第9話 見習い魔導師は半人前魔導師を目指す
フェリシアがその能力を発揮したのは、錬金術だけではなかった。
あらゆる授業でフェリシアは素晴らしい結果を齎し、同時に教師に対して鋭い質問を飛ばし続けた。時には教師の授業内容、そして教科書の記述にある間違いや矛盾点などを鋭く指摘し、納得するまで食い下がった。
その問いに問題なく答えられたのは、教師の中でもごく一部。
そして「自分で調べろ」と言えば、数日後にはびっしりと書き込まれたレポートを自主的に作り、自分が調べた内容が正しいかどうかの判断を求めてくる。
勿論、フェリシアが能力を発揮したのは座学や魔法の授業だけではない。
音楽では見事なヴァイオリンを弾き、体育ではその身体能力を見せつけ、詩や絵画の授業では見事な作品を作った。
教師泣かせのフェリシア。
彼女がそう呼ばれるようになるまで、一月も掛からなかった。
「うーん、今日は満月が綺麗だな」
入学から丁度、一か月ほどが経過した日の夜。
フェリシアは一人、女子寮のバルコニーで月を眺めていた。
そんなフェリシアの耳に、バサバサという羽音が聞こえてきた。
一羽のカラスがバルコニーに止まる。
「師匠か?」
「よく分かったわね」
カラスがそう答えた。
勿論、カラス自身がマーリンではなく……マーリンが使い魔越しにフェリシアに話しかけているのだ。
「どう? 学校生活は」
「総合的には面白いかな?」
「ということは、面白くないところもあるのね」
マーリンの問いにフェリシアは頷いた。
「授業が“猿のお遊戯会”だぜ」
「事前にそのことは伝えたと思うけど?」
「実体験してみると、やっぱり違うなって話だぜ」
フェリシアはそう言って肩を竦めた。
「師匠が言った通り、本当に技術だけしか教わらないんだぜ。根本となる原理に殆ど触れない。……錬金術なんて、一番大事なのは結果を導き出すための式を如何にして組み立てるかなのに、授業ではその式の丸暗記。他の授業も殆ど同じ。教わった芸を繰り返したやつが評価される……まさに“猿のお遊戯会”だな」
教えられたことを繰り返すだけなら、猿にだってできる。
だがそれは学問とは言わない。
学問で最も重要なのは、真理に到達するための思考プロセスなのだ。
「酷い教師だと、教えたことしか使っちゃいけない、なんて言うんだぜ? 授業内容も教科書の朗読みたいなのが多いし……何のための授業なんだか。あれなら、教科書を一人で読んでた方が合理的だぜ」
教科書を初めて読んだ時、フェリシアはその教科書には「技術」しか書かれていないことに気付いた。
だからこそ、授業でちゃんとその理論や原理を教えてくれると考えていたのだが……実際はただ教師が教科書を読み上げるだけだった。
場合によっては、わざわざ教科書の内容を難解にして教えるような、“下手くそ”までいる始末だ。
「でも考えようによっては、あの授業形式は目的に沿っている。“猿のお遊戯会”は猿に芸を叩き込むという点に絞れば、合理的だぜ。サーカスで猿が勝手に自分で考えた芸をし始めたら、困るもんな」
ロンディニア魔法学園は国にとって都合の良い存在を育成するための機関。
王の臣下を生産する場だ。
授業が“猿のお遊戯会”の域を出ないのは、お遊戯ができれば十分で、それ以上のものは求められていないからだ。
「酷評する割には……総合的には、面白いのね」
「まともな教師も……質問に答えてくれたり、レポートに目を通してくれる人も中にはいるからな。それに私が好き放題にやっても、それほど咎められないしな。“猿のお遊戯会”を強制されたりはしないし、自由にやれるから、それほど不満はないぜ。つまり、学びたければ自分で学べって方針なんだろう? なら師匠の教えの通りに、自分で勉強すれば良いだけさ」
「教えた甲斐があったものだわ」
マーリンがフェリシアに「餌の取り方」を丁寧に教えたのは、魔法学園での授業を見越してのことだった。
授業が物足りないなら、自分で調べて学習すれば良い。
そもそも魔導師は知識の生産者であって、消費者ではないのだ。人の教えに頼っているようではいつまで経っても魔導師になれない。
「つまらない授業は寝るか、読書をして過ごすことにしたぜ。幸いにも課題や試験は、教科書の通り、しか出ないしな」
成績では授業態度は考慮されない。
これはフェリシアにとって、幸いなことだった。
「本はたくさんあるし、食事も美味しいし、古い友人とも会えたし、何だかんだで楽しいぜ! ……こんな生活が送れるなんて、夢にも思わなかった。これも全部、師匠のおかげだ!」
「そ、そう……それは結構なことだわ。百倍にして返しなさい」
「おう!」
フェリシアは快活に笑った。
それからフェリシアは少し上気した表情でマーリンに尋ねる。
「師匠はラグブライって、知ってるか?」
「ラグブライ? ……ああ、あの、恐ろしく野蛮で危険な、非生産的なスポーツでしょ?」
ラグブライとは空中でボールを奪い合うゲームだ。
空を飛ぶための羽状の魔導具を身に着け、空を飛びまわりながら、ボールを奪う。
一定の魔法の行使が許可されているため、男女の性差が小さく、また年齢が幼くても、体が小柄でも活躍できる。
魔法が使える貴族の中では大人気のスポーツで、ロンディニア魔法学園にもいくつかチームがあり、校内リーグが開かれることもある。
「野蛮とは、失礼だぜ。楽しそうじゃないか!」
「……まさか、あなた、やるつもり? 死ぬわよ」
これは決して大袈裟な話ではない。
実際、ラグブライでは骨折などの大怪我はしょっちゅうだし、数年に一度の頻度で半身不随者や植物人間、死者を生産している。
加えてたまに観客同士での乱闘が起き、こちらでも死人が出る。
とてつもなく危険なスポーツなのだ。
「というか、師匠はやらなかったのか?」
「やらないわよ……暑苦しい」
「そうなのか?」
フェリシアはマーリンから様々な知識・技術、思想を教わっているが……しかし二人の性格は実は正反対だ。
フェリシアは社交的で、活動的、快活で、アウトドア派。
一方マーリンは数十年も森の中に引きこもっていることから分かる通り、人と話すのが苦手で、性格は暗く、根っからのインドア派である。
そんな二人がそれでも仲が良いのは……ある意味、凹凸があるからこそ、性格がピッタリと嵌るからかもしれない。
「もし、私が選手になったら、試合に招待するぜ。特等席を用意する」
「……勝手にしなさい。絶対に行かないけどね」
「師匠は何だかんだで弟子の晴れ舞台を見に来てくれるって、私は信じているけどな」
フェリシアはケラケラと笑った。
それからやや真剣な表情になり、身に纏っているローブを摘まんだ。
「ところで、師匠の最終課題、難しすぎるぜ」
「何のことかしら?」
「惚けなくても良いぜ? これを解析しろって意図で、くれたんだろ?」
フェリシアが身に纏っているのは、マーリンが入学祝として与えた魔法のローブだ。
この黒いローブは何の柄もなく、お世辞にも可愛くない。
だからマーリンは「気に入らないならば、好きに改造しても良い」と言った。
故にフェリシアは可愛い刺繍の一つ二つ付け足そうと針を手に取ったのだが……
しかし出来なかった。
というのも、このローブには極めて複雑な魔法が掛けられていたからである。
大きさは自在に変化し、体温調整も思いのまま。
非常に丈夫で、あらゆる衝撃や熱、水をも防ぎきる防具としても機能する。
そして何よりも優れているのは、ローブの内側に無数の“空間”が折り込まれていることだ。
フェリシアの体をすっぽりと包む程度の大きさにも関わらず、このローブは巨大な倉庫と同じ程度の物を収納することができる。
加えてその空間には状態保存の魔法が掛けられているので、食べ物を入れても腐らない。
針を通そうにも傷がつかないため、通せない。
かと言って一時的に魔法を無効化しようとすると、すべての魔法式が解け、ただの布になってしまう。
故にこのローブを改造するには、このローブを作り出すだけの技術が求められるのだ。
「さあ、どうかしらね? ……でも、そのローブに手を加えることができるようになれば、魔法を作り出せる魔術師としては、一流ね」
「魔術師としては、か」
魔法を使う者が魔法使い、魔法の法則を導き出すのが魔導師であるならば、魔法を生み出したり改良する者は魔術師だ。
もっとも用法上、魔術師は魔導師と比べて魔法使いと一括りされやすいのだが。
「真理の探究には至らないから、魔導師としては半人前よ。一人前の魔導師になるには、今のペースだと十年くらいは必要ね。……そしてもし私やローラン並みの大魔導師になりたければ、百年は必要よ」
「気の長い話だぜ……というか、百年も経ったら、おばあちゃんになっちゃうじゃないか」
フェリシアがそう言うと、カラスの口からマーリンの笑い声が漏れる。
「なら、早いところ、老化を止めるのね。脳味噌が柔らかいうちに、十代のうちに老化を止めることをお勧めするわ。若返りはできなくもないけど、危険性もあるしね」
「……不老になって、一人前か?」
「それは“哲学”にもよるわね。でも、一人前なら不老になれるわ」
そう言うとカラスは飛び去ってしまった。
フェリシアは思わずため息をつく。
「まだまだ、先は長そうだぜ」
ラグブライ……ラグビー+フライ。つまり空中ラグビー。クィ〇〇ッチではない。
やっぱり青春にはスポーツが必要だなと思いました。ただのサッカーではファンタジーの意味がないので、やっぱり空飛ぶサッカーやラグビー的な物が必要だなと考えました。
最初はドラゴンに乗ってプレイするような競技を考えたのですが、ドラゴンの餌代半端なさそうだなってのと、ドラゴンに乗ってちゃ肉体的な接触が起こらなそうなのでやめました。せっかく男女混合競技なんだから、男子との肉体的な接触(To loveる)がないと
次に箒が杖に乗せようかと思ったのですが、クィ〇〇ッチ過ぎたのでやめました。あと、魔法の設定的に考えて、別に棒に跨る必要性がない。
というわけで、羽を付けて飛びながら、ぶつかり合う危険なスポーツが完成しました。ちなみに特殊なボールを取ると150pt入るようなぶっ飛んだルールはないです。
あくまで青春のために作った要素であって、小柄な金髪の子が大柄な男子生徒に危険タックルされて吹っ飛んで痛い目をみたり、部活の辛い練習で半泣きになっちゃうようなシーンが書きたかったりとか、そんな理由はこれっぽちもないです。
金髪スポーツ少女が可愛いという方はブクマptを入れて頂けると
フェリシアちゃんが練習で痛い目を見ます
……可哀想