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第22話 騎士令嬢は囚われのお姫様を助けようとする

「私の、せいで……」


 喫茶店を出たアナベラは一人、落ち込んでいた。

 理由は偶然にも、フェリシアの過去を知ってしまったからだ。


 フェリシアが、アルスタシア家が没落してしまったことは随分前に知ることはできた。

 その原因の一つが木草紙であることも、アナベラは分かっていた。


 だがそのことを特に気に病むことはなかった。


 アナベラにとって、木草紙は羊皮紙よりも“良い物”だ。

 その良い物をこの世界に齎したのだから、それが悪いことのはずがない。

 

 だから羊皮紙を主産業とするアルスタシア家が、木草紙によって没落したという事実を知った時は「時代遅れだったアルスタシア家が悪い」と、考えていた。


 フェリシアが自分を恨んでいる可能性を考え、フェリシアに対して怯えていたが……もし本当にフェリシアが自分を恨んでいたら、それは「逆恨み」だと内心で断じていた。


 だからアルスタシア家が自分のせいで没落したことは、全く気に病んでいなかった。

 ……フェリシアの過去を知る前は。


「そんな、本当にそんな、辛い生活をしていたなんて……」


 窃盗も、ゴミ漁りも、アナベラにはそんな経験はない。

 前世でもそれなりに恵まれた家庭で生まれ育ったし、この世界では成り上がりとはいえ貴族家の生まれだ。

 飢えや寒さとは無縁の生活を送っていた。


 だからこそ、フェリシアが、身近な人物がそんな境遇にあったことはアナベラの心に響いた。

 本当に可哀想だと、気の毒だと思った。

 そしてその原因が自分にあることに気付いた途端……強い罪悪感を覚えた。


「あの時の、ブリジットの言っていたことは本当だったのね」


 ふと、アナベラはダンスパーティーのことを思い返す。

 ブリジットはフェリシアに対して「盗みをしていた。物乞いをしていた」などと言っていた。

 あの時、アナベラは混乱しており、加えてフェリシアとの言い合いの中でブリジットが嘘をついているという流れになったので、アナベラ自身も特に深く考えることなくブリジットが嘘をついていたと考えていたが……


 本当のことだったようだ。


「どうしよう……あ、謝れば……いや、でも……」


 フェリシアは言っていた。「過ぎたことは取返しがつかない」と。

 全くその通りだ。


 アナベラはフェリシアに対して、何の償いもできない。

 もしアナベラがフェリシアの立場だったら……絶対に許さないだろう。


「ああ、もう……こんなことなら、やらなければよかった」


 肩を落とし、アナベラは街を歩く。

 後悔と罪悪感で頭が一杯になる。


 そして……


「……あれ? ここは、どこ?」


 ふと、アナベラは自分が見知らぬ場所にいることに気付いた。

 考え事をしながら歩いているうちに、裏路地に迷い込んでしまったようだ。


「戻らないと」


 アナベラは元来た道を戻ろうと、振り返ろうとする。

 が、突然、その手を引っ張られた。


「え、ちょっと……」

「お嬢さん、魔法学園の生徒だな?」


 そこには野卑な笑みを浮かべた男がいた。

 気付くと周囲を男たちに囲まれている。


「っひ、誰か、助け――」


 アナベラは大声で助けを呼ぼうと叫ぶ。

 が、すぐに口を手で塞がれてしまう。


「んぐっ……」(ま、不味い……これ、原作イベントだ……)


 休日にロンディニアの街で歩いていると、低確率で「道に迷う」ことがある。

 そこで暴漢に襲われるのだ。

 

 このゲームではこのタイミングで「誰の名前を心の中で叫ぶか?」という選択肢が出てきて、今まで出会った攻略キャラの名前が羅列される。

 キャラクターを選択すると、その通りのキャラが主人公を助けに来てくれて、そのキャラとの親密度が上がる。


 というイベントだ。

 低確率ではあるが好感度を一気に上げることができる上に、フラグやステータスに無関係で発生するイベントなので、ゲーム的には便利なイベント。

 

 が、しかしそれはゲームの中での話だ。


(だ、誰か助けてくれる人は……マルカム君とアーチボルト先輩とチャールズ様はラグブライの練習で、クリストファー君は図書館で勉強……ま、不味い、この街に誰もいないじゃん!)


 ゲームのように都合よく、攻略キャラがこの場にいてくれるはずもない。

 だらだらと冷や汗が背中を伝う。


(そ、そうだ! 魔法を、魔法を使えば良いじゃない! 私はチート持ちなのよ? こんな噛ませ犬みたいな奴に、負けるはずがないわ!)


 アナベラはそう考え、魔力を練り、反撃しようとする。

 だが……


(ど、どうして、魔法が……)

「魔力は一級品のようだな。だが……まだまだ技術が足りない。魔法式の組み方が甘いぞ? その程度、論理結界で容易く無力化できる。いい勉強になったな」


 リーダー格の男は笑いながら言った。

 その手には短い杖――ワンド――が握られている。彼は魔法使いだったのだ。


 優れた魔法使いは魔法を封じることができる。

 如何に優れた保有量や放出量を誇っても、魔法そのものを封じられてしまえばどうしようもない。


 本当に優れた魔法使いや魔導師同士の戦いで戦いの鍵を握るのは、保有量や放出量ではない。

 どれだけ高度な魔法式を組めるかである。

 これはマーリンがアナベラを、正確には彼女の才能を評価しなかった理由の一つがこれだ。


(ま、不味い……本当に、不味い! ど、どうしよう……だ、誰か……)


 その時、アナベラの脳裏に浮かんだのはフェリシアの顔だった。

 普段は快活な表情を浮かべている彼女だが……もしかしたら、その快活な表情は苦しみを隠すためだったのかもしれない。

 そして彼女を苦しめたのは……アナベラだ。


(ああ、きっと……これは天罰なんだ。……ごめんなさい、フェリシアさん)


 アナベラは目を閉じた。

 その時……


 聞き覚えのある声がアナベラの耳に届いた。


「おい、お前ら。何をしている」


 思わずアナベラは目を開く。

 そこにいたのは……フェリシアだった。





 時間を遡ること、数十分前。


「ああ、もう!! 油断したらすぐこれだぜ!!」


 フェリシアは再び街の中を走っていた。

 喫茶店を出た後、フェリシアは王都の噴水広場のベンチで魔導書を読んでいた。

 四次元移動を防ぐ結界で本を拘束しながら、一人黙々とページを捲っていた。


 しかしアンガスと出会って精神的に不安定になったフェリシアは少々集中力に欠けていた。


 時折、ふと「ちょっと言い過ぎたかな」とどうしても考え込んでしまう。

 そして魔法の維持には、集中力は必須だ。

 それが高度なものであればあるほど。


 結果、フェリシアの作った結界に若干の綻びができてしまうのは当然のことで……そこから魔導書が逃げ出すのも必然だった。


「くっそ……魔力反応はこっちだな!」


 幸いにも魔導書が放つ魔力周波は独特なので、居場所を探すことはそこまで難しくはない。

 

「あった! とりゃ!!」


 フェリシアは逃げ出そうとする魔導書を結界で囲んだ。

 拾い上げ、本を閉じる。


「全く、油断も隙も無いぜ。もう少し読み方を工夫する必要があるかもな」


 フェリシアは再び、本をローブの中に仕舞う。

 そしてため息をつく。


「はぁ……今日は疲れたぜ。帰るか」


 魔法学園に帰ろうとする。

 ……ふと、フェリシアの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……アナベラ?」


 フェリシアはその声がした方向へ走り出した。





「アナベラを離せ。チンピラ」

「ああ!? 正義の味方ごっこかよ、クソガキが」


 リーダー格(魔法使い)と思しき男は、突然現れたフェリシアに対してそう怒鳴った。

 が、すぐに野卑な笑みを浮かべた。


「しかし……ふーん、お前も魔法学園の生徒か。……身代金が取れそうだな」

「悪いが、私の家族はそんなにお金持ちじゃないぜ」


 フェリシアは飄々と返した。

 フェリシアへチンピラの気が逸れた隙に、アナベラは自分を抑えるチンピラの手を噛んだ。


「痛!」

 

 一瞬、アナベラの口を塞ぐ手が離れる。

 その隙にアナベラは叫んだ。


「フェリシアさん、逃げて! 論理結界? とかいうので、魔法を無力化できるの!!」

「なるほど、確かに論理結界が張られているな」


 フェリシアは周囲の魔力を探る。

 見た限り、かなり大規模で緻密な結界だ。

 即席のものではなく、相応の時間――最低でも数分以上――を掛けて作られたものだろう。


 これを解除するには骨が折れそうだ。


「でも、だからと言って、逃げるわけにはいかないぜ」


 フェリシアはそう言って樫の杖を構える。

 どう見ても臨戦態勢だ。


 アナベラはフェリシアがどれくらい強いかどうかは知らないが……自分よりも背の低い少女が、魔法無しで十数名の男たちに勝てるはずもない。


「ど、どうして、私なんかのために危、んぐっ」

「黙れ! このクソガキが!! やってくれたな!!」


 再びアナベラの口が塞がれる。

 アナベラは目でフェリシアに逃げるように訴えるが……


「おい、アナベラに乱暴をするな。もし、傷つけてみろ。ただじゃ済ませないぞ?」


 逃げるどころか、フェリシアはアナベラを助ける気満々だ。


(ど、どうして……私は、酷いことをしたのに。あなたを不幸にしたのに……今までも、散々酷い態度を取ったのに……)


 アナベラの瞳に涙が浮かぶ。

 

「馬鹿なガキだ。とっとと尻尾撒いて逃げれば、逃げられたのにな」


 リーダーである魔法使いの男が笑う。

 気付くとフェリシアの背後にチンピラたちが回り込んでいた。


「どうして、そうまでして助けようとするんだ? お仕置きする前に、聞いておいてやる」

「アナベラも、お前も……変な質問をするな」


 フェリシアは不敵な笑みを浮かべて答えた。


「友達を助けるのに理由はいらない。強いて言えば、友達だから、が理由だぜ!」

 

 フェリシアはそう言ってアナベラに対し、ウィンクをした。

 ドキっと、アナベラの心臓が跳ね上がった。


10話の時点でフェリシアの中ではアナベラは友達認定です

割と片想いでしたが


フェリシアちゃんマジイケメンと思う方はブクマptを入れて頂けると

皆さんもフェリシアちゃんの「友達」になれます

いざという時に助けに来てくれるかもしれません



次回予告

フェリシア無双

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