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第4話 不良令嬢様は魔法を習い始める

「では、アナベラ様。早速、魔法の訓練を始めましょう」

「うん!」


 今年で十歳になったアナベラは待ってましたと、言わんばかりの笑顔で頷いた。

 アナベラに魔法を教えてくれるのは、チェルソン卿が大金を支払って雇った家庭教師だ。

 数多くの優秀な魔法使い(・・・・)を育ててきたことで有名な名教師だ。


「まずは初歩的な、炎を生み出す魔法からです。これをご覧ください」


 そう言って家庭教師は本を開いた。

 そこには簡単な図形と簡単な呪文が書かれていた。


「これは魔法式と呼ばれるものです。魔法はこれに従って作動します。では……この図形を見ながら、呪文を唱え、そして私と同じ動作で杖を振ってください」


「ええ、分かったわ。『炎よ あれ』」


 教師の指示に従いながら杖を振り、詠唱する。

 すると杖の先から大きな火の玉が飛び出した。


「おお……このレベルの低級魔法でこれほどの威力! しかも初めてで成功させるとは……」


「私、才能あるの?」


「はい! 長いこと教師をやっていますが、これほどの天才は見たことがありません。では、次は呪文を心の中で唱えてやってみましょう。そして図形を見ず、これも心の中で思い浮かべながら魔法が使えれば、この魔法は合格です。次の魔法を覚えましょう」


「ええ、分かったわ!」(なんだ、意外に魔法って簡単……というよりはチートのおかげかな? 神様、ありがとう!!)


 これなら魔法学園で苦労することもないだろうと、アナベラは一安心する。

 座学はともかく、実技で困ることはない。


(こんな簡単にできるなら、マーリンなんかに師事する必要は少しもなかったわね)


 人のことを『論外』などと言った魔導師を見返してやろうと、アナベラは心の底で誓う。

 そしてふと、同時に思うのだった。


(もう一度、アルバ王国に行こうかしら。私のもう一人の推しキャラ、マルカム・アルダーソンと幼馴染フラグを事前に建てておかないと不味いし)


 機会があればアルバ王国に行きたいと、再び父親に頼もうと決めるのだった。





 さて……アナベラが魔法を習い始めてから約一年後、アルバ王国の「迷いの森」では、美しい金髪を短く刈り揃えた少女が、白髪の魔女に文句を言っていた。


「あのさぁ……師匠」

「何かしら?」

「いつになったら、実践的な魔法を教えてくれるんだ?」


 弟子になって二年。

 十一歳となったフェリシアは数々の知識を師であるマーリンから教わっていたが、未だに魔法に関しては少しも教えて貰えていなかった。


「あら? 私は基礎がもっとも大切だと、説明したはずだけど? それとも、飽きてしまったの?」

「そういうわけじゃないけどさぁ……座学ばっかってのはちょっと不安というか……」


 フェリシアがこの一年間で習ったのは、“自由七科(リベラル・アーツ)”という七科目の授業と、基礎的な哲学だ。

 文法学、論理学、修辞学、幾何学、算術、天文学、音楽、そして哲学。


 勉強が嫌いではない、むしろ好きな部類のフェリシアにとっては決して苦ではなく、むしろ新たな知識や教養を学べるのは喜びだった。 

 が、しかし……


「普通の貴族の子は、九、十歳くらいから魔法の実践授業を受けるんだぜ? 私はもう十一歳なのに……もう一年も出遅れているじゃないか。不安だぜ……」


 フェリシアが不安に思うのはムリもない。

 普通の貴族の子女は学習にいくらでも時間を充てることができるが、母親の生活費を稼がなければならないフェリシアはそうはいかないのだ。

 靴磨きや窃盗で必死にお金を稼ぎ、空いた時間や、睡眠時間を削って勉強に充てる。

 そういう生活をしているため、自分の学習が他の子と比べて遅れているのではないかという強い危機感があった。


「最近の貴族の子ってのは、九、十歳で自由七科や哲学を修められるの?」

「まさか! 普通はそんなのやらないぜ。簡単な魔法からちょっとずつ覚えていくんだ」


 フェリシアがそう言うと……マーリンは鼻で笑った。


「なるほどね。つまりただ魔法陣と呪文、杖の振り方を丸暗記して、馬鹿みたいにそれを覚えていくっていう、何の生産性もないような教え方をしているわけね」


「……魔法の学習ってのは、普通、そういうものじゃないのか?」


「野猿をサーカスのスターにするなら、そういう“猿のお遊戯会”でも良いけど。私はね、人間を一流の魔導師にするために、教えているのよ。猿を育てているつもりも、サーカスのスターにする気もないの。人気者の猿になりたいなら、他を当たりなさい」


「そ、それは困るぜ……」


「なら大人しく従いなさい」


「……大人しく従うだけってのは、“猿のお遊戯会”じゃないか? 私は人間だぜ。せめて納得のいく説明が欲しい」


 常日頃疑問を持てとフェリシアに言っているのはマーリンだ。

 せめて自分のやっていることの意味を、魔法をまだ教えてくれない理由を教えて欲しい。

 そういうフェリシアの主張に一理あると感じたマーリンは頷き、そして唐突に妙なことを言いだした。


「フェリシア、常日頃から私、思っていたのだけどね。私、あなたが好みだわ」

「……え?」

「金髪で、可愛い見た目をしているし。正直、襲ってやりたいと何度も思ったわ。ああ、勿論、性的な意味よ」

「ふぇ……? し、師匠!? きゅ、急に、な、何を言いだすんだ……」


 顔を赤らめ、体を両手で抱きながら後退るフェリシア。

 何だかんだで育ちは良いので、こういうことには免疫が全くないのだ。


「今のが魔法よ?」

「……え?」

「私の言葉で、あなたは驚き、困惑し、恐怖を感じた。こうやって世界に影響をもたらすのが魔法。哲学で世界の仕組みを知る。 幾何学、算術、天文学で世界を測る。そして文法学、論理学、修辞学、音楽で世界を動かす。……分かったかしら?」

「な、なるほど……つまり魔法式の真の理解のためには、そういう知識が必要不可欠ってことか?」

「そういうこと。例えば……」


 マーリンは大きな杖を振り、小さな火球を生み出して見せた。 

 それは貴族の子女が最初に習う簡単な魔法の一つだ。


「使うだけなら、魔法陣と詠唱、杖の振り方を覚えるだけで良いわ。でもね、実はこの簡単な魔法の背景には複雑な魔法式や魔法理論が存在する。あなたが丸暗記した魔法をただ放つだけの、魔法を撃つ器械になりたければそれでも良いけれど、魔法を生み出す者になりたければ、この魔法式と魔法理論を根本から理解する必要があるわ」


 勿論、フェリシアが目指しているのは魔法使いではなく、魔導師であり、真理の探究者だ。

 “猿のお遊戯会”に興ずるつもりはない。


「そういうことなら、我慢するぜ。……でも、早く教えて欲しいって気持ちは本当だ」

「……まあ、あなたは出来が良いし、基礎は十分に出来てきているから、教えてあげられないこともないわ」

「本当か!」

「でも、負担は増えるわよ。その覚悟はある?」


 今でもフェリシアは十一歳の少女としては限界ギリギリの生活を送っている。

 しかし……


「やってやるぜ! それくらいできなければ、魔導師になれない!」

「よろしい。言ったからには、ちゃんとこなしなさい」







 それから半年。

 実践的な魔法を習うようになってから、フェリシアの生活は一変した。

 魔法で生活の糧を得られるようになったからだ。


 しかし急に実入りが良くなったフェリシアを妬み、無理矢理にそのお金を盗もうとするものも現れるようになる。

 だがそういう者たちは大抵……


「ま、参りました……」

「ゆ、許してください……」


 魔法という強力な武器を得たフェリシアに倒されるようになった。


「ふん、まあもうこれ以上、私にちょっかい出さないっていうなら許してやるけどさ」


 フェリシアは自分に膝を折り、額を地面に擦り付けている二人の男を見下ろす。

 彼らは以前、フェリシアに窃盗をやらせ、そして上納金としてその殆どを奪っていた青年だ。


 かつてのフェリシアは無抵抗のまま、殴られ、蹴られ、悔し涙を流すしかなかったが……

 今ではすっかり立場が逆転した。

 

(まあ……でも、盗みを教えてくれたのはこいつらだし、恩が全くないというわけでもないか)

 

 そう考えたフェリシアは、財布から銅貨を数枚投げた。


「生活に困ってるってなら、少しだけやるよ。もうこれからは弱い者イジメをするなよ?」

「へ、へい! フェリックスの兄貴!」

「兄貴には逆らいません!」

「調子のいい奴らだぜ……」


 フェリシアはため息をついてから、ふと、自分の短く切った髪に触れる。

 身を守る手段を得た今、男装の必要はない。

 口調は荒いが、フェリシアも年頃の女の子……本当はお洒落をしたいのだ。


「髪、もう一度伸ばそうかな……」





 さて、フェリシアが倒した二人の青年はこの街ではそれなりに名の知れた不良であった。

 そんな不良を舎弟にした――勿論フェリシアは舎弟にしたつもりはないのだが――フェリシアはあっという間に不良業界の間で有名人となり、次々と舎弟入りを望むもの、そして決闘を挑むものが現れるようになった。


「お前がフェリックスだな? 俺の名前はマルカム! お前を倒して、俺がこの街で最強であることを証明してやる」


 金属製の棒をビシっとフェリシアに向けて、その不良少年は宣言した。

 赤毛で鼻の辺りにそばかすがある、大柄な少年だ。

 成長したらさぞや女性にモテるだろう……そんな容姿をしている。

 

「ま、マルカム! あの撲殺のマルカムか!?」

「兄貴、あいつ、かなり強いっすぜ。気を付けてくだせぇ」

「だから、兄貴って言うなと……」


 すっかりフェリシアの舎弟気取りの二人に、内心でため息をつきながら……

 魔法を使うため及び自衛用の樫の杖を構えた。


「正直やる気はないけど、降りかかる火の粉は自分で払うぜ」

「そうこなくっちゃ!」


 マルカムはそう叫ぶと、金属の棒を振りかぶりフェリシアに襲い掛かった。

 直撃すれば脳天をかち割るだろうその一撃を、フェリシアは樫の杖で受け止め……そのまま受け流す。


「うわっ、な、なんだ!?」

「おお! あれは兄貴得意の受け流し技だ!」


 そして前へとよろめいたマルカムの腹部に、フェリシアは蹴りを入れる。

 魔法で強化されたその一撃は、マルカムを吹き飛ばすには十分な威力だった。


「っぐ……」

「さすが兄貴! 相変わらず、流れるような一撃だぜ!」


 吹き飛んだマルカムに対し、フェリシアは軽く杖を振る。

 すると無数の魔法弾が出現し、それはマルカムへと襲い掛かった。


「ひゅー、容赦ねぇ!」

「さっすが兄貴だぜ!」

「お前ら、恥ずかしいからやめろ」


 フェリシアは頬を赤らめながら、最近少しだけ伸びてきた髪を弄った。


「こ、この……次は、絶対に負けないからな!」


 満身創痍という様子のマルカムは、そんな捨て台詞を吐いて逃げていった。

 ……普段なら、あと数回ボコボコにしてやるだけで、フェリシアには挑まなくなる。 

 だがマルカムは違った。


 何回も、何十回もフェリシアに挑み続けた。

 そして数か月が経過した。




「はぁ……いい加減にしろよな、お前」


 倒れたマルカムに対し、フェリシアは呆れ声で言った。

 マルカムはよろよろとした足取りで、立ち上がる。


「安心しろ、今日で最後だ」

「……え?」

「訳有って、ロンディニアに移り住むことになったんだ。迷惑かけたな」


 そう寂しそうに言うマルカム。

 そんなことを言われると、フェリシアも少しだけ寂しくなってしまう。迷惑だったが……それなりに楽しい日々だったのだ。


「……約束だ」

「え?」

「また会おうって、ことだよ」


 少し頬を赤くしてフェリシアは言った。

 これにはマルカムは少しだけ、ドキっとしながら……拳を突き出す。


「ああ、約束だ」

 

 拳と拳が軽くぶつかった。





「しかし……フェリックスのやつに、ちょっとだけドキドキしちゃったなんて、俺はどうかしてるぜ。……それもこれも、男のくせに、髪の毛なんて伸ばしているから悪いんだ!」


 マルカム・アルダーソン。

 エングレンド王国アルダーソン家の当主の妾腹の息子の彼は、フェリシアが女の子であることに最後まで気付かなかった。



次は入学試験です


さすがフェリシア兄貴!

と思う方はブクマpt等をいれて頂けると

普通ではできないことを平然とやってのけてくれるかもしれません

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