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第6話 元貴族令嬢は低みの見物をする

 

 授業開始まで日が迫ってきた頃。

 フェリシア、アナベラ、ブリジット、ケイティの四人は学校の掲示板の前までやってきていた。


 というのも、二年生から科目によっては授業を選択できるようになるからだ。

 魔法や基礎教養関係はまだ共通ではあるが……『スポーツ』や『護身術』の場合は複数の授業の中から選ぶことができる。


「まあ、護身術は柔術が一番痛くないかしらね?」


 一番楽な授業を選びたいアナベラは三人に尋ねた。

 護身術の中には柔術や格闘術、棒術、剣術などがある。


 殴ったり斬ったりすることが多い格闘術、棒術、剣術に比べれば締め技や投げ技が主となる柔術が一番、痛くない。

 もっとも、痛いには痛いのだが。


「そうですわね……肌に傷、付けたくないですし」

「そもそも体格的に、女は男に比べて、戦いは不利だぜ。……その中で一番、身体的な不利を覆すことができそうなのは、柔術だな。趣旨を考えれば、それが合理的な選択なはずだ」

「み、皆さんが柔術を選ぶなら……私も柔術にします」


 ブリジット、フェリシア、ケイティもアナベラの意見に同意した。

 もっとも、三人とも理由は様々であるが。


「で、スポーツは……あ、ラグブライがあるわ。フェリシア、これにすれば?」

「よく見ろよ。……公式選手は選べないって、書いてあるぜ?」


 アナベラの問いにフェリシアは首を左右に振った。

 なるほど、確かによく見ると小さく注意事項にそう書かれている。


「というか……授業ではやりたくない、ってわけじゃないけど。他のスポーツがしたいぜ」


 フェリシアは肩を竦めた。

 ラグブライは好きだが、それに魂を捧げたわけではない。

 他のスポーツもいろいろと経験してみたい。


「そもそも……人気ですし、抽選があるみたいじゃないですか。その、四人一緒にはできないかもしれませんよ」


 ケイティが注意事項に書かれている「応募人数によっては抽選を行います」という箇所を指さした。

 できれば四人一緒に、仲良く、同じスポーツをやりたい。

 ラグブライは人気がある上に、設備などの制限があるので、確実に抽選があり……もしかしたら仲間外れになってしまうかもしれない。

 ケイティはそれを懸念していた。


「となると……庭球テニスはどうですか? 私、そこそこ得意ですわ」


 ラグブライに並ぶ上流階級の遊びで好まれるのがテニスである。

 もっとも……


(この世界のテニスって、魔法アリの超次元テニスなのよね。ネットがリアルに炎上するタイプの)


 アナベラは内心で身を震わせた。

 この世界の住民はアナベラの前世(かどうかは怪しくなってきたが)の人間よりも幾分か体が頑丈なので、スポーツの危険度もその分高いのである。


(いやぁ……アニメで見るならともかく、自分でやるのはキツイです……)


 テニスは止めた方がいい理由を一人で考えるアナベラ。

 だが、アナベラがそれを考えつくよりも先にフェリシアが口を開いた。


「テニスも人気あるし、場所も限られているから……抽選になるんじゃないか?」

「それもそうですわね……それに授業でやりたいものでも、ないですわ」


 アナベラは一人、ホッと息をついた。

 一方でフェリシアは代案と言わんばかりに、別の授業を提案する。


「私は『陸上記録』や『器械体操』が良いぜ。記録を出したい」

「「「……」」」


 唐突にガチ勢向けの授業を選択したがるフェリシア。

 フェリシアにとっては、記録を出すことは楽しいのだろう。

 だがアナベラたちは楽しいスポーツがやりたいのだ。


 運動があまり得意ではないケイティは、もっと気軽にできそうな授業を必死に探し……

 それを提案した。


「こ、これなんて、どうですか? 水練です。概要を見ると……プールで泳いでいるだけでいいみたいですよ? 私、得意というわけではないですけど……水を掻くくらいならできます。皆さんはどうですか?」


 エングレンド王国の人間は泳げない者が少なくない。

 泳げたとしても正確なフォームを知っているわけではなく、水に浮かんで掻く程度である。

 平均値が低いので、水練の授業のレベルは必然的に低くなる。

 魔法学園における水練は、序盤は教師が上手な泳ぎ方を教えてくれた後は、「みんなで好きに泳いでね」という形で放任されるような形式だ。

 

 つまり楽なのだ。

 加えて、そんなに人気でもなく、またプールは意外に広いので、人数制限も厳しくない。


「あら、私もそこそこ得意ですわ」

「良いんじゃない? 私、泳げるし」


 ブリジット、アナベラはそれぞれ頷いた。

 そこそこ裕福な貴族家の生まれである二人の家には小さなプールがある。

 加えて言えば……アナベラは物心ついた時から、泳ぎ方を知っている。


「……」


 一方、フェリシアは無言だった。

 それから一言。


「……人は水に浮かないだろ」

「「「……」」」


 あ、泳げないんだ。

 三人はすぐに察した。

 

 そして三人が可哀そうな物を見るような目で自分を見ていることに気付いたらしい、フェリシアは顔を真っ赤にさせた。


「な、何だよ! そ、その顔は!! し、仕方がないだろ! 私は自分の腰より深い水には入ったことが、人生で一回しかないんだ!」


 つまりその一回で溺れたのである。

 フェリシアは腕を組む。


「と、とにかく……そもそも、人間は陸上動物なんだ。水中には適応していない。大体、人間の両手両足は陸で生活しやすいように神様がくれたものなんだ。それなのに敢えて水の中に入るなんて、それは神様の意向に逆らうような行為で、つまり自然じゃないというか、間違っているというか……」


「ふーん……諦めちゃうんだ」 


 ぼそっと、アナベラは言った。

 何気ない一言だった。

 フェリシアなら「できないことをできるようにチャレンジするはず」という期待と、泳ぐことを拒むフェリシアの言い訳を聞いたほんの些細な落胆から生じた、それほど深い意味のない言葉だった。


「おい、待てよ! それじゃあ、私が逃げているみたいじゃないか!」


 だがフェリシア的にはアナベラのその一言は許せなかったらしい。

 ギュッと、拳を握りしめ、宣言する。


「よし、分かった。スポーツの授業は水……っく、水……ぐぬぬ、水練にして……が、が、が、頑張って、お、泳げるように、っくぅ……な、なるんだから!」


 ぷるぷると体を震わせながら、そう宣言するフェリシア。

 アナベラは呆れ顔を浮かべる。


「そんなに怖いなら、やめれば良いじゃん。楽しいのが一番……」

「こ、こ、怖くなんてないし! 私は水なんかには、屈したりしないぞ!」


 フェリシア以外の三人は顔を見合わせた。

 どう見ても怖がっているし、すぐに屈しそうではあるが……こうなったらフェリシアは意地でも水練の授業を受けるだろう。

 こうなったら、三人にできるのはできる限り見守ってあげることである。



 と、四人がそんな茶番をしていると……

 聞きなれた喧噪が聞こえてきた。 





「はぁ? ライジングに入る? ふざけるな。俺の婚約者なら、せめてノーブルに入れ!」

「なんで、あんたの言うことを聞かないといけないの? いい加減にして!」

「あぁ!? 俺だって、お前なんかにこんなこと、言いたくねぇよ! でも、仲良くしているふりをしないと、親がうるさいだろうが! 少しは協力しろや!」

「あんたが適当に誤魔化せば良いじゃない」

「ふざけるな! 俺は涙を飲んでお前と同じチームに所属してやるって言っているのに! お前が我儘言っているんだろうが!」

「何よ、その言い方! あー、決めた。絶対にライジングにする。あんたをボッコボッコのギッタンギッタンにしてやる!」

「やれるもんならやってみやがれ、この馬鹿女!」

「馬鹿っていう方が馬鹿なんですぅ!!」


 掲示板の前で低レベルな争いを繰り広げている二人。

 

 

 パトリック・モンギュスターとクリスティーナ・ウォールドウィンだ。

 まだ授業も始まっていないにも関わらず、二人の不仲は校内で有名になっていた。


「まーた、やってるのか」


 フェリシアはニヤニヤと笑いながら、二人を揶揄いに行く。

 水練に挑まなければならなくなったことへの、現実逃避とストレス解消が目的である。


「……お前には、関係ないだろう。アルスタシア。これは両家の問題だ」

「アルスタシアさん、あなたは黙っていてもらえませんか? 没落貴族のあなたには関係ありません」


 モンギュスター家、ウォールドウィン家、そしてアルスタシア家。

 エングレンド王国の建国当時から存在する、歴史ある一族はこの三家だけである。


 実は伝統と格式という面では、モンギュスター家、ウォールドウィン家よりもアルスタシア家が頭一つ抜けていたので、両家にとってアルスタシア家の没落は喜ばしい出来事だった。


「おお、酷い。じゃあ、没落貴族の私は……低みの見物と洒落こませて貰うぜ」


 何故か上から目線で物を言うフェリシア。

 

「……斬新な立ち位置ですわね」


 ぽつりと、ブリジットは呟いた。

 

 フェリシアの介入により一時は収まった喧嘩だが……

 再び、二人はヒートアップしていく。

 

 最初は囃し立てていたフェリシアだが……あまりに二人が「二人の世界」に没頭して喧嘩を続け、無視しされてきたからか、飽きてしまったらしい。

 退屈そうな表情を浮かべ……

 それからアナベラを引き寄せる。


 それから小声で尋ねた。


「こいつらの、コレって、お前の『原作知識』とやらの通りか?」

「えっと……うん、そうよ」

「こいつら、将来的にはどうなる予定なんだ?」

「特に何もしない限りは……おしどり夫婦になるわ」


 主人公(アナベラ)がパトリックの方を攻略でもしない限りは、順当にパトリックとクリスティーナは結婚する運命にある。

 そして喧嘩をするほど仲が良い恋人同士になり、最終的には以前のいがみ合いが嘘のようなラブラブカップルとなる。

 少なくともアナベラの知っている限り、そういう運命だ。

 もっとも……


「……まあ、だろうな」


 原作知識など持っていないフェリシア、いや、学園中の生徒であっても、それは十分に予想できることであった。


「夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますわ。私たちはもう、行きま……」


 行きましょう。

 と、ブリジットが言うよりも早く、パトリックとクリスティーナはブリジットを睨んだ。


「「誰が夫婦だ(よ)!」」


 フェリシアは肩を竦めた。


「そういうところだろ」


フェリシアちゃん「やれやれ、貴族って大変だなぁー」(低みの見物)


この国の貴族制度は意外に新陳代謝が激しいので、割とよく没落しますし、逆に成り上がれたりもします

まあ、三分の一は三代以上は続かないですね。

過半数以上は二百年以下です。


だから長い歴史のある貴族家は「すげぇー」となります。



次回はお買い物

水着と使い魔です


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