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第7話 貧乏令嬢は水着と鼠を買う

 魔法学園の授業は前期と後期でカリキュラムが分かれている。

 そのため水練の授業も前期を通して行われる。


 春はまだ寒いのではないか……と思うかもしれないが、そこは天下に誇る国立魔法学園。

 屋内プールが完備されているので、その点は問題ない。

 よってこの授業を受けるからには、授業が始まる前までに水着を用意しておく必要があった。


 そういう理由でフェリシアたち一行は王都へ、授業用の水着を購入しに向かった。




「ふーん、水着って言っても色々あるんだな」

 

 水着を買いに来ることは人生で初めて。

 そんなフェリシアは感慨深そうに呟きながら、店内を見渡す。


 スポーツ用もあれば、デザイン性重視の水着もある。

 

(にしても……水着だと、下着みたいなデザインでもあまり恥ずかしいと思わないのは不思議だ。どういう心理なんだろうな?)


 上下に分かれているようなタイプの水着を見ながらフェリシアは思った。

 そのデザインは現在、自分が身に纏っている下着そっくりであり……これを着て泳ぐということは、実質、下着で歩き回るも同義である。


 だが水着だと思うと、そんなに恥ずかしくない……いや勿論、恥ずかしいには恥ずかしいが、“まるで下着だ”と意識しない限りは少しだけ気恥しい程度……な気がする。

 着たことがないので、分からないが。


(と言っても……ああいうのは、さすがにどうかと思うけどなぁ)


 下手な下着よりもよっぽど官能的じゃないかと、フェリシアはその水着を見ながら思った。

 さすがに体を隠すという水着としての機能がちゃんと意味を為しているかどうか分からないようなものは、恥ずかしすぎて着れない。


「何? フェリシア。あれ、買うの? 大胆なのねぇー」

「お前、それは冗談なのか? 本気なのか?」


 意外そうな表情を浮かべるアナベラに対し、フェリシアはジト目で尋ねた。

 するとアナベラはけらけらと笑う。


「冗談よ、冗談。……本気なわけ、ないじゃない」

「お前なら本気で言ってそうだなと、思ったから。本気じゃないなら、良かったぜ」

「ねぇ、それってもしかして私のこと馬鹿にした?」

「お前がそう思うならそうなんじゃないか?」


 フェリシアを問い詰めるアナベラ。

 肩を竦め、誤魔化すフェリシア。


「……でも、フェリシアさんならきっと似合うと思いますよ!」


 すると妙に興奮した様子でケイティがそんなことを言いだした。

 これにはフェリシアとアナベラは顔を見合わせる。


「アナベラさんも、そう思いますよね?」

「え、ええ? ま、まあ……フェリシアはスタイルが良いから、似合わないことはないと思うけど、いや、でも……」


 ケイティに話を振られたアナベラは目を逸らしながら口籠る。

 その表情は若干、引き攣っている。


「ほら、アナベラさんも言ってます! 一度だけ、一度だけ着てみませんか?」

「嫌だよ。……お前が着たら、考えてやる」


 フェリシアが冷たい目でそう答えると……

 ケイティはフェリシアの凍えるような視線には気付かず、割と真剣な表情で悩み始める。


 ブリジットがこっそりと、フェリシアに耳打ちする。


「……本当に着かねませんわよ? あの子」

「ま、まあ……私は着るとは、言ってないぜ。考えるだけだ。考えた結果、着ないという結論を出すのは別に約束を破ったことにはならないぜ」


 と言ってからフェリシアはふと、いつかのケイティとの約束を思い出した。

 何でもすると、言ったことがある。

 フェリシアの背中に冷たい汗が伝った。


「あ、あの、フェリシアさん! その……」

「と、取り敢えず、今は授業用の水着を買おうぜ! ああいうのは、娯楽用で授業じゃ使えない」


 フェリシアは強引に話を打ち切り、アナベラをスポーツ用の水着が売ってある場所へ連行した。

 アナベラとブリジットは顔を見合わせ、肩を竦め、その後を追う。


「何か、指定はあったっけ?」

「良識の範囲内、ですわ」


 ならば自分は一番、安いのを買おうとフェリシアは密かに決める。

 あまり友人たちの前で露骨に値段を気にするのは恥ずかしいので、それは口に出すことはないが。


「そう言えば、水着って何で出来ているのかしら? 化学繊維……じゃないわよね?」


 ぽつり、とアナベラが呟いた。

 それに同調するようにケイティが頷く。


「言われてみると気になりますね」

「動物の皮だとは聞いたことがありますわ。何の動物かは……聞いたことがありませんが」


 視線が自分に集中してきたと感じたフェリシアは、こっそりと値段を確認しながら答える。


「カエルだよ、カエル。名前は忘れたけど……大型のカエルの皮膚だったはずだ」


「ええ、カエル!?」


 ギョッとした表情でアナベラは水着を見た。

 彼女はあまりそういう類の生き物が好きではない。


 一方で錬金術に使う関係上、そういう生き物に慣れているフェリシアはというと……


(やっぱり生地面積が広いと高いな……)


 素材の関係上、水着は普通の衣服と比べてもずっと高い。

 可能であれば全身、つまり手足まで覆うようなタイプの水着が欲しいが……そういうのは普通の水着と比較すると、二倍以上の価格になる。


(あの紐みたいなやつは安かったけどな)


 勿論、安いと言ってそんなものを着るわけにはいかないのだが。


「んー、まあ……これかな」


 仕方がないので手足が出ている、つまり極々普通のスポーツ用の水着を手に取った。

 背面が大きく開かれているのが特徴的だ。

 スーパーフライバックと言うらしい。

 生地が少ない分、水の抵抗が云々かんぬんと書かれている。

 そしてやや安い。


 スポーツ用の中でも特に本格的なモノのようで、性能も悪くないだろう。

 フェリシアは割と形から入るタイプなのだ。

 

 アナベラたちも一先ず、選び終えたらしい。

 各々、会計を済ませて店を出た。




 それから一行が向かったのは……ペットショップだった。

 四人が王都まで来たのは水着を買うためだけではない。


 どのような使い魔が売っているか、見学する目的もあった。

 そしてお気に入りがあれば、購入する予定でもある。


 店に入ると金属製のゲージの中に入った動物たちが陳列していた。

 純粋に愛玩用の動物も売っていれば、使い魔に用いるような動物も売られている。


 特に数が多いのはやはり鷹や梟などの、連絡手段に用いることができる動物。

 そして愛玩としての役割も担える犬や猫など。


「鷹と梟って、どっちが良いのかしらね?」

「アナベラ、買うのか?」

「うん。お父様が手紙を出せってうるさいの。普段は家のを使っているけど、そろそろ私のが欲しいかなって」


 なるほどなぁー、と思いながらフェリシアは鳥かごに付けられた値札を見た。

 それからすぐに目を逸らす。

 

(まあ……そもそも餌代も高いだろうし)


 鷹や梟には毎日、肉を与えなければならない。

 そんなお金、フェリシアは持っていなかった。


 そもそも、今では次元魔法を使用できるフェリシアにとって、連絡手段用の動物など不要だ。


「フェリシアさん、猫もいますよ」

「あ、本当だ。やっぱり……可愛いなぁ、猫ちゃん」


 動物の中でも猫は好きな部類なので、自然とフェリシアの表情も緩む。

 そしてそんなフェリシアに時折、視線を送るケイティの表情も緩む。


 猫なら食費も掛からないのでは?

 と考えて値札を確認する。


 ……それでも少し高い。


「私、この子にしようかなぁーって思っています」

「買うのか?」

「授業によっては、使い魔がないと受けられないじゃないですか。……フェリシアさんは買わないんですか?」

「んー、まあ本や魔法の媒体に使う素材なんかを買うのを控えれば買えるけど」


 果たしてそんなことをしてまで、動物を購入する必要があるのか。

 チラりと視線を向けると、アナベラはもちろん、ブリジットも連絡手段用に鳥を購入するようだ。


 仲間外れはちょっと嫌だ。

 そう思いながら店内を見渡し……猫を扱っている陳列から少し離れた場所に並べられた籠へと近づいた。


「へぇー、鼠に興味あるのかい? 今時の子にしては珍しいな」


 鼠のゲージに近づいたフェリシアに対し、興味深そうに店主は言った。

 フェリシアは小さく頷く。


「小さくて、餌代も掛からなくて、何より便利そうだなと。……人気ないのか?」

「最近の若い子は、特に女の子は買わないな」

「ふーん、まあ分かる気もするけど」

 

 売られているのは使い魔やペット用として品種改良されたモノで、そこらのイエネズミと比べるとずっと賢く、毛並みも美しいが……

 やはりペットというよりは、害獣としての認識が強いのだろう。


 フェリシアにとっても鼠は馴染み深い生き物だ。

 エングレンド王国やアルバ王国では疫病対策で鼠の駆除を奨励しており、捕まえてくるとちょっとしたお小遣いをくれるのだ。


(今にして思えば、とんでもなく汚いけど……)


 よくやったもんだと思いながら、フェリシアは鼠を指さしながら尋ねる。


「こいつら、変な病気とか、持ってないよな?」

「今は持ってない。ノミも付いていない。……今は、だけどな。そのあたりは躾次第だ」


 もっとも、それは犬も猫も同じことではある。

 フェリシアは鼠を吟味し……そしてそのうちの一匹に目を止めた。


 大きなゲージを、たった一匹の鼠が占領しているのだ。

 アーモンド色をした、美しい毛並みの鼠だ。

 決して大きいとは言えないサイズではあるが、かなり“生き”が良さそうだ。


「こいつ、他の奴とは一緒にいれないのか?」

「ああ、そいつか。そいつは気性が荒くてな。同居人を食い殺しちまうもんだから」

「へぇ……触ってみて良いか?」

「噛むぞ?」

「構わないぜ」


 ゲージを開けて貰い、フェリシアはその鼠に手を伸ばした。

 体を掴むと、その鼠は即座にフェリシアの白い手に噛みついてきた。


「痛いな。……お返しだぜ」


 フェリシアは持前の魔力を、鼠へと流し込む。

 魔力それ自体は特に害はないが……大抵の生き物は相手が強大な存在であると察するので、怯えたり、逃げたりするものだ。


 だがその鼠は気丈にも、さらに歯を突き立ててきた。

 フェリシアの指から、ポタポタと血が垂れる。

 しかしフェリシアも手を離すことなく、魔力を流し込み続ける。


 三十秒ほどすると……鼠は歯を離した。

 先ほどまでの抵抗は嘘のように、大人しくなる。


 試しに手を離すと……フェリシアの腕を駆け、偉そうに肩の上に腰を下ろした。


「こいつ、買うよ」

「毎度あり」


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