第7話 元悪役令嬢は元婚約者と出会う
転生者ちゃんは割とアホな子です
「ちょっと、原作を弄り過ぎたかしら?」
自分の部屋に荷物を運び終えたアナベラは一人物思いに耽っていた。
確かにこの数年間、アナベラは紙を作ったりなど、原作から外れた行動をしていた。
何らかのバタフライエフェクトが発生していてもおかしくはない。
(でも、フェリシアが「悪役令嬢」であることは変わらないし……少し様子を見ようかしら)
そもそも原作から外れてしまえば、どう動けば良いか分からない。
だからアナベラはまだ原作からそう変わっていないと判断し、行動することにした。
「マルカムとのフラグを立てられなかったのは痛いけど、過ぎたことは仕方がないし、次のイベントに備えましょう」
小さなイベントを除けば、チュートリアルでの大きなイベントはあと二つ。
アナベラは拳を握り、決意を新たにした。
一方マルカムと分かれたフェリシアは部屋に荷物を運び終えると、ケイティと共に学校の探検へと出掛けていた。
一方的にフェリシアがケイティに質問をしたり、話しかけたりという構図で二人は会話を続けていたのだが、突如ケイティは意を決した様子でフェリシアに話題を振った。
「フェリシア様、その……」
「様は付けなくても良いって言っただろ?」
「す、すみません……えっと、フェリシアさん。今更ですけれど……その、御無事で何よりです。使用人一同、心配しておりました。……お館様と奥様は、今、どうされていますか?」
「父さんは蒸発しちまったから知らないな。母さんは最近、ようやく針子の仕事を始めたぜ。まあ、下手くそだから私が仕送りをしないと生活できないけどな」
「……え?」
フェリシアの発言はケイティにとっては予想外だった。というのも、魔法学園に入学できたということは、それなりに裕福な、安定した生活を送ることができているとばかり思っていたのだ。
「フェリシアさんが……お金を稼いでいるんですか?」
「まあな」
フェリシアはまるで他人の人生を語るかのような口ぶりで、今までの生活についてケイティに話した。
すると感受性豊かなケイティは、想像以上に悲惨なフェリシアの生活に涙を流してしまった。
「ぅぅ……そ、そんなに、ご苦労をなされていたなんて……それを知らずに、私たちはのうのうと……」
「気にするなって。……というか、泣くなよ。私がイジメているみたいだろ」
そうこうしているうちにフェリシアたちは図書館に到着した。
地下二階から五階まであるこの図書館はエングレンド王国では最大のもの。
その広さと蔵書量にはフェリシアも感嘆するしかない。
「フェリシアさん、本が好きなんですか?」
「本が好きなんじゃなくて、研究が好きなんだよ。魔法の研究をするには、最低限の先行研究には当たらないとダメだからな」
魔導師は知識の生産者。しかし知識は無から産まれない。知識は知識から産まれるのだ。
というのがマーリンの教えだった。
「……君たち、静かにしてくれないかな?」
フェリシアがケイティと小声で話していると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
声を発したのは、テーブルに座り、教科書を広げている新一年生だ。
茶髪にやや癖っ毛のある、眼鏡をかけた少年だ。顔立ちは整っている……が、しかしその生真面目そうな表情を直さない限りは、女性からの人気は得られなそうだ。
もっとも絵に描いたような“ガリ勉”の少年が女性人気を欲しているようには見えないが。
「おっと、ごめんな。……まだ課題、終わっていないのか?」
「そんなわけあるか。予習だ……君もやったらどうだ?」
「教科書は一通り、目は通したけど。どうせ授業でやる内容を、今やるつもりはないぜ」
「ふん、不真面目だな」
「……」
教科書を開いてすらいないケイティはとてつもない不安に襲われた。
一方フェリシアは随分な「真面目君」だと内心で感心する。マーリンの顔を潰さないように勉学では常にトップを死守するつもりでいるが、思わぬライバルが現れた。
「あっちへ行ってくれ。……僕は教科書を一字一句、丸暗記するつもりなんだ」
「おお、そうかい。迷惑を掛けたな」
フェリシアはケイティを連れて図書館から出る。
そして呟く。
「あれはダメだな」
「……ダメ、ですか?」
「暗記は重要だが、教科書の丸暗記は非効率的過ぎるぜ。典型的な知識の消費だな」
ライバル出現は杞憂だったと、フェリシアは思い直す。
そして同時に考える。
何が彼をそんなに駆り立てているのだろうか?
さて、翌日。
アナベラは教科書などの勉強道具を持って図書館へと向かった。勿論、勉強のためではなく、イベントを発生させるためだ。
(イベントでは主人公の不注意のせいで彼とぶつかってしまうけど、そんなに都合よく起こるのかしら? こっちからぶつからないといけな……)
「いたっ!」
アナベラは誰かにぶつかり、後ろへ倒れてしまう。
「……すまない、大丈夫か?」
(ほ、本当に不注意でぶつかっちゃった……原作の強制力、恐ろしや!)
ムスっとした声でアナベラに手を差し伸べたのは、茶髪に癖毛、眼鏡の少年。
クリストファー・エルキン。攻略対象の一人だ。
彼は裕福な商人の息子で、将来は王宮仕えを目指している。非常に勉強熱心で、また真面目なので委員長キャラでもある。
作中有数の秀才キャラで、入試では一位を取り、入学式での代表挨拶を述べることになっている。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたの」
「そうかい……君は何をしに図書館へ?」
アナベラはゲームにおける最良の選択肢を答える。
「予習をしに来たの。勉強が不安で……」
「……そうか、まあ、それが普通だな。予習をしないようなやつは、不真面目の不良だけだ」
「……」
本当は予習する気はさらさらないアナベラは、一瞬だけ目を反らした。
それからクリストファーはアナベラに怪我がないか確認すると、そそくさと去ってしまった。
随分と冷たい態度だが……彼はいわゆる「ツンデレ」なので、これは問題ない。
(良かった……今回はゲームの展開通りになったわね。……でも不真面目な不良云々なんて台詞はゲームであったかしら?)
アナベラは疑問を抱いたが、九割ほどはゲーム通りに進んだので問題ないと判断した。
一方、クリストファーは……
(くそ、どうして僕が二位なんだ! あれだけ勉強したのに……一体、一位は誰なんだ! とにかく、負けないためには勉強をしなければ!!)
深刻な原作との相違が生じていることに、アナベラは気付かなかった。
さて、入学式の前日。
フェリシアは職員室に呼び出されていた。
……勿論、入学早々に問題を起こしたからではない。入学式で述べる生徒代表の挨拶のためだ。
「あなたの書いた原稿を、私たちが添削したものです。当日はこれを読み上げなさい」
「分かりました、リヴィングストン副校長先生……って、私の書いた爆笑ジョークが削られているじゃないか!」
「……当たり前でしょう」
眼鏡をかけた生真面目そうな中年女性、魔法学園副校長オーガスタ・リヴィングストンはズレた眼鏡をクイっと直しながら答える。
そして内心でため息をつく。
(これくらいの年では文法ミスで赤ペン塗れになるのが普通ですが、くだらないジョーク以外では修正点がなかったのは、末恐ろしいですね)
十二歳という年齢で大人顔負けのスピーチ原稿を書いてきたのだ。
さすが、すべての試験で一位を総嘗めにしただけのことはある。
それからリヴィングストンはじっとフェリシアの服装に視線を向ける。
「それと、その服装ですが……」
「お、気付いてくれましたか? 手作りで作ったんだぜ? 可愛いだろう?」
えへん、とフェリシアは胸を張った。
ロンディニア魔法学園は制服と黒いローブの着用義務がある。
これは貴族も平民も学生の間は平等という建前のもと、同じ服装をするという建前であり、同時に制限でもあるのだが……人間は制限されるほどその制限から逃れようと、あれこれ自由な発想をするものだ。
そのため大抵の貴族の子女は平民と差をつけようと、制服を少し弄って、可愛くする。
平民出身の子も貴族の子を真似して、できる範囲で弄る。
そのため制服を少し弄るのはロンディニア魔法学園では別段珍しいことではなく、フェリシアもまた例外ではない。
スカートは短く折られ、そして所々にフリルやリボンが縫い付けられた制服は可愛らしい容姿のフェリシアにはよく似合っていた。
……だが少し改造し過ぎのようにも見えた。
「校則では、常識の範囲内でと書かれていました」
「私的には常識の範囲内だったんですよ、先生」
「……まあ、良いでしょう」
フェリシアの改造はギリギリ目を瞑ることができる程度のものだった。
それに彼女の服装を規制すると他の生徒も規制しなければならなくなる。……それは不公平だ。
(良し、これくらいの自由は認められているみたいだな)
フェリシアは内心で舌を出した。
フェリシアは着替えのために合計三着の制服を買っていたが、改造したのは二着だけ。一着はダメだしされた時のためにそのままにしていた。
実は制服の改造は、学園の校則がどの程度厳しいかを測る試金石だったのだ。
「じゃあ、寮で練習してきます、先生」
フェリシアはそう言うと職員室から立ち去り、自分の部屋へと帰り道を進んだ。
「すみません、道案内をしてもらっちゃって」(まさか、本当に迷っちゃうなんて……これも原作の強制力か……)
一方、アナベラは順調に三日目のイベントを消化していた。
入学式の前日、主人公は学校の探検をするが……道に迷ってしまう。そこである一人の男子生徒に助けてもらうのだ。
「気にすることはないよ。実は僕もまだ、ここには慣れていなくてね」
ニッコリ、と黒髪の少年は微笑んだ。
身長は同年代の生徒と比べても高く、そして何よりその美貌は飛びぬけていた。
エングレンド王国王太子、チャールズ・テュルダー。
アナベラにとっての大本命だ。
「は、はい……」(あー、カッコよすぎて直視できない……やっぱり本物は別格だわ)
思わずうっとりとしてしまうアナベラだが、しかしアナベラにとってはここからが正念場だ。
なぜなら……
(っ、来た!)
美しい金髪を視界に捕らえたアナベラの体が思わず硬直する。
フェリシア・フローレンス・アルスタシア。
これで二度目の登場だ。
チャールズの婚約者であるフェリシアは、アナベラがチャールズと一緒に歩いていることに嫉妬して咎める。
そして選択肢次第では、アナベラはフェリシアから嫌がらせを受けることになるのだ。
「……あれ?」
「ん? ……まさか」
フェリシアとチャールズはお互いの顔を視認すると、揃って足を止めた。
最初に動き出したのはフェリシアだ。
快活な笑顔を浮かべ、チャールズのところへと駆け寄ってくる。
「まさか、チャールズ王太子殿下か?」
「そういう君はフェリシアか! 入学したとは聞いていたけど……うん、元気そうで何よりだ! 心配していたんだよ!」
アナベラそっちのけで、なぜか再会を喜び合う二人。
あまりにも原作と違う展開にアナベラは困惑するしかない。
「まあ、今はもう婚約者じゃないけど、元婚約者として、幼馴染として、友達として、仲良くしてくれ。王太子殿下」
「ああ、勿論だとも。あと、僕のことはチャールズで良いよ。この学校では対等だからね」
固い握手を交わす二人。
アナベラはもう、何が起きているのか分からなかった。
ただ……確かなことは一つ。
「悪役令嬢」が原作と大きく変わっている。
これはつまり……
(も、もしかして……転生者!?)
明後日の方向で勘違いをした。
金髪不良娘が可愛いという方はブクマptを入れて頂けると
「ありがとうなのぜ!」と快活にフェリシアちゃんが笑ってくれます
次回予告
金髪不良が一位と聞いて、二位のガリ勉が荒らぶります