第14話 没落令嬢はダンスを申し込まれる
「相変わらず、遅いな」
フェリシアたちが教室に着くと、すでにマルカムは教室で席に座っていた。
同じチームに所属しているのだから、フェリシアもマルカムも練習を終えたのは同じ時間。
にも関わらずマルカムの方が先に教室に辿り着いているということは、マルカムに比べてフェリシアの支度が遅いということになる。
「ふん、女子にはいろいろあるんだよ」
練習を終えたらどうしても汗を流したり、下着を変えたくなる。
水浴びをすれば髪が濡れるから、それも乾かさなければいけない。
髪が痛まないように丁寧に気を使ったりと、大変なのだ。
が、しかしそういう苦労があるとは思い至らないマルカムは、やや馬鹿にするように笑いながら言った。
「そう言えば、女子だったな」
「そう言えばって、何だ! そう言えば、とは!」
フェリシアは不機嫌そうに眉を顰める。
もっとも……不機嫌“そう”なだけで、別に不機嫌ではないし、特別傷ついているというわけでもない。
こういうやり取りはいつものことだった。
「というか、すんすん……」
「な、なんだよ……」
急に顔を近づけてきたフェリシアに対し、マルカムは困惑の声を上げる。
当然のことではあるが、「そう言えば、女子だったな」というのはマルカムにとっては軽い冗談で、本気でフェリシアのことを男子だとは思っていない。
こんなに可愛い女の子が男子のはずがない。
幼馴染の美少女に顔を近づけられれば、少しどぎまぎしてしまう。
「お前、臭うぞ?」
「あ、ああ!?」
眉間に皺を寄せて言うフェリシア。
思わぬ一言にマルカムは思わず声を上げ、そして自分の服に鼻を近づける。
「くんくん……そ、そうか?」
たまに寝坊をして寝癖も直さずに登校してくるような粗雑な男子であるマルカムだが……
女子に「臭う」と指摘されれば、さすがに気になる。
「ああ、汗臭い。お前、水浴びをしてないだろ。何のためにシャワー室があると思っているんだ」
魔法学園は上下水道が完備されているので、水に関しては蛇口を捻れば使える。
圧力はアナベラの世界のように機械ではなく、大規模魔術が使用されているが。
「う、うるさい! 女子じゃあるまいし、そんなことするか!」
「男子でも、最低限の身だしなみってものがあるだろ」
意固地になるマルカムに、呆れ顔のフェリシア。
と、そこへ丁度、ノーブルでの練習を終えたチャールズが教室へ入ってきた。
彼はフェリシアを見つけると、すぐに近づいてきた。
「ん? おお、チャールズか。おはよう」
「ああ、おはよう。フェリシア。……と、ところで、その、実は……」
何故か緊張した顔で、小さな声で、歯切れ悪そうにチャールズはフェリシアへ話しかけた。
「その……あ、あとで話が……」
「そうだ! ちょっと、失礼するぜ。すんすん……」
しかしチャールズの声が小さかったせいで聞こえなかったのか、それともマルカムとの論争の方にフェリシアの意識が向いていたのか。
フェリシアはチャールズの話を聞かず、その形の良い鼻先をチャールズの衣服へと近づける。
「え、えっと……」
急に自分の首元や腋の近くに顔を近づけ、臭いを嗅いでくる元婚約者にチャールズは困惑の声を上げる。
チャールズでなくとも、普通の男子ならば困惑するし、それを通り越して恥ずかしい思いを抱くだろう。
「あ、あの……フェリシア。そろそろやめて……」
「チャールズ、お前、香水付けてるな」
「え? まあ、そうだけど……もしかして、臭かったかい?」
本人はお洒落のつもりでつけているんだろうけど、つけすぎで、または石鹸や汗の臭いと混ざって臭い……ということはよくある。
ちょっと心配になって尋ねるチャールズだが、フェリシアは首を左右に振る。
「いや、良い匂いだぜ。さすが、良いセンスしているな」
「あ、ありがとう……えっと、何の話をしているんだい?」
「マルカムが汗臭いんだ。こいつ、練習後にシャワーを浴びてないんだぜ? 信じられないだろ?」
チャールズはマルカムに視線を移す。
確かにチャールズも、たまに「ああ、彼は練習後に汗を流していないんだな」と思う程度には汗臭さを感じたことはある。
「マルカム、お前もチャールズを少しは見習えよ」
「はぁ? 香水つけろってか? 俺には合わねぇよ。それに、よく嗅がなきゃわかんないくらいの臭いなら、別に良いだろ?」
「別に香水をつけろとまでは言わないけど、シャワーは浴びるべきだろ。最低限」
フェリシアとマルカムは揃ってチャールズの方を見た。
チャールズは内心で困りながらも、微笑を浮かべながら答える。
「ま、まあ……別にマルカムの臭いはそこまで気になるほどのものじゃないから、本人の自由だと思うけどね」
多少の汗臭さは感じたことはあるが、それを特段に不快だと感じたことはない。
……実際、練習中はみんな臭いし、ついでに言えば部室はもっと臭うからだ。
その辺りはライジングもノーブルも変わらない。
「でも、最低限濡れたタオルで全身を拭くくらいは……まあ、してもいいんじゃないかな?」
どちらも敵に回したくなかったチャールズはどっちつかずの返答をすることにした。
結果、どちらもそれなりに満足そうに、それ見たことかと相手の方へドヤ顔を向ける。
「そう言えば……えっと、私に何か用でもあるのか?」
「え? あ、いや……今は良いよ!」
「そうか?」
逃げるように去って行くチャールズに、フェリシアは不思議そうに首を傾げた。
とはいえ、そろそろ授業が始まってしまう。
フェリシアはいつもの前の席へと座った。
隣には当然のように、クリストファーがいた。
「朝から君は元気だな」
「誉め言葉として受け取っておくぜ」
互いに皮肉の応酬をする二人。ここまでは朝の挨拶のようなものだ。
普段はここから雑談に入るのだが……
今日はクリストファーの様子が、少し違った。
何かを決心したような、緊張した面持ちで、やや震えた、小さな声でフェリシアに話題を振ろうとする。
「ふん……と、ところで、その……」
「そう言えばさ、そろそろ復活祭だよな」
「へ、あ、ああ!! そうだな!」
「……どうしたんだ?」
急に動揺し始めるクリストファーに対し、フェリシアは疑念を抱く。
だがクリストファーは首を何度も左右に振る。
「な、何でもない! え、えっと……な、何だ!?」
「ん? いやさ、お前って、毎年、妖精さんからプレゼントを貰ってる?」
「妖精さん?」
クリストファーは思わず首を傾げた。
が、彼は元々頭の回転が速い男だ。
故にすぐさま、「フェリシアが実は妖精さんをこの年で信じている」という可能性にすぐに行き着いた。
そしてクリストファーはそれなりに気遣いができる男である。
「まあ、そうだね。貰っているよ」
フェリシアの夢を壊さないように答えてあげるクリストファー。
我ながら完璧な回答だと自画自賛するクリストファーだが……
「そうか……お前は、貰っているんだな。……そうだよな。お前は真面目だもんな」
「え、えっと……」
「私さ……四年間、貰ってないんだよ。何か、コツとかないかな?」
クリストファーは賢い男だ。
が、しかし同時に少し抜けている。
フェリシアの貧困具合と、妖精さんを信じているにも関わらずその妖精さんからプレゼントをもらえていない、という可能性には行き着くことができなかった。
「い、いや……それは……」
「すまない。変なことを聞いたな。……気にしないでくれ」
そう言ってため息をつくフェリシア。
完全に機を逃したクリストファーも、内心でため息をつくのだった。
「皆さん、よく集まってくれましたわ」
放課後。
ブリジットは空き教室にアナベラ、ケイティ、そしてチャールズ、クリストファー、マルカムを集めた。
全員がフェリシアと親しい、友人たちだ。
目的は「フェリシアのために妖精さんになろう作戦」の計画を練るためである。
ちなみに男子三人にはすでに、目的は話している。
「しっかし、あいつ、まだ信じてたのかぁー」
しみじみとマルカムが語る。
クリストファーは眉を顰める。
「まだ、とは?」
「いや、昔……まあつまり、俺とフェリシアがアルバ王国のイェルホルムに住んでた時な。あいつがさ、妖精さんが云々言うから、言ってやったのよ。妖精さんなんているわけねぇーだろ、バーカ! ってさ。そうしたらあいつ、『お前、そういうこと言うと、妖精さんが来てくれなくなるだろ! お前のせいで来てくれなかったら、どうしてくれるんだ!!』って、本気で怒ってきてさぁ……頭は良いのに、妙に素直っていうか、メルヘンな奴だよな」
マルカムはそう言って肩を竦めた。
「いるわけがない」と否定されても、プレゼントを貰えなくても信じ続けているというのは、随分と健気な話だった。
と、マルカムの思い出話は一旦置いて、六人は作戦会議を始める。
こういう“サプライズ”はされる方よりもする方の方が案外楽しいもので、六人の話はだんだんと白熱していく。
それ故に、気付かなかった。
「何の話をしているのぜ?」
「「「「「「うわぁあああ!!!」」」」」」
「な、何だよ……お化けでも見たみたいに」
フェリシアの登場に慌てふためく六人。
そんな六人の心境も知らず、フェリシアは興味津々という様子で詰め寄る。
「で、何の話だよ! 私を抜きにするなんて、狡いじゃんか。なあなあ、笑い声が聞こえたけど……面白い話なのか? 私にも一枚噛ませろよ! ……そう言えば、復活祭が云々って、言ってたな。何の話だ?」
六人はどうやって誤魔化すか、必死に考えを巡らせる。
最初に口を開いたのは……意外なことに、アナベラだった。
「ダンスパーティーの話をしていたのよ!」
「……ダンスパーティー?」
「そうです! ほら、誰と踊るのかって!!」
「ふーん」
期待外れの内容に、フェリシアは興味を無くした様子だった。
が、すぐに首を傾げる。
「でも、何でこそこそ話していたんだ?」
「こ、こそこそなんて、してませんわ」
「ふーん」
今度の「ふーん」は疑念の「ふーん」だった。
懐疑の色を強めるフェリシアに対し……マルカムは誤魔化すために話題を振った。
「ダンスパーティーと言えば、母さんがうるさいんだよな」
「お前の母さん?」
「そうそう……相手はいるのか! とか、見つけたのか! 可愛い子なのか! とか、手紙を送ってきてさ。恋愛脳で困るんだよな、あの人は」
マルカムの母親は貴族ではなく、平民だ。
マルカムの父親と身分違いの恋(とついでに不倫)をしてマルカムを産んだのだ。
「まあ、あの人ならそういう手紙を送ってきそうだな」
一応、フェリシアも親しくはないもののマルカムの母親とは面識があった。
喧嘩友達として、紹介されたことがある。
マルカムがイェルホルムの街で喧嘩に明け暮れてもそれを止めず「やんちゃねぇー」などと言うほど能天気な人物の顔を、フェリシアは思い浮かべながら苦笑する。
「というか、教えてやればいいじゃんか」
「そもそもいねぇって。まあ、そう送ると早く見つけろとか、うるさいから無視しているんだけどな」
マルカムがそう言うと、フェリシアは意外そうに目を丸くした。
「へぇー、いないのか。意外だな」
マルカムは身嗜み等は粗雑ではあるが、顔は整っているし、何よりラグブライで活躍している。
チャールズほどではないが、女子人気は高いので、フェリシアには少々意外だった。
「まぁ……親しい女子なんて、お前らくらいしかいないし。大して話したこともない女子なんて、誘ったってしょうがないし、相手にも失礼だろう?」
「マルカムのくせに、良いこと言うじゃん。私のロッカーに手紙を放り込んでくる、下心しかない男子共に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ」
フェリシアが笑いながら言うと……今度は驚くのはマルカムの方だった。
「ん? あれ? お前、まだパートナーいないの?」
「お前が親しくもない女子と踊る気がないように、私も親しくもない男子と踊りたくなんてないぜ? 全部、丁重にお断りしているさ」
フェリシアはそう言って肩を竦めた。
これにはチャールズとクリストファーは内心でホッと息をつき、そして小さく拳を握りしめ、心の中でガッツポーズをする。
……フェリシアを密かに狙っていた二人にとって、フェリシアが現状フリーというのは嬉しい情報だった。
(親しくない男子とは踊りたくない……その点、僕は元婚約者だ。……勿論、彼女が好きというわけではないが、しかし、王太子として相手は見つけなければいけない。その点、彼女は元婚約者という関係だから、別におかしくはないはずだ)
(ま、まあ……別に好きというわけではないが、マルカムと一緒で、僕も両親がうるさいからな……)
べ、別にフェリシアのことが好きなんかじゃないけど、一番都合が良いから、誘うんだから!
勘違いしないでよね!
などと脳内で言い訳をしながら、フェリシアを誘う計画を練る二人。
この時までは、二人はとても幸せだった。
……この時までは。
「なーんだ、言ってくれば良かったのに。もうとっくに先約がいるのかと思ってたから、遠慮してた俺が、馬鹿みたいじゃないか!」
「遠慮……してた? いや、それって……」
フェリシアが聞き返すよりも先に、マルカムはフェリシアの方へ、手を伸ばした。
「俺のパートナーになってくれないか? お前となら、踊りたい」
「……」
フェリシアは目を見開いた。
そして僅かに頬が朱色に染まり、そして照れた様子で頬を掻いた。
それからマルカムを見つめ、微笑んだ。
「喜んで! 私からも、お願いしますわ」
そう言ってその手を取った。
マルカムの顔も少しだけ赤くなり、そして僅かに目を逸らす。
「急に女口調になるなんて、気持ち悪い……い、痛い、痛い!!」
「とっても素敵で美人、の間違いだよな?」
「は、はい! とっても素敵で美人です!!」
手を握りつぶされて悲鳴を上げるマルカム。
憤慨した様子のフェリシア。
だが何だかんだで二人は幸せそうだった。
(ああ、やっぱり狙っていたんですのね)
(ちょっと可哀想ですねぇー、ぐずぐずしていたのが悪いんですけどね)
(哀れ……早く誘えば良かったのに。ああ、そう言えばゲームでもヒロイン側から暗にアプローチを掛けないと動かないんだっけ。全く……フェリシアはわざわざ攻略しに来てくれるほど親切じゃないって、知っているはずなのに。自業自得ね)
一方、ブリジットとケイティとアナベラは死んだ目をしている男二人に哀憫の眼差しを送るのだった。
やっぱりね、グズグズぐだぐだしているような男はダメなんですよ
そういうわけで、ダメだったチャールズとクリストファーの二人を哀れに思う人は
ブクマ、ptを入れて
慰めてやってください
次回予告
三分の二くらいはマルカム回想
三分の一はイチャイチャします