第7話 見習い魔導師は親友のために奮闘する
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「というわけで、材料を分けてください」
「君は正気か? フェリシア・フローレンス・アルスタシア」
学園の倉庫にやってきて、前代未聞の要求をしてきた“問題児”に対し、年若い男性教師は言った。
目つきはお世辞にも良くなく、表情も硬く、声も冷たい。
クリストファーを濃縮して、より気難しくしたような人物だ。
彼はロンディニア魔法学園講師、ジョン・ジャック・バーノンである。
この学園で一番年若い教師である彼は、雑用を任されることが多く、学園で管理されている薬草や鉱物、生物の素材などの管理・保管・分類は彼が行っている。
尚、彼は入学試験の時にフェリシアを正当に評価した教師の一人――より詳しく言えば「諸君らの目はガラス玉かね?」と暴言を言い放った男――である。
入学当初はフェリシアのことをそれなりに好ましく思っていたバーノン講師ではあるが、すでに学園一の“問題児”の称号を得るに至ったフェリシアに対し、現在は「厄介ごとを起こす面倒な生徒」という認識を抱いていた。
ちなみに余談であるが、彼は「乙女ゲーム」における攻略対象の一人だ。
相当な“ツンデレ”であると専ら有名である。
「勿論、正気です」
「……私はこの学園に就職し、三年はこの仕事を務めているが、そのような要求は前代未聞だ」
「何事も最初は前代未聞ですよ」
「そういう問題ではない。……薬草や鉱物は決して安くはない。浪費させるわけにはいかないし……それに確かに君は優秀だが、有り合わせの材料で五日病の薬を作れるとは思えない」
フェリシアは非常に優秀な生徒で、特にマーリンから教えを受けただけのことはあり、錬金術に関しては優れた能力を示している。
その実力は学生のレベルを超え、錬金術の学者たち、バーノン講師のような学園の教師に迫るほどだ。
……しかし、そこまでだ。
簡単な傷薬程度ならばともかくとして、非常に高度で複雑な調合や計算が必要となる病気に関する魔法薬、特に最高難易度を誇るとも言われる五日病の魔法薬の“新レシピ”を数日で作り出せるはずがない。
しかし……
「きひひひ……面白いことを言う小娘だねぇ」
背後から声が聞こえた。
二人が振り向くと、倉庫の出入り口に醜い姿の老婆が立っていた。
鉤鼻で、顔中は皺で覆われ、声はしわがれている。
深くフードを被り、腰は曲がり、古臭い木製のスタッフで体を支えている。
「悪い魔女」を描いてくださいと子供に言えば、十人中十人が描きそうな……そんなある意味珍しい典型的な魔女だ。
錬金科主任、バーバラ・パーキンスは気味の悪い笑い声を立てながら、フェリシアに近づく。
フェリシアとパーキンス教授が話している様は、「美しい姫君」に毒リンゴを食べさせようとする「邪悪な魔女」の構図にしか見えない。
尚、そんな彼女は試験の時にフェリシアを正当に評価した教師の一人だ。
「良い目だねぇ……実に綺麗だよ」
パーキンス教授はフェリシアの頬に触れながら言った。
フェリシアはどういうわけか動くこともできず、パーキンス教授を見つめながら、されるままになるしかない。
それからパーキンス教授はバーノン講師に向き直る。
「好きに使わせておやり。生徒には挑戦の機会をくれてあげないとねぇ」
「しかし、このようなことは……」
「前代未聞なのは、あんたが若すぎるからだよ。あたしはこの学園に百年はいるけどね、こういう生意気なことを言う餓鬼は何人もいたよ。オズワルド、ローラン、そしてチェルシー……あの餓鬼共には本当に手を焼いたからね。あれに比べれば、ちょっとした夜遊びしかしないこの子はまだ常識的だね」
ホーリーランド学長、ローラン、そしてマーリンを“餓鬼”扱いするのはそう多くはないだろう。
が、しかしフェリシアにとってはそれよりも「夜遊び」とパーキンス教授が口にしたことの方が問題だった。
つまりこの老婆には気づかれているということを意味しているのだから。
「待ってください、パーキンス教授。夜遊びとは、具体的に何のことですか?」
「それはこの子に聞いたらどうだい?」
愉快そうに笑うパーキンス教授。
バーノン講師はじっとフェリシアの方を見た。
フェリシアは目を逸らす。
「し、知らないんだぜ。私は良い子だ……早寝早起きは心掛けている。夜更かしなんて、しないぜ……しません」
そう言って口笛を吹いて誤魔化す。
バーノン講師はため息をついた。
「しかしですね……」
「あたしは教授で、主任だよ。あんたは新米の講師だ」
魔法学園では講師、助教授、教授の順に教師の地位は高くなる。
講師と助教授の差は研究室を与えられているか与えられていないかであり、助教授と教授の差は権限である。
「職権乱用ですな。そもそも私は学長より、ここの管理を任されているのです。あなたの命令に従う義務は……」
「オズワルドがあたしに文句を言えると思うかい?」
「……はぁ」
バーノン講師は眉間に皺を寄せながら、ため息をついた。
「分かりました、良いでしょう。しかし……条件が必要です。彼女だけ特別扱いというわけにはいかない」
「確かに、それもそうだね。じゃあ、こうしよう……これから半年間、あんたの雑用にこの小娘を扱き使って良いよ。あと、もし調合に失敗して材料を無駄にしたら使用した材料はすべて弁償……どうだい?」
「ふむ……それなら、悪くはありませんな。私も丁度、人手が欲しいと思っていたところです。奴隷……いえ、体の良い雑用が手に入るのであれば、文句はありません」
フェリシアを無視して話が進んでいく。
内心でフェリシアは「ど、奴隷って……何をさせるつもりだよ」と戦々恐々とするが、しかし今更やっぱりやめますとは言えない。勿論、言うつもりもないが。
「そういうわけだ。好きに使いな、小娘。ああ、そうそう。これは特別授業ということにしてあげるから、授業の出欠席は気にしなくて良いよ。目一杯に時間を使うんだね」
「……ありがとうございます、パーキンス先生」
「きひひひ……全く、感謝の気持ちが感じられないねぇ」
そう言うわりには楽しそうにパーキンス教授は笑った。
そして用は済んだと言わんばかりに踵を返し、倉庫の外へと歩き出す。
「成功するならば、それでよし。失敗するにしても、良い経験になるだろうよ。きひひひ……」
パーキンス教授は気味の悪い声を上げながら、立ち去った。
「そもそも、五日熱の治療薬の正式な作り方は把握しているかね?」
バーノン講師はフェリシアに尋ねた。
フェリシアは小さく頷く、
「五日熱の治療魔法薬は、レシピ通りならば作ったことがあります。必要な成分は把握しているつもりです」
基本的に「レシピ」はその魔法薬を作り出すために、もっとも簡単かつ安価な手順や材料を示したものであり……
逆に言えばコストパフォーマンスを無視すれば、全く異なる材料を用いたとしても同じ効果のものを作り出すことができる。
別にフェリシアは安価な魔法薬を開発するつもりはなく、数日以内にブリジットに飲ませる魔法薬さえできれば良いのだから、コストパフォーマンスなどは無視してしまえば良い。
「通常のレシピで必要な材料は三十二種。この場にないのは、そのうちの十三種。……十三種分の成分を、別の材料で補う必要があるわけだが、あてはあるかね?」
「勿論……ちょっとだけですけれど」
「……ふん、精々頑張り給え。調合室は自由に使うと良い。では、私は職務に戻るのでな」
バーノン講師はそう言うとその場から立ち去ってしまう。
フェリシアは目に付いた素材を片っ端からローブの空間にしまうと、バーノン講師が貸出許可を出してくれた調合室へと入った。
黙々と作業を続け……最初の試作品が出来上がる。
だが……
「ダメだな……やっぱり、足りない成分を補うようなやり方じゃ、ムリがある。根本的に作り方を変えないと」
フェリシアは黒板にチョークを走らせ、魔法式の再構築をしていく。
既存の作り方を改良するようなやり方をするには、あまりにも材料が足りなすぎる。
根本的に新しい製法を開発するつもりでやらなければならない。
「ここを、こうして……いや、でも、違うな。ここをこうする方が……」
魔法式の構築だけで、フェリシアはまず一日を浪費した。
二日目。
調合室でフェリシアは目を覚ました。
「くっそ……手に血流が……」
机に突っ伏して寝たせいか、手が酷く痺れていた。
フェリシアは腕を摩りながら、丸一日かけて作り上げた魔法式を睨みつける。
「理論上は……これでイケるはずだ」
再び調合に取り掛かる。
しかし……必要とされる材料が二、三種類の傷薬ならばともかくとして、数十種類の材料を複雑に組み合わせなければならない五日熱の魔法薬となれば、そう簡単にはできない。
「また、失敗だ……」
夕方。
フェリシアは机に突っ伏しながら、嘆いた。
温度や掻き混ぜ方を変えたり、別の材料を入れてみたりと試行錯誤を繰り返しても……錬成が安定してくれないのだ。
「まだ、やっているのかね」
「……バーノン先生か」
いつの間にか、バーノン講師がフェリシアの背後に立っていた。
彼が部屋に入ってきたことにすら気付かないほど、フェリシアは集中していたのだ。
「食事は取ったかね?」
「軽い物なら、胃に入れましたよ」
「ふむふむ……」
一応フェリシアの体を気遣うような様子を見せつつも、しかしあまり気遣ってはいなさそうだった。
彼の興味はフェリシアが組み立てた魔法式と、数々の失敗作にあった。
「随分と、高価な材料を浪費してくれているな」
「……申し訳ないと、思っていますよ」
「ならば、ちゃんと完成させたまえ。折角の素材が、単なるゴミの生産に使われたとなれば、素材たちも報われんだろうからな」
バーノン講師はそうフェリシアに皮肉を言ってから、部屋の外へと向かう。
そして去り際に小さな声で言った。
「……その成分を出したいなら、月食草は細かく切るよりも乱切りにした方が安定する」
「……え?」
「スライムは乾燥したものを用いるより、塩析したものを使いたまえ。その方が君の理論には適っている」
「せ、先生?」
「……見かねただけだ」
そう言ってバーノン講師は立ち去っていった。
「……言われた通り、やってみるか」
フェリシアは再び調合に向かった。
そして翌日の正午。
フェリシアは走りながら、バーノン講師の仕事先である倉庫へと向かった。
そして彼の姿を見つけると、その服を何度も引っ張りながら呼び立てる。
「先生、先生、先生!!」
「……何だね、私は忙しいのだがね。君が消費した素材の、再発注を行わなければならないんだ」
バーノン講師は眉を顰めながら、鬱陶しそうに言った。
一方、フェリシアは満面の笑みを浮かべた。
「見てください! できました!!」
「……ふむ、まああれだけ浪費したのだ。完成させて貰わなければ困るな」
その薬を一目見て、ちゃんとした五日熱の治療薬であると判断したバーノン講師は淡泊に言った。
一方、フェリシアはそんな冷淡なバーノン講師の態度は特に気にならない様子で、嬉しそうにニコニコと笑っている。
「先生のアドバイスのおかげです!」
「……大したことは言っていない。君ならば、自力で辿り着いた」
「でも、きっと時間が掛かりました」
まるで子犬のようにバーノン講師に懐いてくるフェリシア。
もし彼女が犬であれば、そのお尻の尻尾はグルグルと高速回転していただろう。
「私に報告している暇はあるのかね? 友人に飲ませるのでは?」
「勿論! でも、一度先生に報告を……」
「早くいけ! 私は忙しい!!」
そう言ってフェリシアを追っ払うバーノン講師。
フェリシアはしっかりと一礼をすると、保健室へと走り去っていった。
「……全く、これだから、子供は嫌いだ」
バーノン講師はため息をつくのだった。
その表情は……ほんのわずかに、緩んでいたが。
バーノン講師
入学試験の時にフェリシアちゃんの実力を正当に評価した教師の一人。
一応、攻略対象キャラ。
ただし言動が嫌味なので、人気は低い(ただし熱烈なファンは多い)
攻略難易度は年上の教師というだけあって、地味に高い
こう見えてまともな人なので、少なくとも在学中に主人公から告白されたとしてもそれを受け入れることはなく、どんなに好感度を上げても断られる
ちなみに断る時の文句は好感度によって変化し
「……罰ゲームかね?」(好感度低)
「寝言は寝て言いたまえ」(好感度中)
「君が良識のある大人になって、まだそう思うならその時、聞こう」(好感度高)
となる。
一応、発生させるのが難しいイベントをいくつか発生させた上で、好感度を極限まで上げ、その上で卒業式で告白すれば受け入れてもらえる。
ちなみにアナベラさん(の前世?)にとっては好みのキャラではないので、そんな面倒なことをしてまで攻略していないし、する気もなかった。だからアナベラさんは攻略方法を知らない。
というどうでも良い裏設定。
ちなみに「魔法薬を作る!」と言いだす前のフェリシアちゃんが告白すれば「……罰ゲームかね?」となり、今の段階で告白すれば「寝言は寝て言いたまえ」になる。
フェリシアちゃんを奴隷にするなんて、なんてけしからん、ロリコン教師だ!(誤解)
お巡りさん、こいつです!(冤罪)
という方はブクマ、ptを入れて頂けると
アコーロンさんが捕まります(有罪)