第24話 元悪役令嬢はちょっとだけ優しくする
ロンディニア騎士団に捕縛されたアコーロンは、マーリンらに厳重な魔力封印の処置を受け、要塞であり監獄でもあるロンディニア塔に収監された。
通常ならばすぐに裁判にかけられるが……アコーロンはフェリシアの攻撃により、全身に大火傷を負っていた。
フェリシアの処置が適切だったこともあり、幸いにも一命は取り留めたものの、体力の回復にはまだ時間が掛かるということで、治療を受けていた。
一人鉄格子から空を飛ぶワタリガラスを見ていると……
「調子はどうだ? 我が愛弟子よ。ぎゃははは!」
一人の男が牢獄に現れた。
ロンディニア塔の厳重な警備を突破し、アコーロンの牢獄に辿り着き、その上でアコーロンのことを「弟子」と呼ぶ人物は一人しかいない。
「ル・フェイ様ですか」
「おう、そうよ。で? 気分はどうだ?」
「良いと思いますか?」
「ぎゃははは! ちげぇねぇな!」
ル・フェイが大笑いすると、アコーロンは腹立たしそうに眉を顰めた。
そして冷たい口調でル・フェイを咎める。
「……どうして、あの小娘を、助けたのですか?」
「ん? どういうことだ?」
「惚けないでください。俺は……あの小娘が、絶対に試合に間に合わない時間を指定した! たとえ俺が、万が一に負けても……あの小娘の、くだらない青春を、滅茶苦茶にできるように!!」
「きひひひ……相変わらず、歪んでるなぁ。別に試合に間に合おうが、間に合わなかろうが、その程度であの元気っ子の青春が壊れるとは、思えないけどな」
ル・フェイがそう言うと、アコーロンは歯軋りをした。
アコーロンとて、分かっているのだ。
フェリシアが自分とは異なり、人望を集めていることを。
同情されることはあったとしても、責められることは決してないだろう。
両親の命と試合ならば、前者を優先するのは人として当然のことなのだから。
「言っておくが、俺様はお前の復讐にはそれなりに協力してやった。マーリンやホーリーランドの足止めをしてやったんだぞ? まあ、マーリンとは揉めるのは面倒だから、あの元気っ子を殺そうとするなら止めたけどな」
ル・フェイはニヤニヤと笑いながら、アコーロンに近づく。
そしてその顎を指で軽く上げた。
「ル・フェイに対し、『アコーロン』。この名をやる程度には、お前のことを気に入っていた。お前が勝てば、マーリンのやつも多少は日頃の言動を改めただろうし。何より……お前は、努力をしていた。それは間違いない。動機はクソだったが、努力だけは本物だった。それがポッと出の天才に負けちゃ可哀想だと、俺様も同情していた。だからお前の最後の悪足掻きに関しても、放っておくつもりだった」
それからル・フェイはアコーロンから離れ、そして肩を竦める。
「が、あの小娘はお前を助けた。お前をいつでも殺せるのに、殺さず、こうしてお前を生かしたわけだ。弟子の命を助けて貰ったお礼は、当然の礼儀としてするべきだろう。そう思わないか?」
ル・フェイがそう言うと、アコーロンははっきりと音がするほど歯軋りをした。
そして血が流れるほど、拳を強く握りしめる。
「俺は……手加減された! どうして、あんな、恵まれた奴が、俺より強いんだ!!」
「恵まれた奴、か……きひひひ……さあ、それは各々の価値観次第だがな」
魔導書を通じてフェリシアの過去を覗いたル・フェイは、意味深に笑った。
客観的に見て、フェリシアの半生は恵まれているとは言えない。
経済的にはアコーロンの方が、遥かに恵まれていただろう。
もっとも、それは何を持って“恵まれている”と定義するかにも依る。
ル・フェイはアコーロンがどの程度フェリシアの半生を知っているかは分からなかったが……
少なくとも、フェリシアはアコーロンが持っていないものを、持っているのだろうということは分かっていた。
「さて……お前の復讐は潰えたわけだ。まあ、まだやるってなら、ちょっとは応援してやらないこともないが……今後の身の振り方を考えるんだな。考えがまとまったら、俺様を呼びな。脱獄させてやる。ぎゃははは!! ……おっと、誰か来たようだな。俺様は退散しよう」
そう言うとル・フェイは虚空へと消えてしまった。
しばらくすると、階段を上がる足音が聞こえてきた。
アコーロンは横目でチラりと、ここへやってきた人間の姿を確認し……目を見開いた。
フェリシア・フローレンス・アルスタシア。
彼女が衛兵に連れられてやってきたのだ。
「ピーター・アトリー、面会だ。……Miss.アルスタシア。手短に、十分以内でお願い致します」
「はい、分かりました」
フェリシアが頷くと衛兵はどこかへと立ち去っていく。
もっとも、聞き耳を立てるような真似はしないまでも、監視はしっかりとしているだろう。
「……俺を笑いに来たのか? フェリシア・フローレンス・アルスタシア」
「元気そうだな。安心したぜ」
快活にフェリシアは笑った。
その笑顔には一切の悪意はなく……アコーロンは増々、腹立たしい気持ちになった。
「何をしに来た!」
「お前が無事か、生きているか、元気か、確認し来たんだ。お見舞いってやつだな。ちょっと、心配していたんだぜ」
フェリシアがそう言うと、アコーロンは吐き捨てるように言った。
「随分とお優しいことだな。それとも、俺のことを馬鹿にしに来たのか?」
「うーん……はっきりと、口にしなきゃいけないかな?」
フェリシアは困った様子で髪を掻いてから、冷たい声で言った。
「何で私は、お前みたいな屑のために、人を殺したという罪悪感を背負い込まなきゃいけないんだって、話だぜ」
そう言うフェリシアの瞳には、はっきりとした怒りの色が浮かんでいた。
「父さんと母さんを人質に取って、傷つけたことは勿論、お前に魔力弾を撃たれて、とんでもなく痛かった。試合も台無しにされかけた。貴重な魔法薬をいくつも使ったから、大赤字だ。そしてお前が死んだりしないかと……私のせいで、人が死ぬんじゃないかと、少しでも頭を悩ませなきゃいけないことが、腹立たしい」
アコーロンは奇しくも、フェリシアを怒らせることには成功していたのだ。
そのことに気付いたアコーロンは、僅かに機嫌を良くし、口角を上げた。
「俺が自殺したら、お前は悩むか?」
「私の人生経験上、死ぬって言う奴は大抵死なないぜ。構って貰うのが目的だからな。私に構って欲しいのか?」
フェリシアが馬鹿にするように言うと、再びアコーロンの機嫌は悪くなった。
苛立ちを隠せない様子で、舌打ちをする。
「お前の半生について、ちょっと調べさせて貰ったぜ。師匠のせいで家が没落したんだってな。まあ、同情はするぜ。共感もする。私も似たようなものだからな」
「黙れ! 俺の気持ちが分かって堪るか!!」
「分かるとは、一言も言ってないぜ。お前の気持ちなんて、くだらない復讐のために人生を浪費する奴の気持ちなんて、これっぽっちも理解したくない」
フェリシアが肩を竦めると、アコーロンは目を吊り上げた。
「くだらない、だと?」
ガリガリ、はっきりと音に聞こえるほど歯軋りをする。
そしてロンディニア塔全体に響くほどの大声で怒鳴った。
「俺の人生は貴様らのせいで、滅茶苦茶になったんだぞ!」
「貴様らってのは、もしかして私も入っているのか? 生まれてきてもいない私に責任を求められてもな。まあ、今、お前が牢獄にいることの一因は私にもあるかもしれないけれど」
フェリシアは強い意志を帯びた、金色の瞳をアコーロンに向けた。
その美しさにアコーロンは息を飲む。
「切っ掛けは師匠であっても、滅茶苦茶にしたのは、お前自身だぜ。復讐に夢中で、幸せになる努力を放棄した。違うか? 復讐の結果が、今、お前がいる牢獄だ」
「復讐をせずに、幸福になど……」
「師匠のことなんて、忘れちまえば良かっただろ? 嫌な奴のために人生を浪費するなんて、非合理的だぜ」
それが出来れば苦労はしない。
と、アコーロンは吐き捨てた。
結局のところフェリシアの気持ちをアコーロンは理解できないし、アコーロンの気持ちをフェリシアは理解できないのだ。
「でも、可哀想だとは思うぜ。そのことを気付かせてくれる人に、お前は恵まれなかった。ただただ、不運だったな。それに比べて、私は人に恵まれた」
努力のおかげで、今、ここにいる。
と、言えるほどフェリシアは自惚れてはいなかった。
マーリンに出会えなければ、フェリシアはまともに学びの機会さえも得られなかっただろう。
学園にも入学できなかった。
もしかしたら、今頃、娼婦として体を売っていたかもしれない。
劣悪な娼館で麻薬を打たれ、廃人にされていた可能性がある。
フェリシアは“幸運”だった。
それに比べて、アコーロンは“不運”だった。
「……自慢でもしに来たか?」
「まさか、違うぜ」
「では、何がしたいんだ?」
アコーロンがイライラした様子で言うと、フェリシアは可愛らしい笑顔を浮かべた。
「私が、お前に復讐なんてくだらないって、教えてやるぜ」
「……はぁ?」
心底理解できないという様子でアコーロンは声を上げた。
一方、フェリシアは腕時計を確認し、立ち上がった。
もう時間だ。
「これ、プレゼントだぜ。こっそり食べろよ?」
そう言って格子越しにフェリシアは何かをアコーロンへと投げ渡した。
香ばしい小麦の香りがする何かが、可愛らしい小包とリボンに包まれている。
「クッキーだ。手作りだぜ? しっかり反省しろよ」
パチンとウィンクをすると、フェリシアは踵を返して立ち去ってしまった。
機嫌良さそうに揺れるスカートを、アコーロンは呆然とした様子で見送るしかなかった。
多分、優しくする方がアコーロンさん的には屈辱なのではないか
自分もフェリシアちゃんに優しくされたいという方は
ブクマ、ptを入れて頂けると
優しくして貰える……かもしれません
次回予告
二章、最終話です
いろいろ明らかになります