第9話 元悪役令嬢は原作知識に頼る
授業が開始しておよそ一月。
各ラグブライの公式チームでは新メンバーの募集が始まった。
それはライジングでも同様である。
「今年も中々、豊作だな。素晴らしい!」
晴れてライジングのキャプテンとなったアーチボルトは機嫌良さそうに言った。
それから目を細め、必死にボールに食らいつく女の子に着目する。
ライジングに応募するだけあって、どの子たちも実力は高いが……その女の子は新入生たちの中でもずば抜けているように見えた。
「特にあの子が欲しい。後衛にぴったりだ! 前衛と中衛を担う下級生はマルカムフェリシアと困っていないが……丁度、後衛が欲しかったところだ。えっと、名前は……」
「クリスティーナ・ウォールドウィン、だぜ。キャプテン」
フェリシアがそう教えると、ポンとアーチボルトは手を打った。
「そう、それだ! ……ウォールドウィン!? 大貴族がどうしてライジングに?」
首を傾げるアーチボルト。
すでにクリスティーナは学園の有名人となっており、そして彼女が婚約者であるパトリック・モンギュスターと「仲良く喧嘩をする」仲であることも知られている。
よって彼女がライジングに来たのは、ノーブルに所属するパトリックへの当てつけであることは自明……
なのだが、ラグブライにしか興味のないアーチボルトはクリスティーナに関する情報を仕入れていなかったようだ。
「……私も一応、大貴族なんだけどなぁ。元」
アーチボルトはその辺りを理解しているのだろうか?
フェリシアは少し疑問に思った。
それから記録を付けているアナベラに話しかける。
「なぁ、アナベラ。あの子、クリスティーナって子のラグブライの実力はどうだ?」
「どうだ……って、そんなのフェリシアが一番よく分かっているでしょ?」
アナベラは首を傾げた。
ただのマネージャーであるアナベラよりも、プレイヤーであるフェリシアの方がラグブライには詳しいのは当然のこと。
勿論、フェリシアもそんなことは百も承知。
「そうじゃないのぜ。“原作”ではどうなのかって話だ」
「……私が言うのもなんだけど、あまり当てにならないんじゃない?」
「聞くだけなら良いじゃないか。気になるぜ。活躍するのか?」
フェリシアが尋ねると、アナベラは頷いた。
「うん、見ての通りだけど……後衛のエースになるわ」
「で、前衛のパトリックと衝突するのか」
「そうそう、そんな感じ」
ラグブライで人気があるポジションは前衛か中衛だ。
前衛はゴールを決める攻めの要であり、そして中衛には臨機応変な対応や戦術眼が求められる重要なポジション。
それに比べると後衛は軽視されやすい。
そのためあまり希望するものはいないが……
天賦の才を持つ上に、パトリックを妨害できるポジションである後衛は、クリスティーナにとっては天職だろう。
(まあ……アナベラの言う通り、あまり当てにはできないけど。この情報に関しては信じても良さそうだぜ。実際、実力も高そうだし)
自分の目で見た情報とすり合わせた上で、クリスティーナのラグブライに関する実力に関してはアナベラの“原作知識”は誤っていないとフェリシアは判断した。
そこでふと、フェリシアは思い至る。
「そうだ、アナベラ。実は相談があるんだけど、良いか?」
「ん? ……別に構わないけど」
「じゃあ、この試験が終わったら寮の談話室でよろしく」
フェリシアはそう告げると、再び視線を新入生へと向けた。
試験終了後。
談話室のソファーでフェリシアとアナベラは並んで座っていた。
「助手研修制度? ……あぁ、“原作”でもあったわ」
そんなシステムあったなと、アナベラは思い出した。
なぜアナベラの中でその制度の印象が薄いのかと言えば簡単で、ゲームではステータスを伸ばすのと同時に金策を行うためのシステムでしかなかったからである。
DLCによって助手研修制度の関するシナリオや新たな攻略キャラを追加できるとは聞いたことがあったが、それに関してはまだ手を出していなかったので詳しくは知らない。
「というか、フェリシア二年生でしょう? ……できるの?」
ゲームでは終盤になって解禁されるシステムだ。
先ほど説明した通り、足りないステータスを強引に伸ばすためのシステム。
つまり最後の追い込みのために存在するので、序盤でやれるようなものではない。
勿論、これは「仕事である以上責任は生じるので、下級生ではできない」という設定上の理由もあるのだが。
「私は優秀だからな」
アナベラの問いに対し、フェリシアは自慢気に胸を張った。
設定上、“平凡な女の子”となっている女主人公と、スペックが高い悪役令嬢様ではそもそも条件が異なるなと、アナベラは思い直した。
「それでそれがどうしたの?」
「実は候補がこれだけあるんだ。……元々八件くらいだったんだけど、どんどん増えて。今は二十件も来ている」
フェリシアはそう言って、二十枚の書類をテーブルに並べた。
そこにはフェリシアに対して求める仕事や待遇などの情報がびっしりと書き込まれている。
「へぇ……凄い。こんなに来るなんて」
「私は優秀だからな。……で、本題なんだけど、私はこの人のところに行こうと思っているんだ」
フェリシアはそう言って書類のうち、一枚を指さした。
そこには『エリザベス・バートレット』と書かれている。
「一番待遇が良いんだ。それにこの人は錬金術師……その中でも、生体錬金術の専門家なんだぜ。実はこの分野に訳合って興味があるんだ」
「ふーん、それで?」
「この人、お前の“原作知識”にあるのかなって。事前に聞いておきたかったんだ」
アナベラは腕を組み、うんうんと考え込む。
こんな人、いただろうか……
ああ、いたなと。
思い出したアナベラはフェリシアに対して頷いた。
「一応、あるわ」
「なるほど。……どんな人だ?」
「うーん、確か普通に優しくて、親切で……ちゃんと紙面で記された通りに働かせてくれる人だったと思うけど?」
そもそも助手研修制度など物語としては大したギミックではなかったので、アナベラの記憶には薄い。
……が、一つだけ重要な情報を思い出す。
「そう言えば、絶対に入ってはいけない部屋があるのよね」
「……何だよ、それ」
「さあ? 入っちゃダメよって言われるだけで、本当に入れないし。鍵が掛かっているから」
ゲームではそこに入ろうとすると、「鍵が掛かっていて入れない」と表示される。
そしてその鍵の入手手段は今のところ、発見されていなかった。
有志による調査によれば、そもそもその部屋の向こう側の空間は空っぽで、何もデーターが存在しないらしい。
今後のアップデートやDLCによって追加されるイベントだと思われる。
「入っちゃダメな部屋かぁー。気になるな!!」
「……あなたならそう言うと思った」
うずうずとし始めるフェリシアをアナベラはジト目で見る。
アナベラには彼女がそうやってやたらとルールや法律を破りたがる理由がいまいち、理解できなかった。
「入っちゃダメって言われているなら、入るべきじゃないんじゃない?」
「失礼だな、アナベラ。……別に私は入らないぜ? 働かせてくれて、お金までくれる恩人に対し、その恩を仇で返すような真似はしないぜ」
憤慨したようにフェリシアは言った。
それからフェリシアは“持論”を口にする。
「何が良くて、善くて、正しくて、もしくは悪いか……それは自分自身が決めるべきだ。他人が決定することじゃない」
ちょっとカッコいいことを言うなと、アナベラは感心した。
が、冷静に考えてみると校則違反をするただの言い訳に過ぎないことに気付く。
「まあ、フェリシアの勝手だけど。……参考になった?」
「あぁ、ありがとう。特に酷い人じゃないみたいだし、このエリザベス・バートレットって人のところに行くことにするぜ」
生体錬金術。
楽しみだぜ!
と嬉しそうに語るフェリシア。
よくもまあ、そんなに勉強が好きになれるものだなとアナベラは感心するが、やはり理解できないと首を傾げるのだった。
絶対に見るなよ!
というフリ
古事記にもギリシャ神話にも聖書にもジョジョにもあるやつ
実際に見なかった例を作者は知らない
絶対にptとブクマは入れるなよ!
絶対に、絶対にだからな!!