第4話 元悪役令嬢は元婚約者に昔の話をする
ある日のこと。
ノーブルでの朝練を終えたチャールズは、教室へと向かうために歩いていた。
すると、だ。
金色の何かが四つん這いになって突っ込んできた。
「うわっ!」
「おっと……あぶねぇじゃねぇか!! って、チャールズか」
「……フェリシアか。あと、危ないのは君だ」
突っ込んできたのはフェリシアだった。
動きやすそうな運動着を来て、廊下を雑巾がけしているのだ。
「何で、掃除をしているんだい?」
チャールズは首を傾げる。
魔法学園の掃除はそれを専門とする用務員が行うため、生徒が行うことはまずない。
そしてチャールズはフェリシアの背中へと視線を落とす。
そこには白い紙が貼りつけられ、赤い文字で何かが書かれていた。
「『私は深夜に学生寮を抜け出し、校内で遊んでいた悪い子です。だからこうして罰掃除を受けています』って、何?」
「見ての通りだぜ。じゃあ、私は行くぜ。サボっているところを見られたら、また罰則を食らっちまうからな!」
そう言ってフェリシアは再び雑巾がけを始めた。
チャールズはそんなフェリシアの遠ざかるお尻を見つめながら呟く。
「本当に変わったな……君は」
「いやー、参ったぜ。今日一日、この張り紙を吊るして生活しなきゃいけないなんてさ」
フェリシアは肩を竦めた。
罰則中ではあるものの、授業は受けさせて貰えるようだが……それは前と後ろに例の紙を吊るして生活することが前提だった。
「……控えめに言って、自業自得ではありませんこと?」
「だ、だから言ったんです……止めた方が良いって……」
呆れ顔のケイティとブリジット。
さすがの二人も罰則違反、深夜の校内徘徊は擁護できないようだ。
しかしフェリシアは特に気にした様子もない。
「まあ、次は上手くやるぜ」
「やめるという選択肢はないのか、君には」
呆れた声で言うのはクリストファーだ。
基本的に真面目な人間である彼には校則違反をする人間の気持ちも分からなければ、罰則を受けてなお反省する様子がない人間の気持ちも分からない。
「フェリシア、恥ずかしくないの? ……ちょっと、私は恥ずかしいけれど」
アナベラは意外にも規則や法律は守るタイプだ。
守らなければ面倒くさいことになることが分かっているからであり、遵法精神に富んでいるからではないけれど。
「恥ずかしいに決まってるだろ。顔から火が出そうだぜ。でも、恥ずかしがったら余計に恥ずかしいだろう?」
ちなみにフェリシアが恥ずかしがっているのは「深夜徘徊を見つかったこと」であって、「校則を破ったこと」ではない。
そのあたりの認識は、フェリシアとそれ以外の者たちとの間に大きな相違があった。
「しかし……意外に軽いんだな。罰則」
ややズレたことを言ったのはマルカムだ。
そんなことないだろう……という視線がマルカムに集中する中、フェリシアは大きく頷いた。
「本当だぜ。鞭で叩かれるくらいは覚悟してたのにな。一日掃除したくらいで終わるなんて、チョロいもんだぜ」
「そんなに軽い罰則で済むなら、俺も挑戦してみようかな?」
「なら、私がコツを教えてやろうか?」
これにはアナベラたちも呆れるしかない。
なぜ、フェリシアとマルカムの二人と、それ以外の者で罰則への認識が違うのか。
それは二人の育った環境にある。
フェリシアは窃盗をして生活をしていたし、マルカムはそこまで困窮はしてはいなくとも街の不良だった。
窃盗に失敗して警吏に捕まれば、罰掃除程度では済まないし、不良との喧嘩に負けた場合も同様だ。
囲まれて散々に殴られ、蹴られ、リンチされるのが普通だ。
それに比べれば罰掃除など、罰のうちに入らないのだ。
一方、ほかの生徒たちは良家の出身者が多い。
平民であっても裕福な家の出の者がほとんどだ。
そのため掃除は相応の屈辱に、罰として機能する。
「ところで、フェリシア。君はどうして校内を真夜中にうろついていたんだ?」
チャールズが尋ねる。
これには他の者たちも気になっていたところである。
フェリシアは少し考えてから答える。
「そいつは秘密だぜ。……それが知れると、掃除程度じゃ済まなそうだしな」
フェリシアにとって幸いだったのは、見つかったのが魔導書を盗み出す前だったことだ。
もし禁書庫に忍び込み、魔導書を盗み出したことが教師にバレれば、もっと大変なことになっていただろう。
(今夜にでもまた、チャレンジしないとな)
全く反省していないフェリシアは内心でそう呟くのだった。
「まだ掃除をしているのかい?」
「夜、暗くなるまで掃除を続けろとの指示だぜ」
チャールズの質問に対し、フェリシアは窓を拭きながら答えた。
そして両手をチャールズに見せる。
「見てくれよ。私の綺麗な手にあかぎれが出来ちまった」
「痛そうだね」
「だろう? ……今夜はもっと、上手くやらないとな」
ニヤリと笑うフェリシア。
これにはチャールズも苦笑いを浮かべるしかない。
「それにしても、君は本当に変わったね」
「そうか? 私は変わった気はそんなにしないけどな」
「昔は……もっと、規則とか、君は厳しかっただろ」
「そうだったか?」
「ああ。……僕は何度も君に怒られたよ」
チャールズが何らかのマナー違反をするたびに、王太子として相応しくない行動をするたびにフェリシアはそれを咎めた。
マナーや言葉遣いにも非常に厳しかった。
だからチャールズは……実は昔はそんなにフェリシアのことが好きではなかった。
お節介な、うるさい奴だと思っていたのだ。
「僕は……君がいなくなってから、初めて気付いたんだ。君が僕のことを思って、厳しいことを言ってくれていたんだって」
「買い被りすぎだぜ」
「でも、君のおかげで今の僕はある」
フェリシアは肩を竦めた。
「大袈裟だ」
「そんなことはない。僕にとって、君は本当に……恩人なんだよ。だからこそ……僕は、君を助けられなかったことが、悔しくて仕方がない」
チャールズはそう言って拳を握りしめた。
そしてフェリシアの目を見つめて言った。
「教えてくれないかな? 君が今まで、どうやって過ごしていたかを。もちろん、話したくないなら、無理にとは言わないけど」
フェリシアは眉を顰める。
「別に嫌じゃないけど……面白い話じゃないぜ?」
「分かっているよ。……でも、僕は知らなきゃいけないと思うんだ。君の苦労や苦しみを何も知らずに、このまま君との関係を続けるべきじゃないと思っている」
「……まあ、そう言うなら、良いけどさ」
フェリシアは掃除を続けながら、淡々と話し始めた。
窃盗や物乞いなどをして暮らしていたことも、隠さずに話した。
「そんなに、大変な生活をしていたなんて、想像もしていなかった……」
「別に無理もないぜ。私も没落するまで、あんな生活があるなんて知らなかったからな。……あと、前にも言ったが、お前が気に病むことじゃないからな?」
「……分かっているよ」
チャールズは頷いた。
過去ではなく、今と未来を助けてくれ。……以前。フェリシアにそう言われたことを、チャールズは覚えている。
「でも、君は凄いよ。そんな大変な生活の中で、こうして魔法学園に来て、今でも努力しているんだから。……それに比べて、僕は昔からダメだね。本当に……」
「そんなことはないぜ。お前は良い奴だ。私も、昔は結構好きだったからな。自信を持て」
何気ない様子でフェリシアは言った。
「え?」
驚いた様子でチャールズは目を見開いた。
そして僅かに赤らんだ顔で、フェリシアに尋ねる。
「そ、それは一体、どういう……」
「勿論、初恋としてだぜ。おっと、八歳の頃の話だ。本気にすんなよ?」
フェリシアはそう言ってバケツに雑巾を突っ込む。
今度は別の場所を掃除するために、バケツを持って歩き始める。
そして歩きながら、すれ違いざまに言った。
「今はただの友達以上のものはないから、安心しな」
そして最後に振り返り、快活に笑った。
「でも、逃した魚は大きいって。ちょっとくらいは思っただろ?」
そして去って行ってしまう。
チャールズはフェリシアを見送りながら呟いた。
「……本当に、大きいよ」
フェリシアちゃんは恋愛的な意味では、今のところ三人のことは好きじゃないけど
別に全然脈がないわけでもないし、好きって言われるのは好きだから
多分、付き合ってって言えばお試しで付き合ってくれます。キスとかは、してくれないけれど
でも三人ともヘタレだから、そんな未来は訪れないのである
天使なフェリシアちゃん、マジ小悪魔!
という方はブクマ、ptを入れて頂けると
アコーロンさんが地獄に堕ちます
次回予告
お爺ちゃんが動きます
ところで、ある程度話が進んできたらジャンルが「恋愛(異世界)」か「ハイファンタジー」か本決めするみたいな話をしましたが
如何ですかね?
何かご意見がある方は、伝えて頂けると幸いです
まあ、特に無さそうならば現状のハイファンタジーのままで良いかなと思っていますが