第15話 スポーツ令嬢は初試合に挑む
スポ根が書きたかった
テンポが気になったので、今日は二話投稿にします
七月末。
ラグブライの校内公式試合の日が近づいていた。
ちなみにこれが終わったら楽しい楽しい期末考査が待っている。
「はぁ……」
「大丈夫ですか、フェリシアさん」
「お疲れのようですわね」
一時限目の前。
ぐったりとしているフェリシアにケイティとブリジットは心配そうに言った。
理由を聞かないのは……二人ともすでに承知だからだ。
というのも朝から練習があったのだ。
一週間前ということもあり練習時間はいつもより一時間多く、その分朝早く起きなければならなかった。
またアーチボルトも気が立っていて、練習そのものの密度も上がっていた。
「ちょっと仮眠を取ったらどうかしら?」
「マルカムさんみたいに」
「今寝たら、昼まで起きられない気がするからやめておくぜ。こんなところで寝ても、体は休まらないしな」
フェリシアは首を左右に振った。
そんなやり取りをしていると……フェリシアが座る最前列近くに、クリストファーが座った。
「大丈夫か、フェリシア。このままだと、僕が首席を奪ってしまうぞ?」
「心配は無用だぜ」
「ふん、どうだかね……そんなんで授業に身が入るのか? それとも、授業なんて聞かずとも余裕だと?」
挑発するようにクリストファーは言った。
彼なりにフェリシアを案じての発言だが……フェリシアは清々しそうに答える。
「全身、くたくたの状態で授業を受ける経験は、別に今回が初めてじゃない。それに……あの時と違って、今は心地よい疲れ方だからな」
余裕たっぷりという表情でフェリシアが返すと、クリストファーは鼻を鳴らした。
「お前は同室のやつを心配してやってくれ」
「……ふん、あいつのことなど、知ったことか」
クリストファーは机に突っ伏して寝ているマルカムを見て、眉を潜めた。
もっとも、フェリシアは知っている。
クリストファーが後でマルカムにノートを見せてあげているということを。
と、授業開始まで十五分を切ったところで……別の人物が教室に入ってきた。
チャールズだ。
彼もやや疲れた表情を浮かべている。
「これはこれは、チャールズ王太子殿下。随分とお疲れのご様子で」
「負けるわけにはいかないからね」
ニコリと爽やかな笑みをフェリシアに向ける。
元婚約者同士の会話を邪魔してはならないと、ケイティとブリジットは妙な気を利かせてその場から離れた。
「おい、チャールズ。胸元」
「ん? どうしたんだい?」
「ボタンが解れているぞ」
制服のボタンが少し外れかけていた。
チャールズは困った様子で頭を掻いた。
「困ったな。気が付かなかった」
「仮にもエングレンド王国の国王となるお方が、一日中、ボタンが解れたお召し物に袖を通しているのはよろしくありませんわ。……貸せよ、チャールズ」
「え?」
「直してやるから、脱ぐんだ。もう授業が始まってしまいますわ。お早く」
フェリシアは裁縫導具を取り出して言った。
言われるままにチャールズは服を脱ぎ、フェリシアに手渡す。
フェリシアは糸と針を取り出し、手慣れた様子でボタンを縫い始めた。
これにはチャールズも目を見開く。
「裁縫なんてできたんだね……」
「できるというか、できるようになったが正しいな。必要な技術だったし」
貴族には無縁の話だが、平民にとっては裁縫の技術は必須だ。
古くなった衣服を直して着るからだ。
フェリシアの経済事情は平民の中でもかなり下の方なので、裁縫は当然身に着けている。
「……すまない、フェリシア」
「ボタンを直すくらい、どうということはないぜ」
「……そうじゃないんだ」
チャールズは珍しく落ち込んだ表情でフェリシアに言った。
「君を助けられなかった」
「それはお前が謝ることじゃない」
フェリシアはボタンを縫い付けながら淡々と答える。
「八歳児に何かできるはずがない。それにお前が私の人生の責任を負うのは筋違いな話さ。責任は別にある。さて、縫い終わったな」
そう言ってフェリシアはチャールズにシャツを渡した。
そして快活に笑う。
「過去じゃなくて、今と未来の話をしよう。例えばボタンを直したりとかな。……これからはよろしく頼むぜ?」
「ああ、分かった。任せてくれ」
……一方、この話し合いに聞き耳を立てていたアナベラは一人、悶えていた。
(ここで言う、責任があるのって、絶対に私じゃん! ど、どうしよう……)
冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
八月初旬。フェリシアにとって初めての試合が行われた。
対戦相手はノーブルだ。
練習通り、中衛についたフェリシアはホイッスルが鳴るのをジッと待っていた。
フェリシアが立っているのは『木』から生えている『枝』。
人が丁度立ったり、座ったりできる程度の幅がある。
足には推進力となる魔導具が二つ。
背中には気流に乗るための四枚羽。
髪は邪魔にならないように一つに束ねている。
服は半袖のユニフォームに短いスカート。
ちなみにスカートの下にはアンダースコートを履いているので、中は見られても特に問題はない。
「フェリシアさーん!!」
「頑張って!!」
ブリジットとケイティの声が聞こえてきて、フェリシアは嬉しく思うのと同時に少しだけ恥ずかしくなった。
(まあ、練習通りやればいい)
その瞬間、ホイッスルの音が鳴った。
同時に強風がフィールド全体に吹き始める。
フェリシアは風に逆らわず、押されるままに『枝』から落下。
両足の魔導具に魔力を込め、風を噴射する。
同時に羽を動かし、背中からも風を噴射しながら、気流に乗る。
最初にボールを手にしたのはノーブルだった。
敵の前衛が一直線に前へと攻め込んでくる。
フェリシアは気流に乗りながら大きく宙返りをし、そのまま強風と重力による加速で一直線に敵の前衛へと向かう。
斜め上から強烈な体当たりを加える。
「っく……」
衝撃を軽減する魔力障壁があるとはいえ……
フェリシアの小柄な体には、その衝撃は少し辛い。
が、それは敵も同じこと。
敵はバランスを崩し、羽からボールを落とす。
フェリシアはそれを手で掴み、三秒以内に二枚の羽で掴む。
「フェリシアさんが取った!」
ケイティが歓声を上げる。
が、しかしブリジットは険しい表情を浮かべる。
「でも、ここからが問題ですわ……」
「え? どうしてですか?」
「ボールは三秒以上、連続して持ってはいけませんわ。だから二枚羽で掴んで移動しなくてはなりませんの。でも……そうすると四枚羽の時よりも速度や機動力はずっと落ちますわ」
「つまり……」
「敵に取られやすくなるのですわ。ほら、見て! 敵が次々にフェリシアさんへ!」
次々と敵がフェリシアからボールを奪おうと、追いかけてくる。
速度では敵の方が上。
しかしフェリシアは体が軽い分、気流には乗りやすい。
木の葉のように舞い、時には『木』や『枝』の周りを回りながら、敵を避け続ける。
味方が自分を信じて、前へと出ているのが分かった。
パスを回したいが……手でボールを持ち直す時間はない。
羽を使って投げることはできるが、その場合、ボールの速度はどうしても遅くなるので、取られやすくなる。
そして当然、味方の近くでは敵がブロックしている。
(こうなったら……)
フェリシアは大きく宙返りをする。
が、フェリシアの正面目掛けて、フェリシアの二倍はありそうな男子生徒がぶつかった。
フェリシアは大きく弾き飛ばされる。
「ああ!! フェリシアさん!! ……ボールは?」
「ボールは……マルカムさんが持ってますわ! 凄い!! 敵の体当たりを利用して、加速し、背中を使ってボールを投げたのですわ! あれは大技よ!!」
「……」(私が転生した世界って、『乙女ゲーム』よね? なんで、超次元系のスポ根になってるの? ゲーム、間違えた?)
アナベラの頭にはひたすらクエスチョンが浮かんでいた。
一方、フェリシアが繋いだパスは見事、ライジング前衛へと運ばれ……最後にアーチボルトがボールをゴールへと決めた。
観客席から歓声が上がる。
「やった、やった!」
「さすがフェリシアさんですわ!!」
抱き合って大喜びするケイティとブリジット。
こいつら、いつの間に仲良くなったんだとアナベラは首を傾げた。
その後、流れを掴んだのか次々とライジングはボールをゴールへ決めていった。
勝利に沸き立つライジングとは異なり、ノーブルには焦りがあった。
「あの、金髪……アルスタシアを止めろ!」
「はい!」
チャールズはキャプテンの指示に対し、強く答えた。
ノーブルは貴族中心のチームだが、チームに入れるかどうかは実力重視。
もちろん、チャールズも実力を認められて入ったし、入った以上は特別扱いされてはいない。
しかし……周囲がどう見るかは別の話。
ここでちゃんと活躍し、実力を示さなければ「王太子という地位で無理矢理チームに入った」などと言われかねない。
そうこうしているうちに再びフェリシアの手にボールが回る。
ノーブルのメンバーが一斉にフェリシアに襲い掛かるが、フェリシアはそれをひらひらと避け続ける。
(ダメだ……ちゃんと動きを予測しないと避けられる!)
そう考えたチャールズは周囲に気を配りつつ、フェリシアの動きを予測し……
一気に加速した。
「っく……」
「っが……」
フェリシアとチャールズが空中で衝突した。
フェリシアの羽からボールが零れ落ち、別のノーブルのメンバーがそれを掴んだ。
一方二人は真っ逆さまに下へと落ちていく。
とはいえ、心配する必要はない。
というのも地上には衝撃を緩和させる魔法が掛かっているからだ。
頭から落ちたとしても、死ぬことはない。
故に試合は二人を抜きに続けられる。
「悪いね、フェリシア。これは勝負なんだ」
フェリシアの上に覆いかぶさる形になったチャールズはフェリシアに言った。
一方フェリシアは……何故か顔を赤くし、顔を背けている。
「お、おう……それは良いんだけどさ」
「どうしたんだい?」
「その、手を、どけてくれないかな? さすがの私も、それは恥ずかしいぜ」
ムニュリと、チャールズは右の掌から柔らかい感触を感じた。
「……あ」
フェリシアの慎ましい胸をチャールズは掴んでいた。
チャールズは赤面し、慌てて手を離す。
「い、いや、すまない! わざとじゃないんだ!」
「だ、大丈夫だぜ……こういう事故は、よくあることだからな。うん」
二人は気まずい思いのまま、再び空へと飛んだ。
なお……
試合結果はフェリシアの調子が少し崩れたことが原因で、ノーブルが一点差で勝利した。
過程はどうであれ、チャールズはノーブルの勝利に大いに貢献したのだった。
なお、その日の夜、チャールズは悶々とした時間を過ごすことになった。
次回以降、一度恋愛青春パートは後にして魔導探求パートに移ります
基本的には恋愛青春パートと魔導探求パートを交互に進めていきます
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