第22話 元悪役令嬢は悪の魔導師を打倒す
「この!」
「ガキのくせに、中々やるじゃないか。……忌々しい」
無数の魔力弾が、フェリシアとアコーロンの間を飛び交う。
そして飛び交う魔力弾の中には、時折不思議な軌道を見せる物があった。
杖先から出現した瞬間に消え、一瞬で二人の目の前に出現する。
四次元的な移動をすることで、三次元的な距離を省略しているのだ。
もっとも……二人の放つ魔力弾は、双方の張る四次元以下の干渉を遮断する論理結界に阻まれるため、二人に傷をつけることはない。
「ガキの分際で、俺と同等の次元魔法を使えるだと……クソ、生意気な!」
「そんなこと私に言われても困るぜ」(まあ……最近、使えるようになったばかりだけどな……)
自分が十年以上かけて届いた領域に、十三歳の少女がすでに届いているという事実がアコーロンのプライドを激しく傷つけた。
一方、フェリシアは不敵に笑いつつも内心で冷や汗を掻く。
実際のところ、四次元座標移動ができるようになってから数か月しか経っていないフェリシアにとって、魔力弾を放ったり、結界を張るだけでもそれ相応の集中力を必要とする。
少なくともマーリンのように、自分自身を瞬間的に移動することは怖くてできない。
「こうなったら……」
不穏な言葉を呟くアコーロン。
フェリシアは警戒を強めるが……
「ひぃゃ!」
突如、フェリシアの足元が盛り上がった。
その恵まれた身体能力でその場から飛び退く。
それと同時に石製の棘のようなものが地面から飛び出し、フェリシアの髪を数本切り裂いた。
それだけではない。
周囲の木々から棘状になった枝が、矢のように襲い掛かる。
「っぐ……」
「もう集中力が切れたか!」
と、集中力が切れて結界が緩んだところへ、アコーロンは魔力弾を叩き込んだ。
十分な殺傷能力を持つその魔力弾が、フェリシアの腹部へ直撃する。
ボールのように吹き飛び、木々を数本なぎ倒し、地面に跡を付けながらフェリシアは転がった。
「げっほ……」
吐血しながら、フェリシアは立ち上がる。
足取りはふらふらとしているが、しかしその金色の瞳は強い意志を宿したままだ。
しっかりと杖を構え、結界を張り直す。
「今ので死なないか。……しぶとい奴だ」
「ふん、この程度、どうってことないぜ」
フェリシアの衣服には強力な防御魔法が掛けられている。
普段は日常生活を送るために不便がないよう、ただの布でしかないが……
一定以上の負荷――つまり着用者であるフェリシアを死に至らせるほどの攻撃――を受けた時のみ、鋼鉄のように硬くなり、その負荷がフェリシアに伝わらないようにする。
もっとも……どうしても限界はある。
(クソ……理論上は馬車に轢かれたって死なないようにできているはずなんだけどな。試合で肘を入れられた時よりも、痛いぜ……)
腹部に感じる鈍痛を隠しながら、フェリシアは不敵な笑みを、余裕そうな表情を浮かべる。
それは明らかに強がりだったが……アコーロンはそれに気付かず、増々イライラとした様子で歯軋りをした。
「この辺はお前の工房ってことか」
「ああ、そうだ。お前を殺すために、わざわざ改造したのだよ」
「そいつはご丁寧なことだぜ……なら、工房から抜け出させてもらうかな!」
フェリシアはそう言うと空へと飛びあがった。
地上戦は不利と判断したのだ。
アコーロンもフェリシアの行動は予想していたのか、空へと飛びあがる。
「悪いが……空中戦は得意だぜ? こう見えても、ラグブライの選手なんでな」
「ふん……あんな玉遊び、何が楽しいんだか」
「まるで師匠みたいなことを言うな」
フェリシアが挑発するように言うと、アコーロンは額に青筋を浮かべた。
もっとも……
マーリンとアコーロンでは、同じ「玉遊び」という表現でもそこに込められている感情は微妙に異なるのだが。
戦いは空中戦へと移行する。
「空中戦が得意」というだけあり、フェリシアの動きはまるで妖精のようで、アコーロンの魔力弾を巧みに避けていく。
しかしアコーロンの守りも強力で、フェリシアの魔力弾を次々と弾いていく。
戦いは膠着状態に陥った。
……かのように見えるが、実情は異なる。
アコーロンには傷一つないのに対し、フェリシアはいつの間にか傷だらけになっていた。
当初はキレのあったフェリシアの動きは徐々に衰え、そして結界にも綻びが生じ、被弾はしないまでも掠る回数は段々と増加していく。
「どうした? 先程から……随分と、辛そうだが」
ニヤニヤとアコーロンは笑った。
一方、フェリシアの表情からは余裕の色は消え、そして息を荒げている。
(魔力が……ここへ来る途中に、使い過ぎたぜ……)
フェリシアは普通の魔法使いと比べてもそれなりに高い魔力を持っている。
だがアナベラのように規格外というわけではない。
ここへ来る途中に大量の魔力を消費したフェリシアにとって、戦いは長期戦になればなるほど不利だ。
「その様子だと、もう飛ぶのと、結界を維持するので精一杯というところのようだな」
「……まあ、そうだな」
フェリシアはあっさりと認めた。
アコーロンは機嫌よく、そして嗜虐的な笑みを浮かべる。
「たっぷりと、時間を掛けていたぶってやる」
「……時間を掛けて、か」
と、そこでフェリシアはニヤリと笑った。
アコーロンの表情が曇る。
「全く……本当は手早く終わらせたかったんだけどな。まあ……おかげで、大分、慣れてきたぜ」
「……何が言いたい?」
「喧嘩は慣れているんだが、こういう魔法合戦の実践は初めてだったんだ。お前のおかげで、かなりコツが掴めてきたぜ。ありがとな」
そう言ってフェリシアは勝気な笑みを浮かべた。
「本当は……この手はあまり、使いたくなかったんだけどな。手加減できないから、死なないように頑張ってくれ」
「抜かせ!!」
アコーロンは怒鳴りながら、杖を振った。
当たればフェリシアを殺害するのに十分な威力の、無数の魔力弾がフェリシアへと迫りくる。
一方、フェリシアは最後の魔力を振り絞り、アコーロンへと突っ込んでいく。
「馬鹿め! 自棄になったか!! 結界にぶつかり、自滅しろ!!」
アコーロンは自分の周囲に物理結界を張る。
それを破壊しなければ、フェリシアは真正面から物理結界に衝突し、自滅する。
一方、結界を破壊することができる威力の魔力弾を放てば……フェリシアは相応の魔力を消耗する。
どう転んでもアコーロンにとっては都合が良い。
……はずだった。
「な、何!?」
フェリシアのローブの中から、小さな何かが飛び出し、結界へ衝突する。
それは次々と結界を破壊していく。
「私の師は錬金術師だぜ? 魔法が使えないなら……事前に作った物を、ぶつけるだけだ!」
それはフェリシアが事前に錬金し、もしもの時のためにローブの中に貯蔵していた特殊な魔法薬だ。
通常時は小さな陶器の容器に密閉されているが……
僅かな衝撃を受けると、大爆発を引き起こすという性質を持っている。
それを魔力で飛ばしているのだ。
強力な魔力弾は打てずとも、物体を投擲するだけの魔力量はまだ十分にある。
「爆発物だと? ま、まさか……ずっと、この俺を相手に、手を抜いていたというのか!!」
その言葉を肯定するように、すべての結界を破壊してアコーロンへと迫った陶器は、アコーロンへ直撃せず、やや離れた位置で爆発した。
フェリシアが弱い魔力弾で陶器を破壊したのだ。
しかしそれでもその威力は絶大で、アコーロンを吹き飛ばすのに十分だった。
無数の陶器の破片がアコーロンへと、襲い掛かり、体が切り裂かれる。
「ふ、ふざけるな!! き、貴様らは、どこまでこの俺を、コケにすれば気が済む!!」
自分へと迫る陶器を必死に撃墜しながら、アコーロンは叫んだ。
数百を超える投擲物を防ぐのに必死になっていたアコーロンは……気付かなかった。
自身の周囲を、認識阻害の魔法が掛けられた陶器が取り囲んでいたことに。
「な! い、いつの間に……」
「おっと、気付いたか? まあ、同じ手だもんな。……こいつは私が持っている中で、一番殺傷能力が低い奴だぜ。耐えてくれよ?」
フェリシアはそう言うと、小さな魔力弾でその陶器を砕いた。
するとそれぞれの陶器から、マイナスの電荷とプラスの電荷が発生した。
マイナスの電荷はプラスの電荷と引き合い……
疑似的な雷が発生した。
まるで網目のように、電撃が広がる。
そしてその中心にいたアコーロンは……
「ぎゃぁあああ!!」
稲光に撃たれた。
アコーロンは短い悲鳴を上げると、地面へと落下していく。
フェリシアはそれを慌てて空中で受け止め、地面へと降り立った。
「ふぅ……よし、心臓は動いているな。火傷は酷いけど、生きているぜ」
ホッと、フェリシアはため息をついた。
自分や友人の命が危ないとなれば殺人も已む無し……と理解はできてはいるが、そう簡単に割り切れるものでもないし、それにできる限り避けたいと思うのが普通だ。
最初から爆発物や雷撃を使えば、もしくはまだまだローブの中に隠してある高威力の投擲物を使えばもっと早く終わらせることはできたが……
それではアコーロンを殺してしまう恐れがあった。
故に威力を抑えやすい魔力弾を使うしかなかったのだ。
もっとも魔力が尽きかけたので、最終的には爆発物や雷撃を使わざるを得なくなったのだが。
「魔力弾以外にも、手加減し易い武器か、それとも魔力を保存するか、回復する手段を用意しておかないとな」
フェリシアはため息をつく。
一応、煙幕のような物もあるのだが、それは逆に殺傷能力が低すぎて決定打にならない。
「とりあえず、治療をするか。失礼するぜ」
フェリシアはローブからハサミを取り出し、アコーロンの衣服を切り裂いた。
そして傷薬を塗り、包帯を巻く。
それからロープで樹木に縛り付けた。
「さて……どれくらい、時間が掛かった?」
フェリシアは太陽を見上げる。
体感では……すでに一時間ほど経っている。
太陽の傾き的にも、その体感はそう間違ってなさそうだ。
「……どちらにせよ、意味ないか」
フェリシアはがっくりと、膝を地面に着けた。
そもそも魔力が残っていないから、試合会場まではたどり着けない。
たとえたどり着けたとしても……今のフェリシアは役に立たないだろう。
「みんな、ごめん……」
涙で視界が滲む。
地面へと、涙の雫がぽつぽつと垂れ落ちる。
「っく……ぅぅ……」
「痛ってぇ……まさか、あのローランまで来るとはなぁ。いくら何でも、分が悪いっての」
慌ててフェリシアは顔を上げた。
そして涙を強引に拭い、杖を拭う。
突如、見知らぬ男性が姿を現したのだ。
「おお、中々良い反応だな。さすがは、マーリンの弟子だ」
「お、お前は誰だ! 名乗れ!」
フェリシアは強きに対応する。
魔力が尽きている今のフェリシアは、単なる十三歳の小娘。
体力すらも底を尽きかけている今では、暴漢にすら勝てないだろう。
「くくく……マーリンの弟子って聞くからどんな根暗野郎かと思ったら……きひひひ、マーリンとは真逆の元気っ子みたいだなぁ。良いねぇ、そういう子供は俺様、結構好きだぜ? 子供は元気じゃねぇとなぁ。まあ……ちょっと、元気がありあまり過ぎているみたいだが」
ニヤニヤと、男は笑った。
フェリシアは涙目で後退る。
「いやー、俺様の弟子が随分と世話になったようだな」
男は木に縛られているアコーロンをチラりと見てから、そう言った。
そして手をワキワキと動かしながら、フェリシアへと迫る。
「マーリンも、ホーリーランドも、ローランも、ここに来るまでは時間が掛かる。その前に……たっぷりと、その礼をしねぇとな」
フェリシアちゃん、大ピンチ
頑張れ、負けるな、屈するな!
という方はブクマ、ptを入れて頂けると……
次回、ハッピーエンド!!