第5話 元悪役令嬢の努力は思わぬところで実を結ぶ
最終的に捕縛されてしまったフェリシアは、バーノン講師によって生徒指導を受ける羽目になった。
「私の言っていることを聞いているか? ちゃんと理解したか? Miss.アルスタシア」
バーノン講師の問いに対し、フェリシアは大きく頷いた。
そして神妙な表情で答える。
「勿論です、先生。反省しました。もう二度と、あのような不良行為を行いません」
「嘘だな」
「そんなっ!」
先生、酷い!
フェリシアはそんな表情を浮かべた。
そしてフェリシアは自分の黄金の瞳を指さした。
「先生はこんな純粋な瞳が信じられないんですか!」
「君はその純粋な瞳で、平気で嘘をついてきたし、物も盗んできただろう。……悪意がないというのは実に厄介なモノだ」
バーノン講師の指摘通り、フェリシアはこれっぽっちも反省はしていなかったし、後悔もしていなかった。
賭博で稼いで、一体何が悪いというのか。
私は儲かった。
例の二人は歓声を受けながら喧嘩を出来た。
観客は楽しかった。
三方良しじゃないか。
果たしてこれのどこが悪事だというのか、いいや悪事ではない。
悪事ではないにも関わらず、理不尽な校則によってそれを規制しているのだ。
私が校則違反者となったのは、私が不良だからではなく、そしてまた悪い子だからではない。
理不尽な校則がそれをさせたのである。
つまり悪いのはこのような悪法を制定した学園側であり、私は被害者だ。
実際、去年、私は妖精さんからプレゼントを貰ったのだ。
私が良い子なのは妖精さん公認である。
あんた、妖精さんからプレゼント貰ったか?
どうせ、貰ってないだろ。
つまり悪いのはあんただ。
私が正しいのは、妖精さんのお墨付きだ。
悔しかったら妖精さんからプレゼントをもらってこい。
というのがフェリシアの理論武装であり、言い分である。
勿論、これを口にすればバーノン講師は怒るだろう。
フェリシアは賢い子なので、それを口に出すことはしなかった。
「先生……信じてください! 今度こそ、本当に反省しているんです!!」
フェリシアは瞳を潤ませ、悲痛な表情でバーノン講師に訴えかける。
大抵の大人はこれでいちころ……のはずなのだが。
「嘘だな」
「そんな!」
バーノン講師には通用しなかった。
これでは埒が明かないと判断したフェリシアは、開き直ることにした。
「じゃあ、どうしろっていうんだぜ? 先生。先生だって、いつまでも私と仲良く、二人っきりで、密室で、部屋を薄暗くしながら、個人授業をしているわけにはいかないだろう?」
「その、妙に人聞きの悪いような言い方はやめたまえ」
「一体、今のどこに人聞きの悪い要素があったのぜ? ……先生、何かよからぬことを企んでいるのか?」
冗談半分でフェリシアは自分の体を両手で抱いて見せた。
が、バーノン講師の瞳がとてつもなく冷たかったので、ふざけるのを止めた。
「いろいろと考えたのだが、君は何をどうしようと、反省しないだろうな」
「おう、先生。ようやく、そこに気付いたか」
その瞬間。
バーノン講師は杖を引き抜いた。
杖から魔力反応光が放たれ、フェリシアの体を射抜く。
フェリシアは椅子から転げ落ち、悶絶した。
「痛い、痛い!!」
「あまり体罰という手段を取らせないで欲しいのだがな」
冷たい目でフェリシアを見下ろすバーノン講師。
フェリシアは半泣きで立ち上がり、椅子に座り直した。
「ぐすぅ……酷い……」
おずおずとバーノン講師を見上げるフェリシア。
一方でバーノン講師はそんなフェリシアの態度を無視し、話を続ける。
「しかし教師としては、やめさせる必要があるわけだ。そこで、こうしよう。君の貧困事情を、金銭的問題をある程度、解決する案を出す。だからああいうやり方でお金を稼ぐのをやめたまえ」
「むむむ……」
フェリシアが校則違反で怒られるリスクを冒してまでああいうことをしたのには、深い理由がある。
お金がないのだ。
お小遣いがない。
奨学金はあるが、それだけでは心許ない。
だからちょっとした出来心で校則違反をやってしまったのだ。
なので、もしバーノン講師が素晴らしい金策を伝授してくれるなら、フェリシアもああいうことをする必要はなくなる。
根本的な問題の解決になるのだ。
「……エッチなことは嫌なのぜ? っひぃ、じょ、冗談です! 冗談です、先生!!」
「あまり私の手を煩わせないでくれ給えよ」
ジョークを言ったフェリシアに対し、杖を向けるバーノン講師。
フェリシアは降参するように、両手を上げた。
「それで……その案というのは、何ですか? 先生。……先生の仕事を手伝うとか?」
バーノン講師がお小遣いでもくれるのだろうか?
とフェリシアは首を傾げる。
「いいや、生憎私の給料もそう多くはないのでね」
「講師って、お給料、安いんですか?」
「まぁ……中々、世知辛いものでな。授業単位ごとにしか給料が発生しないから、実質、日雇いのようなもので……って、何を言わせるのだ」
どうやらフェリシアもバーノン講師も、金銭事情がよろしくないという悩みは同じだったらしい。
大人になってもこういう悩みがあるのかと、フェリシアは将来が少しだけ暗くなるような気持ちになった。
「それで先生。結局、どうすれば良いんですか?」
「助手研修制度というのを、知っているかね」
「ん……聞いたことあります」
助手研修制度。
簡単に説明すると、長期休暇の時、学者や魔導具の開発などをやっている魔導師・魔術師のところで助手として働かせてもらいつつ、その専門分野について教えて貰う。
と、そんな感じの制度である。
もしアナベラがこの制度の概要を聞けば、「インターンシップみたい」と言うだろう。
もっともインターンシップと助手研修制度は厳密には異なる制度だ。
インターンシップと助手研修制度の大きな違いは、前者は給金が出ることが少ないのに対し後者は確実に給金が発生することだ。
というのもインターンシップが就活目的なのに対し、助手研修制度はそもそも学生支援のための制度だからである。
要するに助手として働くというのはあくまで建前で、実際は余裕のある魔導師・魔術師が、金銭的に困窮している学生を養い、お小遣いをあげる……というのが目的なのだ。
何でそんなことをしてくれるのかと言えばノブレス・オブリージュだからだ。
エングレンド王国において、魔法使いの多くは貴族だ。
そしてエングレンド王国では貴族が政治を独占し、経済を主導している。
だからこそ、魔法使いの卵を守ってやらなければならない……という意識が社会全体にある。
ここまで聞くとエングレンド王国の貴族は優しく、アナベラの故郷の会社は薄情に感じるかもしれないが……
そもそも貴族と会社では根本的に価値観やその存在理由が異なる。
会社は営利組織であり、経済的な利益を得ることを最大の目的とする。
社会貢献に取り組む会社がないわけではないが、しかしあくまで経済的な利益が先で、次が社会貢献だ。
だから使いモノにならない学生なんぞに金を払う余裕はない。
従業員を養わなければならないからだ。
だが貴族は違う。
貴族は経済的な利益よりも、政治的な利益や名誉などを優先する傾向がある。
勿論、アルスタシア家のように没落してしまった、もしくは没落しかけの貧乏貴族は別だが……
金銭的に余裕のある貴族は、得た利潤を投資して新たな利潤を獲得するよりも、その利潤を消費して名声を得たがる。
加えて言えば、株主の意向によって短期的な利益を求めなければならない会社とは異なり、貴族は長期的な利益を望むことができる。
自分が助けてあげた学生が社会的に高い地位を獲得すれば、それが新たな権益の確保に繋がるかもしれない。
それを考えれば……安い投資ということになる。
「元々、二年生で行うレベルの授業は……君にとっては少し、レベルが低い側面があるだろう? 優れた魔導師や魔術師の助手として働ければ、新たな知見も得られる。一石二鳥ではないかな?」
「おぉ!!」
バーノン講師の提案にフェリシアは目を輝かせた。
実際、授業のうち、いくつかの分野では退屈を感じていたので、これは渡りに船である。
「でも、先生。私はまだ二年生ですけど……受け入れてくれるところはありますか?」
「普通の、ただ優秀なだけな二年生では無理だろう」
だがフェリシアの場合は少し異なる。
と、バーノン講師は語る。
「君はラグブライのエースとして活躍した。君の活躍は以前の試合でも多くの貴族たちの目に留まったし、それに君の優秀さは並外れている。そしてあの魔導師マーリンの弟子であり、また没落したとはいえ歴史の長い貴族家、アルスタシア家の子女だ」
「おぉ!」
ラグブライ、頑張って良かった!
フェリシアは拳を握りしめた。
人間、思わぬところで努力が実を結ぶものだ。
フェリシアが喜んでいると、バーノン講師は八枚の書類をフェリシアに手放した。
「すでに八件、君に指名が掛かっている」
「おぉ! 凄い、私、凄いぜ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるように喜ぶフェリシア。
ナルシストなフェリシアにとって、自分の実力が認められ、複数の有力者から引っ張りだこにされているというこの展開は非常に心地の良いものであった。
「喜ぶのは結構だが、慎重に選びたまえよ」
「はい、先生! ありがとう! 愛してる!」
「それは君が大人になってから、改めて聞こう」
今回のお話で卑猥な想像をした人は
バーノン講師への謝罪の気持ちを込めて
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