第5話 見習い魔導師は入学試験を受ける
「うん……良くできているわね。論証もしっかりしているし」
フェリシアが書いたレポートを読みながら、マーリンは頷いた。
普段は毒舌で手厳しいマーリンからの思わぬ高評価に、フェリシアはガッツポーズをする。
「よっしゃぁ!」
基礎的な魔法を学習した後に、フェリシアに課せられたのは、魔法理論の証明や魔法の開発などであった。
マーリンが課題を出し、それについてフェリシアが自ら調べ、考え、レポートにまとめて提出する。
このような授業形式が半年ほど続いた。
「もう、教えることは何もなさそうね。本当に立派になったわ」
マーリンは労うようにフェリシアの肩を叩いた。
かつてはフェリシアの方がずっと身長が低かったが、今では同じくらいになっている。
フェリシアは伸びた長い蜂蜜色の髪を恥ずかしそうに弄る。
「そ、そうか?」
「ええ。……かつてのあなたは知識は欲するも、知識の取り方を知らない、それどころか飛び立つことすらできない雛鳥だった。だから私はあなたに必要な知識を与えた。そして大きく育った。次に私は知識の取り方と、飛び方を教えた。そして……それが実ったことは、このレポートを読めば分かるわ」
マーリンは柔らかい笑みを浮かべた。
フェリシアの金色の瞳が潤み始める。
「し、師匠……」
「もう、巣立ちの時ね。あなたはもう、自分の翼で飛び立っていける。私ができることは、何も……」
「じじょぉー!!」
堪らず、フェリシアはマーリンに抱き着いた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をマーリンの胸元に押し付ける。
「ちょ、ちょっと……離れなさい、どこ、触ってんのよ!」
「師匠、師匠、師匠……痛い! ぐすぅ、酷いぜ」
杖で殴られたフェリシアは頭を抱える。
そしてハンカチで顔を拭ってから、笑顔を浮かべる。
「師匠は、恩人だ……本当に、ありがとうだぜ」
「ふ、ふん……この恩は、将来、百倍にして返しなさいよ!」
顔を赤くして頬を背けるマーリン。
フェリシアは涙を拭ってから尋ねる。
「しかし、師匠。実際のところ、私はまだ何をするべきかも決まってないぜ?」
「そうね……ようやく飛べるようになった鳥に好きに飛んでいくというのも酷だし、もしやることが見つからないなら、ロンディニア魔法学園に行きなさい」
ロンディニア魔法学園は「恋愛ゲーム」の舞台となる場所だ。貴族であるフェリシアは本来はこの学園に入学することになっていた……勿論、今はお金がないので諦めていたが。
「でも、師匠は魔法学園は“猿のお遊戯会”って酷評してなかったか?」
「それでも学べることがないわけじゃない。私もあそこの卒業生だしね。推薦状は書いてあげる。あなたの成績なら、奨学金も貰えるでしょう。それに……通いたいんでしょ? 学園に」
「し、師匠……」
フェリシアの視界が涙で霞む。
そして……
「師匠!! ありがとう!!」
「ええい、抱き着くな!!」
さて、入学試験の日。
アナベラはどうにか筆記試験と錬金術の実技試験を乗り越えた。
(む、難しかった……ゲームだったら、簡単だったのに……)
『恋愛ゲーム』の世界では、ボタン一つ、コマンド一つで経験値を取得し、能力を上げられる。
しかしここは『恋愛ゲーム』の世界とはいえ、現実だ。
となれば真面目に勉強をしなければならない。
だが……勉強嫌いのアナベラには、真面目に勉強など、できるはずもない。
結果、試験の結果は期待できない。
(こうなったら、魔法の実技試験で挽回するしかないわね!)
一番の評価点を貰えるのは実技試験だ。
幸いにも転生チートで魔法の才能を貰っているアナベラは、実技だけは得意だった。
実技試験はまず初歩的な魔法が習得できているかを確認する試験があり、そして最後に自由に好きな魔法を使って試験官にアピールする。
そしてようやくアナベラの番が回ってきた。
「アナベラ・チェルソン」
「はい!!」(よし、ここは派手な大魔法を使って、点数を稼いでやるわ!)
アナベラは手に魔力を籠める。
そして空に向かって魔法を解き放った。
巨大な天に上るほどの火柱が出現する。
これには他の受験生も、そして試験官すらもどよめきの声を上げる。
「おおお!!」
「凄い!」
「入学前でこんな威力の魔法を撃てるなんて!!」
大歓声を受けたアナベラは少し恥ずかしくなり、頭を掻いた。
「別に、こんなの大したことじゃないわ」
さて、アナベラが試験官たちを驚かせた日の翌日に、フェリシアは魔法の実技試験を受けることになった。
(ここまでは簡単だったけど、後は魔法の実技試験か……)
筆記試験は無論、錬金術の実技試験でも良い点数が取れた自信があった。
もっとも、これはフェリシアにとっては当然のことだ。
あのマーリンに師事していたのだ。師匠の顔に泥を塗るわけにはいかない。
(最初に見せる初歩的な魔法は、おそらく入学要件を満たしているかどうかを確認するだけ。問題は最後の自由実技。うーん、やっぱり派手なのが良いんだが……考えることはきっと、みんな同じだしな)
そもそも高威力の派手な魔法というのは、実はそこまで難しくないのだ。
それを放てるだけの魔力保有量と放出量があればの話だが。
と、そこでポンとフェリシアは手を打った。
(そうだ。私ばっかり採点されるのは不公平だし、この試験では私がこの学園の教師を試験してやろう)
ニヤリとフェリシアは笑う。
そしてフェリシアの番が来た。
没落貴族として有名なこともあり、視線が集まる。
そんな視線を気にせずフェリシアは手に魔力を込める。
そして小さな火球を生み出し、放つ。
それは空中で急停止し……不発でもしたのか、弾けとんだ。
それは小さな花火のように、美しい火花を散らしながら消えた。
「……終わりですか?」
はっきり言って期待外れな魔法に、ややがっかりするように試験官の一人は言った。
それに対し、フェリシアはニヤリと笑う。
「ああ、終わりだぜ」
それから先程から実技試験を見守り、無言で採点をしている教師たちの方へ、意味深にウィンクを送った。
さて、すべての試験終了後。
教師たちはそれぞれ自分たちの採点結果のすり合わせをしていた。
できる限り、公正な結果とするためだ。
「やはり実技の一番はアナベラ・チェルソンですな! あれほどの大魔法、そう簡単に使えませんぞ」
「いやー、本当に見事でしたな」
「それに比べて、フェリシア・フローレンス・アルスタシアは……典型的な頭でっかちという感じですね」
「筆記や錬金術といった分野は得意でも、実技の魔法は不得意と見える」
「期待外れだったな。まあ、所詮は没落貴族……」
などと、三分の二の教師たちは話していた。
だが……
「諸君らの目は、ガラス玉かね?」
馬鹿にするような声が部屋に響いた。
その声を発したのは、年若い男性の教師だ。やや性格が悪そうな顔をしている。
これに対し、ややムッとした表情で中年教師が尋ねる。
「それはどういう意味ですか? 我々は事実を……」
「あれは簡単な火の玉の魔法ではなく、光の屈折を利用した高度な投影魔法ですな。実に見事なものだ」
感心したように年若い男性教師は言った。
しかしそれに納得いかないのか、中年教師は眉を顰めた。
「何を言っているのか……ガラス玉は君だろう。魔力周波を見れば、あれが極めて簡単で初歩的な火の玉を生み出す魔法であることは……」
「ま、魔力周波の、ぎ、偽装では、な、ないですか?」
そう言ったのは小太りの男性教師だ。
一見すると気が弱そうに、頼りなく見えるが、しかし彼はしっかりとフェリシアの魔法を見破っていた。
あれは不発に終わった火の玉魔法、に見える、とてつもなく高度な投影魔法だった。
それなりに優秀な魔法使いでなければ、見破ることができないほどの。
「ヒヒヒ、ワシらは試されたことになりますなぁ……妙に意味あり気な視線を送っておったしな」
フードを被った鉤鼻の老婆で、いかにも毒リンゴを作って居そうな老婆の教師が薄気味悪く笑った。
そして温和そうな老人と、眼鏡をかけた神経質そうな中年女性の方を向いた。
「どうされますかな? 校長。副校長」
「そうじゃのぉ……アナベラ・チェルソンの魔法も確かに見事なものじゃったが……」
「しかし正しい評価を下さなければならないでしょう」
さて、それからしばらく。
フェリシアのもとに合格通知と試験結果が送られてきた。
「魔法実技も含めた全分野も一位か」
そしてフェリシアはニヤリと笑う。
「師匠が言うように、まともな教師もいるみたいだな。楽しみだぜ」
そろそろ主人公と顔を合わせます
フェリシアちゃん、賢い可愛いという方は
ブクマptを入れて頂けると
「そんなの照れるぜ……」とフェリシアちゃんが顔を赤らめます