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第8話 元悪役令嬢は鼠に名前をつける

 しばらくの時が経過し、二年生の授業が開始した。

 フェリシアが密かに楽しみにしていたのは使い魔に関する授業である。


「やっぱり人気だなぁー」


 数ある教室の中でも、特に大きな教室である、大講堂に辿り着いたフェリシアは感嘆の声を上げた。

 フェリシアとしては早く来たつもりではあるが……もう三分の一ほど、席は埋まってしまっている。

 普段は一番前の席に座るフェリシアだが、最前列は全て埋まってしまっている。


 キョロキョロと辺りを見渡すと……丁度、チャールズの隣の席が空いていた。

 

「お隣、よろしいでしょうか? チャールズ王太子殿下」

「ああ、フェリシアか。構わないよ。……その口調、どうしたんだい?」

「気分だぜ」


 フェリシアはそう言って肩を竦め、チャールズの隣に座った。

 そして彼がテーブルに置いている籠へ視線を移す。

 さすがは王太子と言うべきか、王道を行くらしい。

 そこには大きな鷹が一羽、入っていた。


「お前は使い魔とか、興味あるんだな」

「興味があるというか……軍に入った時に使うだろう?」

「まあ、確かにな」


 王族は卒業後、軍に所属するのが慣例だ。

 そして上級士官は偵察用に使い魔を持つことが決められている。


「マルカムとクリストファーは、この授業、どうしているか知っているか?」

「前者は面倒、後者は使わない、ってさ」

「浪漫のない奴らだな」


 それからチャールズはフェリシアの肩へと、視線を移した。

 そこには鼠が一匹、お行儀よく座っている。


「その鼠が君の?」

「使い魔……に、これからなる予定だぜ」


 フェリシアはそう言ってから、鞄に手を入れて……ナッツの入った袋を取り出した。

 それを指に乗せて、弾くと……

 鼠はフェリシアの肩からジャンプし、空中でそれをキャッチした。

 カリカリと、机の上で齧り始める。


 するとチャールズの使い魔“候補”となる鷹が、大きく翼を広げた。

 フェリシアの鼠に対し、眼光を光らせる。

 するとフェリシアの鼠は負けじと鷹を睨み返し、毛を逆立て、威嚇の声を上げた。


 ビクリ、と鷹が怯み……顔を逸らした。


「……飼い主に似るんだね」

「おう、それはどういう意味だ?」


 ニコリとフェリシアが微笑む。

 チャールズは慌てて目を逸らした。




 そうこうしていると、アナベラ、ケイティ、ブリジットの三人がやってきた。

 三人はフェリシアの隣に席を下ろす。

 

 ケイティが持ってきた子猫はフェリシアの鼠を見ると、にゃんにゃんと悲惨な声を上げた。

 フェリシアとケイティは同室。

 必然的にケイティの子猫とフェリシアの鼠は同室である。

 お気の毒様としか言いようがない。


 そんなやり取りを眺めていたアナベラは「そう言えば、悪役令嬢の使い魔の鼠、すっごく性格悪かったなぁ」と思い返す。

 フェリシアとこの鼠の出会いは運命だったようだ。


 さて、しばらくして授業が始まった。


 まず使い魔とペットはどう異なるのか……

 というと、その区分けは簡単で、魔法的な隷属状態に置かれているペットが、使い魔である。


 使い魔になると、主人との間に魔力的な繋がりが生まれる。

 使い魔は主人の命令に基本的に逆らえなくなるが……変わりに知能や身体能力が向上したり、寿命が延びたりするようだ。


 ではどうやって繋がりを作り出すのかというと……


「名前を付ける……そんな簡単なことで良いの?」


 ぽつりとアナベラが呟いた。

 教授からの指示は、まずは名前を付けて、一緒に時間を過ごし、信頼関係を構築しろ。 

 ということだった。

 そうすれば自然と魔力的な繋がりが生じるという。


「名付けは原始的な魔法の一つだぜ。名前魔法って言うんだ。単純だけど、それ故に強力ってことだな」


 マーリンやル・フェイが師から名前を貰ったというエピソードを思い出しながら、フェリシアはそう言った。

 それからこの生意気な鼠に何という名前を名付けようかと、思考を巡らせる。


 より強力な名前を名付ければ、それだけより強い効力を発揮するのが名前魔法である。

 そしてこの名前が“強力”か否かは、その名前に対する名づけ親の気持ちや思い、または因縁などに左右される。


 と言っても、別に適当に名付けたところでそれほど大きな弊害もないのだが。

 こういうとき、フェリシアは凝ってしまうタイプなのだ。


「うーん……」

「フェリシア、悩んでるの?」


 とっくに名前を付け終えたアナベラがフェリシアに尋ねる。

 フェリシアは小さく、頷いた。


「まあな。……何か、良い案ないか?」

「ピ〇チュウとか、どう?」

「なんか、しっくりこないぜ」

「ミッ〇ーマウス」

「なんか、嫌な予感のする名前だから遠慮しておくぜ」


 それからフェリシアはポンと手を打った。

 そしてアナベラに問いかける。


「なあ、“原作”とやらには、コイツはいたか?」

「え? ……そうね。フェリシアは鼠を使い魔にしてたと……うん、思うわ」

「なんて名前だった?」

「名前かぁ……うーん」


 “悪役令嬢”の使い魔の名前など、早々覚えているものではない。

 アナベラはうんうんと悩み……そしてようやく、その名前を絞り出す。


「『カレットヴルッフ』だったと思う」

「じゃあ、それにするぜ。今日からお前は『カレットヴルッフ』……だけど、長いから『カレット』って呼ぶ」


 フェリシアがそう言うと、鼠は、カレットはチュウと一声鳴いた。

 お前の付けた名前なら、何でも良いぜと言った……ような気がした。


「良いの?」

「“運命”には従った方が良いかなという判断だ。……それに私が考えたハニーマスタードとか、ミルクコーヒーよりは良い気がするぜ」


 そう言ってフェリシアは楽しそうに笑った。


 するとカレットは一声、チュウと鳴いた。

 変な名前を付けられずに済み、安心しているようだった。



 

 フェリシアがもっとも楽しみにしていた授業が使い魔に関するものであるとするならば……もっとも恐れている授業は、水練だった。


 と言っても、フェリシアは最初、それなりに意気揚々としていた。

 今まで努力してできなかったことがない人間が、フェリシアである。

 アナベラに教わればすぐに泳げるようになるだろうと……そう、甘く考えていた。


 だが、しかし。

 すでに授業時間の半分が過ぎているが、泳げるようになる気配がなかった。


 一度プールサイドへと上がり、フェリシアはアナベラからもう一度、コツを教わる。


「大丈夫、力を抜けば浮くから。それで力強く、手で水を掻くの!」

「前と後で矛盾してんじゃんか……」


 アナベラのアバウトな説明に、フェリシアは悲痛な声を上げる。

 力を抜きながら、どうやって力強く水を掻けば良いのだろうかと。


「おかしいなぁ……どうして伝わらないんだろう?」

「君の説明が下手だからだ」


 呆れ声が聞こえた。

 声の主は……クリストファー・エルキンである。


「えー、そうかなぁ?」

「そうだ。そもそも、もっと段階を経て教えるべきだ。……見た限り、彼女の泳ぎはまず根本から酷い。壊滅的だからな」

「失礼な!」


 プクっとフェリシアは頬を膨らませる。

 負けず嫌いのフェリシアは一歩前へ進み出る。


 ちょっと気になっている女の子の水着姿は、クリストファーにとっては少し刺激が強かったらしい。

 クリストファーは慌てて、視線を下へと逸らした。

 が、その視線の先にはフェリシアの滑らかな白い足があった。

 再び視線を逸らす。


 そんな忙しなく視線を動かしているクリストファーには気付かず、フェリシアは言った。


「お前は泳げるのか?」

「まあ……僕は南部の出身だからね。夏は泳いでたよ。もっとも、上手というわけでもないけれど」

「ふーん……」


 フェリシアは少し考え込んだ様子を見せた。

 そしてアナベラとクリストファーの両方を見てから……


「じゃあ、教えてくれよ」

 

 アナベラに教わるよりもクリストファーに教わった方が効果的と判断したフェリシアはそう言った。

 するとクリストファーは慌てた様子で一歩、下がった。

 そして慌てた様子で両手を振る。


「い、いや……僕は男子だぞ?」

「何か、問題あるのか?」

「い、いや……それは、だな。……教えるということは、まあ、つまりだ。変なところに触れてしまうかもしれないわけで……」

「何考えてるんだ、変態」

「……」


 顔を赤らめ、挙動不審になるクリストファーをバッサリとフェリシアは切り捨てた。

 そして笑みを浮かべる。


「大丈夫、大丈夫。お前なら気にしないぜ。ワザと触ってきたら、潰すけど」

「そ、そうか。ま、まあ……そういうなら、構わないが」


 それは信頼されているのか?

 それとも、異性として全く見られていないのか?


 喜べば良いのか?

 悲しめば良いのか?


 クリストファーには分からなかった。

 ただ……


「じゃあ、早速教えてくれよ」


 プールへ向かいながら、自分を手招きするフェリシア。

 そんな彼女の露出した背中と、微妙に食い込んでいる臀部へ視線を向け……


 役得なのは確かだなと、確信した。


「……フェリシアに変なことをしたら、学園中に広めるから」

「う、うるさい! 分かっている!」


 アナベラに釘を刺されたクリストファーは、大声を上げた。


クリストファーめ

死ね、爆発しろ!!

という方はpt、ブクマを入れて頂けると

アコーロンさんが箪笥の角に小指をぶつけます

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