第15話 不良少年は不良令嬢との出会いを思い出す
マルカム・アルダーソンはアルバ王国の、エングレンド王国との国境線近くにある町、イェルホルムの一人の庶子として生まれた。
父親の名は知らず、家族は母親だけだった。
マルカムの母は常日頃から「あなたのお父さんはね、実は貴族なのよぉー」などと言っていたが、マルカムは信じていなかった。
マルカム母は服飾関係の仕事に就いており、女の身でありながらそれなりの収入があった。
そしてマルカムは信じていなかったが……母の言う通り、マルカムの父親はエングレンド王国の貴族、アルダーソン家の跡取りだった。
双方接触はしていなかったが、文通はしていたようで、そしてマルカムの父親はこっそりと金銭的な支援をしていた。
そのためマルカムは裕福とは言えないものの、食べる物や着る物には困らない生活を送ることができた。
しかし金銭的に豊かであるからと言って、精神的に豊かでいられるかはまた別の話だった。
マルカムは庶子であり、母親は未婚だった。
未婚であるにも関わらず、子供を孕むというのはアルバ王国でもエングレンド王国でも外聞は良くない。
そして結婚関係を経ずに生まれた子供に対しても、世間の風当たりは良くない。
マルカムの母は能天気な人物だったのでそれほどそれを気にしてはいなかったが、マルカムは密かにそれを気にしていた。
近所の子供たちにも、それを馬鹿にされることがあった。
そのたびにマルカムは怒り、喧嘩を仕掛け、自分を馬鹿にする者を叩きのめしていった。
気付くと、マルカムはイェルホルムでは有数の実力を持つ不良、という立ち位置に収まっていた。
『撲殺のマルカム』などという、別に人も殺したこともないにも関わらず、物騒な綽名、二つ名までついた。
……十三歳のマルカムにとっては、思い返してみればこの綽名は大変恥ずかしい物なのだが、当時のマルカムはそれなりにこの綽名を気に入っていた。
十歳くらいの年になると、既に「喧嘩のために喧嘩をする」ようになり始めていた。
自分の強さをひけらかすのは楽しかったし、マルカムの母も「誰に似たのかしらねぇー」などと能天気に笑い、特に止めることもしなかったため、マルカムは増長した。
尚、マルカムが十歳ほどの幼い年齢にも関わらず、それほど喧嘩が強かったのには絡繰りがある。
マルカムは無意識的に、身体能力強化の魔法を行使していたのだ。
魔力の扱いに関しては、この時からそれなりに才能があったのだ。
さて、そんなマルカムの耳に……とある噂が届いた。
何でも、“フェリックス”という名前の、とても強い、十歳ほど不良少年がいる。
しかもその人物は、イェルホルム最強とまで言われているらしい。
イェルホルム最強は自分であると思っていたマルカムにとって、これは聞き捨てならない噂だった。
しかも同年代だ。
強いライバル心を抱くのも当然。
故にマルカムはその“フェリックス”を探し出した。
“彼”は案外、簡単に見つかった。
髪は短く切られた金髪。
容姿はまるで女の子のように整っている。
背は低く、やや痩せていて、手足は細い。
服装は……正直なところ、ややみすぼらしかった。
手には木の杖を持っている。
はっきり言って、弱そうだった。
「お前がフェリックスだな? 俺の名前はマルカム! お前を倒して、俺がこの街で最強であることを証明してやる」
「正直やる気はないけど、降りかかる火の粉は自分で払うぜ」
フェリックスという少年は、やや面倒くさそうにそう答えた。
その綺麗な顔をボコボコにしてやるぜ! と言わんばかりにマルカムは愛用の鉄製の棒を振り上げ、フェリックスに襲い掛かった。
そして……ボコボコにされた。
マルカムにとっては初めての挫折だった。
ものすごく、悔しかった。
だから来る日も、来る日も、マルカムはフェリックスに挑んだ。
そのたびに返り討ちにされた。
マルカムを叩きのめすたびに、フェリックスは呆れ顔で言うのだ。
「お前もよく飽きないな」
屈辱だった。
悔しくて悔しくて、堪らなかった。
さて、そんなある日。
マルカムは街の不良たちに囲まれ、窮地に陥った。
マルカムに対して恨みを抱いている不良は少なくなく、彼らが徒党を組んで、恨みを晴らそうとしたのだ。
さすがのマルカムも多勢に無勢。
ここまでか、とマルカムが思ったその時だった。
マルカムに襲い掛かろうとしていた不良が吹き飛ばされた。
「今日は顔を見せないからおかしいなと思ってみれば、随分と楽しそうなことをしているじゃないか」
そこにはニヤリと笑う、金髪の少年がいた。
「私も混ぜてくれ」
「……礼は言わないぞ」
「礼? 私はたまたま、ここを通りたいだけ。そのためにはそこにいる、屑共が邪魔だから、その掃除をするってだけだぜ。お前こそ、私の邪魔をするなよ?」
初めての共同作業……というほど、ロマンティックな物じゃなかった。
が、二人は背中を合わせて戦った。
お互いそれなりに手傷は負ったが、不良たちを叩きのめすことに成功した。
以来、マルカムにとってフェリックスは喧嘩相手ではなく、喧嘩友達へと変わった。
喧嘩をするのは変わらないが、それ以外にも二人で話をしたり、ちょっとした買い物をするくらいにはなった。
……その時期からか、フェリックスは何故か、男のくせに髪を伸ばすようになった。
しかも髪を伸ばすだけでなく、それをリボンで可愛らしく、結ぶようになったのだ。
生活に余裕が出てきたのか、服もみすぼらしいものから、清潔で、そして……妙に可愛らしくなり始めた。
挙句の果てに、時折ズボンではなく、スカートを履きだすようになったのだ。
それだけではない。
一緒に立ちションをしようと言って誘うと「バカやろう!!」と怒鳴ったり、冗談でお尻や股間を触ろうとすると烈火のごとく怒り、こちらを殴ってくるのだ。
変な奴だなと、マルカムは思っていた。
……これで気付かないマルカムの方がよほど変なのだが、男だと思い込んでいたのだから仕方がない。
さて、それからしばらくの月日が流れ、ある日マルカムとその母親のもとへ、アルダーソン家の使者が訪れた。
というのも、マルカムの父親を巡る情勢がやや変化したのだ。
まず数年前の時点で、マルカムの父親の正妻が男児を生まずに亡くなっていた。
結果、アルダーソン家の間ではマルカムの存在が度々、議題に上がっていた。
しかしアルダーソン家の家長――つまりマルカムの父親の父親――が、平民との間の庶子を跡取りとすることに反対していた。
だがマルカムの祖父に当たる人物も亡くなり、マルカムの父がアルダーソン家の家督を正式に継いだ。
晴れてマルカムの父親は、マルカムとその母親を迎え入れることができるようになったのだ。
そういう事情でマルカムはエングレンド王国、ロンディニアへと移り住むことになった。
アルバ語とエングレンド語は言語上姉妹関係にあるため、言語の上ではそれほど苦労することはなく、新生活の上での不安はそれほどなかったが……
フェリックスと別れなければならないことは、マルカムにとっては気掛かりだった。
しかしマルカムがイェルホルムから移り住むことをフェリックスに告げると、フェリックスは快活に笑って答えた。
「……約束だ」
「え?」
「また会おうって、ことだよ」
フェリックスは頬を赤らめていた。
その姿はまるで女の子のようで――実際は女の子なので当たり前なのだが――マルカムは思わず、胸を高鳴らせてしまった。
「ああ、約束だ」
その気持ちを少し誤魔化すように、マルカムはそう言ってからフェリックスの拳に自分の拳をぶつけた。
さて、再会は意外に早かった。
魔法学園入学式の前、寮に向かう途中にばったりと出会ったのだ。
久しぶりに出会ったフェリックスは……
可愛らしく、やや改造された女子学生服を着ていた。
髪は以前よりも艶やかになっていて、まるで女の子のように編み、リボンを結んでいた。
「もしかして……フェリックスか!? なんで、この学園に……というか、男のくせにどうしてスカートなんて履いて……痛い!」
フェリックスは唐突に、マルカムの脛を蹴り上げた。
思わず脛を抑え、抗議の声を上げる。
「蹴るなよ!」
するとフェリックスは、憤慨するように言った。
「私が女の子だからに決まってるだろ!」
なんと、マルカムが男友達だと思っていたフェリックスは、フェリシアという女友達だったのだ。
これには大いに驚いたが……
すぐに納得できた。
こんなに可愛い子が男のはずがないのだ。
むしろ気付かなかった自分の方がおかしいと、マルカムはフェリシアに対して取っていた以前の態度を思い出しながら、悶絶した。
一度、女だと意識してしまうと……
どうしても、ドキドキしてしまう。
男だと思っていた時も何気ない動作で思わず胸を高鳴らせてしまうことはあったのだが、一度女の子だと気づくと、挙動の一つ一つが可愛らしく思えてしまう。
しかもフェリシアの方は以前と変わらない態度で、距離も近い。
悶々とした思いを抱いたのは、一度や二度ではなかった。
マルカムがもっとも強く、フェリシアの“女性”を強く意識したのは歓迎会でのダンスパーティーだった。
赤い、オフショルダーのドレスを着て現れたフェリシアに、マルカムは思わず見とれてしまった。
彼女と話したい、近づきたいと、強く思った。
だからフェリシアの方へと、歩みを進めた。
するとフェリシアはマルカムに対し……微笑んだ。
マルカムは頭が真っ白になってしまった。
「馬子にも衣裳だな」
出た言葉は、自分でも酷いなと思うようなものだった。
フェリシアもそう思ったのか、やや失望した顔で、そして呆れ顔で言った。
「はぁ……マルカム。少しでもお前に期待した私が、馬鹿だったぜ。……あと、ネクタイ、曲がっているぞ」
そう言ってフェリシアは、マルカムの胸元へと手を伸ばしてきた。
まるで姉か母親にでもあやされている気分になり、マルカムは気恥ずかしく、そして情けない気持ちになった。
「マルカム、お前、踊れるか?」
ダンスの授業はあったし、家でも家庭教師から多少教わった。
しかしお世辞にも上手とは言えなかった。
フェリシアが自分を誘ってくれたことは嬉しかったし、踊りたいとは思ったが……
フェリシアの足を盛大に引っ張ることになるのは、目に見えていた。
フェリシアの前で、まるで道化のようになるのは、嫌だった。
「踊れると思うか?」
マルカムはそう言って、フェリシアからの誘いを断ってしまった。
その時……フェリシアはやや残念そうな、寂しそうな表情を浮かべた。
マルカムは数秒前の自分の選択を、強く後悔した。
しかし後悔したのは、その後だった。
エングレンド王国の王太子、チャールズがその場にやってきたのだ。
フェリシアの元婚約者だとは、聞いていた。
その元婚約者は、マルカムとはまるで正反対だった。
気の利いた言葉でフェリシアを褒め、ダンスを申し込み、そして見事にフェリシアと踊ってみせた。
自分との差を見せつけられているようだった。
フェリシアとの喧嘩に負けた時と同じ、いや、それ以上に悔しかった。
だから……次、機会があったら、彼女と踊りたいと思った。
さて、月日が流れ……復活祭が近づいてきた。
そこではダンスパーティーが行われると聞き、マルカムはダンスの練習をいつになく真面目に取り組んだ。
しかし……元々、マルカムは恋愛や色恋沙汰にはさほど興味がない。
フェリシアに対しても、仲の良い女友達と踊りたいと思っているだけで、別に恋人になりたいとは、思ったことも考えたこともなかった。
そのため「最初に一曲目で踊りたい相手がいたければ事前に申し込まなければならない」というルールについては、知らなかった。
気付くと、復活祭も近づいていた。
フェリシアは男子から非常に人気がある。
可愛いし、話しやすいし、明るいし、頭も良く、何だかんだで面倒見も良くて、そして何より(没落したとはいえ)名門アルスタシア家の血を引いている。
どうせ、もうとっくにダンスを申し込まれ、それを承諾しているだろう……
そう諦めていた。
「諦めていたんだけどな……」
マルカムはネクタイを締め直しながら呟いた。
姿見で髪型や服装を確認する。
今度は、フェリシアにネクタイを締め直してもらうような、情けない姿は晒したくない。
……いや、割と締め直してもらうことそのものは悪い気はしないのだが、しかし今回は頼りがいのある姿を見せたいと思っていた。
あくまで、友達として。
そう、友達として、だ。
「全く……みんな、揶揄いやがって……」
フェリシアのことが好きなのか?
などと散々に揶揄われたことを思い出し、マルカムはため息をついた。
「さて、待合室に行くか」
一曲目で踊る者は、後から一緒に会場に入る決まりになっている。
マルカムはフェリシアを待つために、待合室へ向かった。
しばらく待っていると……
「待たせたかな?」
真っ赤なドレスを着たフェリシアが現れた。
軽く化粧をしているのか、いつもよりもずっと綺麗に見えた。
前回とは異なり、極め細やかな金髪を一つにまとめ、前に垂らしている。
フェリシアはマルカムを見上げ、じっとその目を見つめてた。
前回のことから、おそらくはドレスの感想を求められているのだろうと、マルカムは察した。
マルカムは学習できる男だ。
「えー、ああ……金髪に紅い色がよく似合っているよ」
「二番煎じかよ」
やや不機嫌そうな声音でフェリシアは言った。
歓迎会の時にチャールズがフェリシアを褒めた言葉を真似たことに気付かれたマルカムは、照れ隠し半分で反論する。
「わ、悪かったな! というか、それを言ったらお前も前と同じドレスを……いや、ちょっと、違うな」
前と同じ真っ赤なドレスを着ていると思っていたマルカムだが、よく観察してみると、微妙にデザインが異なる気がした。
「……前よりも、ちょっと大人っぽくなっているな。えっと……そっちの方が、俺は好き、かな?」
「へぇ、良く気付いたじゃないか。しかし、気に入ってくれて何よりだぜ」
フェリシアの表情が柔らかくなる。
今度のマルカムの言葉は、大正解だったらしい……目に見えて機嫌が良くなっている。
「ま、まあ……前と一緒ってのは、間違いじゃないんだけどな。その……金がなくてな。新しいのを買えなくて……その、ちょっと弄って使い回しているんだ」
フェリシアは恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言った。
服装を気にしていたのは自分だけではないと知り、マルカムはホッと、息をついた。
「ところでお前の服だけど……」
「お、おう!」
「……身構えるなよ。私を何だと思っているんだ」
心外だと言わんばかりにフェリシアは言った。
が、しかし機嫌は良さそうだ。
「うん、良く似合っている。ネクタイも曲がってないし、髪もちゃんと整えているみたいだな。すんすん……」
「お、おい……」
「香水もつけてるんだな。あ、これはチャールズと同じ奴だな。あいつに聞いたのか?」
「ま、まあ……な」
結局、以前のフェリシアの忠告に従う形になってしまったことに、マルカムは若干の悔しさを感じていた。
ついでに言えば、チャールズに頼ったことも、マルカムとしては遺憾なことだった。
しかし逆にフェリシアは自分の助言を受け入れてくれたことに機嫌を良くしたのか、バシバシとマルカムの肩を叩く。
「いやー、お前もちゃんとすればカッコいいじゃないか! 見違えたぜ!」
「そ、そうか?」
「ああ! 普段から、こうやってれば、もっとモテるだろうに。勿体ないぜ?」
「……別にモテたいと思ってないから、良いんだよ」
「そうか? じゃあ、今日は特別ってことだな」
フェリシアはそう言うと、マルカムの方へと手を伸ばしてくれ。
「エスコートをお願いできますか? ジェントルマン」
そして悪戯っぽく笑った。
マルカムは力強く、頷いた。
「任せてください。レディ」
そして手を取った。
フェリシアちゃんの機嫌が良くなったのは、前のドレスと同じだけとちょっと違うという微妙な変化に気付いてくれたことが嬉しかったからです
フェリシアちゃんはそういう気配りができる人が好きです
というわけで
リア充爆発しろ! 死ね!
という方はブクマ、ptを入れて頂けると
アコーロンさんが爆発四散します
次回予告
マルカムとのダンスはどうなるのか?
果たしてフェリシアちゃんのもとに妖精さんは来てくれるのか?
そしてアナベラたちの企みは成功するのか?
全てが明らかに!!
復活祭編最終話!!
になる予定です