第5話 魔導師の弟子は秘密基地を教えて貰う
ある日の休日。
フェリシアは学園にある公園のベンチに座り、一冊の魔導書を睨みつけていた。
「くっそ、本当に……こういう本を書くやつってのは、まともに読ませる気あんのかよ!」
例の逃走する魔導書を読み終えたフェリシアは、新たな魔導書を禁書庫より持ち出した。
それが今、フェリシアの目の前にある本。
『開かずの書――時の巻――』である。
この本の特色は、その名の通り、本であるにも関わらず開かない点である。
この魔導書には強力な時間停止の魔法が掛けられている。
魔導書そのものが完全に『停止』しまっているが故に、あらゆる干渉を妨げている。
火をつけようが燃えることはないし、水につけてもふやけることはなく、泥に放り込んでも決して汚れず、そしてフェリシアがどんなに力を入れても開かない。
それが『開かずの書――時の巻――』である。
「一応、本である以上は読めるようになっているはずなんだけどなぁ……」
フェリシアは試しに魔導書に魔力を流してみる。
あれこれ調べてみると……
「なるほど。論理結界と物理結界によって、魔法が維持されているのか。ということは、この結界を崩せば……」
丁寧に暗号を解読する。
一時間の格闘の末、フェリシアは何とか表紙を一枚捲ることに成功した。
そして表紙を捲った先にはページいっぱいに魔法陣と魔法式が描かれていた。
おそらくは時間停止に関する魔法理論だろう。
試しに二ページ目を捲ってみようとするが……やはり捲ることができない。
時間停止による封印は、一ページずつ施されているようだ。
おそらく魔法理論や魔法式を理解しなければ、次のページに進むことができない仕組みになっているのだろう。
「まあ、ある意味合理的……なのか? これが読めるようになった時には、時間操作に関する知識や能力がそれなりに身についているだろうし」
しかし中々面倒な仕組みにはなっているが、精神的に追い詰めてくるわけでもなく、逆に逃走を図ってくるわけではないので、先の二冊と比べれば随分と読みやすい。
少しずつだが着実にフェリシアはページを進めていく。
「はぁ……しかし寒いな」
フェリシアは悴んだ手に息を吹きかける。
季節は晩秋に達し、外で読書をするには涼し過ぎる(というよりは寒い)季節になっていた。
とはいえ、魔導書は魔力を発する。
室内で読んでいれば魔力が籠ってしまう恐れがあり、それは魔導書の発見に繋がる。
魔導書を禁書庫から持ち出すのは、夜歩き以上の重罪だ。
相応の罰が下されることは想像に難くない。
「どこか、良い場所ないかなぁ……」
「それならワシが知っておるぞ。フェリシアや。暖かくて、誰にも見つからない場所じゃ」
「本当か!? って、げぇ!!」
フェリシアは咄嗟に本を庇った。
そして大きく飛び退き、真っ青な顔で首を左右に振る。
「べ、別にあ、怪しいものを読んでなんか、よ、読んで、ないんだぜ? じゃなかった、よ、読んでないです。が、学長先生」
「そう怯えることなかろうて」
白い髭を蓄えた老人―― 魔法学園、学園長・学長、オズワルド・ホーリーランド――は愉快そうに笑った。
「取って食ったりはせんよ」
「……本当ですか?」
「もし君を罰しているなら、とっくに罰しておるじゃろう?」
「……何もかも、お見通しだったってわけですか」
どうやらフェリシアの禁書庫侵入も無断拝借も、ホーリーランド学長にはバレていたようだ。
そのことに気付いたフェリシアは、バツの悪そうな顔でホーリーランド学長のところへと歩いていく。
そしてムスっとした顔で宣言した。
「反省も後悔もしてないですし、やめろって言われても、止めませんから」
「ふぉふぉふぉ……素直で結構なことじゃな」
そう言ってホーリーランド学長はフェリシアの頭を撫でた。
フェリシアは困惑した表情を浮かべる。
怒られると思ったこともあるが……実は頭を撫でられたりというような子供扱いは久しぶりだ。
父親はあの様で、母親の場合は……フェリシアの方がしっかりしていて、どちらかと言えばフェリシアが保護者のようなものだった。
そしてマーリンはフェリシアを甘やかすような真似は一切しない。
そのため少し違和感と困惑、ちょっとした心地の良さを感じていた。
「怒らないんですか?」
「ワシも昔はいろいろ、ヤンチャしたものじゃ。それに……確かに下級生には地下図書館と禁書庫への出入りを禁じておるが、それは実力に見合わぬ者が入らぬようにするため。君は十分、魔導書を取り扱うだけの知識と技量がある。ならば、問題ないじゃろう。……リヴィングストン副学長先生には内緒じゃぞ?」
パチっとウィンクをするホーリーランド学長。
ウィンクは下手くそなんだなと、フェリシアは思った。
「勿論、危険な魔導書には手を出してはいかんぞ? ……もし自分の手に負えないと判断したら、体に不調を感じたら、すぐにワシに言うのじゃ。命が一番、大事じゃからな」
「自分の実力はよく弁えています、先生」
「結構なことじゃな。……では、付いてきなさい。良い場所を教えてあげよう」
フェリシアはホーリーランド学長に黙って付いていく。
学校の中に入り……鏡の廊下と呼ばれる、大量の鏡が立ち並ぶ廊下を歩いていく。
そして十三番目の鏡の前に立ち、手で鏡面に触れる。
「『開け ゴマ』」
するとホーリーランド学長の手が鏡の中へと沈んだ。
「この中じゃ」
「は、はい」
鏡の中へと入っていくホーリーランド学長の後を、フェリシアは追う。
が、ゴツンと鏡に額をぶつけた。
「痛い……なるほど。合言葉で出入りできる論理結界か……にしても、安直な合言葉だぜ。『開け ゴマ』」
そしてフェリシアはホーリーランド学長の後へと続く。
「おお、結構広い。本棚とソファー、暖炉もあるぜ。……埃被っているけど」
「ここは昔、ワシらが秘密基地として使った場所じゃ。こう見えて通気性もしっかりしているから、魔力が籠ることもないし、危険な薬品も扱える。君に譲ろう。好きに使いたまえ」
「あ、ありがとうございます!」
掃除の必要性はあるが……中々居心地が良さそうだ。
それにここでなら、人目のあるところではできないような作業もできる。
何より秘密基地というのが、フェリシアの冒険心を擽る。
(どうせなら、私が先に……一人で見つけたかったけどな)
しかし探せばもしかしたら、似たような物が他にもあるかもしれない。
今度、暇な時にでも探してみようとフェリシアは心に決めた。
「しかし……どうして私にこんなに良くしてくれるんですか?」
「ふむ……まあ、それを話すことは構わないのじゃが……一つ、条件があるのじゃ」
「……何でしょう?」
「もっと、いつも友達にするようにフランクにできんかのぉ。他人行儀だと寂しいんじゃ」
この爺さんは何を言っているんだと、フェリシアは首を傾げた。
「……師匠は、魔導師足るもの礼儀は忘れてはならないとおっしゃっていました。先生や先達には最低限の敬語は使うのが、社会的動物としての常識ではありませんか?」
もっとも、マーリンは自分には敬語は使わなくても良いと言ってくれているのだが。
特に要求がない限りは、フェリシアは目上には一応敬語を使うようにはしている。
正確には目上と認識した相手には、だが。
「ふむふむ、結構なことじゃ。じゃが……ここにはワシとお主しかいない。二人っきりじゃ。ならば、ここにいるのは一人の人間のフェリシアと、オズワルドだけじゃよ」
「そういうことなら、改めて聞くぜ。どうして私にこんなに良くしてくれるんだ?」
「うむ……そうじゃな。実は君のことは前から気に掛けておった」
「前から?」
前からというのは入学した時からか、それとも入学前からか、それとももっと前からか。
フェリシアが疑問に思っていると、すぐにホーリーランド学長は答えてくれた。
「アルスタシア家のことは非常に残念に思っておった。アルスタシア卿も、アルスタシア夫人も、ワシの大切な教え子じゃ。……没落したとはいえ、それなりの資産は残っていたようじゃから、暮らしていけると思い込んでおったのじゃが、まさかあそこまで酷いことになっておったとは、思っておらんかった。君を助けてあげられず、申し訳なく思っておる」
そう言ってホーリーランド学長は頭を下げた。
これにはフェリシアも慌てる。
「あ、頭を上げてください……じゃなかった、あげてくれ。先生は悪くない……それに先生にも立場があるだろ? 仕方がないことだぜ」
一応、アルスタシア家は罪人として貴族の地位を失ったのだ。
それを仮にも魔法学園の学長が庇ったり、助けたりするわけにはいかない。
「ううむ……君は本当にしっかりしている。じゃが、子供なのだから、もう少し物分かりが悪くても、我儘を言っても良いのじゃよ?」
「なら、遠慮なく禁書庫には入らせて貰うぜ。……それで、父さんと母さんが教え子だから、という理由でこんなにも私に優しくしてくれるのか? 何と言うか、別に私みたいに厳しい環境の生徒は、珍しいかもしれないけど、決していないわけじゃないと思うぜ? 本当にそれだけなのか?」
フェリシアが尋ねると、ホーリーランド学長は頷いた。
「そうじゃなぁ……最大の理由はやはり君がチェルシーの弟子だからじゃよ」
「チェルシー? 私の師匠はマーリンだぜ?」
フェリシアは首を傾げた。
チェルシーなどという人物は聞いたこともない。
「マーリンの本名じゃよ。チェルシー・アドキンズ。『アンブローズ・マーリン』の名は、彼女が師から与えられたものじゃよ」
「し、知らなかったぜ……」
しかし言われてみると「アンブローズ・マーリン」は少々、偽名臭かった。
女性なのに「アンブローズ・マーリン」という男性のような名前はおかしいとフェリシアは思っていたが、ちゃんと可愛らしい本名を持っていたようだ。
「それでチェルシーはワシのことを何と言っておったかのぉ……」
「あー……立派な魔導師だって、言ってたぜ」
不老になることを拒む、愚かな死に損ない。
聖人に憧れる馬鹿な賢人。
などと、割とボロクソに言っていたなと思い返しつつ、まさかそれをそのまま言えないので、フェリシアは適当に濁した。
「その様子じゃと、死に損ないの老いぼれとか、散々言ってくれているようじゃなぁ。若作りの婆さんに言われとうないわと、伝えておいてもらえんかの?」
「ぜ、善処するぜ……」
フェリシアは曖昧に頷いた。
中々面倒な手土産ができてしまった。
「チェルシーめが、弟子を取ったと聞いた時は、仰天したわい。しかも手紙で、『子供に分かりやすく教える方法を教えろ』などと言ってくるんじゃから……槍でも降ってくるかと思うたわ」
「……もし、問題で間違えたら杖で殴るなんて教育方法を師匠に伝授したのがあんたなら、ちょっと恨むぜ」
「うーむ、ワシは優しく、根気よく教えてあげなさいと伝えたのじゃが。どうやらワシのアドバイスはあまり参考にしてくれなかったようじゃな」
「うーん、まあでも根気よく教えてくれたとは思うから、無駄にはなってないと思うぜ」
殴られたには殴られたが、何だかんだで教えてくれたとフェリシアは思い返しながら言った。
不器用だが弟子思いの師であることは、フェリシアが一番知っている。
「それは良かった。しかしあのチェルシーの弟子じゃ。どんな偏屈な性格をした生徒かと身構えてみれば、こんな元気一杯の女の子じゃ。まるでチェルシーとは正反対の性格で、びっくりじゃよ。それにアルスタシア家の娘ときた。全く、長生きはするもんじゃ」
「うーん、師匠と正反対かぁー。そいつは良かったぜ」
「……ふむ、どうしてじゃ? 師と同じ方が良いとは思わないのかのぉ?」
「師匠と同じじゃ、師匠の二番煎じじゃないか。私は師匠の劣化コピーになるつもりなんて、ないんだぜ。私は私の道を行く」
フェリシアは快活に笑った。
ホーリーランド学長は目を丸くしたが、なるほどと呟いた。
「チェルシーが気に入るわけじゃな……」
「ん? どうした?」
「何でもない……やはり、魔導師を目指すのかの?」
「それはちょっと、語弊があるぜ」
フェリシアは首を左右に振った。
「私の目指す生き方の過程に魔導師があるって、だけだぜ。だから魔導師に拘りはない。まあ……魔導師が分かりやすい目標だから、目指しているというのは間違いじゃないけどな」
「ふむ……チェルシーのようになる、というわけでもないのかの?」
「師匠には憧れるぜ。でも、師匠と同じ道を歩んだら、それこそ師匠の二番煎じだぜ。私は私の頭で考えて、道を選ぶ。まあ……選んだ結果、師匠と同じ道を歩くことになるかもしれないけど、それは間違いなく私の道だぜ」
フェリシアは胸を張って答えた。
ホーリーランド学長は目を細めた。
「素晴らしい志じゃな」
「そう言ってくれると嬉しいけど……でも、まだ指針は何にも決まってないぜ」
「フォッフォッ……まだ君は若いんじゃ。そうすぐに決める必要はないじゃろう。若いうちは、将来の夢なんてものはコロコロ変わるのが当たり前じゃよ。この学園で良く学びなさい。卒業する頃には、定まってくるじゃろう」
そう言ってからホーリーランド学長は踵を返す。
「そろそろ、ワシは退散しよう。やらねばならん仕事があるのでな。このままではリヴィングストン副学長先生に怒られてしまうわい」
その場から立ち去るホーリーランド学長。
フェリシアは彼が立ち去ってから、一人首を傾げるのだった。
「どうして、老化を止めないんだろ?」
「アンブローズ・マーリン」がイギリス人にとって男性っぽいのかは知りませんが
元ネタのマーリンは男なので、、男っぽい名前ということにしておきます
彼女の師は女弟子には男っぽい名前をつけたわけですね
……ということは男弟子には?
ちなみにオズワルドはオズの魔法使いから取ってます
まあ、オズの魔法使いの名前はオズワルドではありませんが
ローランはシャルルマーニュ伝説からです。デュランダルの人です
ただし、オズワルドとローランは本名です。
師が弟子に名前を与えるのは、名前魔法的な物がある設定だからなのですが
まあ、その辺はおいおいやります
どうでも良いんですけど、主人公たちよりも、それどころか敵の幹部やボスよりも遥かに強い爺・婆キャラって、好きなんですよね
ワシも衰えたのぉーとか言うわりには滅茶苦茶強いみたいな
と、最近、久しぶりにdアニメストアでトリコを二倍速で見ながら思いました
真夜中に出歩いて図書館から無断で「子供は読んではいけない本(意味深)」を持ち出すような悪い子には、ホーリーランド学長の代わりにお仕置きをしてやる!
という方はブクマ、ptを入れて頂けると
アコーロンさんが吐血します
あ、そろそろ二日に一回の更新に切り替えます
やっぱね、ムリでした