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第17話 見習い魔導師は師匠の兄弟子の弟子の工房を乗っ取る

 秘密基地。


 とても素敵な言葉だ。

 子供の誰もが憧れる。


 フェリシアとて、それは例外ではない。

 ……十三歳の彼女が『秘密基地』に憧れるのは、少々精神年齢が幼過ぎるのではないかということは置いておいて。




「よし、カレット。今日からここが私たちの秘密基地だぜ!」


 元気よくフェリシアがそう言うと、彼女の肩に捕まっているネズミがチュウと元気よく鳴いた。

 ここはロンディニア市の下水道……の一角にある小さな部屋。


「さて、まずは調査が必要だな」


 フェリシアはそんなことを言いながら。下水道の壁に手を付けた。

 そして軽く魔力を流す。

 ……すると複雑な幾何学模様が走り出した。


 若干、癖のある魔法術式。

 しかしフェリシアが使っている術式と、根本のところは同じ。


 それもそのはず。

 この魔法術式を組んだのは、フェリシアの師匠の弟(兄)弟子の弟子、つまりアコーロンだからだ。

 そう、ここはアコーロンの工房なのだ。


「やっぱり、師匠と共通点が多いんだよなぁ。師匠の師匠の術式が根本になっているからか?」


 一先ず、フェリシアは工房全体に張り巡らされている魔法術式の解析に成功した。

 幸いにも、今、ここの主は留守なので、これを把握し、乗っ取るのはそれほど難しいことではなかった。


 調査の結果、魔法術式はこの小さな部屋を中心とし、王都の地下下水道の広範囲に渡って張り巡らされている様子だ。

 長期間、放置されていた影響で補修点検が必要で、またフェリシア風に描きかえる必要もある。


 が、それは後で良い。


「夏休みの間はここに住むんだし、住環境もちゃんと整えないとな」


 最低限の家具や設備しか存在しない小部屋を見渡し、フェリシアは楽しそうに言った。

 フェリシアは取り敢えず、掃除から始めた。


 杖を振り、埃を搔き集める。

 それから水を操り、床や天井の汚れを綺麗に落とし、全て下水に流す。


「さて、じゃあ改装から始めるか」


 手始めに工房の中心部分である、小部屋の魔法術式の書き換えから始める。

 

「まず、臭いが気になるぜ。……アコーロンさんは気にしないタイプだったかもしれないけど、私は気になっちゃうぜ」


 ここは地下の下水道。

 当然、その悪臭はとてつもない。

 ドアの開閉のたびに糞尿の臭いが入り込んでくる上に、様々な隙間から臭いが入り込む。


 アコーロンは気にしないタイプだったようだが、フェリシアは別だ。

 

 まず下水道から入り込む空気の流れを完全に遮断。

 そして空間歪曲を利用した空気孔を広げ、換気性を高める。

 さらに空気清浄の魔法術式を組み込む。


 その書き換えでおよそ一時間。

 一先ず、最低限住めるだけの環境が整った。


「じゃあ……あとは工房全体の点検に行くか」


 アコーロンの工房は、魔法術式の起点となる小部屋と、それを守るために配置された防衛術式から成立する、極めてオーソドックスなものだ。

 しかし長期間、放置されていたため一部の術式に解れが生じている。


 また……アコーロンが作った術式をそのまま使えば、アコーロンが脱獄した時に奪われてしまう。

 フェリシア独自の物へと、変える必要がある。


「まあ、独自性を求めるのは後で良いぜ。あいつは当分、塔の中で反省してもらわないといけないしな」

 

 フェリシアは鼻歌を歌いながら、下水道を歩き始めた。

 杖で灯りを灯し、鼻の曲がるような臭いの中を歩いていく。

 そして小部屋で確認した、魔法術式の起点を一つ一つ確認していく。


「ん……やっぱり、面白味のない内容だぜ」


 補修点検をしているうちに、アコーロンの作り出した防御術式の全貌が見えてくる。

 基本的には物理結界と論理結界、そしてそこに空間歪曲を組み合わせた……防衛術式としては基礎的な内容だ。 


 良く言えば無難。

 悪く言えば……面白味がなく、予想しやすい。


 主が塔に幽閉され、そして長時間放置されたことで一部が機能不全を起こしているとはいえ、あっさりとフェリシアに突破されてしまったことが、その欠点の証明になっている。


「王道な内容と言えば、師匠のやつもそうだけど、師匠のは作り込みが凄いからなぁ」


 設計思想はアコーロンもマーリンも似ている。

 が、マーリンの物はアコーロンの物と比較して、情報量が百倍以上は違う。


 だからフェリシアの実力では手も足も出ない。

 ル・フェイやローランであっても、困難だろう。


「私だったら、もう少し遊びを入れるぜ」


 自分の工房の設計を考えながら、フェリシアは下水道を歩く。

 そして下水道を歩いていると……


「ふむ。……これはまた、過激なお出迎えだぜ」


 フェリシアの目の前に現れたのは……ネズミの群れだった。

 軽く百匹はいるだろう。

 暗闇の中、無数の瞳が光り輝いている。


 キーキーと、威嚇するような声を上げていた。


 しかしフェリシアは躊躇せず、一歩を踏み出した。

 その瞬間、百を超えるネズミが一斉に襲い掛かってきた。


 フェリシアは杖を一振りする。


 すると魔力の壁が出現し、ネズミを全て弾き返した。


 どうやら一度動き始めると、止まれないらしい。

 ネズミたちはまるで交通渋滞を起こしたかのように透明な壁に殺到し、そして壁に阻まれたネズミたちは上へ上へと逃れていく。


 あっという間にフェリシアの顔の高さほどある、ネズミの塔が出来上がった。


「うーん、さすがにこの数は気持ち悪いぜ。……ああ、大丈夫。お前は可愛いよ」


 フェリシアはチュウチュウと肩の上でなくカレットを指で撫でた。 

 それから杖を一振り。


 火炎と光と音の発する、威力の低い、威嚇用の魔法だ。


 人間には通用しないが……ネズミ相手ならこれで十分。

 蜘蛛の子を散らすようにネズミは下水道へ散っていく。


「ん? どうした、カレット」


 チュウチュウ、と。

 フェリシアの肩でカレットが鳴き声を上げた。


 カレットはとたとたと、フェリシアの肩から地面へと降りる。


「……ここのネズミ共は俺が締めてやるぜ! って、言いたいのか?」

 

 フェリシアが尋ねると、カレットは頷くように一声鳴いた。

 フェリシアから莫大な魔力供給を受けているカレットは強い……が、しかし果たして百を超えるネズミたちを倒して王になれるのだろうか?

 とフェリシアは少しだけ心配する。


 だがカレットはキリっとした表情でフェリシアを見上げている……気がした。

 生憎、ネズミの表情の変化など分からない。


「まあ、良いぜ。行ってこい!」


 フェリシアが許可を出すと、カレットはチュウと一声鳴いて、駆けて行った。

 カレットを見送ってから、フェリシアは不敵な笑みを浮かべた。


「よし、私も自分の仕事に移らないとな。少なくとも……合宿までには、終わらせたいぜ」


 フェリシアは再び、作業に移った。





 さて、それから二週間ほど。

 幸いにもフェリシアはライジングの合宿までに、全ての魔法術式の点検を終え、そして魔法術式の組み換えを終えた。

 まだ満足できるような出来ではないが……フェリシアにとっては及第点、という具合である。


 そして……


「おお、カレット! 凄いな、お前!!」


 二週間の時を経て、カレットは無事に下水道の天下を統一したらしい。

 百を超えるネズミの部下を率いて、フェリシアの前に現れた。


 カレットは得意げにフェリシアの体へと上がり、凱旋をしようとするが……


「待て。その前にお前は風呂だぜ」


 フェリシアが杖を一振りすると、カレットの体が宙に浮かんだ。

 二週間、下水道で過ごしたカレットの体は雑菌塗れだ。


 いくら愛鼠とはいえ、不衛生なネズミに触れたくはない。


「さて……合宿も始まるし、一先ず自動迎撃魔法術式を起動させてから、ここを留守に……」


 フェリシアがそう呟いた瞬間。

 ぞわぞわと、背筋に何か嫌な物が走った。


 続いて、バキバキとフェリシアが張り巡らした魔法術式が突破される音だ。

 

「ば、馬鹿な……最低でも四次元以上の干渉を防げる結界だぞ!」


 フェリシアが驚愕の声を上げるのと同時に、フェリシアの目の前に空間の亀裂のようなものが生じた。

 バクバクとフェリシアの心臓が激しくなる。


 現れたのは……


「ぎゃはははは! 中々、良い魔法術式だったぜ! まあ、俺様の侵入を防ぐには……まだまだ足りないけどな」


「る、ル・フェイ様!!」


 知り合いの登場に、フェリシアはホッと胸を撫で下ろした。


書き溜めが底をついてしまいました

さて、どうしようかな……


ところで、書籍化に関する新情報があります

詳しくは活動報告で

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