輸送作戦Ⅰ
「定刻になりました。これより作戦行動を開始します」
21:00になり、不破が作戦開始を宣言した。現在アキト達は学園島の駅の前にいる。
その後ろには五番隊の隊員が並んでおり、さらにその後ろに立ち入り禁止区域とするための魔道具を各所に設置している。
既に学生は帰宅させており、今、遠巻きにこちらの様子を見ているのは学園島内に住んでいる寮生やホテル住まいのハンターなどだ。
アキトと不破達は階段を上がり、駅構内へ入る。既に無人の駅となった構内には最低限の電気だけが通っており、駅構内にある売店なども当然既に閉店済みだ。無音のためかアキト達のブーツの足音がやけに響いた。
改札口をジャンプで飛び越え、今回の作戦時に乗る電車がある四番ホームへ向かった。
エスカレーターなどは止まっているため、階段のように歩いて進む。ホームへ着くと、青と紫色が特徴的な学園島を往復する専用電車が扉を開けて待っていた。
「では俺達は7番の車両から12番の車両まで警護しています。玖珂隊長は1番から6番までお願いします」
「分かった、何かあれば通信機から連絡する」
「はい。ま、何も起きない可能性もありますが移動時間は約40分です。集中して行きましょう」
そういって不破とアキトはホームで二手に分かれた。
アキトは6番車両へ、不破達は7番車両へ移動し、中へアキトは足を踏み入れた。
普段通学のために乗っている電車ではあるが、常に満員に近い状態であったために人がまったくいない車両の中はとても新鮮であった。
各車両をつなげる連結部のガラス張りの扉の向こうにも誰もいない事をもう一度確かめた。
そこには想像通り誰もいない、無人の車両がガラス越しに見える。
すると車両のドアが閉まる音がし、その後僅かな振動と共に電車が動くのが分かった。
段々と加速していく車両はレールにそって蛇行するために思った以上に立っているのが難しい。
いざとなれば飛行術式を使うことも検討しつつ、一度先頭の1番車両まで移動しようと考えた。
学園島を出発し海の上に作られた道を電車は進んでいく。窓から都市の窓光などによって照らされ波打つ海が見えた。
僅かな電気によって照らされる車両内をアキトは進んでいく。
「成瀬、異常があれば私と不破さんにすぐに連絡を」
『はい、了解です』
6番車両から5番車両へ連結部を通り移動した。
車両の間にある連結部の扉は開けたままにし、そのまま5番車両へ足を踏み入れる。
特に何事もなく、そのまま4番車両へ移動し、3番車両へ入ったその時だ――
アキトの後ろから物音が聞こえた。
僅かな音であったがそれを聞き逃さずアキトはすぐに先ほどいた4番車両の方へ振り向いた。
『玖珂隊長ッ! 行き成り魔力反応が現れましたッ! 反応としては魔物ではなく人間かと思われます!』
「こちらで確認する、――不破さん、異常事態が発生した!」
『こちら不破、どうしました!?』
「4番車両にて魔力反応を感知、これより確認します」
『いきなりか……、了解しました。何かあれば連絡を』
アキトは魔力強化を施し、何がきても対応できるように準備する。
車両の中はボックスシートが多く、死角が多い、そのためアキトは術式を使用した。
「知覚領域術式”感応”」
感応によって、4番車両をすべて包み込むほどの魔力を展開し、その内部の様子を探った。
すると5番車両の連結部から数えて4番目のボックスシートに人の形をした何かがいる。
それが、椅子に横たわるように倒れているようだった。魔力量としてみるとたいした量ではないようだ。
アキトはそれが動かないことを確認しつつ、近付くとそれが若い女性である事が分かった。
かろうじて見える横顔から考えると10代半ばくらいだろうか。アキトはその女性の手をとり脈を図った。
少し弱いが脈があることを確認し、鞄からスマホを取り出して女性の顔を写真を撮り、成瀬へ転送した。
「成瀬、今写真を送った、行方不明の学生か確認取れるか?」
『はい、確認しましたッ! ――はい、行方不明だった生徒の一人です!」
「生きていたのか……」
正直な所生きているとはアキトも思わなかった。
だが、こうして無事見つかったことを安堵しつつもこの異常な状況を整理する必要があると考える。
「不破さん、こちら行方不明だった生徒を発見。保護した」
『なにッ! いったい何が起きたんですか?』
「不明だ、少し衰弱している様子だが、脈もあり怪我している様子もないな」
『くそ、戦力を優先するあまり少人数にしたのが裏目に出ましたね』
「嘆いても仕方ないでしょう。私はこの女生徒を連れ、一度6番車両へ移動する」
『その方がいいですね、申し訳ありませんが、玖珂隊長はその生徒を6,7番車両にいる隊員に預けて下さい。俺もすぐに合流します』
「分かった」
不破と通信を切り、アキトはその女生徒を腕に抱え、6番車両を目指した瞬間だった。
思わず耳を覆いたくなるような音がアキトの背後で発生した。
振り向くと、変異型のゾンビが電車の窓を突き破りこちらへ手を伸ばそうとしている状態だった。
『玖珂隊長ッ! 車両のすぐ外から急に魔力反応が発生しました!』
アキトは異能を展開しようとし、すぐにやめた。
車両の天井まで届きそうなほど跳躍し、後方へ飛ぶ。
すぐにアキトは左腕で女生徒を支え、右腕を前へ伸ばし変異型へ向けて魔力波を放った。
加減をしない魔力波を受けて頭部を破壊された変異型ゾンビはそのまま窓の外へ落ちていく。
「不破さん、変異型が発生! そちらの状況は!?」
『こちらも同様ですッ! 2体突然窓から現れた、こちら破壊次第、すぐに7番車両へ移動しますッ!」
やはりアキトだけではなく、不破達の方にも現れたようだ。
しかし疑問は尽きない、行方不明だった生徒はなぜ急に現れた。
既に、エルプズュンデと無関係でないのは明らかだ。ではなんのつもりで連れ去った生徒を解放したのか。
そう考えるより先に、アキトが使用していた感応によってまた新たな魔力が感知された。
『玖珂隊長! 2番車両にて今度は5名の魔力反応です。恐らく先ほどと同様の……』
「横たわった人型の反応、行方不明者かッ!」
それに呼応するように2番車両に変異型と思われる反応を感知した。
アキトは腕の中にいる女生徒を抱えながら、負担にならない程度の速度で車両の中を走る。
連結部を女生徒がぶつからないように気をつけて進む。
(これでは間に合わないッ!)
今アキトが抱えている生徒のことを考えるとあまり高密度の魔力をアキトは纏えない。
だが、近くに変異型の魔物がいる。ゾンビは生前にあった魂を求めるために生者を喰らう。
「そんな犠牲を出すわけはッ!」
揺れる車両では上手く走る事ができないため、アキトは飛行術式を展開し、連結部の扉をくぐるように気をつけながら2番車両を目指す。
2番と3番車両の間にある連結部へ到着すると、抱えていた女生徒をそこで下ろし、駆け出した。
そこに居た生徒達を今にも喰おうとしている変異型のゾンビの近くまで行き、周りに被害を出さぬよう最小限の力を維持しながら変異型の魔物へ向かっていった。
アキトの存在に気付いた変異型はすぐにこちらに向かってくる。
基本ゾンビには意識がない。ただ自らにはない魂を求めて動いている。アキトの目論見とは違ったが、その車両にいる生命体の中でもっとも強力な魂を持つアキトへゾンビ達が群がってきた。
”感応”を使い、その車両内にいる生徒達の場所を確認する。それぞれが別の場所のボックスシートで横たわっていることを確認。
その生徒達を巻き込まないよう注意しながら少し狭い車両に苦戦しつつ、一撃で頭部を破壊する。
アキトの側面から襲ってきた変異型に対してはその攻撃をかわさずに異能で停止させる。
知能が低いゾンビではなぜ自分の攻撃が当たらないのかを考える事が出来ないため、何度も拳を振り上げ攻撃するが、すべてアキトは届かない。アキトはそのゾンビに軽く拳を振るって魔石を破壊し、車両の奥にまだ潜んでいるゾンビに対して小さな魔力波を飛ばし破壊した。
しかし、威力を小さくしても圧縮した魔力がまだ大きかったためか、1番車両と2番車両の間の連結部部分の扉もろとも破壊してしまった。
「威力はそのままにもっと小さくしなければ不味いな」
「いや、そもそも人の作品を壊すなど人としてどうなのかな?」
突然現れた存在に反応しアキトは後ろを振り向く。
先ほどまでは確実に感応にも反応がなかった。本当に突然現れたのだ。
『嘘……さっきまで反応はなかったのに』
「やはり転移系の魔術式、もしくは異能か?」
突然現れた目の前の人物は、白いローブを身につけており、そのローブから時折見える身体には、ローブと同じく白いチノパンだけを装備しており上半身は裸のままの男だ。
ぼさぼさでまとまりが無いやや赤色の髪をたくし上げ、鋭い眼光でこちらを見ている。
「まったく人が丹精込めて作った作品を無慈悲に壊すやからがいると聞いてみればまさか、神色を使う不届き物とはッ!」
「……神色だと?」」
「そうだッ! この色は我らが神を表す神聖な色ッ! 本来であれば我らのように神に選ばれし使徒のみが使用を許される神聖な色なのだ!」
そういって自らの白いローブを握りこちらを糾弾している。アキトは以前戦った魔人のことを思い出した。
病的なほど白い肌と髪、白い結晶のような羽まで生やしていた。つまりこの男がいう神色とは、白色の事を指しているのだろうか。
ならば、奴らとって白は特別な色という事か。
「エルプズュンデの使徒か」
「如何にもッ! 我はアヴォン。自らの感情さえも制御出来ぬすべての人間に、救いを齎すもの。そもそも人間とは神の僕に他ならない。それが神の手から離れ、人の醜い本能にッ! 感情に流され、世界は破滅へと向かってる。救いをッ救いを与えなければッ!
神の意にそぐわない人間なんぞ泥人形以下の価値しかないのだからァッ!」
目を見開き唾を飛ばしながら力強く話す使徒にアキトはどこか違和感を感じていた。
何故、使徒が目の前に現れたのか。今回の事件が目の前の男の仕業であれば普通に考えて出てくる必要なんてなかったはず。
それが行き成り現れてただ話しているだけだ。
(情報を整理する必要がある、いや、そうか――)
「お前の作品は随分脆いな。綿菓子のように脆く砕けたぞ」
「そうォだッ! なぜ我が作った傑作がッ! 愛の結晶がッ! こうも容易く破壊出来る! あれは我が時間を掛けて人の死体を解剖し骨をすべて魔鉱を使用して作った人工骨に差し替え強度を限界まで上げたはずなのに、なぜああも簡単に破壊出来るッ!? 筋肉繊維もオーガを解剖して移植し、皮だってすべて魔物の素材を混ぜた人口皮膚と張り替えた丹精込めて作った我の愛の結晶ッ! いや、もはや息子といってもいい。お前は我の息子を殺したのだッ! 人殺しめ、死で償え」
思った以上に話が噛み合わないが、アキトの思惑通りぺらぺら話してくれた。
つまり今まで学園島を襲っていた変異型のゾンビはすべて目の前の男、アヴォンが作った魔物という事。
最初アキトが戦ったときにも感じた感触は予想通り魔鋼を使って強度を上げていた様子だ。
(そんな代物を量産されたらたまったものではないな)
「その転移はお前の力か?」
「敵に一々そんな事を話すわけがないだろうがァ!」
「それもそうだ、なッ!」
アキトは振り返り、後ろにいきなり出現したゾンビの頭部を裏拳で吹き飛ばす。するとそのゾンビの後ろからまた新たなゾンビが大きく口を開け、迫ってくる。アキトは咄嗟に身体を捻りゾンビの攻撃をかわすと身体を掴み、それをそのままアヴォンの方へ投げた。
アキトの豪腕によって、人一人分の重さはあるであろうゾンビがまるでおもちゃの人形のようなスピードでアヴォンに迫る。
しかし、アヴォンにぶつかる直前透明な何かにぶつかりゾンビはバラバラに散った。
アキトは投げたゾンビによってアヴォンの視界が塞がった事を確認し、右足に力を込め踏み込んだ。
車両の床を踏み抜きそうになるほどの力を足に込め一気に前方へ加速し右の指をまっすぐ伸ばしアヴォンへと肉薄する。
加速したアキトの身体とは反対に、極限まで魔力を目に集中させていることによって辺りはスローに見える。
飛び散る肉片、舞い散る血液、その中に混じる金属の骨のような物まで、それらがアヴォンの目の前で舞っている中にアキトは飛び込んだ。
右の貫手を前に突き出す。
途中、投げたゾンビを防いだと思われる透明な壁があったが、アキトの異能によってその魔力は停止し、まるで障子のように簡単に貫き、アヴォンの腹部にアキトの右手が突き刺さった。
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