太平洋の魔獣
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「不破副隊長。彼らの容体はどうかな?」
「はい、衰弱が酷く、全員集中治療室へ運ばれています。特に2番車両にいた学生達は骨折なども多くあったため、優先で治療しております。本州から治療魔術が使える異能者が向かっておりますので到着次第、治療に当たる予定です」
不破は本部にて皐月に報告を行っていた。
先日起きた学園島を往復する電車を利用した作戦を実行し、現在それが一旦収束した状態になっている。というのも今回の事件の首謀者と思われるエルプズュンデの使徒アヴォンをアキトが撃退したためであった。
しかし、彼らの目的は一向に不明のままだ。
唯一接触した玖珂も目的を吐かせる事は出来なかったようであった。
だが、それ以上に気になる報告があるのも事実だ。
「玖珂隊長の報告にあった河本というハンターの変貌について……だね。
死体は残っていないため玖珂隊長の証言だけが頼りになるが、報告によるとどこか中国の魔人の魔力と似通っていたそうだ。魔石研究所に運ばれた変異型のゾンビもそうだが、今回の学園島襲撃については色々謎が多いね」
皐月の言った通り今回の事件は消化不良な点があまりに多かった。
あの日、不破が立案した作戦を元に玖珂と一部の班長を連れておこなった学園島の車両を囮にする作戦であったが、作戦自体は狙い通り今回の事件の黒幕が釣れたがまさか行方不明になっていた学生まで現れるとは不破も想像しなかったのだ。
おかげでどこからか現れた変異型ゾンビの相手をするのに苦労してしまい、玖珂と合流することが出来なかったのだ。
あの強化されたゾンビはどうやって出現したのか、エルプズュンデの目的はなんだったのか、玖珂からの報告を聞いてもまだ不明な部分はまだ多い。
現状も備えとして対魔部隊の一部の隊員は学園島の方へ待機しているが、このまま何事もなければ今まで通りの学園になるだろう。
「あの車両襲撃以降は学園島に変異型のゾンビは今現在現れていないようです」
「それは何よりだね。正直、梓音博士から報告書を貰ったが、例の変異型ゾンビはかなり驚異だ。恐らくあの魔物を無傷で倒せる異能者はそう多くないだろうしね」
「あのゾンビはどういった代物だったんですか?」
不破の異能は”身体強化”だ。世間ではもっともポピュラーな異能であり、若い世代では外れとまで言われている力ではあるが、これでも鍛えればかなり強い力だ。
身体強化に加え、魔力強化を施すという技能は高い技術が求められるがそれを同時に使用する事が出来ればそれこそ鴻上の”魔力の奔流”にも劣らないポテンシャルを秘めている。
そんな力を使わなければ魔鋼を砕くという事は容易ではない。
正直あの変異型の骨をまるで細い枝を折るかのように砕く玖珂の力が異常なのだ。
「あの変異型は恐らく、人間の死体を改造して作られた代物だ。骨を作り替え、皮を張り替え、筋肉組織を別の物に差し替える。そのような行為を施されているのだ。
やっかいな所はこれが量産が比較的容易な可能性が高いという事だ」
「量産……ですか」
「そうだ。梓音博士からの報告によると死体を改造しゾンビとして蘇らせているのか、生きた状態の人間に改造を施しゾンビにしているのかは不明だが」
生きた状態で肉体改造をするなど出来れば考えたくないと不破は顔をしかめた。
「あそらく彼らエルプズュンデはこの魔物の改造については何かしら一定の技術があるとみて間違いないだろう。その実験も兼ねていたのではないかというのが防衛省の考えだ」
確かに学園島で暴れていたゾンビは操られているような感じはしなかったと不破は考える。
ただ生者の魂を貪るゾンビとしての習性しかなかったように感じたのだ。
仮に魔物を操るすべがエルプズュンデにあるのであればもっと被害は大きく広がっていたはずだ。
「それで玖珂隊長は?」
「今、神代殿と面談中だ。例の魔獣がかなりやっかいな話になってきている」
「魔獣……太平洋に出現したあの強大な魔獣ですね」
「そうだね、増殖するだけでもやっかいなんだが、海上での戦闘を余儀なくされるため一部の異能者しか対応できない……」
「飛行術式を使えるのは対魔でも上位の異能者だけですからね。ハンターでも最低でもB以上でないと習得はしていないと思います」
飛行術式は浮くだけなら比較的習得は容易なのだが、そこから飛行し、そのまま戦闘を行うとなると難易度が急激に上がってくる。
飛行する魔力制御を維持しながら戦闘するというのはそれほどに難しいのだ。
「玖珂隊長の戦闘能力なら確かに報告に上がっている魔獣でも撃退可能かと私も思います」
「そうだね……。あまり玖珂隊長ばかりに押し付けたくないのだが」
「ですが、零番隊とは元々こういった状況を打破するための部隊と聞いておりますが?」
「――ああ。その通りだよ。玖珂隊長が太平洋の任務に就く間、せめて本州の治安は私たちが守ろうじゃないか」
「もちろんです」
そういって皐月は椅子から立ち上がり、窓の方を見ていた。
不破のいる位置からでは皐月がどういった表情をしているのか見えなかったが、どこか哀愁を漂わせているように見えた。
****
「魔獣……ですか」
「はい、現在妖精国がある太平洋付近に出現した魔獣です」
対魔本部の会議室で神代とアキト、そして綿谷の3名のみで今後の打ち合わせをしていた。
先日の学園島での事件についての報告をしていた際に、そのまま次の任務として話が切り替わった形だ。
「魔獣というのは確か、ゾンビや魔物などを捕食した動物が変異した存在……でしたか」
「ええ。その通りです。こちらの画像をご覧ください」
そういって神代は手元にあるタブレットをアキトに見えるように差し出した。
その画面を見ると黒に近い灰色の形をした生き物が海の上に浮いていた。
「これは……クジラですか?」
それは巨大なクジラからヒレのような手足が生えており、背中からまるで岩のような棘が無数生えている。そしてその周囲にクラゲのように触手を伸ばしている小さな生物も浮いている様子であった。
「これから話す話はあくまで憶測の域を出ない話です。今から3か月ほど前に行方不明とされていたアメリカの客船がありました。乗客は約50名程だったそうですが、結局戻らなかったそうです。日本やアメリカ、妖精国にも協力して頂き捜索しましたがついにその行方は分かりませんでした」
「もしやその客船から?」
「恐らく……食料がなくなり死んだ遺体からゾンビ化が始まったと見るべきでしょう。その際何が起きたのか不明ですが、船が沈没し船の上にいたゾンビの群れが水生生物に捕食されたのではないか、というのがこちらの見解です」
いくつか偶然が重なった結果なのか魔物化した生物を多く取り込み、このような魔獣へ至ったという事なのだろうか。
「この魔獣の討伐が次の任務ですか?」
「端的に言ってしまえばそうだ。しかし、この魔獣は少々やっかいなようでな」
そういって綿谷が説明を始めた。
「この魔獣、梓音博士から連絡があり今後呼称は『インクブス』と呼ぶが、海上自衛隊、そして対魔三番隊の杠葉隊長と合同で討伐に当たったのだが……ダメージを与えた所からすぐに回復してしまうようでな、約5日間継続して攻撃を行っていたが攻撃したそばから傷が癒えてしまっていたそうだ」
「戦艦に魔石をふんだんにつかった特殊ミサイルなども用意して攻撃を行ったが、すべて無駄だった。それどころか攻撃するたびにこの『フラグメント』と呼んでいるクラゲが大量に発生し手に負えなくなってきている」
「そのフラグメントの討伐は可能なのですか?」
「倒せはするが、倒す速度よりも増える速度の方が早いのだ。そして今も増え続けている。この画像は割と初期の画像だ。神代君」
そう綿谷が促すと神代がタブレットのスワイプして新しい画像を出した。
「ッ!」
その画像を見てアキトは思わず吐き気に襲われた。
この画像は恐らく望遠で撮影された画像だろうが目に見える海面すべてにこのフラグメントで覆われており、その奥に先ほど見た巨大なクジラのような魔獣インクブスが浮いている。
「距離感が分かりにくいと思うため説明させて頂きますと、このフラグメント自体は大体全長1mほどの大きさになります」
「かなりデカいですね、ですが、海の上ならすぐに一掃できるかと思います」
「はい、ですが、玖珂隊長の異能なら可能だと思います。ただ、場所が悪いのです」
そういって神代はタブレットを操作し世界地図を表示させた。
指で画面を操作し、大平洋付近をアップにしていく。
「ここが妖精国がある場所なのですが、今回このインクブスがいる場所はこのすぐそばになります。
妖精国へ行き来するためのこの島には強力な守護結界が張り巡らせれておりますが、その周囲を囲むようにフラグメントは展開しています。
つまり、この魔獣インクブスは妖精国を襲撃しているのです」
「そんな状態なのですが、それなら全体を覆う様に異能を展開してしまうとその結界も破壊されてしまいますね」
「はい、ラターシャに確認しましたが、これは容易に張りなおせる結界ではないそうです。そのため今回の任務ではこの結界の破壊はなんとしても避けなければなりません」
そう神代が話す中でアキトはふと気になる事が出来た。
「それにしても、ハワイの近くに妖精国へ行くためのゲートがあるんですね」
神代が指をさしている場所はハワイ諸島の左側の海域だったのだ。
しかし、そのアキトの質問に対し神代は怪訝な様子でアキトを見ている。
「――玖珂隊長。ハワイとは何かの用語ですか?」
「え、いや、ハワイですよ。ハワイ諸島です。ちょうどのこの辺りに……」
アキトはそういってハワイのある島を指さした。
「ふむ、玖珂隊長。そこは無人島です。住民は誰もいないはずですが……」
「は? いやそんなはずないですよ。ハワイって行ったら旅行なんかでもよく行く場所ですよね?」
「玖珂隊長は何を言っているんだ? そこの無人島は現在は妖精国が管理している島となっている。少なくとも地球の住民は住んでいないはずだぞ」
「そんなバカな……」
アキトの背に冷たい汗が流れる。
鞄からスマホを取り出し、ハワイと検索してみたが、アキトの求めていた検索結果はヒットしなかった。
「妖精国が出現する前、つまり20年前のこの場所について教えて貰う事は可能ですか?」
アキトの尋常でない様子を見て綿谷の方から説明を始めた。
「この場所は元々アメリカが所有する無人島だったという記録のはずだ。ちょうどそこに妖精国へ行き来する島が出現し少し地形が変わった。
玖珂隊長は20年間眠っていたため混乱しているのかもしれないが、少なくとも20年前の時点でもここにハワイという名前の諸島はなかったはずだ」
「そんなはずはありません。少なくとも僕が普通に生きていた時代にはハワイという場所は誰でも知っている程有名でした」
「しかし、そういった記録はないんだ」
「――記録ですか? 神代殿はともかく綿谷殿は20年前であれば30代くらいですよね。その頃の記憶にもありませんか?」
「ん、改めてそう言われると困る話だな。正直太平洋付近の事情についての記憶は何故か思い出せん」
「神代殿は?」
「私は20年前になってしまうと当時は小学生くらいでしたね。少なくとも私も記憶にはなかったと思います」
アキトは何かうすら寒い気持ちになった。
(20年前。本当にこの世界は異能が与えられただけだったのだろうか)
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