第16話 元悪役令嬢は妖精さんからプレゼントをもらえる……のか?
「……ちょっと恥ずかしいな」
「そうか? 私は気分が良いぜ」
腕を組みながら、フェリシアとマルカムは入場した。
他の者たちと一緒の入場だが……フェリシアはそれなりに有名人なので、やはり目立っていた。
「パートナーがみすぼらしいなら、話は別だけどな。幸い、私のパートナーは一級の紳士だ。……今はだけどな」
フェリシアは小声でそう言って、ウィンクを飛ばしてきた。
褒めているのか、貶しているのか、微妙な言葉を掛けられたマルカムは何と答えれば良いか分からなかった。
そしてあらかじめ指定された場所に立つ。
「周囲の目なんて、気にするなよ。……始まってしまえば、私と、お前だけだぜ?」
「……そうだな」
音楽と共に、二人は踊り始めた。
「いやー、それにしても。マルカム、お前も意外と踊れるんだな!」
「ま、まあ……コツを掴めば、どうってことはないだろ?」
ダンスの時間はあっという間に過ぎた。
意外に上手に踊って見せた男友達に、フェリシアは労いの言葉を掛けた。
何度か危うい場面はあったが、以前と比べるとずっと上達している。
そもそも……ダンスというのは、結局は運動だ。
だからスポーツの才能があれば、ダンスにもそれなりの才能があるということになる。
マルカムは一年生でありながらラグブライで活躍している。
その気になれば、習得するのはさほど難しくはないのだろう。
「しかし……やっぱり、ちゃんとすればお前はカッコいいな。普段からそうすれば良いのに」
「さっきも言っただろ? 今回だけだよ。……いろいろ、面倒だし」
「じゃあ、目に焼き付けておこうかな」
ぐるぐるとマルカムの周りを回りながらフェリシアは言った。
流石に気恥ずかしくなったマルカムは、フェリシアの腕を掴み、やめさせる。
「やめろって……そんなにジロジロ見んなよ。見世物じゃないんだぞ?」
「いやー、あの『撲殺』のマルカムがこうなるとは思わなくてだな……」
「その二つ名は、もう二度と言わないでくれ」
「ええっー! カッコいいじゃないか、撲殺。人殺したことないけど、撲殺」
「さすがに怒るぞ?」
マルカムがそう言うと、フェリシアは笑いながら謝る。
「いや、悪い悪い。昔を思い出してな。……そう言えば、お前って、ずっと私のことを男だと思っていたのか? 変だなとか、思わなかったのか?」
「い、いや……だって、初対面は男みたいな恰好してただろ? フェリックスって、男の名前だし」
その時からマルカムの中では、フェリシアは男だったのだ。
だから髪を伸ばそうが、スカートを履こうが、マルカムにとってはそれは女装だったのだ。
「それにしたって……」
「し、仕方がないだろ? ……凄く可愛い女の子みたいな、男だと思ってたんだよ」
マルカムがそう言うと……フェリシアの頬が朱色に染まった。
頬を掻き、困惑した表情を浮かべながら、上目遣いでマルカムを見つめる。
「そ、そういう何気ないのは……一番、照れるな。狙ってやったのか?」
「えっと……何がだ?」
「い、いや……な、何でもないぜ。忘れてくれ」
不覚にもときめいてしまったフェリシアは、そう言って誤魔化す。
そして内心で呟く。
(こいつは将来、相当な女誑しになるかもなぁ……)
無自覚は一番質が悪いのだ。
フェリシアはマルカムの将来を案じる。
「そう言えば……今夜は妖精さんが来るはずだよな」
フェリシアは誤魔化すようにそう言った。
実際、フェリシアにとってはかなり気掛かりなことだった。
「え? あ、ああ! そ、そうだな!」
「……どうした?」
何故か動揺し始めるマルカムに対し、フェリシアは首を傾げる。
が、それよりもプレゼントが貰えるかが気になって仕方がないフェリシアは、マルカムの不自然な挙動に関しては気にしないことにした。
「私、大きな靴下を編んだんだぜ! ちゃんとプレゼントが入るようにな!」
当初は酷く不安がっていたフェリシアだが、ケイティたちが事あるごとに励まし続けたためか、今ではすっかり貰える気でいる。
……実際、マルカムたちの計画が上手くいけばフェリシアは四年分のプレゼントを貰えることになっているのだ。
プレゼントを受け取り、大喜びをするフェリシアの姿を思い浮かべ……
思わず、マルカムは笑ってしまった。
するとフェリシアは頬を膨らませた。
「むむ……今、笑ったな? お前、もしかして……まだ妖精さんなんていないって、思ってるだろ?」
「え? ああ、いや……そんなこと、ないぞ」
マルカムはクリストファーの失敗談を思い出しながら、慎重に言葉を選ぶ。
「……そうなのか?」
「あ、ああ。あー、実はロンディニアに移って、不良を、喧嘩をするのをやめてから、貰えるようになったんだ。うん、だから妖精さんはいる。お前も絶対に貰えるよ」
マルカムがそう言うと、フェリシアは目を輝かせた。
「それ、本当だよな?」
「ああ、勿論だ」
「よし……私、期待しちゃうからな? ふふ……、まあ、私は今年、かなり良い子だったからな! お前にお裾分けできるくらい、貰えるはずだぜ」
ニコニコと幸せそうに、上機嫌なフェリシア。
そんなフェリシアを見ながら、マルカムは思うのだった。
(悪いな、クリストファー。俺はお前の屍を越えていくのだ……)
勝手に殺されたクリストファーは、会場の片隅でクシャミをした。
「ああ……今夜、来るんだよな? 妖精さん」
「ええ、勿論ですよ。フェリシアさん」
「ああ、明日が待ち遠しいぜ!」
そう言ってベッドの上で貧乏揺すりをするフェリシア。
いつになく上機嫌……だが、すぐに不安そうな表情になる。
「……貰える、よな?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
ケイティは大きく首を縦に振りながら、計画を思い返す。
(四年分、今年も含めて五年分のプレゼントは、さすがにこの部屋に隠して置けませんからね。……深夜、アナベラさんとブリジットさんが自室に隠していたプレゼントを私が受け取り、そしてそれを靴下に入れる。これで完璧です)
問題があるとすれば……
フェリシアがちゃんと、寝てくれるかだ。
「でも、フェリシアさん。ちゃんと寝ないと……妖精さんは来てくれませんから」
「や、やっぱり、そうなのか?」
「はい、そうです。さあ……もう、寝ましょう」
ケイティは強引にフェリシアをベッドへと押し込んだ。
そして毛布を掛ける。
それからケイティは自分のベッド――二段ベッドの上――へと上がる。
「じゃあ、フェリシアさん。おやすみなさい」
「あ、ああ……おやすみ」
灯りが消えた。
深夜。
密かに起きていたケイティは、ゆっくりとベッドの梯子を下りて、フェリシアの顔を覗き込む。
「ん……妖精さん……」
「……寝てますね」
フェリシアがしっかりと寝ていることを確認すると、ケイティはプレゼントを回収するために部屋を出た。
慎重にドアを閉める。
「妖精さん……うぅ……どうして、今年も……良い子にしてたのにぃ……」
一人残されたフェリシアは悪夢にうなされていた。
「ふふ……フェリシアさん、きっと喜ぶだろうなぁ……」
プレゼントを五つ、抱えたケイティはひっそりと部屋へと戻ってきた。
失敗は許されない。
僅かに杖で灯りを作り、そしてフェリシアがせっせと編んだ大きな靴下にプレゼントを仕舞おうとする。
「……何をしているんだ?」
「……え?」
突如、ケイティの顔に明るい光が当たった。
フェリシアが杖を手に取り、灯りの魔法を使っていた。
「え、えっと……」
「もしかして、それ、私のために、か?」
「い、いや、その……」
「ケイティ!!!」
困惑しているケイティに対し、フェリシアは抱き着いた。
ギュッと、両手でケイティを強く抱擁する。
「ありがとう……私のために……お前は、最高の友達だ!!」
そう言ってからフェリシアはケイティから離れた。
その瞳には、僅かに涙が浮かんでいた。
「なんか、気を使わせちゃって、ごめんな。……私が妖精さんから貰えないから、用意してくれたのか? ……もしかして、アナベラやマルカムたちもか? 何か、様子がおかしいなと、ちょっと思ってたんだけど」
「え、いや……は、はい。その、騙すような形になって、申し訳……」
「ううん、良いんだ!」
フェリシアは大きく首を横に振った。
そして満面の笑みを浮かべた。
「私は、十分に嬉しい! 妖精さんに貰えなくたって……お前たちとの友情があれば、それで十分だぜ!」
「そ、そう……ですか?」
ケイティの目には、それはフェリシアの強がりのように見えた。
だが……失敗してしまったものは、仕方がない。
ケイティは酷く申し訳ない気持ちになりながら、プレゼントを渡す。
「えっと、受け取ってください」
「おう、ありがとうな! 朝に開けさせてもらうぜ」
フェリシアは受け取ったプレゼントをベッドの下に置くと、布団に潜り込んだ。
「じゃあ……私は寝るぜ。夜更かししていると、妖精さんが来てくれないからな」
「は、はい……えっと、おやすみなさい……」
こんなことなら、妖精さんなんて最初から存在しないのだと、伝えて置けば良かった。
ケイティは深く、後悔した。
翌朝、ケイティは下から聞こえる物音と啜り泣きで目を覚ました。
恐る恐る、下を覗く。
「え、えっと……フェリシアさん?」
「ぐすぅ、ケイティ……」
ケイティの目に映ったのは、涙目でこちらを見上げるフェリシアだった。
辺りには裏返された靴下や、ひっぺ剥がされたシーツなどが散乱している。
フェリシアが何をしていたのか、想像できた。
「ケイティ……上、見せて貰って良いか?」
「え、えっと……は、はい」
ケイティが頷くと、フェリシアは半泣きで上へと上がってきた。
そして毛布やシーツを念入りに調べる。
「やっぱり、無いな……ぅぅ……」
「え、えっと……その、ほら! 私も、貰えてませんから! だ、だから、その……」
「……ごめん、ケイティ。お前は一回目かもしれないけど、私は……これで、五回目なんだ」
そしてうぇんうぇんと泣き始めるフェリシア。
ケイティにはどうしたらいいか、分からなかった。
女子寮のホーム。
ここではそれぞれの寮生に届けられたプレゼントが積み上がっている。
例年ではキャッキャと喜び合う女の子たちの姿が見えるのだが……
今年は異様な雰囲気に包まれていた。
「ひっぐ……ぅぅ……酷い……酷いよぉ……」
普段は快活に笑い、周囲のムードメーカーとなっているあのフェリシアが……
号泣しながら現れたのだ。
それをケイティが必死に慰めている。
そこへ、空気の読めない者が一人。
「おはよう! フェリシア!! プレゼントは貰え……」
「ぐすぅ……」
さすがのアナベラも、すぐに察した。
失敗したのだと。
「ケイティさん、これは……どういうことですの?」
「す、すみません。私のせいです……」
同時に現れたブリジットが、ケイティに対して責めるような視線を向ける。
これにはケイティも反論の余地がない。
「……貰えなかった。プレゼント……今年も、これで、五回もぉ……」
シクシクと泣きながら、フェリシアはアナベラとブリジットの方を見た。
そして尋ねる。
「……貰えた?」
「い、いや……貰ってないわ!」
「私も、貰ってないですわ!」
私たちも仲間だから、元気を出して!
と言いたげにアナベラとブリジットは言った。
しかし……
「ぅぅ……ひっぐぅ……ごめん、今、良かったって、思っちゃった……」
「え、えっと……」
「その……」
「い、いや……」
「当然、だよな。……妖精さんの代わりに、プレゼントを用意してくれるような、最高の友達の……不幸を喜ぶようなやつなんて、貰えなくて……当たり前……ぐすぅ……」
そう言ってフェリシアは膝から崩れ落ちる。
そして淀んだ目で、ポツリと零す。
「もう、死にたい……ぅぅ……」
すっかり病んでしまったフェリシアに、アナベラとブリジットはどう声を掛けて良いか分からなかった。
だが、ケイティはやや強引にフェリシアを立たせる。
「妖精さんはダメでも、他の人からはきっと、プレゼントが届いていますよ! 私も、夜のやつとは別で、用意しましたから! ほら、ね? 元気を出して!!」
取り敢えず、プレゼントを見せれば少しは元気になるだろうと考えたケイティは、フェリシアをプレゼントのところまで連れて行こうとする。
一方、フェリシアは酷く落ち込んだ顔でケイティたちに謝る。
「う、うん……ご、ごめん。私、今、変なこと言った……お前らに当たっても、仕方がないのに……はは、やっぱり、カエルの子はカエルって、ことだよな……母さんのこと、笑えないぜ……」
自分は悪い子だ、屑だ、犯罪者だ、盗人だ、ダメな奴だ、卑怯者だ、親不孝者だ……などとネガティブなことを呟き続けるフェリシアを、何とかプレゼントのところまで誘導する。
「ほら、フェリシアさん! 一杯、来てますよ!!」
フェリシアのプレゼントは他よりも、明らかに多かった。
フェリシアの日頃の人徳のおかげだろう。
普通ならば喜ぶべきところだが……しかしフェリシアにはその余裕はないらしい。
「……うん、そうだな。妖精さんは、くれなかったけど」
そして小さくすすり泣く。
ケイティたちは困ってしまった。
「あ、あの……フェリシア! よく、聞いて。実は、妖精さんなんてものは……」
実は存在しない。
だから貰えないのは当たり前なんだ。
と、アナベラはフェリシアに伝えようとする。
が、それを遮るようにブリジットが大きな声を上げた。
「待って!! あ、ありますわ……妖精さんからの、プレゼントが!!」
「……そういう嘘は、良いんだぜ」
「本当ですわ!!」
そう言ってブリジットはプレゼントの箱の一つを手に取った。
そしてそれをフェリシアの目の前へ、持っていく。
フェリシアの目が……大きく、見開かれる。
「フェリシア・フローレンス・アルスタシア殿へ ……冬の妖精より。え? ……こ、これ、本当?」
「他にも! あと四つ、合計五個もありますわ!!」
ブリジットはそう言って、フェリシアの前にプレゼントの箱を積み上げる。
フェリシアの表情が……徐々に明るくなる。
「う、嘘……本当に? ……あ、こ、これ、妖精さんからの、手紙?」
プレゼントの一つには、手紙が貼りつけてあった。
フェリシアはそれを剥がし、中を確認する。
「『四年間、プレゼントを贈れなくてごめんね』……よ、妖精さん。私のこと、忘れて、なかったんだ……私、悪い子じゃなかったんだ……」
そしてフェリシアは丁度、近くにいたブリジットに抱き着いた。
「貰えた……貰えた……貰えたよぉ!!!!!」
ブリジットを絞め殺さんとする勢いで抱き着くフェリシア。
ケイティとアナベラはそれを遠巻きに見守りながら、小声でやり取りする。
「最初から、送り名を『妖精さん』にして送れば良かったんですね……そんなことで騙されるなんて、単純……」
「何と言うか、凝りすぎちゃったね。それにしても……誰が送ったのかしらね?」
二人は首を傾げた。
「貰えた!! 貰えた!! 貰えた!!」
「よ、良かったですわ……ぐぇ……た、助けて……」
誰が送ったかは不明だが……
とりあえずフェリシアが喜んでいるならば良かったと、ケイティとアナベラは顔を見合わせて笑った。
アルバ王国、イェルホルムの街。
「喜んでいるかしらね? フェリシア」
一人の女性が、魔法学園にいる娘のことを思い浮かべながら言った。
すると男性が苦笑しながら言う。
「……案外、もう信じていないかもな。あの子も、もう十三歳だ」
それからため息をつき、拳を強く握りしめる。
「四年間も、あの子に渡せなかったなんてな……」
「アンガス様……ご自分を責めないで。私も……同罪です。ずっとあの子の側にいたのに、頼りっきりで……今年になるまで、気付かなかっただなんて……」
「それを言ったら……そもそも、お前たちを捨てて逃げてしまった、私がすべて悪い……」
二人は揃ってため息をつく。
「フェリシアには、本当に悪いことをした……」
「親、失格よね……」
そんな両親の苦悩も知らず、フェリシアは無邪気に喜び、ブリジットを殺しかけるのであった。
フェリシア、フローレンス母子の「死にたい」は「構って」って意味なので、そこまで死ぬ気はない。
親子なので、悪いところはしっかり似ています
尚、プレゼントの中身はたぶんクマのぬいぐるみとか、到底十三歳児に送るようなものではなく、対象年齢八歳以下程度のものばかりです
なぜかと言うと、育児放棄してたので、二人の頭の中ではフェリシアは八歳児の時でほぼ固定されているからです。そこだけ時間が止まってます。
でもフェリシアの趣味趣向も八歳児で止まっているので、問題はありません
十三歳で猫“ちゃん”はやべぇっすよ(闇深)
フェリシアちゃん、良かったね!
という方はブクマ、ptを入れて頂けると
全ライジングが涙を流します
次回から、もしかしたら三日に一度のペースになるかもしれませんがご了承ください