第18話 元悪役令嬢は魔導師から忠告される
「しかし、うちの弟子の工房を乗っ取るとはな」
「ダメだったか?」
「いや、良い判断だな。そもそも……こういうことは俺様達の業界ではよくあることだ」
魔導師同士の戦いでは、基本的に研究成果を盗むか、もしくは拠点を盗むかの二択だ。
留守を乗っ取るというフェリシアの行動は決して珍しいことではない。
「じゃあ、何しに来たんだぜ? まさか、引っ越し祝いってわけじゃないだろ?」
「例の件について、一応調査報告という形になるな」
例の件。
つまりアナベラと“異世界”についてだ。
「それはアナベラに話すべきじゃないか?」
「お前に話した方が手っ取り早いだろ」
それもそうかとフェリシアは納得する。
フェリシアがル・フェイから話を聞き、それを噛み砕いてアナベラに話してあげた方が彼女も理解しやすいだろう。
「先日、ちょっと異世界旅行に行ってきたんだが……確かにあの小娘の言う、ゲームは実在した」
「へぇ……ということは、私のことも?」
「ああ、いたぜ。良い悪役してたぞ、お前。トイレの上からバケツの水をぶっかけたりしてな! ぎゃははははは!!」
「……」
フェリシアは渋い顔をした。
してもいないイジメを咎められるのはとても複雑な気分になる。
「そこの鼠もいたな。あと、俺様も隠しキャラとして登場してたな。光栄なことだ」
「……意外にやり込んだのか?」
「そこそこ楽しかった」
フェリシアはアナベラの言う“ゲーム”というものがどういうものか分からない。
だが……何となく、大衆向けな、恋愛小説のようなものを想像していた。
それでル・フェイが楽しく遊ぶ……まるで想像ができない。
「で、“アナベラ”の前世は実在したのか?」
「名前が分からないと探しようがないだろ」
「あぁ……それもそうか」
まさか、前世も「アナベラ」という名前だったわけではあるまい。
「だから、今度、機会があったら聞いておいてくれ。この前、聞きそびれたからな」
「聞いたとして、どうやったあんたに報告をすれば良いんだ?」
「連絡用の住所を教えてやる。手紙を出せ」
この偏屈魔導師も郵便なんかのシステムを利用するんだなと。
フェリシアは少しだけ驚いた。
「ところで……聞きたいことがあるんだが、聞いて良いか?」
「ん? 何だ?」
「そのゲームがあるってことは……やっぱり、未来予知ってことになるのか? 何かしらの存在が、過去に干渉して、歴史を変えた……っていう認識で正しいのか?」
フェリシアはル・フェイに尋ねた。
もっとも……この質問はル・フェイの自己顕示欲を刺激するための言葉だ。
フェリシアは“ゲーム”云々やアナベラの前世云々よりも、ル・フェイが持っている最新の時空魔法理論の方に興味があった。
そしてフェリシアの狙い通り、ル・フェイはフェリシアに知識の教授を始める。
「それは多分、ちげぇな。少なくとも、今の俺様の理論とは矛盾する」
「どういうことなのぜ?」
「過去への時間遡行によって、未来を改竄することは不可能。俺様は今までのいくつかの実験で、そう結論付けた」
フェリシアは首を傾げた。
というのも、以前、ル・フェイが著したいくつかの魔導書には、タイムトラベルによって歴史を変えることができる……という可能性が記されていたからだ。
「いくつかの実験ってのは、具体的には?」
「そのままだ。俺様は幾度か、過去へ遡行することで現在の歴史を変えてみようと試みたが全て失敗に終わった」
それからル・フェイは少し考えてから……具体例を挙げて説明する。
「前回、お前は過去へ遡ったな?」
「ああ、遡ったぜ。おかげで、試合に間に合った」
「その通り。……で、あの時、お前は俺様の忠告通り、ちゃんと部屋にいたな?」
「ああ、いたぜ。……何が起こるか、怖かったし」
時間旅行という大変興味深い経験をしたこともあり、フェリシアはいろいろと実験をしてみたくなったのだが……
さすがに怖かったので、やめて、おとなしく部屋に引きこもっていた。
勿論、体が鈍らないように筋トレなどは欠かさずしていたが。
「あの時、もしも……俺様の忠告を守らず、お前さんが部屋を飛び出て、全裸で街中を走り回ったとする」
「……私はそんな恥ずかしい真似、しないのぜ」
「もしも、だ」
失礼な例え話にフェリシアは抗議をするが、ル・フェイに聞き入れて貰えなかった。
「もしそうなったら、どうなったと思う?」
「お嫁にいけないのぜ」
「その通り。お前さんは全裸で街を走り回った変態として歴史に名前を刻むわけだ。つまり歴史が変わる」
当然だが、フェリシア自身には全裸で街を走り回った過去はなく、フェリシアのそっくりさんが街中を全裸で歩き回っていたという話も、フェリシアは聞いたことがない。
だが過去の世界でフェリシアがそういうことをすれば……清楚なフェリシアは途端に変態へと変わってしまう。
「だが、実際にはそうはならない。元の時間軸に戻った段階で、改竄された歴史は元通りになる」
「うーん、つまりさっきの例えだと、さっきまで変態だったのが、元の可愛いフェリシアちゃんに戻るって認識で良いのか?」
「そういうことになるな」
他にもル・フェイはいくつか例えを出して、フェリシアに説明する。
三秒前に遡って花瓶を割っても、そこから三秒後になった段階で花瓶は元通りになる。
一日前に遡って殺した人間は、次の日には何事もなかったかのように生きている。
改変された事象は、必ず元に戻る。
「でも、私の場合はちゃんと試合に間に合ったぜ?」
「そりゃあ、試合が間に合わないと、決まったわけじゃなかっただろ? 確定された現在は不変だ。だが未来は変えられる。そういうことだ」
もしくは、そもそもフェリシアが過去へ遡って、試合に間に合うように移動することそのものが歴史的には確定された事実だったか。
「ああ、そうだ。言い忘れていたが……未来への移動は不可能だ」
「あー、やっぱりそうなのか。……ところで今から三秒前に戻って、ル・フェイ様がル・フェイ様自身を殺したら、どうなるのぜ?」
「死にたくないし、やったことはねぇが、三秒後に生き返るんじゃねぇか? とにかく、基本的にタイムパラドックスが起こることはないと思っておけ」
ル・フェイの説明にフェリシアはなるほどなと、頷いた。
もしル・フェイが自由に歴史を改変できるならば、今頃世界はル・フェイの支配下だろう。
それができないということは、相当に制限が存在するのだ。
「しかし……不思議だぜ。どうして、元に戻ってしまうんだ?」
「それは今、調べている最中だが……まあ、要するに時間ってのはそれだけ丈夫にできてるんだろ。石ころを一つ投げたくらいじゃ、河の流れは変えられねぇ。時間ってのは……世界そのものなわけで、世界の内側にいる、世界よりも明らかに小さな力しかない俺様たちには、変えられないのかもな」
勿論、諦めるつもりは欠片もないが。
と、ル・フェイは悪そうな笑みを浮かべた。
こういう諦めない姿勢は実に魔導師らしいと、フェリシアは思った。
「うーん、じゃあ“ゲーム”のあれは未来予知というよりは、未来予測ってことになるのぜ?」
「まあ、そういうことだろう。とてつもなく高度だが、できないことじゃねぇ」
石を空へと投げれば。
しばらくしたら落ちてくるだろう……ということは予測できる。
もしかしたら鳥が石を咥えて飛んで行ってしまうかもしれないが、しかしそんな奇跡が起こらない限り、石は必ず落ちてくる。
やることはそれと同じ。
現状のまま進めば、こういうことが未来で起こるのではないか……そんな予測をすることは不可能ではない。
あとはそれを物語という形に落とし込めば良い。
もっとも……それをする意味は全くもって、不明だが。
「このままだと、都合の悪い未来になりそうだった。だからそのゲームを作って、そしてあの小娘に記憶を埋め込んだ。そういうことだろうな」
「ん……一体何がしたいんだ? そいつは」
「さあ? ただの愉快犯かもしれねえし、それとも何か重要な目的があるのかもしれないな」
さすがに実行犯の意図までは、分からなかった。
フェリシアは少し考えてから、予想をル・フェイに話す。
「私は……なんか、愉快犯な気がするぜ。だって……こういう言い方は良くないかもしれないけど、アナベラにそんなことをする意味なんて、ないだろう?」
アナベラの人生を変えて、果たして何がしたいのか?
フェリシアの目から見て、アナベラは何か世界を変えたり、革命を起こしたりするような人物ではない。
至って平凡な女の子に見える。
本来の歴史では多少なりとも数奇な人生を送る予定だったのかもしれないが……
それも所詮、学生の恋愛だ。
大勢には影響はないだろう。
「そうだな。あの小娘にはそういうことをする意味は薄いな」
「……には?」
「はっきり、言っておくぞ」
ル・フェイはそう言ってから……珍しく真剣な顔でフェリシアを見つめる。
「例の“恋愛ゲーム”ってのをやって、気付いた。誰が一番、そのシナリオから逸脱した行動を取っているか……つまり運命が変わった奴なのかを」
「え、えっと……それは……」
「本来なら貴族の我儘お嬢様で、傍若無人に振舞い、そして修道院に入れられる羽目になるはずだったが……歴史が変わったことで家が没落し、浮浪児にまて堕ち、そして再起して魔導師に師事し、それから自身も魔導師を目指すようになった……そいつこそが、一番、影響を受けている」
もし、アナベラに記憶を埋め込んだ存在に明確な目的があるのであれば。
その目的にもっとも関連する人物は……
「フェリシア・フローレンス・アルスタシア。お前は一番の当事者だ。精々、気を付けておくんだな……ぎゃはははは!!」
ル・フェイはそう言って高笑いすると、その場から消えた。
活動報告の方に書籍版の書影を乗せておきました
もし、興味がある方は是非、見てください
素晴らしいイラストです
と言いたいところですが、ランキングタグを活用して小説に張り付けたので
あとがきと目次の下を見れば、書影は見れます