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第13話 元悪役令嬢は後輩のために一肌脱ぐ

「ねぇ、フェリシア。お願いがあるのだけど」


 ラグブライの練習が終わった後。

 アナベラはタオルをフェリシアに受け渡すのと同時に、フェリシアにそう言った。


「ん? どうした。宿題か?」

「……私だって、常に宿題に困っているわけじゃないわ」


 アナベラは複雑そうな表情を浮かべた。

 普段、よく宿題を写させてもらっているのは事実だが……常に宿題に困っているわけではないのだ。


「ちょっと、ここでは話しにくいから」

「ああ、いいぜ」


 どうやらラグブライの部員がいるような場所では、話しにくい内容らしい。

 フェリシアはアナベラと共に、少しだけ場所を移す。


「その、クリスティーナのことだけれど」

「クリスティーナ? あいつがどうしたんだよ」


 クリスティーナ・ウォールドウィン。

 最近、ライジングに入団した期待の新人である。


「あの子、あまり馴染めてないじゃない?」

「うん? まぁー、多少浮いていると言えば浮いているかもしれないけど」


 ウォールドウィン家は王国貴族の中でも、三大貴族に数えられるほどの名門。 

 本来ならばライジングではなく、ノーブルに所属するのが妥当なところだろう。


 ライジングは平民出身者や地位の低い貴族出身者が多い。

 彼女があまり馴染めなていないのは、致し方がないことだった。


 ところでウォールドウィン家ほどではないが、有力貴族の出身者と言えばブリジットがいる。

 彼女は比較的早く、ライジングに馴染むことができた。


 ブリジットとクリスティーナの違いは、フェリシアという橋渡しができる同級生がいるかいないかである。


 残念ながら、今年、ライジングに入団した一年生はクリスティーナだけ。

 先輩の中で後輩一人という構図は、少し大変だろう。


 加えて……


「性格、ちょっとキツいところがあるからな」


 フェリシアは苦笑いを浮かべた。

 クリスティーナは非常に気が強く、プライドが高い。

 差し伸べられた手を払いのけて、自分の足で立とうとするタイプだ。


「でも、直に馴染むんじゃないか?」


 フェリシアは楽観的に捉えていた。

 実際、クリスティーナも入りたての頃よりは口数も増え、馴染めてきているように思える。


 最初はクリスティーナの性格に戸惑っていたライジングのメンバーも、「そういう子なんだな」と扱いにも慣れてきた側面もあった。


「そうかもしれないけど……意外に気にしているのよ。あの子」

「そうか? 気にしすぎだと思うけどなぁ」


 フェリシアは人付き合いで困ったことがない。

 なので、そういう悩みには少々、無頓着なところがあった。


「というか、何でお前がそんなこと、知ってるんだよ」

「だって、私、ルームメイトだし」

「あぁ、そう言えばそうだったな」


 アナベラが“余り部屋”の人間であることを、フェリシアは思い出した。 

 “余り部屋”には後輩が割り当てられる。

 アナベラのところに丁度、割り当てられたのがクリスティーナだ。


「相談されたのよ。昨日の夜」

「……そんなに仲、いいのか?」

「同じ部屋にいれば、嫌でも仲良くなるでしょ?」


 アナベラは“原作知識”により、クリスティーナの性格に関しては知り尽くしていた。

 幸いにもクリスティーナは“原作”通りであったので、スムーズに仲良くなることができたのだ。


「なるほど。で、クリスティーナが馴染めてなくて、それを本人が気にしている。……私は何をすればいいんだ? 構ってやれば良いってことか?」


 フェリシアがそう尋ねると、アナベラは少し難しそうな表情を浮かべる。


「それもそうなんだけど。あの子、ラグブライの練習を放課後にしたがってるの。後衛として早く慣れて、チームの役に立ちたいんだって」

「……意外に可愛いところがあるんだな」

「足を引っ張りたくないって」

「そういうことか」


 納得の理由だ。

 そして……すぐにフェリシアはクリスティーナが直面している問題に気付く。


「そうだな。一人だと練習も難しいところがあるよな」


 ラグブライは合計、七人でプレイをする。

 前衛二名。

 中衛二名。

 後衛二名。

 そしてゴールキーパー一名だ。


 後衛であるクリスティーナが本格的に練習をするなら、敵の前衛役が必要になる。


「迷惑を掛けたくないから、早く上手になりたい。でも練習に付き合って欲しいと先輩に頼むのは、迷惑を掛けてしまう……そういうジレンマなわけだ。不器用な奴だな」


 フェリシアは迷惑を掛けて良い相手と悪い相手の区別がつく。

 この人はこれくらい迷惑を掛けても、怒らないな……そういう一線が勘で分かるタイプだ。


 自由奔放に振舞い、散々に迷惑を掛けているにも関わらず周囲から好かれるのは、そういう才能があるからである。


 故にそういう加減が分からないクリスティーナの気持ちはやはりフェリシアは理解し切れないが……


「まあ、良いぜ。誘ってみることにする」


 フェリシアは快活に笑った。





 とはいえ、フェリシアのポジションは中衛である。

 フェリシアだけでは、クリスティーナの練習相手には不足だ。


 故にフェリシアはライジングの前衛の一人、マルカムを誘った。

 ぶっきらぼうだが人の良い彼は、すぐに承諾してくれた。


 そして翌日の放課後。


「なあ、クリス。今、暇か?」

「……暇ですが、何でしょうか? フェリシアさん。マルカムさん」


 ライジングは基本的にチームメイト間は名前で呼ぶことが決められている。

 そして可能であれば、敬称や敬語も省くことが推奨されていた。

 試合中に味方に呼びかける際に「さん」や「先輩」を呑気に付けているわけにはいかないからだ。


 そして特に『クリスティーナ』のように長い名前は、略称を用いる。


「俺たちの練習に付き合ってくれないか? お前がいれば、丁度前衛中衛後衛が揃うんだ」


 マルカムはクリスティーナにそう提案した。

 クリスティーナに対して「練習に付き合ってやるよ」などと言えば、彼女のプライドを刺激してしまうのは明白だ。

 

 故にこちらが頼むという姿勢を見せる。

 クリスティーナは先輩に迷惑を掛けたくないと思っているのだから、頼まれれば断りようがないという作戦だ。


「私なんかで、良いんですか? まだ下手ですよ」


 アナベラの言う通り、クリスティーナは意外にそういうことを気にするタイプのようだ。

 もしかしたら、仲の良いフェリシアとマルカムの間に割り込むことにも、少し気にしているのかもしれない。


(割と面倒くさい性格しているんだな、こいつ)


 フェリシアは自分のことを棚に上げ、クリスティーナに言った。


「まあ……嫌なら良いんだけどさ。……とても残念だぜ」

「い、嫌では……ないです」

 

 でもやっぱり仲良くなりたいらしい。 

 少し身を引くと、すぐに食いついてきた。


 ちょっと可愛いなと思ったフェリシアは、クリスティーナの肩に手を回した。


「よっしゃあ! じゃあ、決まりな? ああ、私たち、割と激しいプレイをするから、ちゃんとついて来いよ!」

「ぷ、プレイって……」

「ん? どうしたのか?」


 きょとん、とフェリシアは首を傾げた。

 クリスティーナは複雑そうな表情で、マルカムを見る。


 マルカムは肩を竦めた。


「今のは、素で言ってるぜ。こいつ」

「……そうなんですか」

「何だよ、お前ら。私、変なことを言ったか?」


 お前ら、ちょっと変だぞ。

 とでも言いたげに、フェリシアは言うのだった。


もうそれ3Pでは?

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