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第4話 悪役令嬢は賭博をする

 春季休暇も終わるころ。

 母親や知人への挨拶を済ませたフェリシアは、最後にマーリンのもとを訪れた。


「じゃあ、師匠。行ってくるぜ」

「はいはい」


 適当な返事を返すマーリン。

 とはいえ、マーリンのこのような態度はいつものことなので気にしない。


「よし、行くか」


 フェリシアは樫の杖を地面に突き立て、魔力を練り上げる。

 まずは四次元空間に干渉。

 “最短距離”で魔法学園の近くまで魔力の経路を繋げる。


 それから座標を指定。

 周囲に障害物がないことを確認してから、論理結界で対象の座標空間を囲む。

 それから自分の周囲にも論理結界を作動。


「準備よし! 跳べ!!」


 魔法を発動させる。

 すると周囲の空間が大きく揺れ、フェリシアは強烈な浮遊感に襲われた。

 グルグルと、何かに引っ張られながら、方向感覚が狂う……そんな独特の感覚に襲われる。


「おうぇ……気持ち悪い。でも、跳べたな」


 気付くとフェリシアは王都近郊まで、転移していた。

 そのまま重力と空気抵抗を操作し、ゆっくりと地面に降り立つ。


「さあ、学校生活の始まりだ!!」


 意気揚々と歩き始めた。






「二年生って、確か新キャラ出るのよねぇー。まあ、どれだけ正しいか分からないけど」


 アナベラはそんなことをブツブツと呟きながら、道を歩いていた。

 二年生に上がると、二名のキャラクターが物語の表舞台に出てくる。


 一人は攻略対象の一人、一つ年上の先輩にあたる男子生徒だ。

 そのキャラクターはノーブルに所属している、ラグブライのプレイヤーだ。

 フラグやイベント次第では一年生から登場させることができ、ノーブルの選手かマネージャーになれば確実に関わることになる。

 逆に言えばライジングのマネージャーをしているアナベラにとっては関わりは薄い。

 が、二年生になると半強制的にイベントが発生し、登場することになる。

 


 もう一人は女子の後輩の女の子。

 こちらはアナベラにとっては、実はかなり重要となる人物だ。

 というのも……このままだと、その女の子はアナベラのルームメイトになるはずだからだ。


 まず前提として、現在アナベラは部屋を一人で使用している。

 一年生の女子の人数は奇数なので、たまたまアナベラはその一人になってしまったのだ。

 序盤でケイティと友好を深めると、ケイティが女主人公(アナベラ)の部屋に移ることになる(つまり悪役令嬢(フェリシア)が一人になる)という展開も発生するのだが、そういう状況にはならなかったので……

 アナベラは一人で部屋を使用しているのだ。


 そして女主人公(アナベラ)が部屋を一人で使用している場合、確実にその後輩の女の子がルームメイトになるのだ。


 ちなみに彼女はその例の先輩にあたる男子生徒とは、婚約者の関係にある。

 そのため女主人公(アナベラ)の恋のライバルの一人ということになる。

 

「結構、キッツい性格してたのよねぇ……あの子」


 悪役令嬢(フェリシア)は陰湿でネチネチした虐めをしてくるタイプだが、それとは対照的にその後輩の女の子は真正面からぶつかってくるタイプだ。

 

 もっとも原作知識がどれくらい正しいか、実際のところはかなり怪しいところだ。

 フェリシアとの関わりにおける失敗を思い出し、あまり先入観に囚われないようにしようとアナベラは決意した。


 


 そんなこんなでアナベラは魔法学園に到着した。

 女子寮へと向かう途中……妙な人だかりができていることに気付く。


(あー、イベントが発生しているわね)


 例の先輩男子キャラと後輩女子キャラ。

 この二名は婚約者だが……

 実は凄く仲が悪いという設定なのだ。


 二人とも貴族で、それもかなり歴史の長い、良い家柄の出身だが……その両家は長い間、対立してきたという歴史がある。

 政略結婚により両家は手を結ぶことになったのだが、心情では嫌いあっており、それは子供に引き継がれている……という事情なので、とにかく仲が悪いのだ。


 いわゆる『ノーブル』ルートに入らない限りは、その二人が大喧嘩をしている現場で出会うことになる。


「……取り敢えず、見に行ってみようかな」


 面倒事には関わりたくないとはいえ、そこは何だかんだで原作のファン。

 やはりイベントは見ておきたい。


 そう思いながらアナベラは人だかりに近づく。

 近づくにつれて、男子生徒と女子生徒の怒号が聞こえてきた。

 男子生徒の方はノーブルとの試合の時に聞いたことがある声であり、その先輩男子キャラクターのものであるとすぐに分かった。

 もう一人の女子生徒の怒鳴り声は……聞いたことはないが、おそらくは後輩女子キャラクターだろうとアナベラは推測する。


 だが……さらに二人分、妙な声が混ざっていることに気付いた。

 それは……アナベラが知っている、二人の人物の声だった。


 また、あの子が原作を掻き回しているのか。

 アナベラは頭を抱えながら……恐る恐るという調子で、背伸びをして様子を伺った。


「黙れ、このチンチクリンが! 俺が運んでやるって言ってるだろうが! 大人しく寄越せ!」

「はぁ? 誰がそんなこと、頼んだのよ! あなたの手助けなんていらないわよ。何でもかんでも、手伝えば良いってわけじゃないの!……それとも、モンギュスター家の男に期待した私が馬鹿だったかしら? どいつもこいつも、野蛮で脳筋揃いって聞くものね!!」

「それはこちらの台詞だ。脳味噌空っぽで評判の、ウォールドウィン家の女に御淑やかさを求めたのだ、間違いだったな!」

「ああ!? やんの? 喧嘩なら買うわよ」

「やれるものならやってみろ!」


 無駄に優れた魔力と身体能力を駆使し、取っ組み合いの喧嘩をしている男女。


 茶髪に非常に目つきの悪い、絵に描いた不良のような少年。

 新三年生、ノーブルのチームメイト、ポジションは前衛。

 名前はパトリック・モンギュスター。

 エングレンド王国三大貴族の一角を占める名門、モンギュスター家の長男だ。


 銀髪にこれまた非常に目つきの悪い、気の強そうな少女。

 新一年生、原作ではライジングのチームメイトになる。ポジションは後衛。

 名前はクリスティーナ・ウォールドウィン。

 エングレンド王国三大貴族の一角を占める名門、ウォールドウィン家の次女だ。


 ここまでは良い。

 ゲームで知っている通りの内容だからだ。

 むしろ、安心する。


 問題は……





「さあ! モンギュスター家VSウォールドウィン家!! 夢の対戦カードだぜ? どっちに賭ける? パトリック・モンギュスターが勝つと思う奴は私の帽子に掛け金を入れろ! クリスティーナ・ウォールドウィンが勝つと思う奴は……」


「わ、私の帽子にお金を……ふぇ、フェリシアさん!? あ、あの……これ、校則的に大丈夫なんでしょうか?」


「喧嘩や賭け事は禁止だけど、喧嘩に乗じて賭け事を運営しちゃダメとは書いてないぜ! さあ、賭けた賭けた! まあ、自己責任だけどな」


 見慣れた金髪と茶髪の少女が二人、帽子を手に持ってお金を集めていた。

 アナベラはとっさに額に手を当てた。


「おお、アナベラ! お前、どっちに賭ける?」

「……お金、困っているなら私が貸そうか?」


 エングレンド王国三大貴族の一角を占める名門、アルスタシア家出身。

 フェリシア・フローレンス・アルスタシアがせせこましい賭博運営でお金を集めている姿は、哀愁を漂わせた。

 ……誰のせいかと言われるとアナベラの、チェルソン家のせいではあるが。


「べ、別に、こ、困ってない……い、良いから、ほら! 賭けろよ」

「えー、じゃあ……クリスティーナさんの方に」


 アナベラはそう言って銅貨を放った。

 それから数十秒後、クリスティーナの蹴りがパトリックの股間を直撃。


 クリスティーナが見事に勝利し、アナベラのもとには三倍の額が返ってきた。




「いやはや、儲かったぜ。ケイティ、後で山分けしよう」

「い、いや……別に私、そこまで困ってないので。……フェリシアさんに全部、差し上げます」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべるフェリシア。 

 一方で校則を気にして、全ての罪をフェリシアに押し付けたいケイティ。

 呆れ顔を浮かべるアナベラ。

 悶絶するパトリック。

 得意気なクリスティーナ。

 早し立てる野次馬たち。


 という、非常に混沌とした現場。

 そこへ……


「お前たち、何をやっている!!」


 男性教師の怒鳴り声が響いた。

 ジャン・ジャック・バーノン講師が、魔法を撃ちながら走ってきた。


「喧嘩と賭け事をしている生徒がいると……また貴様か!! アルスタシア!!」

「げぇえ! 先公だ! に、逃げるぞ!! ケイティ、アナベラ!!」


 フェリシアはケイティとアナベラの手を掴み、逃げ出した。 

 ケイティもアナベラも、これには驚きで目を見開く。


「ちょ、ちょっと! フェリシアさん! ぜ、全然、大丈夫じゃないじゃないですかぁ!!」

「ま、待って、フェリシア! 何で、私まで逃げなきゃならないの!」

「うるさい! お前だって、賭けただろうが! ……人数が多い方が、罪は軽くなるだろ?」


 これは今年も荒れるなと。

 アナベラは内心でため息をつくのだった。


賭博は運営者の方が儲かるようにできているのです

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