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第11話 魔導師見習いは吐き気を催す

「私の研究テーマは新たなる人間の創造よ」


 ホムンクルスとは、人工的に作られた人の出来損ないである。

 故に真のホムンクルスはホムンクルスとは呼ばれない。

 何故ならそれは人間と同じだからだ。


 しかし……新たなる人間、というのはそういう“普通の人間”とは少し異なるような気がした。


「……新たなる、というのは?」

「つまり今の人類よりも、遥かに優れた新人類の創造よ。それにより、私は人類を進歩させる」


 フェリシアは知る由もないことであるが、その思想・哲学はマーリンのものと非常に似ていた。

 彼女もまた人間をより優れた種族へと変えることをその究極的な目標としている。


「……それ、私に言っていい内容なのか?」

「あら? どうしてそう思うの?」

「……教会に聞かれたら不味い内容だぜ」


 人の手による人の創造。

 それは人の出生を神の奇跡とする十字教の教義と真っ向から対立するモノである。


 ホムンクルスまでは、ただの“人形”として黙認される。

 だが真のホムンクルスを作成しようとしているという、その動機は非常に危険なモノだった。


「問題ないわよ。私は毎年、教会に多額のお金を寄進しているもの。……教会もね、暇じゃないのよ」

「……何とも言えないぜ」


 果たしてそれは教会のあるべき姿なのか。

 熱心とは言えないものの、一応十字教を信仰しているフェリシアは、複雑な気持ちになる。


「それにあなたは同類だと思って」

「……同類?」

「だって、魔導師を目指しているんでしょう? 十字教と魔導は、その真理の直前までは同胞だけれど、その先からは敵同士。知っているでしょう?」


 十字教は“真理”の探究を否定しない。

 この世の仕組みを解き明かし、神の真意を明らかにしようとする試みは十字教の教義とは相反することなく、むしろ合致している。


 しかしその“真理”の先を目指すのが魔導師だ。

 神の領域に踏み込むことは、十字教の教義とは真っ向から対立する。


 そしてフェリシアは魔導師側の人間である。


「まあ……別にチクったりはしないけれど」

「でしょう?」


 にっこりとエリザベスは微笑んだ。

 それから彼女は立ち上がる。


「今日は私がどのような研究をしているのか、それを見せてあげる。でも……服を着替えて貰おうかしら?」

「ああ、分かったぜ」


 つまり白衣のような、研究室に入るのにふさわしい恰好をしろということだろう。

 ようやくエリザベスの研究の一端を見ることができると、フェリシアはわくわくした。






「あ、あの……着替えたけど」

「あらぁー、似合っているわぁ」


 着替え終えたフェリシアに対し、エリザベスは満面の笑みを浮かべた。

 そして舐めるような視線で彼女を見つめる。


「本当によく、似合っているわぁ。見立て通りね」

「……これ、間違いじゃないのかよぉ」


 フェリシアは半泣きで、顔を真っ赤にさせながらスカートを抑えた。


 何故か。

 フェリシアに用意されたのは白と黒のメイド服だった。

 しかもミニスカート。


 没落したとはいえ、フェリシアは元大貴族の令嬢なのだ。

 メイド服を、つまり使用人の服を着せられることはそれなりに屈辱なことだ。


 しかもこのようなおふざけとしか言いようがない、ミニスカートを着せられることは。


「お、おかしいだろ! こ、こんなの!」

「おかしくないわよ。一目見た時から、絶対に似合うと思っていたのよ」


 その言葉で、今までエリザベスが助手研修制度を利用しなかったのか、そしてどうして自分に声を掛けたのか、全てを察した。


 エリザベスのお目当ては、フェリシアの容姿や見た目だったのだ。


 エリザベスが求めていた人材は、可愛い女の子兼優秀な魔導師見習いである。

 この条件に当てはまるような人間は、いくら魔法学園がこの国の最高学府であったとしてもそうそう現れないだろう。


(こ、こいつ……あ、頭おかしい……いや、魔導師なんてみんなおかしいけど! でも、何だろう。誰かに似ているような気がする。誰かに……)


 果たして誰に似ているのだろうか?

 フェリシアは首を傾げたが、それに気付いたが最後、友情を失いそうだったので気付かなかったことにした。


「……これを着ないと、研究室に入らせてもらえないのか?」


「ええ、危険なものを扱っているからね。賢いフェリシアちゃんなら気付いていると思うけれど、その服には魔法的な防御が施されているわ。ちゃんと実用性もあるということ」


 もしこれがただのコスプレ用のメイド服であったら、今すぐにでも破り捨ててしまいたいところであるが、しっかりとした魔法が施されているところが、質が悪い。


 魔法式を解析する限り、きちんと自分の身を守ってくれる代物であると、フェリシアは分かってしまった。


「はぁ……分かったぜ。……変なこと、しないでくれよ! エリザベス様」

「失礼しちゃうわ。……あの魔導師マーリンを敵に回すほど愚かではないわよ」


 そう言うとエリザベスはフェリシアについてくるように命じた。

 フェリシアは小さく頷き、その後を追う。


 エリザベスの研究室は屋敷の一階部分の、およそ三分の一を占める広い空間だった。


 多種多様な薬品や生物の標本などが並べられている。

 素材の数も非常に豊富だ。

 その中には希少なモノもや高価なモノも数多く存在した。


「見惚れるのも良いけれど、本当に面白いのはこっちよ」


 そう言ってエリザベスは分厚い鉄の扉を、鍵で開けた。

 すると……その向こう側には、もう一つ鉄の扉。


「はい、これ」

「ん? ……マスクとゴーグル?」

「一応、付けて」


 言われるままにフェリシアはマスクとゴーグルを装着した。

 エリザベスも同様にマスクとゴーグルを装着する。


 そんなに危険なものなのかと、フェリシアの胸は躍った。


 二つ目の鉄の扉を潜った先は、薄暗い部屋だった。

 エリザベスは魔法で灯りを灯す。


「さあ……こっちよ。あなたに見せたいのは、これね」

「こ、これは……」


 フェリシアは息を呑んだ。


 エリザベスが見せた試験管の中には、指先の爪ほどの量の“泥”が入っていた。

 色は黒に近い紫色。 

 ドロドロとした流動体である。


 しかし……普通の物体とは、何かが違った。

 見た目はただの色付きの泥に過ぎない。

 しかしそういう理屈を抜きにしても、気色が悪かった。


 その生理的な嫌悪感は、糞尿などの排泄物やゴキブリなどの不快害虫などが可愛らしく見えるほどである。


 この泥を口にするくらいなら、糞尿でも食べた方がマシだと、フェリシアは本気でそう思った。


「何だと思う?」

「……初めて見たけど、一目で分かった。瘴気の塊だろう?」


 瘴気。

 この世に存在する、最悪の汚染物質である。


 瘴気はあらゆる“生命”を破壊し、蝕む。


 究極にして最凶の物質なのである。

 そもそも……“物質”であるかどうかすら、怪しいのだが。


「瘴気がどうやって生まれるか、フェリシアちゃん。知ってる?」

「……魔物の排泄物だろう? 知ってるぜ。魔物そのものは、まだ見たことないけどな」


 フェリシアは眉を顰めて言った。

 魔物と、呼称される生物。

 そもそも生物なのかすら怪しい存在が吐き出す泥、糞尿こそがこの瘴気である。


 この魔物と呼ばれる生き物は生物を捕食し、生気を摂取する。

 その代謝の過程でこの瘴気を排出する。


 フェリシアは魔物を見たことはない。

 しかし噂によると、一目見ただけでそれが魔物であるかどうか、分かるらしい。


 そんなことがあるのかとフェリシアは懐疑的だったが、瘴気を見て確信に至った。


 こんなに気持ちが悪い物体を排出する存在なのだ。

 相当に気持ちが悪い見た目をしていることは、間違いないだろう。


「……あ、あのさぁ、エリザベス様。私、そろそろ、限界なんだが」

「あぁ、ごめんなさい。刺激が強すぎたかしら? 続きは外でお話しましょう」


 エリザベスはそう言って微笑むと、鉄の扉を指で示す。


「トイレは研究室を出て、右に曲がった先の奥だから」

「わ、分かったぜ! うっぷ……」


 フェリシアは口を抑えながら走り出す。

 それからエリザベスも気分悪そうに口元を抑えた。


「私も正直、これだけは慣れないのよねぇ」


 そう言うと、近くに置いてあったバケツの中に胃の中のモノをぶちまけた。


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