派遣
「ピュー、ピュピューピュ、ピューピュー……」
下手糞な口笛を吹きながら一人の男が歩いている。
そこは、明かりも無く常人であればまず目の前が見えないこの暗闇の通路を歩くことは躊躇してしまうであろう。
コツコツと革靴が石畳の上を叩く音を響かせながら歩くその男は、一切汚れの無い白いスーツと同じく白いスラックスのパンツを着こなしている。
この明かりの無い明らかに不釣合いな容姿の男は機嫌が良さそうに口笛を吹きながら歩を進めていく。
すると蝋燭の光に照らされた場所に出た。
さらに少し進んだ場所にある階段を男は下りていく。
螺旋階段となっているその場所の壁にもまるで図書館のように本が並んでおり、等間隔に蝋燭が設置されていた。
インクの香りに包まれながらその男は懐からタバコを取り出し、口に加えマッチで火をつけた。
僅かな明かりしかない階段を下りながらでもその男はまったく気にした様子もなく階段を下りる足を止めないままに、タバコに火を近づけた。火が着き、煙が出るとそのマッチの火を手で振って消し、そのマッチをタバコと同じように懐から出した携帯灰皿の中に捨てた。
タバコの煙に包まれながら階段を下りるとついたその場所には一切の家電等はなく、アンティーク製品のようなテーブルとソファーなどがあり壁には一面本が並べれている。
そこのソファーに一人の男が座っている。シンプルな白いシャツにジーンズを穿いたその男は蝋燭の光しかないこの場所で男が持っているスマホの人工的な光がやけに目立っている。
「おい、ゼファー。お前さんスマホで何やってんだ?」
タバコを吸いながらスマホを両手で持ち何かを夢中でやっている仲間に向けて話しかけた。
「ん……。メレットか。この臭いタバコかな。僕の前では止めてくれと言っただろう」
「うるせぇ。お前に言われたからちゃんと自前の灰皿だって用意したんだ。十分譲歩しただろうが」
「声が大きいよ。集中できないじゃないか」
「だから何やってやがんだよ」
そういってメレットと呼ばれた男はいまだにこちらを見もしないゼファーの近くへ行き、スマホの画面を見る。
画面の中では、カラフルな光が様々な様子で輝いておりデフォルメされたキャラが両端で踊っている。
そして楽譜のような画面に対し、上から丸い光が落ちてきており、それを両手の指の近くにあるラインに重なったタイミングで親指を動かし、その光をタップしていた。
「音ゲーって奴だよ。前君達に音を出してたらうるさいと言われたからね。目押しでやってるんだ。最初は苦戦したけどこれはこれで面白いね」
「お前本当にそういうの好きだよな」
「面白いよ。偶にアイチューブっていう動画配信サイトで同じゲームをしているプレイヤーがいたりするんだけど、上手いプレイヤーの画面を見るっていうのは貴重だからね、いい時代だ」
「他の連中は?」
「知ってる範囲だとペシャは相変わらずロシアに引きこもり、ヘットは……中国の旧魔界領域で祭壇の調査するって言ってたかな。アヴォンはどこか知らないけど、どうせいつもの魔物弄りでしょ」
「中国の魔界領域に関してはこの間ゼファーが行ってただろう。何してんだあの人」
「確か祭壇の破壊痕がみたいって言ってたかな」
ゼファーはそう話しながらも指の動きは止めず、ずっとスマホのゲームに集中している。
「随分強い異能者がいたみたいだしな、そういやゼファーは殺りあったんだろ、どうだった?」
そうメレットが質問するとゼファーは急にゲームをしていた指を止めた。
顔は相変わらずスマホの画面を見ているためにその表情は分からない。
「玖珂君か。とても楽しい時間だったよ。出来ればまた彼とは戦いたいな」
「お前がそう言うって事はよっぽどか。そういや信者達を連れてアヴォンが日本に行ってた筈だな。確か新作のテストらしいが」
「なんで日本なんかに? 梓音エリザの捕獲は暫く保留じゃなかったか?」
「ヘットが余計なちょっかい出して護衛が強くなっちゃったからね」
「まぁ、あの女に関しては急ぐ必要はないだろ」
「確かにね。あ、でもちょうど僕も用事があったから日本に行ってこようかな」
「……俺やお前と違って他の連中は敬虔な使徒なんだ。揉めるなよ」
「大丈夫だよ。こう見えても僕はアヴォンと仲が良いんだ」
「どうだかねー」
そう呟いてメレットは口からタバコの煙を吐き出した。
「ま、その辺りは我らが神の思し召しってか」
****
あの変異していると思われるレベルⅠの襲撃があった日以降、特に変わった様子はなかった。
念のためアキトは軍が到着するまで近くで待機していたが、その後問題なくレベルⅠは鎮圧された様子だ。
成瀬から聞いた話では死亡者はいなかったようだが、レベルⅠにしては思った以上に怪我人が多かったと聞いている。
受験から2週間経過した後もまるで何事もなかったかのように学園は通常通り運営している。
元々魔物と戦う術を学ぶ学園のために、こういった魔物との戦闘は慣れたものなのだと思う。
アキトは関東で発生したレベルⅢの任務を2つほどこなしながら比較的穏やかな時間を過ごしていた。
そうしたある日、アキトは神代に呼ばれ本部の会議室へ来ていた。
その場所には神代とアキトの二人だけの状態であり、アキトも神代と二人きりの状態は初めてだったために少々緊張していた。
「たいした用ではないので手短にお話しますね」
「はい」
神代の言葉にアキトは返事をして頷いた。
「玖珂隊長が受けた受験の結果の方ですが、無事合格いたしました。まずはおめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
やはり受験という事もあり結果が出るまではアキトも少しそわそわしていたのだ。
「とても良い成績だったと聞いています。そのため来月より正式に生徒として学園へ通ってください」
「はい、分かりました」
「さて、学園に通うにあたって玖珂隊長にはお願いしたいことがあります。実はちょうど先日にも2週間前と同じ事件が発生しました」
「――同じですか?」
「はい、レベルⅠのゾンビ。ですが、通常の強さではなかったと報告が上がっています。
場所は学園のある島の外周沿いにて数箇所で発生しました。防衛省からは妖精国の王族を狙っている一派の動きではないかと言われていますが……」
「それにしては雑ですね」
「はい、本当の狙いは別にあるかと思います。念のため魔人石の警備は更に厳重にしました。雲林院隊長と鴻上隊長に交代で警備について頂く予定です」
「あの……ずっと気になってたんですが、他の隊長は何をしているんですか?」
「そういえば、説明していませんでしたね」
そういって神代は手元にあった水を一口飲んだ。
「以前お話にもあったように日本にいる特級異能者の数は多くありません。そのため、日本軍の特級異能者である対魔部隊の隊長を東京に集めるのはデメリットしかないのです。他の隊長は各地域に散らばっており、北海道にいるのは四番隊を率いている桜森煉さん。非常に暑がりな方で涼しい北海道に行きたいとおっしゃっておりそちらで任務に就いて頂いております。東北地方から中部地方に掛けては玖珂隊長も知っている皐月隊長と雲林院隊長、鴻上隊長です。そして近畿地方から中国地方にかけては六番隊を率いている桂華奏さん。四国地方、九州地方は三番隊を率いている杠葉紬さんとなります。北海道以外を3年周期でローテーションで回っております。ちょうど去年に入れ替わったのでお会いする機会はそうそう無いかもしれませんが、玖珂隊長の場合は基本全国へ飛んで頂く可能性がありますのでもしかしたらすぐに会えるかもしれません」
自身を含めた7人の特級異能者を確かに東京にとどめる理由はないとアキトも考えた。
よく考えると鴻上は梓音の護衛のために関東にいる事が多いようだが、雲林院はよく遠くへ出向いているのを何度か見たことがある。恐らくレベルⅢの発生が近付いた場合、すぐに出動しているのかもしれないとアキトは思った。
「少し脱線してしまいましたね。玖珂隊長にお願いしたいことというのは、五番隊の不破副隊長と共に事態が起きた時、協力して動いてほしいのです」
「不破副隊長とですか?」
「はい、中国ダンジョンの影響なのか以前に比べてレベルⅢの案件が増えてきております。幸いどこも山里など比較的人口の少ない場所ではありますが、放置できません。ですが、学園島の方にも異変が起きているのは事実です。そのため鴻上隊長と協議の結果、五番隊を二つに分ける形になったのです。不破副隊長率いる、五番隊の五班~九班までが学園島の警護にあたる事に決まりました」
「少々過剰な気もしますが」
以前鴻上は五番隊の隊員は錬度が高い精鋭だと言っていた。確かに学園島は広大な島だが、そこまで戦力を投入してもよいのかと疑問に思ったのだ。
「妖精国へ見せる姿勢としてもこれくらいはやらないと行けませんので。申し訳ありませんが、玖珂隊長は授業が終わり次第、成瀬副隊長と共に不破副隊長に協力して頂けますか」
「成瀬もですか?」
「はい、現在、成瀬副隊長には対魔本部で私の秘書として動いて頂いておりましたが、以後は玖珂隊長の動きに合わせて本来の軍務である玖珂隊長のバックアップに戻って頂きます」
「成瀬には?」
「もちろん、事前に話は通しております」
成瀬にも話が通っているならアキトとしては何も問題はないと思った。
「拝命しました。以後、私は五番隊不破副隊長と共にこの件の調査にあたります」
アキトは姿勢をただし敬礼して新たな任務を拝命した。
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