第23話 魔導師見習いは衝撃の体験をする
「こ、この! く、来るな!!」
フェリシアは威嚇するように杖を振った。
しかし男は野卑な笑みを浮かべながら、ゲラゲラと下品に笑う。
「ぎゃははは!! 足が震えているぜ? フェリシアちゃん?」
「っく……」
「そう警戒すんなっての」
突如、男は姿を消した。
そして気付くとフェリシアの背後へと移動していた。
「ひひひ、捕まえた!」
「っきゃ! ちょ、どこ触ってんだ、この変態!」
「痛い! こ、この……そういう暴力的なところは、あの馬鹿チェルシーにそっくりだな! ったく、世話を焼かせんな」
バタバタを暴れるフェリシアを、強靭な力で抑え込む男。
地面へとフェリシアは押し倒される形になる。
身体能力強化の魔法を使っているのか、今のフェリシアでは逃げられそうもない。
「や、やめろ! こ、この変なことをしたら、た、ただじゃ済まさないぞ!」
「へぇ? どうしてくれるんだよ、フェリシアちゃん?」
ニヤニヤと笑いながら男が尋ねる。
するとフェリシアは……
「や……やめて、ください……ひ、酷いこと、し、しないで……」
「ぎゃははは!! 案外、打たれ弱いのか? まあ……頼まれたって、やめるつもりはねぇけどな! 痛い目を見たくなかったら、大人しくしていろよ? 暴れられると、さすがの俺様も強引な手を取らざるを得なくなる」
「っひ……」
男が脅すと、フェリシアは途端に大人しくなった。
まるで子猫のように震えるフェリシアに対し、男は満足そうに頷く。
「そうそう、それで良い。よし……じゃあ、目を瞑ってな。最初はかなりキツいからな。まあ、慣れれば癖になるかもしれねぇけどな! ぎゃはははは!!」
ギュっとフェリシアは目を瞑った。
その直後、何らかの魔法が発動した。
感じたことのない魔力の波長と、独特な浮遊感がフェリシアを襲う。
まるで、濁流の中に放り込まれたようだとフェリシアは思った。
「っぐ……ぅぅ……な、何だ、こ、これぇ……」
「おっと、もう暴れて構わない。ああ、吐くならそこの洗面器に吐きな。いやー、事前にこれを用意しておくなんて、俺様は実に気が効いている」
フェリシアは男の言葉を最後まで聞かず、近くにあった洗面器に胃の中の物を全て吐き出した。
げっそりとした表情のフェリシアに、男は濡れたタオルを投げ渡した。
「顔を拭け」
「……っ」
男の前で吐瀉した事実にフェリシアは恥辱を覚えながら、急いでタオルで顔を拭く。
その間に男はフェリシアの胃の内容物が入った洗面器を持ち運び、ドアの外へと出した。
そう、ドアの外へ。
「こ、ここは……どこだ?」
ようやく、フェリシアは自分が森の中から、見知らぬ部屋の中にいることに気付いた。
パッと見る限りだと、かなり広い。
ベッドは勿論、水道もあり、しばらく生活するには十分な環境が揃っているように見える。
耳を澄ませると、街の喧噪が聞こえてくる。
「ロンディニア? ……空間跳躍か?」
「ちょーっと、惜しいな。正確に言えば、時空跳躍だ」
「……時空?」
フェリシアは首を傾げた。
すると男は得意気に大きく頷いた。
「おおとも。今は丁度、ライジングとノーブルの試合の一日前だ」
「そんな、馬鹿な……」
あんぐりと口を開けるフェリシア。
そんなフェリシアに対し、男は腹を抱えながら、愉快そうに笑う。
「ぎゃははは!! 良いね、その顔! ちなみに……誰かと一緒に跳んだのは、これが初めてだ。体に異常はねぇか?」
「……さっき、私が吐いたのが見えなかったのか?」
「ぎゃはは! 残念、ばっちり見ていた。が、それは別におかしなことじゃない。俺様も初めて跳んだ時は胃の中を吐き出したからな! まあ、最近はあの独特な感覚が、癖になってきているんだが」
そう言ってから男はニヤリと笑う。
「でも、ちゃんと事前に伝えただろ? 最初はキツいかもしれねぇって」
「そ、それは……こ、このこと、だったのか?」
「当たり前だろ? というか、それ以外に何があるんだよ。おいおい、なーにを想像しちゃったのかなぁー、フェリシアちゃん?」
男が挑発するように言うと……
フェリシアは顔を真っ赤にした。
自分がとんでもない勘違いをしていた可能性に気付いたからだ。
「い、いや……でも、お、お礼をするって……」
「ああ、そうだ。だから、一日前に来てやっただろ? これで試合には間に合う。俺様は優しいなぁー。そう思わねぇか? で、お前はそんな俺様の親切を、何だと思ったんだ? ほら、言ってみろよ。ムッツリスケベなフェリシアちゃん……い、痛い! 殴るな! だから、そう言うところは似なくて良いんだよ!!」
顔を真っ赤にしたフェリシアに頭を殴られ、男は悲鳴を上げながら逃げ回る。
フェリシアはぜぇぜぇと、息を荒げる。
「ぎゃははは! ムリに走るなよ。疲れているんだろう? 試合まで一日たっぷり休みな。食い物はそこの氷冷蔵庫に一通り入れてある。一等の宿だから、水道も通っているし、便所もある。タオルと着替えも、一応用意しておいた」
それから男は念を押すようにフェリシアに言った。
「だから……出来得る限り、外に出るな。連絡も取るな。矛盾を起こしたくなければな。さすがの俺様も、何が起こるか分からねぇ。まあ、試してみてぇんなら、話は別だが?」
「お、お前は……何者なんだ?」
どうやら時空跳躍とやらが本当らしいと判断したフェリシアは、再度男に尋ねた。
すると男は待ってましたとばかりに、名乗りを上げる。
「ル・フェイ。モーガン・ル・フェイだ。知っているだろう?」
「……『私有時間旅行記――青の書――』の著者の?」
「そうそう! 俺様の本を読んでくれて、ありがとな! ああ、そうそう……『赤の書』はまだ読まない方が良い。あれは下手したら死ぬからな。ぎゃははは!!」
何が面白いのか、大笑いするル・フェイ。
この本の著者はきっと性格が最悪なんだろう……そう感じたのは間違いではなかったようだと、フェリシアは魔導書の中身を思い出しながら再度思った。
「それと……こいつはプレゼントだ」
何かをル・フェイは投げ渡してきた。
銀色に光る何かだ。
「こ、これは……時計? こんなに小さいのか!?」
フェリシアは驚きで目を見開いた。
正確に時を刻む魔導時計と呼ばれるものは存在しているが、それはどれも大型で、最低でも直径三十センチ以上はある。
しかしル・フェイが投げ渡してきた時計は、フェリシアの両手に収まるほど小さい。
「腕時計だ。そのベルトみたいになっているのを腕に巻き付けて使う。それは迷惑料として、俺からのプレゼントだ。そいつを使って、時間を正確に把握して、試合に行きな。時計に書かれている文字盤の数字は見たことがないだろうが……一般的な魔導時計と対応している数字の意味は同じ。あと見ればわかると思うが、六十進法なのも同じだ」
「お、おう……ありがとう」
見慣れない文字が描かれた時計を、フェリシアは腕に巻き付けた。
そしてそれを不思議そうに眺める。
「ネジ式だから、動かなくなったら、ネジを巻きな。魔力を流しても意味はないぜ? あと、大切に使ってくれ。何しろ、二万ドルしたからな!」
「……ドル?」
「そいつは伏線だ。君のお友達の……アナベラちゃんと、あとその他大勢も交えて、じっくり話そうじゃないか。じゃあ、俺様は元の時間軸に戻る。くれぐれも、矛盾を起こしてくれるなよ? ……ムッツリスケベちゃん。いてぇ!! ったく、乱暴だな!」
顔を真っ赤にしたフェリシアに魔力弾をぶつけられ、頭を抱えながらル・フェイは虚空へと消えて言った。
フェリシアは憤慨した表情でベッドに腰を下ろし……そして腕時計を眺める。
そこには『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』『Ⅳ』『Ⅴ』『Ⅵ』『Ⅶ』『Ⅷ』『Ⅸ』『Ⅹ』『ⅩⅠ』『ⅩⅡ』と見たことがない、しかし微妙にフェリシアの知っているレムラ数字と似通った文字記号が描かれている。
「はぁ……頭がどうにかなりそうだ。やめだ、やめ!」
フェリシアは考えるのをやめ、立ち上がった。
丁度小腹が空いていたのもあり、氷冷蔵庫を開ける。
するとそこにはぎっしりと、美味しそうな食べ物が詰まっていた。
「毒は……まあ、入っているわけないか。よし、全部食べてやる!」
とりあえずパンとソーセージ、そして林檎を取り出してから、自棄食いすることをフェリシアは決意した。
翌日。
フェリシアは矛盾が起きないように、正式な試合開始時刻の一時間後――フェリシアのために引き延ばされた時刻ギリギリ――に、試合会場へ到着した。
体調を万全に整えたフェリシアはチームメイトと共に試合に出場し、見事にノーブルを打ち負かした。
それからマーリンたちにアコーロンと、そしてル・フェイについて説明をした。
アコーロンはフェリシアに縛られたままの姿で発見され、ロンディニア騎士団に連行されていった。
しかし……
ル・フェイの姿は誰も発見できなかった。
それからしばらく、期末考査を終えて……
春季休暇が始まろうとしていた。
最初は気丈だけど、割とあっさり折れるフェリシアちゃん
誘い受けの達人
べ、別に……ブクマやptをもらっても、全然、嬉しくなんか、ないんだぜ!?
次回予告
アコーロンさんと面会
あと、ストックがヤバイのでそろそろ不定期になりますのでご了承ください