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第2話 心労令嬢は幼馴染に元気づけられる

マーリンとアコーロンがいるんだから、そりゃあ“あいつ”もいるよねって

話です

 フェリシアが図書館に忍び込んだ日からしばらく。

 秋も深まり、肌寒くなってきた日のこと。


「フェリシア、ちょっと良いか?」

「ん? 何だぜ?」


 練習後、アーチボルトに呼び出されたフェリシアは首を傾げる。


「いや、大したことではないが……最近、少し顔色が悪いと思ってな」

「そうか?」

「いや、俺の気のせいなら良いが……体調には気を付けるんだ。今の時期は風邪も引きやすい」

「ああ、分かったぜ」


 フェリシアは頷き……

 そしてアーチボルトが去ってから小声で呟く。


「察しが良いにも程があるぜ」






 魔法学園は週休二日制だ。

 そんな休日のある日、フェリシアは魔法学園の公園で本を開いていた。

 ただの本ではない。

 新たに禁書庫から持ち出した魔導書だ。


「っく……キツいぜ」


 フェリシアは読み始めてから二、三時間ほどで本を閉じた。

 ページは十ページほどしか進んでいない。

 そして気分転換のために空を見上げる。


「『私有時間旅行記――青の書――』。こいつを選んだのは大正解、ではあったんだけどな。まさか、ここまで辛いとは、想像してなかったぜ……」


 『私有時間旅行記――青の書――』は読む人間によってその内容を変える。

 というのも、この本に書かれているのは読者の人生そのものだからだ。

 フェリシアの場合は十三年間の人生が主観的に記述されている。 

 勿論、十三年間の人生すべてが記されているわけではなく……特に印象に残った出来事に重点が置かれている。


 それだけでも十分に興味深いが……この魔導書を危険な魔導書足らしめているのは、読者の記憶や感情を過去へと送り込んでしまうことだ。


 フェリシアの場合、彼女の人生で一番辛く、厳しく、濃密だった時期……家が没落し、社会の上層から下層へと転落し、父親が蒸発し、母親が病気になり、寒さと飢えに苦しみ、屈辱的な仕事を強いられていた時を追体験させられる。


「これを書いた奴は本当に、性格が悪いぜ。……モーガン・ル・フェイ、か。そう言えば、あのふざけた、脱走するクソファッキン魔導書もこの人の著作だったな。本当にどういう性格をしているんだか」


 もっとも、次元魔法に関する書籍のうち、魔導書も非魔導書も含め、この『モーガン・ル・フェイ』が著したモノは非常に多い。

 フェリシアはその多くを読み、参考にしている。

 それほど良書が多いのだ。……隠しきれていない性格の悪さは、随所に滲み出てはいたが。


 しかし優れた魔導師ほど変人が多いのは、フェリシアの師であるマーリンの例から明らかだ。


 きっとこのモーガン・ル・フェイも、優秀な魔導師なのだろうとフェリシアは想像した。

 ……性根の方は捻じ曲がってそうではあるが。


「あと、もう少しで師匠と出会えるから、ちょっとは楽になるんだけどなぁ……まあ、そのあとも大変なんだけど」


 フェリシアは淀んだ目で呟いた。

 勿論、辛い過去を追体験させられるのは苦行だが……その魔法を維持し続けるには集中力が必要で、神経を擦り減らす。

 また読み終えた後に感情を現在の時間軸へと戻すのも、中々大変な作業でもある。


 読み始めた頃は上手く感情を戻せず、過去に感情が置き去りになったまま――つまり数年前にフェリシアが感じていた先行きの見えない不安と絶望、苛立ち――になってしまい、その不安定な精神状態で一日を過ごす羽目になった。


「全く、体にも良くないな……この本は」


 視線を自分の手首に移し、フェリシアは呟いた。

 読書中、無意識に掻きむしってしまったらしく血が滲んでいた。

 ……最近、回数も増えてきたような気もする。


 フェリシアは思わずため息をついた。


「っくぅ……ああ、戻ってきた。しかし疲れる……まあ、おかげでかなりコツが掴めてきたんだけどな」


 フェリシアは自分の横に置いていたバスケットを、膝の上に置いて開いた。

 中から二、三時間前に間食のために買ったサンドウィッチを取り出す。


 出来上がってから時間が経っているというのに、どういうわけか出来立てのように暖かかった。

 いや、実際に出来立てなのだ。


「小さな物体なら、時間を止められるようになったのは良い成果だな。この魔導書を読み終える頃には、ローブの時間停止くらいなら理解できるようになりそうだ。あと一週間は掛かりそうだけど」


 そして魔法を解除してからサンドウィッチに齧り付く。

 冷めても美味しいが……やはり出来立ての方が味は良い。


「しかし人のトラウマばっかり抉ってくんのは、やっぱり精神的に不安定な状態でも魔法を維持できるようにさせるためなのかね? それとも著者の性格が悪いのか。何にせよ、面倒だぜ」


 勿論、精神的に辛いというのもあるが、それ以上に魔導書を読むのが難しいという理由もある。

 魔導書は読むことが一つの魔術儀式として機能する。

 が、それは読むだけで魔法が作動するというわけではなく、その逆、魔法を使うことで初めて読めるのだ。

 「読書」という名の魔法を発動させ続けなければならないため、読むだけでも難易度は極めて高い。


「おい、フェリシア」


 ふと、声を掛けられた。

 誰かと思えば……それはマルカムだった。


「何しているんだ?」

「見ての通り、本を読んでいるんだ」


 フェリシアは本を手に取って見せて言った。

 するとマルカムは……


「貰った!」


 本をフェリシアの手から毟り取った。


「お、おい、ちょっと……」

「返してほしかったら、ここまで来な!!」


 脱兎のごとく逃げ出すマルカム。

 そのあまりの逃げ足の速さにフェリシアは呆然とするしかない。


「……なるほど、喧嘩か」


 ニヤリとフェリシアは笑った。


「そう言えば、お前とは喧嘩をする約束をしたけど……まだしてなかったな」


 フェリシアは全身に魔力を込める。

 特に足を中心に、筋力を強化する。


「待てぇ!!」


 全速力で走りだした。

 




 一方、マルカムは……


「くそ、もう追いかけてきたか……でも、追いかけっこなら、俺の方が早い!!」


 身体能力強化の魔法は全身に流す魔力量と、元の身体能力によって効力が変わる。

 フェリシアとマルカムでは言うまでもなくフェリシアの方が、魔法の腕は優れているが……

 全身に流せる魔力量は先天的な素養であり、こちらはどちらも大差はない。

 そして筋力は男子であるマルカムの方が上だ。


 どんどんフェリシアを引き離していく。

 

「はは、どうだ……って、嘘だろ!?」


 が、しかし一度は引き離したはずのフェリシアはすぐに追いかけてきた。

 杖に跨り、空を飛びながら。


「嘘だろ? 魔導具無しで空って飛べんのかよ! っていうか、いつもより速いし……」


 空を飛ぶ魔法は実はかなり高度な技術だ。

 ラグブライで空を飛ぶことができるのは、飛行用の魔導具を用いているからである。


 だがフェリシアがその気になれば、ラグブライで飛ぶよりも速く空を飛ぶことができる。

 ラグブライの試合では魔法使用にはルール上の制限があるが……

 制限さえなければ、フェリシアに勝てる者は少ない。


「待ちやがれぇ!!」

「く、くそ……こうなったら!!」


 マルカムは杖を構え、フェリシアに立ち向かう姿勢を見せる。

 一方フェリシアは杖に跨ったまま、そのまま真っ直ぐ突っ込んでくる。


「ちょ、やっぱ、ムリ、ぎゃあああ!!」

「捕まえた!!」


 勿論、高速で突っ込んでくるフェリシアを受け止められるはずもなく、両者は衝突した。

 ぐるぐると回転しながら、二人は草原の上を転がる。


「観念しろ!!」

「っく、そう簡単に負けて堪るか!!」


 草原の上で揉み合いの喧嘩になる。

 互いに服を掴み合い、一方を抑え込もうとする。


 しかしそんなことをしていれば当然……


「っきゃ!」


 フェリシアが悲鳴を上げた。

 マルカムの指が胸に触れてしまったのだ。

 フェリシアの顔が恥辱と怒りで真っ赤に染まる。


「どこ触ってんだ、この変態!!」

「い、いや、今のは事故で……っぎゃ、痛い! 痛い! 降参、降参する!!」


 動揺したマルカムはあっという間にフェリシアに関節を抑え込まれ、取り押さえられた。

 フェリシアはマルカムの手から魔導書を毟り取る。

 そしてマルカムの上から離れ、立ち上がり、泥を払う。


「全くおかげで汚れちまったぜ」

「いててて……相変わらず、容赦ない……」


 一方マルカムもふらふらと立ち上がる。

 そんなマルカムに対し、フェリシアは腕を組み、眉を釣り上げて問い詰める。


「何を考えてるんだ! ……ま、まさか、私の胸を……」


 両手で体を抱きながら後退るフェリシアに対し、マルカムは弁明する。


「ち、違う! あ、あれは事故だ!」

「でも、本を盗ったのは故意だろ?」

「い、いや……気分転換になるかなと思って」


 フェリシアは首を傾げる。


「気分転換?」

「最近、何か元気がなかったからさ。さっきも酷い顔をしていたし。いや、でも良かった。元気が戻って何よりだ」


 ニヤリと笑うマルカム。

 これにはフェリシアも思わず頬を掻く。


「そうか……いや、ありがとな。それと、ごめん……心配かけたみたいだな。うん、さっきよりも元気は出たぜ」

「それは良かった」

「でも、手段は選んで欲しいというか……胸を触るのは、ちょっと……」


 頬を赤らめて言うフェリシアに対し、マルカムは首を大きく横に振る。


「ち、違う! あれは事故だ!」

「ふふ……分かっているぜ」


 フェリシアは快活に笑った。

 先程までの暗い表情は消えてなくなっている。


「でも、次触ったら許さないからな。反省しろ」

「あ、はい……本当に、すみませんでした」


 




「……柔らかかったな」


 その夜、マルカムはじっと自分の手を握っていた。 

 するとルームメイトのクリストファーは眉を顰める。


「何、手を見つめて、ニヤニヤしているんだ? 気持ちが悪い」

「に、ニヤニヤなんて、してねぇよ!!」

「……本当に変な奴だな」


マーリン、アコーロン、モーガンは伏線だからね!

覚えておいてね!(露骨)



さすがマルカム君

普通の男子じゃできないことを平然とやってのける、そこに痺れる、憧れる、もげろ、死ね、地獄へ落ちろ、殺す

という方はブクマ、ptを入れて頂けると

アコーロンさんがバナナを踏んづけて転びます



次回予告

クリストファーのターン! 

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