第10話 見習い魔導師は既視感を覚える
エリザベス・バートレット。
エングレンド王国でも有名な魔導師である。
王国北部に屋敷と領地を構え、そこで生体錬金術の研究をしている。
王都からは離れた場所に屋敷を持つ彼女のもとへ助手として赴くのは、普通の学生では難しい。 特にラグブライの練習をしなければならない学生は、休日であっても練習に追われるため、通うのは難しいだろう。
だがフェリシアは別だ。
「さて……ここがバートレットさんのお屋敷か」
魔法学園から空間転移を利用して、エリザベス・バートレットの屋敷を見上げながら呟いた。
かつてフェリシアが暮らしていたアルスタシア家の屋敷と比較すると小さいが、それでも中々の大きさだ。
「特許とかで儲けてるんだろうなぁー」
領地を見る限り、特に目立った産業はなさそうなのでおそらくは魔法関係の特許収入を経済基盤としているのだろうと、フェリシアは推察する。
「さて……魔力炉心のヒントになるようなものがあれば良いけど」
フェリシアがエリザベス・バートレットを選んだのは、マーリンから課題として出されていた魔力炉心の理論構築に役立てるためである。
肉体の一部を魔力炉心として改造するには、生体錬金術の知識が必要不可欠だ。
生体錬金術は錬金術の中でも特に高度な分野であり、フェリシアでもマーリンからは教わっていない。(そもそもフェリシアがマーリンから教わったのは主に物事の考え方であり、魔法理論そのものではないので当たり前なのだが)
そして魔法学園では高学年にならない限りは、教えて貰えないし、教えて貰えたとしてもその初歩の初歩程度である。
故にエリザベス・バートレットからの指名は渡りに船だった。
懸念があるとすれば二つ。
一つはアナベラの言う「絶対に見てはいけない部屋」という怪しさしかないような場所の存在であるが……誰だって見られたくないものはある。
フェリシアだってケイティに勝手にクローゼットの中の下着を漁られれば嫌な気持ちになるものだ。
なので、フェリシアが個人的に気になっていることはもう一つの方。
「……今まで助手を指名したことがなかったのに、どうして私にだけ?」
エリザベス・バートレットは今まで、助手研修制度を利用したことがない人物だった。
故に彼女からフェリシアへの指名が真っ先に来たことは、学園の関係者を驚かせたようだ。
しかも彼女からの指名はフェリシア、たった一人である。
なのでその理由が気になることではあるが……
「つまり、それだけ私が優秀だってことだぜ!」
ナルシストなフェリシアはそれを非常に前向きに捉えていた。
そんなこんなでウキウキ気分のフェリシアは、屋敷の外門を潜った。
門番はいなかったが……魔導師の屋敷に門番などがいないことはそれほど珍しいことではない。
門番などよりも、自身の防犯魔法を信じるのが魔導師という生き物である。
外門を潜ると、鬱蒼と木が茂る庭に辿り着く。
マーリンの住んでいた森に近い雰囲気がして、フェリシアは少しワクワクした。
……が、歩いても歩いても屋敷の扉まで、辿り着けない。
「ふーん、私を試しているってわけか」
フェリシアは樫の杖を手に持ち、魔力探知の魔法を使用する。
魔力の周波や色を見分け、そこから魔法式を導き出す。
するとこの庭そのものに無数の論理結界や物理結界が張り巡らされていることが分かった。
ちょっとした迷路になっているようだ。
「ここをこうして……こうすればいいわけだな」
結界を解きながらフェリシアは前へと進む。
すると屋敷の扉まで、辿り着くことができた。
扉の前まで歩くと、バン! と音を立てて扉が開いた。
少しフェリシアはびっくりするが、何でもないという表情で中へと入る。
すると案の定、扉は大きな音を立てて閉まった。
ガチャリ、とわざとらしく鍵の閉まる音もした。
フェリシアは背後の扉のことは気にしないようにしながら、周囲を見渡す。
血のように赤い絨毯に、血のように赤い染色がされた床や天井。
フェリシアは目がクラクラしてきた。
「よく来たわね、Miss.アルスタシア」
そんな声が聞こえてきた。
声のした方を見上げると、真っ赤なドレスを着た二十代後半程度の女性がゆっくりと、階段を降りてきた。
「これは……お招きいただき、ありがとうございます。Miss.バートレット」
フェリシアは貴族らしい挨拶を返した。
幼い頃、骨身に叩きこまれた礼儀作法だ。
が、しかしそんなフェリシアの態度を見て、クスクスとエリザベス・バートレットは笑った。
「あなたは普段、そんな口調で話すのかしら? もっと自然にしてくれていいわよ」
「ん……知っているんですか?」
「あなたのことはいろいろと調べたわ」
何となく、フェリシアは背筋に寒気が走るのを感じた。
が、気丈な表情でニヤリと笑って見せた。
「そういうことなら……いつもの通りにさせて貰うぜ。……あなたのことは、何て呼べばいいんだ?」
「エリザベスで良いわよ。代わりに……私も名前で呼ばせて。フェリシアちゃん」
「……分かったぜ、エリザベス様」
妙にフレンドリーなエリザベスにフェリシアは困惑する。
ホーリーランド学長のようなフレンドリーさとは、微妙に毛色が違う。
今までフェリシアが会ったことがないようなタイプだ。
(なんか、調子狂うなぁー)
もっともエリザベスが変人であることは事前情報で分かっていた。
エリザベスがフェリシアのことをいろいろと調べたように、フェリシアもエリザベスのことをいろいろと調べたのだ。
「そうだ、エリザベス様。……この子は私の使い魔なんだけど、同行して良いかな?」
フェリシアは自分の肩に乗っている鼠を指で示した。
するとエリザベスはフェリシアの肩へと顔を近づけ、目を細めた。
「あら……ご主人様に似て、可愛らしい鼠ちゃんね。良いわよ」
にっこりと、妖艶に微笑んだ。
フェリシアは一歩、後ろに下がりたくなる衝動に駆られたが堪えた。
(何だろう……この知っているような、知らないような、知りたくないような、この感覚は)
エリザベスそっくりの人物はフェリシアの中ではいない。
が、若干、傾向が妙に似ている人物がいるような気がした。
「それでエリザベス様。まずは何をすればいいんだ?」
「そうね……まずは親交を深めるために、お茶会でもしましょうか」
エリザベスはそう言って微笑んだ。
フェリシアが案内されたのは、屋敷の中庭だった。
綺麗な花壇があり、そして丁度二人がお茶を飲める程度の大きさのテーブルがそこにあった。
エリザベスはまずフェリシアに腰を下すように勧める。
フェリシアが一礼して座ってから、エリザベスは腰を下ろした。
それからエリザベスはパチンと指を鳴らす。
するとどこからともなく、召使と思しき人物が二人ほど現れた。
可愛らしい少女で、メイド服を着ている。
しかしどこか表情が虚ろで、目に生気がないように見えた。
体調でも悪いのだろうか?
とフェリシアは勘繰る。
が、すぐにその理由は気付いた。
「人間そっくりの人形?」
「あら、よく分かったわね」
「エリザベス様の杖と、その人形から魔力の経路が繋がっているのが、分かったぜ」
魔導師は召使を雇ったりはしない。
自分の研究成果を奪われることを恐れる魔導師は、基本的に自分の工房の中に人は入れないのだ。
原則として魔導師は人を信じてはいけない。
魔導師が信じるべきは自身の魔法だけである。
(師匠の言いつけ通り……油断だけはしないようにしないとな)
フェリシアはそう思いつつも、やはりこの精巧な人形が気になって仕方がない。
故にエリザベスに尋ねる。
「触って良いか? エリザベス様」
「ええ、いいわよ。ちなみにその子はメイドちゃん五号……名前はエミリー。新入りよ」
「なるほど。エミリー、失礼するぜ」
ツンツンとフェリシアは人形の肌に触れてみる。
そして違和感を覚え、何度も指で突き、そして腕を掴み、肌を摩る。
それから立ち上がって、全身をペタペタと触ってみて……
フェリシアは目を丸くした。
「に、人形って……いや、人間じゃん! え? いや、これは……」
もしかして私、気付いてはいけないものに気付いちゃったのぜ?
とフェリシアは一瞬、混乱した。
だがよくよく魔法式を観察し……ホッと息をついた。
「何だ……人間と同じ組織構成なだけの、人形か」
「そういうこと。いわゆるホムンクルスよ。人間をそっくりに模倣した人形。……でも生命ではないから、魔力もない」
人間と同じ質感、肌を持っているのは当然の話。
人間と同じ物質で構成されているからだ。
と言っても、決して人間を解体して組み合わせた……などという猟奇的な話ではない。
自分自身、もしくは他者から提供された細胞を培養し、それを鋳型に流し込んだだけ。
それがホムンクルスである。
もっとも、人体の構造は未だに解明されているとは言えないため完全なホムンクルスを作るに至った錬金術師はいない。
マーリンであっても、その到達点には至っていない。
外見は人間そっくりだが、それは外側だけ。
内側の内臓などの器官は不十分であり、そして脳味噌などの複雑な組織の再現はほぼ不可能。
故にホムンクルスには思考能力は全くなく、そして基本的に短命――そもそも生きていないので使用期限が短いと言った方が良いかもしれないが――である。
少なくとも猟奇的なモノではないと知ったフェリシアは、少しだけ安心して座り直した。
それからエリザベスに勧められるまま、紅茶を口につける。
まず舌先で味を感じ取り、毒の有無を確認する。
……毒は入っていない。
一口飲むと、非常に美味しい紅茶だった。
(師匠の言いつけとはいえ、人を疑うのは、ちょっと心苦しいな)
フェリシアは内心でそうため息をつく。
そんなフェリシアの気持ちを知ってか知らずか、エリザベスは楽しそうに笑った。
既視感の正体にビビっときたかたはブクマ、ptを入れると
正解は次回、分かるかもしれません