カラベラ・ガルディ
「さて、定刻になりました。これより黄竜江省ダンジョンの攻略をおこないます。
中国軍に追従してまずは奥へ進みますので迅速に行動するように。では作戦行動を開始します」
「「はッ!」」
雲林院の言葉より作戦が開始された。アキト達は中国軍の後に続いてダンジョン内部へ入る形となる。
「かなり道が複雑です。距離を開けないように注意してください」
そう話す中国軍の後ろをアキト達は距離を離れずに追従していく。
近くで見るダンジョンはやはり異様の一言であった。
自動車ほどの大きさの幹がまるで心臓のように鼓動しており、それが幾重にも束ねられ大樹となっている。
その幹のようなものの間に人工的な建造物が見えてきた。
「ここが拠点から一番近い入口です。中は歩きやすいようにすで整備されています。
簡単な道案内の表記もありますから万が一迷ったら近くの案内を見てください」
樹木で出来た洞窟のようだ。それがアキトが最初にダンジョン内に入って思ったことだ。
腐った木材のような臭いがしており、気温は外よりも暖かい感じがした。
最初随分低い天井だと思ったが、中へ入るとかなり広い。
迷わないように看板などが設置されているが、今いるホール内にも既に出入口のような場所が10か所以上存在している。
「思ったより明るいのですね」
「はい、踏破済みのダンジョンは照明を設置しています。ですが、この先14階層は15階層の魔物と交戦している事も多いためここより圧倒的に暗いので注意してください」
雲林院が案内人から話を聞いている間にアキトは成瀬に通信を開始していた。
「成瀬、こちら玖珂だ。聞こえるか」
『はい、玖珂隊長。感度良好です』
「異能の方はどうだ」
『こちらに能力補助の魔道具を持ち込んでおりますが、魔力濃度が高いせいか少々ノイズがあります』
「行けそうか?」
『はい、何とか玖珂隊長の周囲をモニター出来ると思います』
「よし、何かあればこちらからも連絡するが、念のため私たち以外の生命体が近づいた場合はそちらからも連絡してくれ」
『はい、お任せ下さい』
「通信は問題ないようですね、ではこのまま進みましょうか」
そのまま中国軍の後に続いてダンジョンを奥まで進んでいく。途中懸念していた魔物が発生する様子もなく、
すれ違うのはその階層を保全に努めていると思われる中国の兵士のみだった。
「もうすぐ第2階層へ行きます」
そう言われアキトは目の前を改めて見た。先ほどまでいくつかの通路と小部屋のような場所を抜けてきたが、
より一層に大きく広がった空間に出たのだ。
「ここは……」
「ここが1階層から2階層へいくフロアになります。
過去計測機で測った所この場所は地上から30m以上高い場所にあるのです。
そしてこの先同じように大きなフロアが多くあり、その場所ごとにそこを守護するように強力な魔物がおりました。
現在はそれらを守護者と呼称しております。
そして、現在はこういったフロアを越えた所が次の階層という形で取り決めをしている状態なのです」
「その守護者という魔物の脅威度は?」
「正直我ら赤龍軍の精鋭でないと歯が立たない魔物ばかりでした。そしてそれは階層を増すごとに強くなってきています」
「ここの守護者も、もしや復活するのですか?」
「はい、1週間ごとにこのフロア中心に魔石が出現しますので、受肉するまでにそれをかならず砕くようにしています」
「各階層の保全方法と一緒という事ですね?」
「そうです」
ダンジョン内に魔物が出現する流れは魔石が誕生し、その魔石に魔物が受肉するように誕生するというプロセスになるようだ。
そのため踏破した階層を維持するために兵は巡回し魔石を見つけたら砕くようにしているらしい。
もっとも第一階層の魔石であれば砕く前になんとか外へ持ち出す場合がほとんどのようであった。
そして、そうやって時折話を聞きながらアキト達はようやく15階層まで到着した。
「確か、ここは1度攻略したがまた魔物に襲われたという階層ですか?」
「はい、完全に踏破しているのは1つ前の14階層までになります。ここはまだ魔物がいる可能性がありますからご注意下さい」
「今も16階層の魔物はここ15階層に来るのですね」
「はい、16階層にいるカラベラがどういう訳か15階層の守護者のいるフロアを抜けてここに現れるようになりました」
「本来は守護者のいるフロアには来ないのですか?」
「はい、14階層までそういった事はありませんでした」
そう話を聞いていると何か音が聞こえる事にアキトは気づいた。
それと同じタイミングで他の雲林院、葦原、天沢、雫も同じく異様に感づいた様子だ。
『玖珂隊長ッ! 前方に生体反応があります。かなり巨大な反応が一つとその他に3つ、恐らく人間と思われる反応がありますッ!』
成瀬からの通信により警戒を強める。
「この先は?」
「……例の15階層の守護者がいるフロアになります。ですが15階層の守護者は討伐され、いないはずですが……」
アキトの目の前にはジェット機も簡単に出入りできそうなくらいの巨大な穴が開いていた。
その奥から何か音がする。
金属がぶつかる音に交じって、誰かの叫び声が聞こえた。
「アメリカのイディオムが戦闘しているのでしょうか」
「いえ、アメリカ軍は早朝にはここを通過していると報告を聞いています」
早朝という事は既にアメリカ軍は先へ進んでいるという事か。
では、この音は中国軍、もしくはハンターのものかとアキトは考えた。
「様子を見てきます」
『玖珂隊長ッ! 奥の反応が2つ消えましたッ!』
そう言った、ここまで案内してくれた中国軍の人が走ろうとした瞬間であった。
****
ここまでは正直拍子抜けするほど順調に進んだと雫は考えていた。
最初はダンジョンという存在に気おされていたがそれも徐々に慣れてきた。
そしてようやく15階層へ到着し、これから16階層へ行くという時にそれは起きた。
赤い、燃えるような朱色の装備を身にまとった人間が巨大な穴からまるでおもちゃの人形を投げたかのように、
吹き飛んできたのだ。
「ッ! くそがァッ!!」
その吹き飛ばされた人物は全身から流血しており、左手は既に本来の形をしていない。
地面を転がり辺りに血を撒き散らしながらその人物は体勢を整えていた。
そしてその穴の向こうから、巨大な骸骨が現れた。
牛骨のような顔、その窪んだ眼孔は赤く光っている。ねじ曲がった巨大な角から、ぶら下がっているそれは
先ほど飛ばされてきた人物と同じ朱色の装備に身を包んでいた。
そして、口には人間だったと思われるモノが飛び出している。
カラベラだ。
しかも、資料で見たものよりも二回り以上にサイズが大きい。
人間だったモノがその原型が崩れるほどに損傷している様とそれを行ったであろう魔物がいきなり目の前に現れた事により雫の頭は真っ白になってしまった。
「ァァァアアッッ!!」
声にもならないような咆哮が響く。
雫は完全に油断していた。まだ魔力の強化もしておらず、そこへ巨大なカラベラが出現した事によってその膨大な魔力を直接受けて気おされてしまっていた。雫の手が、足が知らず知らずに震えてしまう。
目の前にいる魔物は今まで雫が戦ってきた魔物とは一線を越えた存在であると見ただけで理解できてしまったのだ。
雫から見たその死を形どったような悪魔は先ほどまで咀嚼していた物体をゴミのように吐き捨て、
その異様に細い足を動かし、こちらに突進してくる。
「異能 ”恩寵の守り手”ッッ!!」
その吹き飛ばされてきた男は唯一残っている右手を前に出し、蒼く輝く六角形の光を出現させた。
そこへ巨大なカラベラが突っ込む。
蒼い光の粒子を撒き散らしながらなんとか食い止めている様子だ。
「――ッ! くそ」
あの巨体を僅かとはいえ、押しとどめている男の力に雫は本当に驚愕した。
重症の身でありながら懸命にカラベラの動きを止めている。
しかし、徐々に押され始め残った右手からも夥しい流血が止まらない。
このままではあの盾のような異能は持たない事は明白だ。
雫は、震える手足に喝を入れ、すぐに魔力の強化を自身に施した。
「あれは……16階層の守護者!?」
ここまで案内してくれた中国軍の叫ぶような声を聞き、雫の母である月那がすぐに指示を出した。
「対象をカラベラ・ガルディと呼称しますッ! 玖珂隊長ッ!!」
そう号令が聞こえた瞬間だった。
目の前にいたはずの人物、あの仮面をかぶった玖珂が目の前からいなくなっていた。
どこへいったのか雫はすぐに探し、そして見つけた。
蒼い盾を破壊し、少し体勢を崩した様子のカラベラが、またすぐにこちらに向けてその巨体を立て直し突進を繰り出そうとしていた、その時。
魔力を纏っていないように見えた玖珂がカラベラ・ガルディのすぐ近くまで浮遊していたのだ。緩急をつけた飛行術式で宙に舞い、身体を捻りその回転を利用し、
「――ハァッ!!」
繰り出した右の拳はカラベラの頭蓋骨を直撃した。
その瞬間、目の前の空気が爆発したように雫の顔を叩いた。
あまりの衝撃に一瞬目を開ける事が出来ず、思わず手で目をかばってしまった。
そして、その衝撃が落ち着きすぐに目の前を確認する。
そこには……
巨大な体にその向こう側が見えるような孔が空き、カラベラが移動してきた巨大な穴が先ほどの衝撃で崩れている様子が視界に入った。
「随分、大きな犬だな。――しかし、雲林院隊長」
「――なんでしょうか」
さすがのお母様も玖珂の攻撃に驚きを隠せない様子だった。
「申し訳ない。少し力加減を間違えたようです」
そういって崩れた巨大な穴の方を見やる玖珂を見た。その姿は先程恐怖に駆られていた雫を奮い立たせるように玖珂の姿は輝いて見えた。
雫は今まで感じたことがない、胸に強く鳴る鼓動をその背中に感じていたのだった。
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