第3話 没落令嬢様は魔導師に弟子入りする
アルバ王国の「迷いの森」。
その奥深くには魔導師マーリンが住んでいる。
マーリンは人嫌いだが、非常に優れた錬金術師で、どんな難病の薬も作ることができる。
眉唾ものの噂であるが、フェリシアにはそれに縋る以外の方法はなかった
フェリシアは残っていたお金で三日分の食料を買い、母親に渡した。
そして目的地は告げず「三日後には必ず戻る」と伝えて、家を出た。
そして「迷いの森」の奥へと、足を踏み入れた。
「威勢よく出たは良いけど……参ったな。迷ったぜ」
フェリシアは拾った枝を杖にして歩きながら、呟いた。
すでに二日経っているがフェリシアはマーリンを見つけることはできなかった。
アナベラは容易くマーリンに出会えたが、それは原作知識があったからだ。
しかしフェリシアは「マーリンはマカロンが好物」などという情報は知らないし、森のどこに住んでいるのかも当然知らない。
当てもなく迷い歩くしか方法はない。
「寒い、お腹空いた……」
降り始めた雪と空腹がフェリシアの体力を奪う。
それでも必死に前へと足を進めるが……ついに力尽き、倒れてしまった。
「花畑?」
気付くと、春の陽気を感じさせる、一面に花畑が広がる楽園のような景色が広がっていた。
花畑の中央には木造の小屋があった。
「はは……天国かよ」
気付くとフェリシアは花畑に倒れていた。
そして目を瞑る。
「約束を……果たせなくて、申し訳ありません……お母様」
「全く……こんなところで死なれたら、良い迷惑なんだけどね。死体を処理する方の身にもなって欲しいものだわ」
暗闇の中、フェリシアはそんな声を聞いた。
「……ここは?」
目が覚めると、フェリシアは暖かく、柔らかいベッドの上で寝ていた。
周囲を見渡すと……知らない場所だ。
「目が覚めたようだな」
まるで平淡な、男とも女とも分からない声が聞こえた。
そちらに視線を向けると……深いフードを被った人物が椅子に座り、こちらを観察している。
フードを被った人物は、謎の黄色い液体をフェリシアに差し出した。
「これを飲め」
「……分かったぜ」
どういうことか分からないが、助けて貰えたらしい。
ならば疑っても仕方があるまい。
そう思ったフェリシアは薬を一気飲みした。
すると……
「ち、力が……」
「体力が戻ったようだな。……では、早々に立ち去れ」
フードを被った人物は冷たくそう言い放った。
フェリシアはまじまじとその人物を見つめ、そして尋ねる。
「もしかして、大魔導師マーリン様か?」
「……確かに、その通りだ」
「お願いがある!」
フェリシアは深々と、マーリンに頭を下げようとして……それをマーリンは手で制した。
「眠っているお前の記憶を探らせて貰った。大方の事情は知っている」
「な、なら……」
「薬を作る気はない。私にメリットがないからな」
「そ、そんな……お願いします」
しかしマーリンが承諾してくれそうな気配はない。
フェリシアは改めて向き直り、膝を折った。
「どうか、どうか……お願いします。何でも、私にできることならば、何でもします」
「……ふむ」
マーリンはじっとフェリシアを見つめた。
それから少し考え込んだ様子で尋ねた。
「そう言えば、ローランに助けられたようだな」
「それが一体……」
「薬が欲しければ、質問に答えろ。あと、猫は被らなくても良い」
そう言われれば答えるしかない。フェリシアは頷き、そして敬語を使うのもやめる。
「ああ、助けてもらった。カッコ良いなって、思ったぜ。私もあんな風になりたい!」
「あんな風、とは……魔導師になりたい、と?」
どこか試すようにマーリンは尋ねた。
それに気づかず、フェリシアは少し考えてから首を横に振った。
「うーん、ちょっとそれは違うんだぜ。別に魔導師じゃないとどうしてもダメってわけじゃない」
「……ではローランのようになりたいと?」
「ローラン様には感謝しているけど、あの人はちょっと、いやかなり変わっているぜ。……カッコいいなとは思うけど、自分がああなりたいとは少し思わないぜ」
「でも口調はローランだが?」
「す、少しくらいは真似したって良いだろ!」
顔を少し赤らめてフェリシアは反論した。
マーリンはどこか愉快そうに不気味に笑い、そしてフェリシアに尋ねる。
「では、人助けがしたいと?」
「それは……それも、少し違う。あ、いや……助けられるならするぜ? でも、ローラン様のように世界中を回って人助けってのは、ちょっと違う」
「……では、どんな姿に憧れたと?」
フェリシアは腕を組み、うんうんと唸ってから答えた。
「キラキラして見えたんだ」
「キラキラ?」
「自由というか……自分の信念に従って生きているというか、世間の風潮に流されないというか、とにかく、こう、芯がしっかりしているっていうのかな? そういうところが、凄いなって思えたんだ。だから、私も……」
フェリシアは強く頷いた。
「自分の生き方を見つけて、それに従って生きていきたい。惰性じゃなくて、自分で自分を決められる人間になりたい。……魔導師はそんな人物の代表例、って感じかな? ローラン様も、勿論、マーリン様にも私は憧れる。……輝いて見えるんだ」
まあ……ローラン様は相当な変人だし、マーリン様も意地悪な引きこもりだから、そこは全然憧れないけど。
と、口から出かけた言葉をフェリシアは飲み込んだ。
「それに貴族から平民に堕ちて、分かったんだ。私は何にも、この世界のことを知らなかった。こんな生活が存在するなんて、想像もできなかった。世界はまだまだ、私が知らないことばかりなんだ。だから……知識と力が欲しい。いろんなことを知りたいんだ」
そう言ってから、フェリシアはため息をついた。
「まあ、衣食住すら覚束ないこの状況じゃあ、魔法学園に通って魔法を習うなんて、夢のまた夢だけどな! その辺は、頑張って何とかするしかないぜ」
そして陽気に笑った。それからマーリンに尋ねる。
「で、どうだ? 話したぜ。薬、作ってくれるか? 母さんの病気は最優先事項なんだが。それが治らないと話にならない」
しかしマーリンはフェリシアの言葉を無視し、ブツブツと小声で呟く。
「自分の哲学が欲しい、哲学を持って生きたい、そういうことね。……そして困難な状況でも、自力で学ぼうという強い意志がある。数か月前まで貴族であったにも関わらず、生きるために窃盗や靴磨きに従事する……手段を択ばぬ狡猾さ。そして薬を得るために『迷いの森』へと躊躇なく入る勇気。好奇心と探求心も旺盛で、頭の出来もそんなに悪くはない……うん、良いわね」
「何が良いんだ?」
「フェリシア」
マーリンは自らのフードを取り外した、
現れたのは……十五歳ほどの年齢に見える、白髪の少女だった。
「私の弟子になりなさい。それが条件よ」
「……弟子?」
フェリシアは目を丸くする。
そもそも百歳を超えると言われているマーリンの見た目が十代の少女というのも驚きだが、それ以上に弟子という提案は意外だ。
「どうしてだ?」
「助手が欲しいと思っていたし、それに私もそろそろ後進育成に精を出して、少しは社会に貢献しようと思っただけよ。そんな折に丁度、見込みがありそうな子が現れた。それだけ」
見込みがありそうな子、というのはフェリシアだろう。
しかしフェリシアは首を傾げる。
「どこが、どう見込みがありそうなんだぜ? 私、そんなに魔法の才能があるのか?」
「魔法の才能は並み以上にあるわね。でも、魔導師にとって大切なのは魔法の才能じゃないわ」
「……? 魔導師ってのは、凄い魔法使いのことじゃないのか?」
「それは魔導の何たるかを分かっていない馬鹿な魔法使いか、自分を魔導師だと思い込んでいる大馬鹿な魔法使いの考え方よ」
マーリンはそう言って鼻で笑った。
ちょっと馬鹿にされた気がしたフェリシアは眉を顰める。
「じゃあ、何なんだよ」
「魔法使いは、魔法を道具として“使う”者。一方、魔導師とは魔法を“導く”者。世界の理を解き明かし、学問を探求する者。知識の消費者ではなく、生産者。だから魔導師に絶対に必要なものは、“好奇心”と“探求心”。そして人生の指針となる“哲学”。ただ魔法が使いたいなんていう動機は、いくら魔法の才能があろうとも『論外』よ」
そう言ってからマーリンはフェリシアの顔に指を指す。
「そもそもね、魔導師以前に、特定の職業になりたいなんていうのは、私から言わせてみれば薄っぺらい。職業なんてのは、ただの外見でしかない。大事なのは中身。どのような人生を歩みたいかどうか。憧れの職業なんてのはね、無数に存在する通過点に過ぎない。通過点を目的地に掲げる人間に未来はないわ。その点、あなたは幼いながらも本質を理解していた。だから見込みがある」
「……マーリン様ってさ」
「何?」
「好きなことだと、とたんに饒舌になるんだな。凄い早口と長文だぜ」
フェリシアがそう言うと……マーリンの顔は真紅に染まった。
そして杖を振り上げ、フェリシアの頭を殴った。
「痛い!」
「黙りなさい。……それで、私の言いたいことは分かった?」
「ああ、理解したぜ。魔導師ってのは……なるもんじゃないし、目指すものでもない。真理を探究しているうちに、信念を貫いているうちに、気が付いたらなっているもの。……そういうことだろ?」
フェリシアの問いにマーリンは満足そうに頷いた。
「そういうこと。で、どうする? あなたが私に弟子入りするというのであれば、最低限の面倒は見てあげるわ。身を守るための術も教えてあげる」
「願ってもないことだぜ……師匠!」
「契約、成立ね」
だぜっ子、もっと増えて欲しい……
という方はブクマpt等をいれて頂けると
この小説がランキングに上がって、もしかしたらだぜっ子が流行る切っ掛けに……
なったらいいですね(希望的観測)