何度も高所から叩き落されたものだよ」
「必要な技能だという事は分かってはいるんですが、難しいですね」
「そう焦る必要はない。どのみち前線へ行くのは私なのだ。ゆっくり習得していけばいいさ」
「はい、そうですね。――玖珂隊長もうすぐ到着のようです」
成瀬は手元の端末を確認し現在地を見た様子だった。
アキトはまた小さな窓から外の様子を見ると綺麗な海に面したのどかな雰囲気の島に海上自衛隊の基地が建築されておりそこへ移動している様子であった。
ヘリが無事着陸しヘリの扉を開けると潮の香りを感じながら小松島基地へアキト達は足を踏み入れた。
「ようこそ。海上自衛隊小松島基地へ」
「対魔零番隊の隊長をしている玖珂アキトだ」
「対魔零番隊副隊長の成瀬詩織です。よろしくお願いします」
「私は海上自衛隊の内藤です。かの魔人を討伐した英雄にお会い出来て光栄です!」
握手を求めて来た内藤へ少し戸惑いながらもそれにこたえるアキト。
そうして魔力の気配を感じその方向へ顔を向けた。
「初めまして。私は杠葉紬。対魔三番隊の隊長を務めています」
そう声をかけてきたのは対魔の隊長が着る白い外套を羽織り短く切りそろえられた髪をなびかせながら一人の女性が歩いてきた。
年齢は30代後半くらいだろうか。彼女の首元に少し大きめの数珠のネックレスが目に入り、そして合掌をしてお辞儀をしているその姿にアキトは驚いた。
「零番隊の玖珂アキトです。杠葉隊長。どうぞよろしくお願いします」
「ええ。よろしくお願いしますね」
非常におっとりとした話し方をする杠葉と対面するアキトは初めて会う対魔の隊長にどこか警戒の様子を見せていた。
「玖珂隊長どうかされましたか?」
「いえ、もしや杠葉隊長はその……」
「ああ。はい。私はいわゆる尼ですね。元々実家が寺を営んで居たために私もその道を進んでおりました。
しかしこの異変が起きてからは魔を滅するために実家の許可を得てこうして軍へ所属しているという事ですね」
「なるほど、そうだったのですね。そして例の魔獣と交戦していたと聞きました」
「ええ、ええ。その話は中でゆっくりとお話しましょうか」
そうしてアキトは杠葉の後に続き、基地の内部へ移動した。
基地の中の建物には海上自衛隊員と航空自衛隊員などが多く活動しておりせわしなく動いている様子であった。
恐らく、海上からだけではなく、戦闘機などを利用した攻撃作戦を行っているのではないだろうかとアキトも考えた。
杠葉の後に続き、会議室へ入ると一人の女性隊員がそこにいた。
少し焼けた肌に茶髪の髪をツインテールのように左右に結んでいる。
対魔のボディアーマーを装着し深緑色の外套を羽織っているが、その外套にはいくつかバッチのようなものが付いていた。
「あ、お帰りなさーい! 杠葉隊長。そちらの方が?」
こちらに向かって腕を振りながら声を掛けてくる女性に対し杠葉は柔らかい笑みを浮かべながら応えている。
「ええ、ええ。紅葉ちゃん。こちらが玖珂隊長です。後ろにいるのは副隊長の成瀬さんですよ。そしてこちらは三番隊の副隊長をしています」
「初めまして! アタシは三番隊副隊長の風見紅葉です! よろしくお願いします!」
「……め、メイプルですか?」
「そうでっす! かわいい名前ですよね!」
「そ、そうですね」
「紅葉ちゃん、お茶お願いしてもいい?」
「おけまるです!」
変わった名前に少しアキトは動揺しながらも近くの椅子に腰を下ろした。
成瀬はアキトの横に、杠葉はアキトの対面に座った。その近くで風見がお茶を入れている。
「さて、さて。玖珂隊長は例の魔獣『インクブス』の討伐作戦に参加して下さって感謝しますね」
「いえ、任務ですので。杠葉隊長はその魔獣と交戦したと伺っていますが……」
「そうですね。私と紅葉ちゃんの二人で海上自衛隊と交戦していた魔獣の救援に向かったのですが、その時はインクブスの子供であるフラグメントと戦闘となりました。
母体であるインクブスは遠目で確認しましたが、中々接近するのは骨が折れそうです」
「そうですね、アタシと杠葉隊長で救援に向かった時はフラグメントの数がやばかったですよね。倒すの大変でした」
お茶をアキトと成瀬、そして杠葉の前に置きながらそう風見が手を腰に当ててその時の戦いを思い出している様子だった。
「私の異能"精神共感"は知能が低い生命体には効果が薄いのですよ」
杠葉が語った彼女自身の異能である"精神共感"は異能を使う杠葉の精神状態を対象に強制的に合一させるという極めて強力な異能らしい。
杠葉と合一させた敵同士で戦わせ同士討ちも可能らしい。
「精神系の異能ですか。強力ですね」
「いえ、いえ。確かに強力な異能ではありますが、玖珂隊長には通じないと思います」
「そうなのですか?」
「そうですね。分かりやすく例えると、どのようなものも斬る異能とどのような攻撃も防ぐ盾を作る異能があったとしましょう。これがぶつかった際にどうなるかっという話です」
「いわゆる矛盾の話ですね」
「異能の話であれば至極単純な話になります。どのような異能であれ、その力よりも異能使用者の魔力の器。つまり魂の強さによって異能の強さは変わると考えられています。
そのため玖珂隊長ほどの魂を持つ方では私の異能では歯が立たないでしょう」
「ですが、魔物や魔獣には有効ですよね」
「インクブス相手にはどこまで効果があるは不明です。ですがフラグメントであれば同士討ちさせる程度は可能でした。とりあえず一度玖珂隊長と魔獣の様子を見に行くとしましょう。少し休憩を挟み、その後行動を開始しようと思います。如何ですか」
「了解しました。成瀬は後方支援になりますが、どこか部屋を借りる事は?」
「その辺りは手配しております。では1時間休憩しその後一度飛行術式を使用して魔獣たちの様子を見に行きましょうか」
「現在も交戦しているのですか?」
「今は様子見状態です。こちらから攻撃を加えれば敵対行動を取りますが、そうでない場合は今も妖精国へ続く守護結界を破壊しようと行動しています。その辺りも現場を見ながらお話しましょう」
そうしてアキトと杠葉は一度魔獣たちのいる海上へ向かう事になった。
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