制裁
「――河本泰」
「なんだ、良かった覚えててくれたか。いやぁ昔はよく喧嘩したけどさ。あの時は俺のお袋が余計な事して悪かったよ。ずっと謝りたかったんだ」
笑みを浮かべながらこちらに向かってくる河本を見てアキトは衝動的な気持ちになる自分を必死に抑えた。
「なぜ……お前がここにいる?」
「俺はB+ランクのハンターなんだ。ハンターギルドからの要請でファータエールデンの王族の護衛をやっているってわけさ。――でだ、昔の友人としてアキトにお願いがあってな」
「……お願いだと?」
「そう怖い声だすなよ。ってかその仮面なんでつけてるんだ。息苦しいだろ外したらどうだ」
そういいながら河本はアキトの仮面に触ろうとしたため、アキトは虫を払う程度の軽い力でこちらに近付く河本の手を払った。
アキトによって弾かれた河本の腕から乾いた枝が折れたような音がする。
「――ぐ、ぐぁぁぁああ! て、てめぇ何すんだッ!」
「馴れ馴れしく私に触れようとしたから払っただけだろう。大げさに痛がるなよ。見っともないぞ」
「おいッ! ヤスシ何大げさに痛がってるんだ。さっさと用件を伝えないか!」
傍から見れば本当にアキトは手を軽く払ったようにしか見えないだろう。
だが、実際は河本の左腕の腕の骨は完全に折れている。
その予期せぬ骨折の痛みに苦しむ河本の後ろから先ほどのエルフが大声で河本を叱責していた。
今のアキトが本気で魔力強化をすれば世界でもっとも硬い金属の一つである魔鉱であっても飴細工のように砕くことが可能なのだ。
つまり周りから見ればたいしたことがないように見える動作であっても受けるダメージは想像を遥かに超えている。
その証拠に河本は骨折の痛みによって脂汗が止まらずにいた。
「く、糞が! 何がどうなってやがる。アキトッ! 後ろにいる方々が誰か分かるか!」
「煩いぞ、大声を出すな。確かお前の後ろの方は妖精国の要人と聞いているな」
アキトがそう答えると滝のような汗を流しながらも河本はアキトに説明を続けた。
「なら話は早い、アキトこの方々をファータエールデンまで護送してやってくれないか! 異界の王族だぞ、これは栄誉な事だ。この依頼の意味はおまえなら――」
「防衛庁へ話を通してくれ、適切な人材が派遣されるだろう、それで良いではないか」
河本の話を途中で遮り、にべもなくアキトはその懇願を切り捨てた。
「なッ! それじゃ駄目だ! アキトお前は魔人だって倒した日本の英雄なんだろ!? だったらお前以上の適任は居ないはずだ!」
「それは私が判断する事ではない、いい加減目障りだぞ。いい加減大げさに痛がったフリはやめてどこかへ行け」
「おい! それが久々にあった友達に対する態度かよッ!」
「――友達、だと?」
アキトは異能で魔力を抑えるのを止め、周囲に自身の魔力を放出した。
近くの木々に止まっていた鳥達もそこから逃げるように羽ばたき、辺りは静寂に包まれた。
普通の人間が普段垂れ流している魔力量がコップ一杯の水だったとしたら、今のアキトが放つ魔力量は湖を満たす水量の魔力を放っている。
常人では意識を保つことさえ難しい魔力に圧倒され、河本は折れた腕など忘れ、目を見開き、口もだらしなく開け、腰が抜けたようにその場から動けなくなった。
「お、お前、まさかあの事をまだ恨んでやがんのか……? も、もう20年も前のことだぞ?」
「――20年だと? 私にとっては一年も経っていないような出来事だ。それとお前を友として思ったことなど一切無い。これ以上そのような虚偽を流布するのであれば――」
「あ、あればなんだ……アキトのくせに、俺に逆らうのかよ」
「……そうだ、結局それがお前の本音だ」
そう話ながらアキトはゆっくりと河本の下へ近付く。
アキトの強大な魔力にあてられた結果、河本は身体の震えが止まらず距離を取ろうと必死に身体を動かそうとしても動けないようすだ。
「お前は意識的にか無意識的にか知らないが自分は他人より上で、なんでも許されると都合のよいことしか考えていない。お前にとって中学の知り合いは全員自分よりも下だと思っているんだろう。もしお前に普通の考えが出来るなら、今の私に近付こうなどと間違っても考えるはずがないからな」
「く、くるなッ!」
アキトは情けない姿を晒しているかつての知り合いの肩に手を置いた。
「――お前のような小物が私と友人なはずないだろう、腰抜けが」
かつてアキトに向けて河本が言った言葉を思い出しながら、河本に向けて殺気を放つ。
この距離で異能を展開すれば心臓麻痺を装って殺す事も出来るだろうが軍に所属している以上そのような事をする訳にも行かない。
しかし、アキトの殺意と魔力によって完全に萎縮したのか地面に座り込み河本の股間から何か液体が染み出てくるのが分かった。
「おいおい、いい歳した大人がお漏らしなんてみっともないぞ」
そう声を掛けると河本は歯を震わせながら焦点が合わない目でこちらを見ている。
アキトはそれを無視し、エルフ達がいた場所の方を見る。するとアキトの魔力に彼らも萎縮したのか目を見開き、口をだらしなく開いてこちらを見ていた。
それを見て興味をなくし今度こそアキトは踵を返す。
するとちょうど待ち人が上空よりこちらに近付いてくるのが見えた。
「思ったより早い到着ですね」
「玖珂隊長のいる方角からあんな魔力を感じたらそりゃ急ぎますよ。それであれが例の奴ですか」
こちらに到着した不破はアキトが昏倒させたローブの二人組を見やった。
空気を読んだのか河本やエルフ達を不破は無視する考えのようだ。
「ええ。気絶させましたので殺してはいません」
「流石ですね」
そういいながら不破はその人物の元へ近付きローブを剥ぎ取った。
その中から出てきたのは、40代は超えていると思われる外人だ。もう一人の方もローブを取ると同様の年代くらいの外人のようだった。
「こりゃ、アメリカ、いやドイツ人か。ってなるとやっぱりエルプズュンデが絡んでやがるな」
「不破さん、尋問でもするんですか?」
「いえ、 無意味ですね。過去にも事件を起こした教徒達を捉えた事があるんですが、この人界はどうのこうのと叫ぶだけで禄に会話が成立しないんですよ。こいつらは多分何も知らない可能性が高いです。とりあえず、学園島へ残すのは危険でしょうから本部へ身柄を移してしまおうかと思います。それとこいつはどうしたもんですかね」
不破は一緒に来ていた二人に指示を出し、その後にアキトが仕留めた変異型ゾンビの検分を始めた。
「玖珂隊長。よく首を落とせましたね、俺も以前戦いましたが、相当硬いですよ、こいつら」
「まぁこの程度は。それより一度この死体を分析した方が良いでしょう」
「そうですね。基本魔石を砕くとこいつら瞬く間に腐っちまいますし、申し訳ありませんが、こいつらを輸送する際の護衛を玖珂隊長にお願いしても?」
「構わないが、他の部隊員ではだめなのか?」
「念のためです。出来れば確実にこの死体は持ち帰りたいというのと、少々考えがあります」
「何か作戦が?」
「ええ、ここへ移動中に作戦の草案を作り本部へ投げました。ここではなんですから一度戻りましょう。連れて来た班長二人にエルプズュンデの教徒を運ばせます。申し訳ありませんが……」
「分かった、私達でこの2体の死体を運ぼう」
そうして不破達とアキトは捉えた組織の教徒達と変異型の死体を飛行して運び、その場を去った。
****
「――す、素晴らしい魔力だ!」
アキト達が去った後、どれほど時間が経過しただろうか。
あの場を支配していた魔力の持ち主であるアキトが去った後にファータエールデンの王子である、アウリール・エールデンは興奮していた。妖精種とは個人の認識は顔で覚えるのではなく、個人の魔力で判別する。
つまり妖精種とは人間のように容姿の優劣ではなく魔力の質によって美醜を考える種族なのだ。
「ええ、お兄様。あの方の全てを支配してしまいそうな程の強大な魔力。私あまりの興奮に気を失ってしまうかと思いましたわ」
恍惚な表情を浮かべどこかうっとりしているローゼは先ほどの魔力にあてられ呼吸が荒かった。
「ああそうだな。ローゼ、ぜひ彼には我がファータエールデンへ来て頂かなくてはならないッ! テディ、ウーゴ何をしている、あの御仁を我らの下にッ!」
「はッ! すぐに日本のトップにいる犬飼という者に連絡をいたします」
「そうよ、テディ。必ずあの方を私たちの下へ、どのような条件がでようと構いませんわ」
「――してあの役立たずはどうしましょうか?」
アウリールとローゼは顔を赤くし興奮した様子で護衛のテディへ指示を出す中、同じ護衛であるリザードマンのウーゴが腰を抜かし小便を漏らしている男を見ながら指示を待った。
「あの男か、玖珂と繋がりがあると聞いたからハンターギルドを通して依頼したが、無駄な出費だったな、まぁあの方の力の一端が見れただけ良しとするか。そのような醜い魔力しかもたない奴なぞもう放っておけ」
「分かりました、じゃあな嘘つき野郎」
そういってウーゴは小便を漏らし、放心している河本を後ろから思いっ切り蹴り飛ばした。
「がぁッ!」
「我らに虚言を言った事は寛大にもこれで許してやる。あと貴様のことはハンターギルドへ報告させてもらうぞ。
何が、玖珂とは友人だから橋渡しは任せろ、だ。友人どころか敵視されているではないかッ!」
そういってウーゴは河本の顔を金属板で覆われたブーツで踏みつける。
「や、やめてくれッ! 頭が割れる!」
リザードマンのウーゴに頭を踏まれ、河本は顔を地面に押し付けられる。
あまりの屈辱に河本の顔は大きく歪んでいた。
「王族である我が主達を謀ったのだ、殺されないだけ感謝しろッ!」
「くそ、頼む、やめてくれ」
そう言葉では懇願しているが、河本の顔をみたウーゴはさらに足に込める力を強めた。
「随分反抗的な目をしているじゃないか。ほら、日本という国には土下座という謝罪方法があるんだろう」
「ど、どうしてそこまで――ッ! わ、わかった、本当に済まなかった。この通りだ!」
この場でいくら強がっても河本の頭を踏んでいるウーゴの力が強くなってきていたため、河本は頭を地面に踏みつけられたまま体勢を変え、土下座の形をなんとかとった。
「なんだ、おい。こいつ小便漏らしてやがる、道理で臭いわけだな」
「おい、ウーゴ。そんなゴミにいつまでも構うな。いくぞ」
「ああ、分かった」
最後にウーゴは河本のわき腹を思いっきり蹴り飛ばした。
口から血を出しながら必死に蹴られた腹を押さえている。
「くそッ、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」
既にその場には河本しかおらずファータエールデンの一行はその場に居なかった。
魔石をふんだんに使った自慢の防具越しでもリザードマンの蹴りは河本に深くダメージを与え、肋骨が折れていた。
アキトによって折られた腕の痛みも、リザードマンによって折られた肋骨の痛みも、河本は息をするだけでも激痛が走るなか、頭の中には自分をこんな目に遭わせたアキトの事ばかりを考えていた。
(もう20年も昔のことをいつまでも根に持ちやがって。どうして俺のいう事を聞かない! 昔は誰もが、それこそ教師の連中だって俺の言う事を聞いていたのに、あいつはいつもそうだった。ちょっとガキの頃に弄ってただけだろうが!)
幼い頃から河本泰にとってどのような事も自由であった。
父親が神奈川で県議員をしており、その父親は一人息子の河本が可愛く何をしても許してきたことに拍車が掛かり、どんなことでも父と母にお願いすれば解決できた。だから中学の時、アキトが河本に対し最初に暴力を振るったという河本の証言が事実となり、そんな生徒はすぐに退学させるべきだと河本の両親は学校を詰め寄った。当時通っていた中学は私立だったこともあり、学校側は河本の両親を恐れほとんど言いなりの状態だったが、流石にいじめの事は認識していた学校側も退学ではなく転校させるという方向に話を纏めた。
そして、学校側もアキトの両親が万が一訴えてきた場合にそなえ、河本夫妻の協力を得て、いじめの事実をすべて隠蔽した。
当時同じ学年であった生徒達に圧力を与え、その保護者に関してもPTAなどを通じて徹底的に根回しをしていたのだ。河本自身も学年をまとめていた存在であったために次は自分がいじめのターゲットにされると考えたほかの生徒達は全員口をつぐんだ。
そんな中学を卒業する頃の季節だ。
河本は夢を見た。地球の神という存在から異能という力を与えられる夢だ。
そしてそれは現実だった。自分は選ばれた存在だと思ったが、実際は全人類に与えられた力だったらしく少々落胆した。
世の中に異能が浸透し、ちょうど河本が同じ系列の私立の高校へ上がったときだ。
神奈川を襲ったレベルⅢ、魔物の氾濫が発生したのだ。
当時は、そういった専門の組織がまだ出来ておらず、魔物に蹂躙されるしか道はなかった。
同じ中学から上がったクラスメイトは学校を襲ってきたゴブリンキングとその眷属であるゴブリンたちに襲われ、ほとんどが死亡した。
河本は父の力を使いすぐに神奈川を脱出したが、運が悪く、アキトや河本達が住んでいた地域に魔物が氾濫したため、そこに住む住民のほとんどは死亡してしまったと東京へ逃げてきた河本は後から知ったのだ。
河本は住んでいた地元の仲間、友人が死んだという報告を聞いて悲しむのではなく、その地獄から逃げられた自分は本当に運が良いと本気で考えた。
だが、そこから河本の転落人生は始まった。今まで両親の力に頼っていたため、自分の力では何一つ上手くいかないことが多くなった。
神奈川から逃げてから河本の父も母も職を追われ家から持ち出した金をやりくりしながら生活するようになっていた。
徐々に落ちぶれていく自分に焦りを感じ、新しく出来たハンターという職に飛びついた。
それから20年経過し、なんとかハンターとして中堅の地位に辿りついたときには、35歳という年齢になり手元に残ったのは高級な装備を買うための借金だけであった。貯金も無く、たくわえも無い。両親は過労で既に他界していて頼る人間もいなかった。
そんなときだテレビのニュースで懐かしい名前を見た。
玖珂アキトという以前自分に逆らった事がきっかけで弄っていた男だ。
河本の中では世界は変異し、今までとは予想もしていなかった未来を20年も歩いていた事もあり、過去の出来事はただのクラスで馬鹿騒ぎをして楽しんでいたという自分に都合のよい記憶へと変わっていた。
そしてチャンスだと思った。
すぐにテレビ局に連絡し、今話題の玖珂アキトの名前を使い自分を売ることに決めた。
もっともすぐに政府から連絡があったようで、テレビに出れたのは1回切りではあったが、それ以降は隙あらば自分のことを玖珂アキトの親友として語り、とにかく自分を目立たせ、名前を売ることだけを考えるようになっていた。
また自分がかつての子供の頃のように全部が上手くいくことだけを信じて。
「くそ! アキトのやろうッ!」
だがそんな都合のよい未来はなかった。
せっかく縁を結べそうだった重要な顧客であったエルフ達から見捨てられた。
ハンターギルドへ戻っても依頼は失敗し、今回の件で恐らく自分はライセンスを失効処分になるだろう事は容易に想像できる。
「くぞ! くそ!」
涙を流しながら地面を強く叩く河本のそばにいつの間にか、知らない男が立っていた。
それに気付き、涙で歪む視界でなんとかその男の顔を見る。
その男は柔和な笑みを浮かべ、河本へこう呟いた。
「興味深かったから見てたんだけどさ、君、玖珂君に酷いことをされたみたいだね」
「……だ、誰だてめぇ!」
「ん、そうだね。僕はジョン・ドウっていうんだ。ちょうどいいから君を実験に使わせてくれないかな」
そう呟くとジョンと名乗ったは河本の心臓に手を突っ込んだ。
「なッ!?」
「いやぁ君みたいな人間を探してたんだよ。ちょっと僕が玖珂君と遊ぶためのおもちゃになってくれ」
強い痛みと共に、河本の意識は暗闇へ落ちていった。
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