第20話 泥棒令嬢は図書館に忍び込む
6時に19話を投稿しましたので、まだそれを読んでいない方は前話に跳んでください
ところで一部キャラの名前が違うような気がするかもしれませんが、別に間違いではありません
「さーて、まずはエロ本コーナーに行かないとな」
フェリシアは地下へと足を進めるため、階段を下りる。
実はフェリシアは地下へ行くどころか、階段を下りたことすらなく、近寄ったこともない。
何故か、と言えば……「むっつりスケベ」扱いされるのが嫌だったからだ。
十二、三歳くらいの年頃の子供は、思春期ということもあり、ほんの些細なことでも大騒ぎする。
男子なんて、少し道を間違えて地下へ行ってしまった日には、その日から彼の綽名は「エロ」か「変態」の二択だ。
女子はそんなことはないが……まあ揶揄われることは十分に考えられる。
だからフェリシアは近づかなかった。
勿論……純粋に恥ずかしかったという理由もあるのだが。
さて、地下には厳重そうな扉が一枚あった。
その前には槍を持った銅像が立っている。
この向こう側がエロ本コーナー……つまり十五歳未満閲覧禁止の書籍が収められている場所だ。
フェリシアがその扉へと向かおうとすると……
「止まれ!」
突如、銅像が喋った。
そして喋るだけではなく、動きだし、槍をフェリシアの顎先へと向けてくる。
これにはフェリシアも驚く。
「お、おう! ……なんだぜ?」
「学生証を提示せよ」
「……」
このままでは槍で突かれてしまうと考えたフェリシアは銅板で出来た学生証を見せた。
そこにはしっかりと一年生、十二歳、『フェリシア・フローレンス・アルスタシア』と記載されている。
銅像は大きく首を左右に振った。
「ここより先は十二歳は入ってはならない。故にフェリシア・フローレンス・アルスタシアはここより先に行ってはならない」
まさか銅像に止められるとは思っていなかったフェリシアはどうしたものかと考える。
勿論、魔法で倒してしまうという手もあるが……
喋れる以上、後で金髪の女子生徒が十五歳未満侵入禁止のエリアへと強引に入ったとチクられてしまうだろう。
そんなことが学園中に広まった日には、フェリシアの名誉は地に落ちる。
そうまでしてエロ本が読みたかったのかと、卒業まで揶揄われ続ける日々が待っているだろう。
フェリシアは目立ちたがり屋だ。
だが悪目立ちは嫌いだ。
(取り敢えず、意志があるってことはガーゴイルか? ……そう言えば、ガーゴイルは頭が悪いって聞いたことがあるな。上手くいけば、丸め込めるかもしれない)
ダメ元でフェリシアはガーゴイルを説得することにした。
「私は十二歳じゃないぜ」
「学生証にはそう記載されている。フェリシア・フローレンス・アルスタシア」
「ああ、そうだ。でも十二歳じゃないぜ……おっと、頭の悪いガーゴイルには理解できないか」
「何を言うか!」
するとガーゴイルは怒りだした。
フェリシアはしめしめと、内心でほくそ笑む。
「私は賢いガーゴイルだ」
「おお、そうなのか? じゃあ……十二歳ってのは、年齢に名付けられた概念ってことは分かるか?」
「……勿論だ」
多分理解していないんだろうなと思いながらフェリシアは続ける。
「一方、私は『フェリシア・フローレンス・アルスタシア』だ。これは人間に名付けられた概念だ。これも分かるな?」
「……勿論だ」
「年齢に名付けられた概念と、人間に名付けられた概念が同じはずない。つまりフェリシア・フローレンス・アルスタシアは十二歳じゃないのさ。おっと、ガーゴイルには難し過ぎたかな? 図書館を守るガーゴイルがまさか、こんなに馬鹿だったとは。学園中に広めて……」
「理解できる!」
ガーゴイルはそう答えた。
馬鹿扱いされるのがよほど嫌なのだろう。……ガーゴイルの癖に気にしているようだった。
「じゃあ、通って良いのか?」
「勿論」
「でもさっき、ダメって……」
「あ、あれは貴様を試したのだ!」
「おう、そうか。じゃあ、遠慮なく通らせて貰うぜ」
フェリシアはガーゴイルの隣を素通りし、扉を開けた。
そしてポツリと呟く。
「……この学園の警備、大丈夫かよ」
言葉は魔法である。
マーリンがフェリシアに示したように、「あなたのことが好き」という短い言葉でも、世界に影響を与える。
言葉だけではない。
ほんの些細な、僅かな動作や作業も、広義の上では魔法なのだ。
故に性交渉も、ある意味魔法である。
自らの遺伝子を引き継ぐ、生命をこの世に誕生させる。
という極めて複雑な魔術儀式なのだ。
また太古より人々は性交渉や、それに携わる性器に神性を見出した。
例えばエングレンド王国の国教である十字教。
その名が示す通り、十字教は十字架をシンボルとして掲げている。
実はこの十字架は男性器の暗喩でもあるのだ。
他にも代表的なシンボルとして円環、サークルが存在する。
円環は循環や永遠を意味するのと同時に、穴を意味し……これは女性器の暗喩である。
その他、一部の神話などでは神が棒状のもので混沌を掻きまわすことで世界を生み出した。
という創造論が語られることがある。
棒状のものは勿論男性器であり、混沌は女性器だ。
信仰は物体や行為に神秘性を与える。
故に性交渉や性的快感は大量の魔力を生み出すのに実に都合が良く、魔術儀式に取り入れられやすい。
「というのは理屈の上では分かるが、にしたって凄い量だぜ」
キョロキョロと辺りを見渡しながらフェリシアは呟く。
殆どは学術書なので別にいやらしさはない……が、しかし年頃の女の子としては少し恥ずかしくなってしまうような言葉がずらりと並んでいるのを見ると、変な気持ちになる。
「……学術的な興味があるだけだぜ」
フェリシアはそのうちの一冊を手に取った。
しかしそれは幸か不幸か、詳細なイラスト付きだった。
フェリシアは顔を赤くし、本棚へと戻す。
「わ、私にはちょっと、早かったぜ……」
フェリシアは階段をさらに降りて、地下二階へ。
そして全体を隈なく探し……
「地下三階への入り口、ぱっと見はないな」
そこで杖に魔力を流し、魔力探知の魔法を使う。
両眼を凝らし、僅かな魔力の残滓も見逃さないように注意を払う。
そして……
「見つけたぜ」
真っ白い壁の前で立ち止まった。
フェリシアは壁を左手で触れる。
「この壁の向こうだな? でも認識できない。多分、論理結界だな。物理結界だったら、楽なんだけどなぁ……」
物理結界は物理的に対象の干渉を遮断する結界である。
物理結界は人や物の行き来の外、エネルギーや熱をも遮断する。極めて簡易的な結界であるため、未熟な魔法使いでも使えるが……一定以上の負荷が掛かると壊れてしまう。
これに対し、論理結界は論理的に対象の干渉を遮断する結界だ。
この結界は認可されたもの以外からの干渉を無力化する性質がある。例えば人間を妨げる論理結界を張れば、人間以外の物は行き来できるが、人間だけは行き来できず、それどころか人間は結界を認識することすら困難になる。
「仕方がない。解析するか」
一つ一つ、暗号を解読するように論理結界の中身を解析する。
如何にフェリシアといえども、その解析には困難を極めた。
三時間の格闘の末、フェリシアは何とか論理結界の魔法式を読み解くことに成功した。
「教師と教師が許可した人間以外は通れないみたいだな。なら……そう誤認させるだけだぜ」
フェリシアは自らを教師であると、結界に誤認させるように、魔法式を組み立て、干渉する。
結果、論理結界は誤作動を引き起こし……フェリシアを教師の一人であると誤認した。
突然、白い壁がなくなり、階段が出現する。
「じゃあ、行くぜ」
階段を一段一段降りていく。
そして降りた先にあった扉を開け、杖で灯りを照らす。
「……凄い魔力濃度だぜ。禁書庫って言われるだけはある」
一部の本の中には、魔力が込められているものがある。
魔導書と呼ばれるもので、読むことそのものが一つの魔術儀式として作動する。
その魔導書が大量に収められているが故に、禁書庫には高濃度の魔力が満ちているのだ。
「時空間に関する本は……あったあった。そこそこあるな。さーて、どれを持っていくか」
そう何度も禁書庫に忍び込みたいとは思わない。
とはいえ、一度に大量には持っていけない。気付かれてしまうからだ。
五冊以内で良書を持ち帰り、それで済ますことができれば幸いだ。
「これと、これと、これと、これと……あと一冊、魔導書にも挑戦してみるか」
魔導書の中には「読んだら死ぬ本」なんてものがある。
そこまでではないにしても、何らかの悪影響を及ぼすものがあるため、読むのはかなり危険だ。
しかし……それ故に読む価値がある。
フェリシアは鞄に本を詰め、図書館を後にした。
「チェルシーや。全く、君の弟子は随分とやんちゃじゃのぉ……」
ピョコピョコと上機嫌に帰る一年生の背中を、一人の老人が見送っていた。
もし、とてつもなく危険な魔導書を持ち帰るようであれば、止めるつもりだったのだ。
禁書庫からは、読み手に強力な呪いをかけるような、特に危険な魔導書は除いてある。
故にフェリシアが持ち帰った魔導書は、すぐさま彼女の生命に影響を与えるようなものではない。
しかし禁書庫の中には危険な物もあるし、生命を奪うことはなくともフェリシアを苦しめることもあるだろう。
「もし、あまりにも辛そうにしておったら、止めるべきか……それとも自主性を重んじて見守るべきか。教え導くというのは、実に難しい」
老人はため息をつくのだった。
孫を見守る爺さんっぽいキャラ、好きです
校則を破る不良娘がけしからん、という人はブクマptを入れて頂けると
フェリシアちゃんが相応の罰を受けます
……可哀想
次回予告
そこそこシリアス
話が進みます