黄竜江省ダンジョン
「一応、各々使える異能を共有すべきと思うが雲林院殿はどう思う? さすがに他国で異能の話をするわけにもいかんだろう」
今アキト達は中国へ移動する飛行機の中にいる。
移動時間は約2時間。そのわずかな時間で葦原は現地ではできない異能の話をすべきではないかと話を振ったのだろう。
「確かに、その必要がありますか……。玖珂隊長は宜しいですか?」
「ああ。仕方ないだろう」
雲林院から話を振られアキトは答えた。
「では私から。もっとも、私の事を知っている人が多いので改めての話になりますが、異能”魔力阻害”という力です。これは私を中心に一定空間の魔力運動を阻害させる力があります」
雲林院から異能の話をし始めた。彼女の能力は鴻上からアキトも聞いていた力だ。一見アキトの能力と似ていると思ったが、鴻上から聞いた本来の使用法を考えると非常に強力な異能である。
「じゃ次はオレだ。異能”力の分配”結構使える異能者が多いから大体知っているだろう。オレの場合は有効範囲は直径500メートルくらいだな」
葦原が語った異能は軍の中でも使用者が多くいるため、アキトも存在は知っていた。
使用者を中心に一定範囲内の味方と認識した人物に対し、身体能力を分配し底上げする力だ。範囲内の味方の数に比例して効果は薄くなるらしいが、今回の人数であれば恩恵はかなり大きいかもしれない。
「では、次は私かしらね。私も特質した異能ではないわ。使用できるのは異能”属性魔法”属性は火よ」
天沢の異能は属性魔法のようだ。この属性魔法は火、水、土、風、光、闇の六属性が主になっている。ちなみに余談だが回復魔法というものはない。
なぜかというと傷の治療は魔法ではなく、魔術に分類されるためだ。
「なら次はアタシね。異能”もう一人の自分”一応お父様と同じ異能だから説明いらないでしょ?」
「はぁ。雫さんの異能は斯波副隊長と同じものです。これは魔力を用いて自身の人形を作るという力です。
ちなみにソードドールズの名前はこの異能からきています」
雫の異能についての説明は雲林院がアキトのために補足説明を行った。
魔力で自身の人形を作る、恐らく戦闘に特化したタイプの異能なのだろうか。
「んで、アンタの異能は何なの?」
「こら、雫。いい加減その言葉遣いを直せ」
「いいでしょ! アタシ達はこれからチームなのよ。それなら話しやすいように話してもいいじゃない」
「はぁ……。玖珂殿。ごめんなさいね」
「なんで凪咲が謝るのよ」
雫の代わりに何故か天沢が謝罪する形となりもうアキトも気にするのはやめた。
本人に悪気は一切なく、あくまでチームの仲間ならため口でもよいだろうという事なのだろう。
「玖珂隊長。一応補足させていただきますと雫さんは昔はもう少しお淑やかだったんですが、ハンターライセンスを取ってから段々粗暴になって来ましてね」
「だって、ハンターは舐められたらだめなのよ」
「いえ、私は気にしないので雲林院さんの話しやすいような形で構いませんよ」
「アタシの事は雫でいいわ。お母様と同じ雲林院だと混乱しちゃうでしょ」
「では、雫と。さて私の異能だが”身体の強化”だ。よろしく」
アキトが自身の異能の説明をするとソードドールズの面々、主に雫が鋭い顔をした。
「あんたふざけているの?」
「どういう意味だ?」
「そんな雑魚異能で対魔の隊長なんてやってるわけ?」
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「そんな雑魚異能で対魔の隊長なんてやってるわけ?」
お母様と同じ隊長の異能が”身体の強化”と知り、雫は思わずいつも同じハンター同士と会話するようにそんな事を言ってしまった。
雫がそう言った瞬間、目の前が暗くなったと錯覚した。
目の前にいる仮面の男。零番隊の玖珂という男が恐ろしくて堪らない。
心臓の鼓動が激しく、視界が明滅する。
自分が今座っているのか、立っているのかも一瞬分からなくなるほどに雫は混乱している。
目線を下げれば太ももに置いていた自分の手がまるで極寒の中にいるように震えているのが視界に入った。
「――お前は異能で差別する屑だったか」
低く、心から軽蔑した様子で玖珂は雫に小さな言葉を発した。
それがまるで死神に死刑宣告されたかのように絶望が雫の身体に降りかかる。
今、雫は玖珂の怒りに触れたのは理解できた。
「ア、アタシは……」
「玖珂隊長。落ち着いてください。このままではコックピットの隊員にまで影響し墜落してしまいます」
「……失礼した」
玖珂はすぐにその凶悪な魔力を抑えた。
それでも雫の指の震えはまだ止まらない。
「雫が本当に失礼したな。しかし一応、お前が対魔の隊長として相応しい力があるのかが知りたい。
もちろん、さっきの魔力を見ればアンタが優秀な隊長だってのは理解できるし、
当然、”身体の強化”でも優秀な兵がいる事は知っているが、今回は未踏のレベルⅣ。
さらに綿谷殿がおまえをキーパーソンとまで言っていたのだ。その理由が知りたい」
大和のいう通りだ。日本における対魔の隊長とは通常の異能者とは一線を越えた存在だ。
当然それに近い力を持つハンターもいるのは知っているが、軍に所属して対魔の隊長という地位にまで上がっているのであれば、
他者にその力を認めらたから今の隊長という立場にいるはず。
ならその理由を雫も知りたい、そう強く考えた。
「玖珂隊長。これでどうですか?」
お母様が腰に装備していた拡張鞄から一本の刃渡り30センチの刃が太めのナイフを取り出した。
「これは?」
「これは魔石研究所で開発したナイフです、分かりやすく言えば小型の魔刃といえばわかりますでしょうか」
玖珂はお母様からそのナイフを受け取る。
「よろしいので?」
「構いません、予備はいくらでもありますから」
魔刃。生きた金属と言われる現在もっとも堅い金属である”魔鋼”で作られた対魔二番隊の武器。
雫もハンター業で稼いだお金で魔鋼で作られた刀を購入しているためその強度は知っている。
鉄などの金属は今や人にとっては堅い金属ではない。力が弱い人であっても全力で力を込めれば鉄板を曲げる程度は出来るのだ。
玖珂はそのナイフを受け取り左手で柄を握り刃の部分を右の手のひらに当てた。
「いったい何を……」
いくら魔力が豊富な人であっても魔鋼の刃であれば皮膚を貫くのは比較的容易なのだ。
そのままでは手が貫通してしまう。玖珂はこっちの心配をよそになんの力も入れず。
そう、まるで拍手するような力加減で、右手をそのまま刃に垂直の状態で素早く動かした。
「ちょッ! 何やってるの!」
思わず目を瞑ってしまう。
砕け散る鈍い金属の壊れる音を聞き、そして恐る恐る目を開くと、
玖珂の足元には雫が想像していたような玖珂の血ではなく、砕けた魔鋼が散らばっていた。
すぐに視線を上にあげる。
玖珂は”魔力の強化”を使わず、魔鋼の刃を砕いた……?
ありえない。そんな飴細工を砕くように壊せるものではない。
散らばった破片を大和と凪咲はゆっくりと拾い上げる。
「確かに、これは魔鋼だな」
「驚いたわ。こうも簡単に破壊されるなんて……」
「玖珂隊長はかなり稀有で強力な”身体の強化”が使用できるのです。
その力は私の居合術を素手で防ぐほどです」
「なッ!? 本当かそれはッ!」
「嘘でしょ……」
お母様の居合を素手で防ぐ? そんな事人間が出来る事ではない。
小さい頃からお母様の元で剣術を学んできた。だからその力もよく分かっている。
ただの”身体の強化”でここまで出来るものなのか。
「信じられないな。これは既存の”身体の強化”ではないだろう。
玖珂殿。疑ってすまなかった。確かにアンタは間違いなく対魔の隊長だ」
「いえ、どんな異能でも鍛えれば強くなります。例え、”身体の強化”だからといって、
それだけで人を見下すのは如何なものかと思いますがね」
「玖珂さん、ごめんなさい。アタシ……」
「謝罪は不要。今後考えを改めて下さい」
「……」
今までハンター業をしてきて、出会ってきた”身体の強化”に強い人はいなかった。
”身体の強化”の異能者は皆ハンターとして大成出来ておらず、
次第に、皆がそういった異能を持っている人達を見下すようになってきていた。
雫自身の異能は尊敬する父から受け継いだ異能であり、その力を誇りに思っている。
しかし、雫の周りにいた”身体の強化”の使い手は全員自分を卑下するようになり、
いつしか自分も異能で相手の強さを区別するようになって、それが差別へ繋がっているという事に無自覚であった。
そのため、今回、玖珂から受けた衝撃は計り知れなく、雫の心に大きく影響を与えた。
この一件で会話も途切れそのまま飛行機は中国、黄竜江省へ到着した。
黄竜江省へ近づくにつれ周りから息を飲む様子を雫も感じ、下げていた目線を上げ窓の向こうを見て……。
雫はその光景に絶句してしまった。
「――これがダンジョン」
雫の目の前に広がる光景。
事前の資料からも把握しているつもりだった。黄竜江省の都市がレベルⅣ発生と共にダンジョンに飲み込まれたという事実。
それが、まさか。
「まるで地獄だな」
大和のセリフに同意せざる得ない。
目の前に広がる光景。人口約1000万の都市を丸ごと飲み込み、天にまで届くような赤く、そして生き物のように胎動する植物の根が螺旋となり天に向かって一つに束ねられている。そしてその束ねられた所から禍々しい魔力が円環を成すように螺旋となって渦を巻いている。
高さは大よそ地上から10kmはあるだろうか。
「――実物で見るとやっぱり写真より不気味ね」
雫は言い知れぬ不安を抱きながら目の前の”小さい魔界”から目が離せなかった。
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