第3話 秀才令嬢はライバルに護身術を指導する
それから約一週間後。
フェリシアは図書館の中にいた。
「……何をしているんだ」
クリストファーは目の前に座るフェリシアに尋ねた。
二人はたまに図書館で一緒に本を読んだり、課題をやったりする。
今日もクリストファーは課題をやっているのだが……フェリシアは読書ではなく、別の作業をしていた。
「何をしているように見える?」
「……裁縫をしているように見える」
「その通りだぜ」
フェリシアはマフラーに施した刺繍をクリストファーに見せた。
可愛らしい猫の刺繍が編み込まれている。
「ほら、可愛いだろ? 猫ちゃんだぜ?」
パッと輝くような笑顔をクリストファーに向けてフェリシアは言った。
そんなフェリシアの笑顔を見たクリストファーは、頬を掻き、目を逸らしながら曖昧に頷く。
「そ、そうだな……うん、可愛いよ」
「だろう?」
パチッとフェリシアはウィンクをした。
クリストファーの心臓が跳ね上がる。
「顔が赤いけど、大丈夫か? 風邪なら、休んだ方が……」
「き、君には関係のないことだ!」
それからクリストファーは誤魔化すように尋ねる。
「体調と言えば、少し前まで調子が悪そうだったが、大丈夫か?」
「ん? ああ、心配ご無用だぜ」
先日、フェリシアは『私有時間旅行記――青の書――』を読み終えた。
そして昨晩、禁書庫に戻したところである。
一先ず、難題を片付けることができたので、フェリシアは上機嫌なのだ。
(まあ、でもローブを自由に改造できるようになるまではまだまだ足りないぜ。あと数冊は魔導書を読まないと……こんどは精神的に楽な奴が良いな)
今晩にも再び図書館へ忍び込むつもりでいた。
「絶好調だぜ」
「……それは良かった」
「心配してくれていたのか?」
「ば、馬鹿を言え! ……ただ、その、あれだ。不調なライバルに勝っても、何の意味もないからな。それ以上でも、それ以下でもない!」
フェリシアは肩を竦めた。
クリストファーは照れ隠しで言っているのは明白だ。
「まあ、何だって良いぜ」
軽口を叩きながらも、フェリシアはマフラーに刺繍を施していく。
中性的で乱暴な口調で話す彼女だが、意外にも可愛いものが好きで、そして女子力も高いのだ。
器用なものだと、クリストファーが感心していると……
「手が止まっているけど、分からないところがあるのか?」
「……いや、そういうわけじゃない」
「じゃあ、悩み事とか? 私で良かったら聞くぜ?」
悩み事。
勿論、無いわけではない。
「……その、だな」
「ああ、どうした?」
「護身術の授業があるだろう?」
護身術の授業は数少ない、体を動かす授業だ。
最低限、自分の身を守ることができるように体術を習うことになる。
勿論、身を守るため云々はただの大義名分で、実際には生徒たちが運動不足に陥らないようにするためのものだが。
「それがどうしたんだ?」
「いや……あまり成績が良くないんだ」
「あー、なるほどね」
「……なるほどって、どういう意味だ」
「いや、深い意味はないぜ」
クリストファーはどう見てもインドア派で、体を動かすのは苦手そうだ。
だから護身術が苦手というのは納得できる。
勿論、それを直接口で言うのは失礼なので言わないが。
「マルカムに教えて貰えよ。あいつは得意だろ?」
「聞いたさ。……でも、その、感覚的過ぎて……」
「確かに、あいつは人に物を教えるのは絶対に向かないな」
そしてフェリシアは立ち上がる。
「じゃあ、私が教えてやろうか?」
「……え?」
「コツがいるんだ。それに……私なら、マルカムよりは論理的に教えられるぜ」
それからフェリシアは周囲を確認する。
丁度、この階には司書はいない。
フェリシアはローブと上着を脱ぎ、ブラウスの袖を上げる。
そしてネクタイを外し、ボタンも一つ外す。
「さあ、やろうぜ」
「い、いや……しかし、ここは図書館だぞ?」
「常識に囚われてちゃ、いつまでも私に勝てないぜ?」
「……それはあまり関係ないと思うが」
クリストファーは冷静に突っ込むが……しかしフェリシアはやる気のようだ。
ため息をつき、ローブを脱ぐ。
そして身軽な姿になる。
「よろしく頼む」
「ああ。おっと、その前に少し結界を張っておくか」
フェリシアは杖を手に取り、防音や衝撃を緩和する魔法を周囲に掛けた。
そして掌を上にして手招きをする。
「とりあえず、やってみろよ。一度、お前のやつを見ないことにはアドバイスのしようがないぜ」
「分かった」
クリストファーはフェリシアの衣服を掴み、足を払う。
そのまま倒れる勢いを使い、フェリシアを地面に投げる。
そして初歩的な投げ技だ。
ドンっと絨毯に背中から落ちる。
「うーん」
「……どうだ?」
フェリシアは立ち上がってから、クリストファーの投げ技を評価し始める。
「勢いが足りないな。あと、掴む位置が少しズレてる。体重移動のタイミングも違う。まあ、投げられてやることはできるが、抵抗しようと思えば簡単にできてしまいそうだな」
フェリシアはそう言ってからクリストファーの服を掴んだ。
「次は私がやってみせる。三、二、一!」
「うわっ!」
くるり、とクリストファーの体が回転した。
綺麗に背中から落下する。
「どうだ?」
「……全然違うな」
フェリシアはクリストファーに手を伸ばし、体を起こさせる。
そして今度はその手を取り、具体的に掴む場所を指示する。
「ここと、ここを掴むんだ。あと……体幹をもう少しズラして……そう、そこだ。そのまま少し私を押すんだ……こうすると、私のバランスが崩れるだろ? ここで足を払って、ひっくり返せ」
「っく……はぁ!」
フェリシアの体が宙を舞う。
今度は先程よりもきれいに、そして自然な形で絨毯に落下した。
「良いじゃないか。あと、二、三回ほどやってみようぜ」
「あ、ああ!」
少しだけ自信を付けたらしいクリストファーは、調子良くフェリシアを投げ飛ばした。
投げるたびに上達するクリストファーに、フェリシアは上機嫌だ。
「良いね。今のを忘れなければ、授業でもそれなりにできるぜ」
「あ、ああ! ありがとう……」
司書が戻ってきたので、フェリシアたちは授業を中断した。
そして何気ない顔で椅子に座り、クリストファーは本を、フェリシアは裁縫を始める。
戻ってきた司書もまさか二人が絨毯の上で投げ飛ばし合っていたとは思わず、一度二人を確認してから、別の場所へと行ってしまった。
「しかし……ちょっと動いたら暑くなったな」
図書館には暖房器具が設置されているので、少し運動するとすぐに暑くなる。
フェリシアはブラウスのボタンを一つ外した。
白い鎖骨が僅かに覗く。
「ところで、さっきからやっているのは錬金術の課題か?」
フェリシアはそう言って身を乗り出し、クリストファーのノートを覗き込む。
「ああ、そうだ。別に分からないところはないから、これに関しては教わることは……」
一瞬、クリストファーの言葉が止まる。
前かがみになったことで、僅かにフェリシアの胸元がクリストファーの視界に入ったのだ。
「どうした?」
「い、いや……何でもない! 君は自分の作業に戻り給え」
クリストファーはそう言ってフェリシアの肩を掴み、押し返した。
フェリシアは首を傾げる。
「変な奴だな」
「君は、もう少し……」
「もう少し?」
「いや……何でもない」
クリストファーは首を左右に振った。
その顔は僅かに赤かった。
「……意外にあるんだな」
ボーっと、虚空を見つめながらクリストファーは呟いた。
するとルームメイトのマルカムは眉を顰める。
「壁を見つめて、どうしてニヤニヤしているんだ? 良いことでもあったか」
「い、良いことなんか、あるもんか!!」
「別にそんなに強く否定することはないだろ」
本日の最萌えポイント
「猫ちゃんだぜ?」
胸元が緩いことで定評があるフェリシアちゃん
ところでこの学校の制服ですが
カッコ良さを重視して、男女ともにネクタイにしています
リボンが好きという人は、頭の中でリボンに変えてください
神聖な図書館でイチャイチャしやがって
このリア充共め、爆発しろ! 死ね! 地獄に落ちろ! フェリシアちゃん可愛い!
という方はブクマ、ptを入れて頂けると
アコーロンさんが爆発します
次回予告
逃した魚は大きかった!